空想庭園
4
「どうしたの香夜ちゃん、そんなに甘えてきて」
急に変なスイッチでも入ったように、私の頭にキスを落とす。
リリーさんを掴んでいた手は私を抱きしめていて、さっきまで側にいた土気色の顔は絨毯に転がらされていた。
そしてユベールさんはそんなリリーさんを足蹴にしていて、社長室から追い出そうと転がしていた。
「……手短にしろ」
リリーさんを蹴りながら器用に部屋から出ていくユベールさんは、何か不穏な言葉を残していった。
何を手短になんでしょう!?
「ユベールもああ言ってるし、手短にしようか」
頭を抱きしめられながら「ね?」と何かを確認される。何が、ね?なのか全くわからないけど、あまり良い事にはならないはず!
「ほら、アニス。これからランチ行くんですよね?あの、だから……、離れて」
「僕、怒ってるの。香夜ちゃん、知ってる?」
し、知りたくありません!
「香夜ちゃんはさ、僕を怒らせる天才だよ」
「そんな、事は、全く……身に覚えが……」
「僕ね、怒りの沸点が高いと思ってたんだけどね。どうしても香夜ちゃんが関係すると、駄目みたい」
アニスの沸点はよくわからないけど、確かに声を荒げて怒るような所は見た事がない。
溜息と共に落とされた言葉に、落ち込ませてしまっていると感じた。
「ねぇ香夜ちゃん、リリーに何された?詳しく話してくれるよね?」
抱きしめられていた頭は離され、私の顔を窺うように覗き込まれた。
でも後ろは壁で、アニスの檻に閉じ込められてしまったよう。
「さっき……、言いました」
「僕は詳しくって言ったんだよ。キスを、どんな風にされたか……だよ」
「そ、そんな事わかりません!忘れました!……と言うより、忘れたいです。急にあんな……」
言わされる今が恥ずかしくって、リリーさんにキスなんかされて情けなくって。
目頭が熱くなってきて、涙が出そうになる。
「……じゃあ、消毒」
瞼にアニスが唇を落とし、そのまま頬に、口の端に、……唇に。
何をどうされたか言わない私に、リリーさんの痕跡を消すように塗り替えられる。
「香夜ちゃんは、もう誰にも触らせたくない」
……それは、嫉妬、なのだと。
私も痛いほど感じた。
「……ごめん、なさい」
「約束だよ、もう僕を心配させないで」
「……はい」
茶化す事なく、ただただ不安の色を強くする声音に素直に頷いた。
「あとは……、リリーにも苦しんでもらえれば少しは溜飲が下がるかな」
「あの……リリーさんって、やっぱり……悪魔なんですか?」
「そう、あいつは呪いを好んで食べる悪魔。変化を得意としてるんだから、見た目が同性だからって油断しちゃ駄目だからね」
油断も何もしていなかったんだけどな……。一体何が悪くて、こんな事になったのか、自分としても甚だ疑問だ。
でもアニスから落とされる唇に、私は恥ずかしく思いながらも、脳が溶かされるようにされるがままに身を委ねていた。
「……カヤちゃんに何してんだ変態緑!」
火照る顔で声の方に向ければ、真っ赤な顔をしたツキちゃんが入って来た。
でも入って来ただけで、ドアの所から動こうとしない。
「月胡ちゃん、部屋に入る時はノックくらいするものだよ?」
「おま、おま、お前はここで何やってんだよ!」
そして指をさして怒っている様子。
「何って……、奥さんと仲良くしてただけだよ。何か問題でもある?」
「あああある!ここは職場だし!」
動揺しているのか、ツキちゃんの声がどもって震えている。
「僕は社長だし、ここは社長室だから、僕の自由で良くない?ね、香夜ちゃん」
覚醒しきれない頭では、アニスに答えを返す事すらできない。
キスだけで溶かされてしまった思考は、中々元には戻らない。
ただ、そんな私を見たツキちゃんは涙目になっていた。
「カヤちゃんに変態緑の病気がうつったー!」
ツキちゃんはドアを強く締めて、その場から叫びながら出て行った。
ごめんね、ツキちゃん。後でいっぱい話しするから。
アニスとの結婚の事とか、ちゃんと説明するから。
「誰もいなくなった事だし、ゆっくりしよっか」
耳たぶを食みながら、アニスは楽しそうに囁いた。
[*前へ]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!