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空想庭園




「どうしたの香夜ちゃん、そんなに甘えてきて」

急に変なスイッチでも入ったように、私の頭にキスを落とす。
リリーさんを掴んでいた手は私を抱きしめていて、さっきまで側にいた土気色の顔は絨毯に転がらされていた。
そしてユベールさんはそんなリリーさんを足蹴にしていて、社長室から追い出そうと転がしていた。

「……手短にしろ」

リリーさんを蹴りながら器用に部屋から出ていくユベールさんは、何か不穏な言葉を残していった。
何を手短になんでしょう!?

「ユベールもああ言ってるし、手短にしようか」

頭を抱きしめられながら「ね?」と何かを確認される。何が、ね?なのか全くわからないけど、あまり良い事にはならないはず!

「ほら、アニス。これからランチ行くんですよね?あの、だから……、離れて」
「僕、怒ってるの。香夜ちゃん、知ってる?」

し、知りたくありません!

「香夜ちゃんはさ、僕を怒らせる天才だよ」
「そんな、事は、全く……身に覚えが……」
「僕ね、怒りの沸点が高いと思ってたんだけどね。どうしても香夜ちゃんが関係すると、駄目みたい」

アニスの沸点はよくわからないけど、確かに声を荒げて怒るような所は見た事がない。
溜息と共に落とされた言葉に、落ち込ませてしまっていると感じた。

「ねぇ香夜ちゃん、リリーに何された?詳しく話してくれるよね?」

抱きしめられていた頭は離され、私の顔を窺うように覗き込まれた。
でも後ろは壁で、アニスの檻に閉じ込められてしまったよう。

「さっき……、言いました」
「僕は詳しくって言ったんだよ。キスを、どんな風にされたか……だよ」
「そ、そんな事わかりません!忘れました!……と言うより、忘れたいです。急にあんな……」

言わされる今が恥ずかしくって、リリーさんにキスなんかされて情けなくって。
目頭が熱くなってきて、涙が出そうになる。

「……じゃあ、消毒」

瞼にアニスが唇を落とし、そのまま頬に、口の端に、……唇に。
何をどうされたか言わない私に、リリーさんの痕跡を消すように塗り替えられる。

「香夜ちゃんは、もう誰にも触らせたくない」

……それは、嫉妬、なのだと。
私も痛いほど感じた。

「……ごめん、なさい」
「約束だよ、もう僕を心配させないで」
「……はい」

茶化す事なく、ただただ不安の色を強くする声音に素直に頷いた。

「あとは……、リリーにも苦しんでもらえれば少しは溜飲が下がるかな」
「あの……リリーさんって、やっぱり……悪魔なんですか?」
「そう、あいつは呪いを好んで食べる悪魔。変化を得意としてるんだから、見た目が同性だからって油断しちゃ駄目だからね」

油断も何もしていなかったんだけどな……。一体何が悪くて、こんな事になったのか、自分としても甚だ疑問だ。
でもアニスから落とされる唇に、私は恥ずかしく思いながらも、脳が溶かされるようにされるがままに身を委ねていた。

「……カヤちゃんに何してんだ変態緑!」

火照る顔で声の方に向ければ、真っ赤な顔をしたツキちゃんが入って来た。
でも入って来ただけで、ドアの所から動こうとしない。

「月胡ちゃん、部屋に入る時はノックくらいするものだよ?」
「おま、おま、お前はここで何やってんだよ!」

そして指をさして怒っている様子。

「何って……、奥さんと仲良くしてただけだよ。何か問題でもある?」
「あああある!ここは職場だし!」

動揺しているのか、ツキちゃんの声がどもって震えている。

「僕は社長だし、ここは社長室だから、僕の自由で良くない?ね、香夜ちゃん」

覚醒しきれない頭では、アニスに答えを返す事すらできない。
キスだけで溶かされてしまった思考は、中々元には戻らない。

ただ、そんな私を見たツキちゃんは涙目になっていた。

「カヤちゃんに変態緑の病気がうつったー!」

ツキちゃんはドアを強く締めて、その場から叫びながら出て行った。

ごめんね、ツキちゃん。後でいっぱい話しするから。
アニスとの結婚の事とか、ちゃんと説明するから。

「誰もいなくなった事だし、ゆっくりしよっか」

耳たぶを食みながら、アニスは楽しそうに囁いた。




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