◆死灰屠り(完/連)
第三話
◇◆◇
応接室に入ると、ライトグレーのスーツを着た一人の男性が、革貼りのソファーから立ち上がりこちらに軽く会釈した。
俺達も軽く頭を下げ、春日と共に右京の背後に付く。
右京は男に座るように促し、自身も男の向かい側に腰をかけた。
いかにも優しそうな印象を受けるこの男性は、山西 健一(やまにし けんいち)
雑誌の編集者をしているのだという。
「では、話しを聞かせて下さいますか?」
山西は一つ頷き、緊張しているのか上擦った声色で話し始めた。
「……実は私の知り合いのフリーのカメラマンの事なのですが……」
山西の話しによると、フリーカメラマン杉田 誠(すぎた まこと)が、現在、原因不明の昏睡状態に陥っているという。
杉田と山西は学生時代からの友人で、社会に出た今でも、仕事柄もあり、親しく交際していた。
――そんな、ある日。
杉田が仕事の為、山西の会社を訪れた時の事だ。
『おい、杉田、随分顔色悪いぞ?大丈夫なのか?』
杉田の顔色は、血の気がなく、異様な程、白々としていた。
『あぁ、最近、夢見が悪くて、あんまり寝むれてないんだ』
そう言って笑う杉田の苦笑いさえ覇気が全く感じられない。
心配した山西は、夢見が悪いという杉田にどんな内容の夢なのかと質問したが、杉田は首を横に振るだけだ。
『内容は何も覚えていないんだよ』
杉田は溜め息混じりに話しを続ける。
『……ただ、あの音だけはハッキリ覚えているんだ』
『音?』
『あぁ、和太鼓みたいなドーンドーンって音。寝ていると、何時もその音が聞こえてくるんだよ』
――この会話を最後に、一週間後、杉田は突然倒れ病院に搬送された。
「和太鼓……ですか」
山西は神妙な顔つきで、コクリと頷く。
「杉田はそう言っていました。……あんなに急に痩せこけて、医者も原因が判らないとサジを投げたような状態で。……ただ、徐々に内臓機能が低下していると言っていましたが」
「……そうですか。……他に杉田さんに関して変わった事などはありませんでしたか?」
「いえ、私には特にこれといっては。……あの、杉田は助かるんでしょうか?これが心霊現象かは判らないんです!ですが、もう、ここにしか縋るしかないんですよ。……私にはアイツを助けてやる事が出来ない」
山西は鳴咽が混じった声で、そう言うと、自身のズボンを強く握り締めた。
その手は、小刻みに震え、まるで何かを耐えているようにも見える。
そんな山西の肩に春日の柔らかな手がそっと置かれた。
俯いていた山西は、微かに顔を上げる。
「山西さん、私達に出来る事は全力で致します。共に杉田さんを助ける手立てを見付けましょう」
その言葉に、俺と右京も頷く。
山西は俺達を見渡し、涙声で「お願いします」と何度も、何度も、頭を下げた。
◇◆◇
「山西さん、杉田さんの事、本当に大切に思っているんですね」
俺は報告書を書き込む手を止め、ポツリと呟く。
その呟きに、左京が書類をファイリングしながら答えた。
「……そうね。杉田さん、助けてあげたいわね」
「サエも言っていたが、我々に出来る事を全力でするまでだ。要、明日、杉田氏の入院している病院へ行ってくれ」
そう言うと、右京は俺に走り書きされたメモを手渡す。
「杉田氏が入院している、病院の住所だ」
俺は大きく頭を縦に振り、「解りました」と気合いの入った返事した。
それとほぼ同時に、俺達の居る仕事部屋に春日が姿を現した。
「あら、サエちゃん、宿題は終わったの?」
左京が微笑みながら声をかける。
「うん、終わったよ。要、報告書はもう書けた?」
「い、いや、まだデス」
その言葉通り、まだ半分も書けていない。
春日は軽く溜め息を吐くと「手伝う」と、言って俺の書類とペンを引ったくった。
ペンに白くて細い指を絡ませ、カリカリと書類に記入していく。
「そういえば、今日の任務はどうだったんだ?」
右京の問いに、俺の身体が突然、金縛りに遭ったかの様に固まり、背中には微かに冷や汗が出てくる。
灰皿くらって、意識を失い、サエ一人に後片付けをさせていました。
正直に言うべきなのだが、あまりの情けなさに口が動かないでいると、「そう言えば」と、春日が声を上げる。
「あの、伊藤 麻由って人、ちょっと珍しい体質だった」
「珍しい?」
「うん。あの人、生き霊飛ばしやすい体質みたい。多分、元来、幽体離脱しやすい体質なんだと思うけど……」
春日は話しながらも着々と書類を完成させていく。
「あら、じゃぁ、修行したら彼女も私達の仲間になれるかもね」
左京はパタンと棚を閉め春日に視線を移した。
「ん〜、その可能性はゼロではないと思うけど……あのままじゃ、辛いようだったから、彼女の回路閉めてきた」
春日の言う“回路”とは、人体を廻る霊力の通り道の事なのだろう。
彼女は、酷い頭痛を何とかしろと、言っていた。
あの頭痛は、彼女が飛ばした生霊を祓ったのが原因。
生霊は、彼女の霊力を元につくられる訳で……ならば、痛みの元となる霊力を閉じてしまえば、生霊から発せられた痛みが身体に届く事は無くなるわけだ。
しかし……俺がダウンしている間に、そんな事をしていたのか。
「そうか、ご苦労だったな」
右京は、フワリと春日の頭を撫で微笑んだ。
その目は、自愛に満ちて、春日を大切に想っている事が、他人の俺にもよく判る。
「要も、ご苦労だったね」
「あ、いえ、ハハハ」
俺は、少し罪悪感を胸に、曖昧に笑った。
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