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空想庭園

「浮島さん……、今日お休みしたんじゃないの?随分顔色が悪いわよ……大丈夫?」
「ユベールに連絡を取ってください。来客だと。ついでに金を持って来いと……表のタクシーに支払い……」

挨拶もせず、先輩の声かけにも答えず。
ただ私の言いたい事だけを言って、その場でしゃがみ込んだ。

「ちょっと、本当に大丈夫!?」

慌てる声の先輩が頭上から聞こえたけど、そんなの良いから。早くユベールを呼んでもらいたい。
会社に着いたことでホッとしたのか。体が泥沼に沈むような感覚に囚われる。

「月胡、何があった」

どれくらい時間が経ったのかわからないけど、ユベールの声でふと我に返った。

「表にタクシーと客。お金払ってきて」

ユベールの顔を見る事無く、ただ玄関の方を指さして簡単に説明した。

よし、もう私の仕事は終わり。あ、ユベールに帰りのタクシー代くらい貰おう。ここまで客を連れて来てやったんだ。バイト代貰わなきゃやってらんない。

「浮島さん、こんな所じゃアレだから……」

ぼんやりとした頭でもわかる。そりゃそうだよね、行き倒れ風な女が受付にいちゃ邪魔だよね。

「すみません……、も、帰ります」

大きく深呼吸してから、足に力を込めてどうにか立ち上がる。
眩暈のように眩んだけど、慣れてしまえば歩くことができそうだ。

タクシー代を貰おうとユベールを探す。
視線を泳がせれば、まだ表にいるようで二人の姿が見えた。

「こんな所では目立ちすぎる。中に入って下さい」
「取り合えず今だけは従ってあげるわ」

何なんだこの二人。私に対しての態度と違う。

ユベールに至っては、いつもよりも丁寧な喋り方だ。
あの女は少し甘えたような声で、私に向けていた敵意の眼差しなんて欠片もない。

「月胡、とりあえずここで待っていろ」
「タクシー代貰えれば一人で帰るし」
「すぐ戻る、ここに居ろ」

私を無視し、ユベールは銀髪の女を連れてエレベーターホールへと歩いて行った。

さすがに電車で帰るのはちょっと辛い体調。
だからと言って、先輩にタクシー代を借りるのも気が引ける。

ちょっと癪だけど、ここはユベールに従うしかないかもしれない。

身の置き場を探すようにホールにある応接スペースに行き、椅子に座った。パーテーションで軽く仕切られた空間だからちょっと寝てても問題なさそう。

体調悪くて休んだのに、なんで会社に来てんだろ。しかもくだらない用事で。バカみたいだ……なんて思いながらウトウトしていると。

「月胡」
「んあ?」

機嫌の悪そうなユベールが、うたた寝をする私の肩を揺さぶって起こした。

「こんな所で寝るな。後で送ってやるから、こっちに来ていろ」

まだ覚醒しない頭でユベールに押されるがまま、エレベーターに乗せられた。

少しずつ頭は冴えてきたものの、おぼつかない足で押されるがまま連れてこられた部屋は……。

「社長室?」
「ここなら一番邪魔にならない」

え、やだよ。あの変態緑の部屋じゃん。
嫌そうな顔をしていれば、考えていることを察したのか。

「アニスは第三会議室にいるからしばらくは来ない。ロベリアも一緒だ」

ロベリア……?ああ、あの女か。

「ともかくこれ以上面倒を増やさないよう、ここで待ってろ。いいな?」
「面倒ってなんだ。別に」
「いいから言うことを聞け」

グチグチといつまでも言っている私が気に入らないのか、被せるように話したユベールの声に怒気がはらんでいる。
でもここで怯む事はどうしても出来なかった。
面倒を増やされたのは、何もユベールばかりではない。私だってそうだ。
あんな訳のわからない女に命令されて、わざわざここまで連れて来てやったんだ。お礼は言われても、怒られる筋合いはない。

「こっちだって迷惑して」

私の怒りをぶつけようと強い口調で言い返そうとすると。

「いいから言うことを聞け」

社長室の壁を壊さんばかりの壁ドンをされた。
ユベールの右手が固く握られていて少しばかりの恐怖を感じたけど、どうして脅されなくちゃいけないのか。
空いた右側からすり抜けようとすると、それを見越したのか。

「何度も言わせるな」

またもや力強い壁ドン……じゃなくて、壁に穴が開くんじゃないかって程の衝撃音と一緒に繰り出された正拳突き。
さすがにちょっと怖くなってきた。なんでこんな怖い思いをしなくちゃならないんだよ。

とりあえず両手で壁ドンをやられたら、あとは下から逃げるしかない。
そう思ってしゃがみこもうとすると。

「大人しくしておいた方が身のためだ」

私の足の間を、ユベールは何の迷いもなく蹴り込んだ。それこそ、この部屋が揺れるようなくらいの力で。
確実に壁……壊れたと思う。

声を荒げているわけではないのに、力と鋭い目つきだけで人をビビらせるってどんだけだよ……。
もう逃げ場はないし、ユベールは見たこともないくらいに怒っている。

でも素直に返事を口にはしたくなくて、ただその場で頷いてごまかした。

「遅いわ!私をどれだけ待たせ……ユベール、私を待たせてそんな人間と何をしているの?」
「あれー?」

突然乱入してきたあの女は、私を思い切り睨んでいる。
さも私が悪いことをしているかのように。こっちが被害者だっつーの。

後からついてきたであろう変態緑は、なぜかニヤニヤとしたゲスな顔で笑っている。

「ほら、待ってる人いるじゃん。私の事なんか放って、さっさと行けばいいじゃん」
「……言うことを聞け。わかったな」

そう一言だけ言うとユベールは、乱れた襟を正してその場を去った。

途端に静かになる部屋で、私は腰が抜けたようにその場に座り込んだ。

「何で私ばっかり怒られなきゃなんないんだよ……。あー怠い」

一番の得策は、ここで待っている事。
仕方ないとばかりに、豪奢な革のソファーに身体を投げ出した。




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あきゅろす。
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