らぶ・ろまんす I 綱吉は走って、学校から飛び出して、無我夢中で走り回った。ただ、ただ、同じ場所にとどまりたくなくて。そして、ある程度走って息も切れてきたころ、ようやく立ち止った。 綱吉はハァハァと切れた息を必死に整えて、落ち着いてから、先ほど触れられた唇をなぞる。 綱吉は雲雀の気持ちに全く気付いていなかった。 だから、いきなりぶつけられたその気持ちにびっくりしてしまったのだ。綱吉は再び歩き始めた。 今度は無我夢中に適当に行くのではなくて、方向は定まっていた。 (…六道さんに会いたい) ぼんやりとそう思った綱吉はこのまえ行ったケーキ屋さんのほうに足を進めていた。 あのとき、六道はチーズケーキを食べていて、その食べかすが口元についてたから、取ってやると真っ赤になっていたりだとか、そして、帰り道に車道に倒れそうな俺を抱きかかえてくれたりだとかしていた。 たった一日しか会ったことないのに。 どうしてこんなにも会いたいと思ったりするのだろうか。 六道のことを想うと、胸が苦しくなるのか。 ここまで考えれば、いくら鈍い綱吉でも分かった。 (…たぶん、俺、六道さん惹かれてる) そう思うと、なぜか、足の進むスピードが上がった気がした。 雲雀のいうように、確かに自分は六道のことが好きなのだ。 そこで、綱吉は思い出したようにハタと立ち止った。 そう、思い出したのだ。すごく重大なことを。 六道は、綱吉のことをセーラー服を着た『少女』と思っているのだ。つまり綱吉を女だと思っているのだ。男だと分かった綱吉に対して、六道はどのように接するだろうか。 ましてや、男の自分が、好きだと告げたら、きっと気味悪がるに決まっている。 六道が少なくとも好意を持っているのは『女』である自分なのだ。 そのことを思い出した綱吉は、先日行ったケーキ屋の前で立ち尽くした。 (女の子じゃない俺は、六道さんに会えない…) 綱吉は掌をぎゅっと握りしめて、その場から立ち去ろうとした瞬間、「つなさん?」という声が聞こえた。 その声は自分が一番聞きたくて、一番聞きたくない声であった。 ◇ 「つなさん、ですよね?」 六道は、うつむいている綱吉の顔を覗き込むように、そう声をかけた。そして綱吉と目が合うと、にっこりと笑った。 綱吉は骸にいきなり声をかけられ、そしていきなり顔を合わせてしまったことにびっくりしてしまい、びくっと体を固めた。 そして、六道から顔をそらした。 「つなさん?」 この前の時と違って、笑顔も元気な様子も見せない綱吉の様子を不思議に思った、六道は再度綱吉の名前を呼んだが、綱吉は背を向けたまま答えなかった。 六道はいよいよ心配になり、綱吉の肩に手を触れ、「どうかしましたか」と声をかけようとしてみたら、その肩に掛けた手は綱吉によって振り払われてしまった。 そのぱんっという音が響いた瞬間、綱吉の顔は「やってしまった」という顔になったことに六道は気づいたので、それほど傷つきはしなかった。けれど昨日の雲雀の言葉と合わせるとダブルパンチで多少は堪えた。 そして、綱吉はというと、実際に、「やってしまった」と思ってはいたけど、ここまでやってしまったら、六道もこんな自分には関わらなくなるだろう、そして、自分もいつかこの気持ちを忘れられるだろう、と思い、手を叩いてしまったことの弁解などしなかった。 それから綱吉は一度目を閉じてから、六道の顔をしっかりと見据えた。 そして口を開いてこういった。 「迷惑なんです」 「もう、俺に関わらないで」 綱吉がそれだけ言うと六道は少し泣き出しそうな顔をしたが、その顔のまま笑った。そして「わかりました」といった。 綱吉はその笑顔を見て、無性に胸がいたたまれなくなって、そのまま、何も言わずにその場から立ち去ってしまった。 六道にはそのときの綱吉の頬に涙が一筋つたっているのが見えたが、その涙の理由など全く見当がついていないようで、綱吉の言った言葉ともにその涙の理由にも戸惑ってしまい、綱吉を引き留めることも、すぐさま追いかけることもできないでいた。 ―何故涙を流したのだろうか? そんなに自分が嫌いなのか? 話してるのも、同じ空間にもいるのもいや? と妙な自己嫌悪に走ってしまい、頭を抱え込んでみたりしていた。 考えれば考えるほどドツボにはいっていくようで、涙の理由など結局六道には分からなかった。 しかし、六道の中にひとつだけ確かな答えが出ていた。 (つなさんは、理由なく人を傷つけることを言ったりしない。) (だから、きっとこれにも理由があるはずだ) 六道は心の中にある一縷の望みにかけて、走り出した。 [*前へ][次へ#] |