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倉庫
幸せの幻想(Pop'n:ウォカジズ)
刃物が木を削っていく、小気味良いリズムの音が響く。
彼の細く長い指は、器用に立方体から人形の形を作り出していた。

古めかしく大きいシンプルな形の机には、僕には作り方の分からないたくさんの工具(と言っていいのだろうか)が散らばる。
どの工具も使い古されていて、今までの彼らの歴史を物語っているようだった。
その隣には、今まで完成した人形達が並んでいる。
可愛らしいフランス人形やメバエのような操り人形、何故か日本のこけしまであった。

「まるで生きているみたいだね」

思わずそう零してしまうほど、それらの完成度は高かった(少なくとも僕にはそう思えた)。
澄んだ瞳は今にもくるくると動きだしそうだし、紅に染まった頬は、触れれば柔らかそうだ。

「そうですか?」

だけど、作った本人は興味が無さそうだ。
木を削る手を休めずに、適当な相槌をうつ。
「本当だよ」
僕は大きく頷いた。
「この子とか、さ」
そう言って指を指そうとして、僕は目を疑った。

カタカタカタ。

人形が、動いた。

それもひとりでに。ふるふると長い睫毛が揺れて、ゆっくりと目を開いた。

「…ジズ」

彼の名前を呼ぶ声が震える。

「人形が…」

そう言う間にも、あのフランス人形が立ち上がり、ぎこちない動きでお辞儀のような動作をする。

カタカタカタ。


「ぎゃー!」


「…そんなにびっくりしないで下さいよ」

驚いたような声が聞こえる。
ジズが指を一振りすると、人形の動きは止まった。

「あれ、」
「ちょっと驚くかな、と思ったんですけど」

そんなに驚くなんて、と彼は呆れた声を出した。
僕は恥ずかしいので目を反らす。
今のは彼のちょっとした悪戯だったらしい。
まったく、心臓に悪い。
そう思ってジズに目を向けると、彼はまた、木を削る作業に入っていた。
さっきと全く同じはずのリズムは、だけど少し、乱れている。

怒らせたかな、と僕は少し後悔する。
貶すつもりは毛頭無かったんだけど。
煩かったのかな。
仕方がないので黙っている。
不規則に続いく音は、そんな僕を嘲笑うように部屋を通り過ぎて行った。
それはすぐに元通り規則正しいリズムに戻っていったけれど。

「生きているみたい、ね」

人形の形を整えながら、ジズが呟く。
それが独り言かそれとも僕に向けられた言葉かが分からないので、黙ったまま続きを待つ。 そういえば今までずっと立ったままだったのを思い出して、手近なソファに腰を下ろした。
ふかふかのクッションは、多少埃っぽいけど座り心地は満点だ。
ゆっくりと体を沈めると、素敵な気分になる。

「羨ましいんですかね」

ぽつりと、ジズが零した。
「え、何が?」
クッションに完全に気を取られていた僕は、慌てて体を起こす。

「生きている、ものが」

まるで溜息でも吐くように、彼はその台詞を口にする。

ああ、彼はもう死んでいたんだっけ。

今更にその事実を再確認する。
いつもはそんな事を気にしていないように見えるけど、何か思う所はあるらしい。
「やっぱり、生きてるって良い事なのかい?」
僕は質問してみた。

僕自身それは素晴らしい事だと思うけれど、生きている物はそういう視点でしか生を見られない。
地球が青い星である事は、地球に住む人には分からないのだ。
だけど、その言葉を聞いてジズは肩をすくめた。

「それを私に聞くんですか?」

嘲弄するような口調で言われた返事は確かにもっともな事だ。
唇の端を吊り上げて、彼は言葉を連ねる。
「その質問の答えは無意味ですよ。私が『生きるなんて下らない事だ』と言ったら、貴方は死のうとなさるんですか?」
面白い冗談ですね、と彼は大して面白くもなさそうに笑った。
その笑顔の真意は掴めない。
彼は自分の感情を隠すのがとても上手いから。

「僕は、生きるって素敵な事だと思うよ」

抗うように僕は呟いた。
そうでも言わないと、彼に惑わされてしまいそうだったから。
彼はきっと気に入らないだろうけど、僕はそう言うしかなかったから。
知らないうちに、ソファの縁を掴む手に力が入る。

「…私はそう言える貴方が羨ましいですよ」

嫉妬でも、憎悪でもなくジズが静かにそう言った。
意外な言葉に思わず目を向けた横顔は仮面に覆われていて、表情は分からない。
「生きている事自体より、そう言い切れる事の方がずっと素晴らしい」

私は、そうじゃなかった。

小さく呟いた言葉はだけど、僕の耳にはっきりと届いた。
「別に生い立ちが不幸とかじゃないんですけどね」
ジズが自嘲した。

「生きる気力が無い人間なんて、人形と同じでしたよ」

作りかけの人形を、その指が愛しそうに撫でる。
「そういうのって死んでから後悔するんですよね」
その台詞には熱が少しもこもっていなくて、何度もこの思考を繰り返したのだろうな、と僕は思った。
500年間ずっと、後悔し諦めて来たのだろうか。
それは気が遠くなる作業に思えた。
僕にはとても想像出来ない。
同じ感情を共有するのは酷く難しい事なのだ。

「今は?」
「はい?」

気になって、僕は尋ねてみた。
急な質問にジズが怪訝な顔をする。
「昔は、幸せじゃなかった。今は、幸せ?」

聞かずにはいられなかった。今彼が幸せでなかったら、僕が隣にいる意味がない。
感情は共有出来なくても、時間くらいは共有出来る。
例え身勝手であっても、恋人には幸せであって欲しいから、だから尋ねた言葉。

「はあ」

ジズが間の抜けた返事をした。目を丸くした顔は、表情を崩さない彼にしたらとても珍しいもの。

「幸せ、ね」

始めは呆気に取られた彼は、それからくつくつと喉を鳴らして愉快そうに笑った。
まるで初めてそんな事を聞いた、と言うかのように。

「そうですね。人形と貴方が居て、ちょっとした悪戯が出来れば、私はそれで良いですから」

前よりずっと、幸せですよ。
いつもの微笑みを浮かべた彼は、相変わらず内心が読めない。
だけど、さっきより幾分かはジズらしい言葉に、少し安心した。
「ささやかな幸せだね」
「ええ」
「僕も、今幸せだよ」
そう呟くと、「知ってますよ」とジズが返して、僕らはまた少し笑い合った。

長い時を生きる僕らは永遠なんて物が無い事は痛いほどよく知っている。
だけど、この感情だけはずっと続けばいいな、と素直に思えた。




(永遠の愛が幻想なら、その幻想が現実になる日を僕らは待ち侘びてる)
(それが現実になるならば、その幻想はこんなにも美しくはないだろうけど)




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