倉庫 真夜中の散歩(Pop'n:カジロキ) 「何者だ」 「え?」 振り返った先には可愛らしい女の子が座っていた。 しかめ面をしてこっちを見ている。 尋ねられた言葉の意味を反芻し、名前を言え、という事なのかな、と思って 「あ、カジカです」 と言ったら、女の子は胡散臭げに目を細めた。 「カジカ」 聞いたばかりの名前を、彼女が繰り返す。 しばらく考えるような素振りをしてから、 「何故此処にいる」 次の質問を放った。 見た目も声も可愛らしいのに、何故か男の人みたいな喋り方をする子だな、と思った。 「ええと、道に迷ってしまって…」 僕は適当な事を言ってはぐらかした。 本当は、此処には少し興味があったんだ。 でも、僕がこの森に行く、と言ったら皆はとても反対した。 「あそこは魔女の森だ」 「魔女に喰われてしまうかもしれない」 「あの森には恐ろしい怪物がいっぱいいるって噂だ」 確かに食べられちゃうのは嫌だな、と思ったけど、それより本物の魔女や怪物を見たいという気持ちの方が強かった。 だから、僕は此処に来たのだった。 でも、そんな事をこの小さな女の子に伝えても無駄だろう。 そう思って、愛想笑いと一緒に、 「此処、とっても道がややこしいんだね」 と付け足した。 女の子はますます不愉快そうな顔をした。 「嘘を吐くな」 「え」 「この森には迷い込めなくなっているはずだ」 「そうなの?」 僕は驚く。 それじゃあ此処に来ようと思わないと入れないのか。 不思議な森だ、と思う。 そして、そんな事を知っているこの女の子は何者なんだろう、とも思った。 「何故嘘を吐く」 可愛らしい顔をしかめて、女の子が尋ねた。 「え」 いきなりの質問に戸惑う。 「えっと」 自分の心の中を探って、答えを見つけ出す。 別に彼女を傷つけたいからとか、自分に後ろめたい事があるからとか、そういう事では無いのだと彼女に分かって欲しかった。 結局、呆れるくらい正直に、つまらない理由を告げる事にする。 「話すと長くなるから、説明をはぶくために…」 ほう、と女の子は今度はふくろうが出すみたいな声を出した。 どうやら及第点はもらえたらしい。 「では、本当は何故此処に来た」 女の子はさっきよりほんの少しだけ愉快そうに聞いた。 「ええと、魔女さんと怪物さんに会いに…」 ふむ、と彼女は頷く。 「会ってどうする?」 ううん、と僕は唸った。 しまった、そこまでは考えてなかった。 「取り敢えず、お話したい…かな?」 彼らに会った時に、一番最初にするだろう行動を言ってみた。 「何だそれは?」 今度は彼女が、呆気に取られた。 大きな切れ長の目が、まん丸になる。 ああ、そういう子供らしい表情をした方が可愛いのに。 そう思っていると、彼女は妙な事を言った。 「願いを叶えるのに魔法が必要なのでは無いのか?」 「魔法?」 聞き慣れない単語を、僕は聞き返す。 それからそうか、そういう考え方もあるな、と納得した。 「ううん、ただ本物の魔女さんと怪物さんに会いたいだけだから」 そう言うと、ふむ、と女の子は納得したように頷いた。 「来い」 女の子が立ち上がり、凛とした声で呼び掛けた。 この子は魔女や怪物について何かを知っているのかもしれない。 そう思って胸を踊らせる。 「魔女さんと怪物さんに会わせてくれるの?」 そう尋ねると、彼女はすぐに首を振った。 「怪物には、合わない方が良い」 「どうして?」 「すぐに喰われてしまうからだ」 「強いの?」 「いや」 「だったら何故?」 「奴は人を惑わす事に長けている」 「へえ」 怪物について詳しいのだな、という意味と、そんな怪物がいるのか、という二重の意味で感心する。 彼女は何処かへと歩き始めながら、大して興味も無さそうに「小人には会ったか」と尋ねた。 僕は慌てて後を追いながら、小人は見た覚えが無いな、と思った。 「あの小人は、人を騙して喰ってしまう」 「え」 食べられちゃうの?驚いた僕を見て、彼女はほんの少し笑った。 「怪物というのは多分、それだ」 「そっか…」 会わなくて良かった、と姿だけは見たかった、という気持ちが入り交じって結構複雑な気分だった。 「じゃあ、魔女さんは?」 「それにはまたいつか、出会う」 彼女はすぐに答えた。 「あれはきっとお前に興味を抱いたはずだ」 「ふうん」 思わせぶりな言葉だったけど、僕にはそれで十分だった。 なんとなく、彼女は嘘なんて吐かない、そんな気がしていた。 すぐに会えたらいいな、なんて空想する。 それからは僕と彼女は無言だった。 話す事の見つからない、居心地の悪い沈黙じゃなくて、むしろ何処か心地好い感じがした。 彼女は小さな体に似合わず、歩くのがとても早い。 僕は小走りで彼女について行かなくてはならなかった。 「此処だ」 10分ほど歩いた所で、彼女が立ち止まった。 小さな手が指差した方向を見ると、細い小道がずっと続いていた。 「この道を行けば村へ帰れる」 彼女は淡々とそう言った。 「帰るの?」 僕は今までの幸福な気持ちが全て沈んでしまったように思った。 彼女は頷く。 「この森は、お前の来る所では無い」 突き放すような口調だった。 今まで好感を持っていただけに、僕は傷付く。 それから、僕が何かしたのかもしれない、と思った。 それなら謝らなくちゃ、と理由を尋ねる。 「何か、失礼な事をした?」 彼女は、少しだけ笑った。 何故かちょっと嬉しそうな笑顔だった。 「逆だ」 声も、ほんの少し弾んで聞こえる。 「私はお前が気に入った。だから、帰す」 彼女の言葉は相変わらず、謎めいていた。 だけど何故か安心されられる響きを持っている。 「そっか」 彼女が言うなら仕方ないな、と僕は満たされた気持ちで諦めた。 きっと、彼女の言う通りこの森には来ちゃいけない理由があるんだろう、と。 それでもやっぱり、魔女さんや小人さんに出会えなかったのは残念だな、と思った。 「安心しろ」彼 女は僕の考えを見透かしたように微笑む。 「魔女にも、怪物にも、またすぐに出会う」 「君には?」 僕は急いで尋ねた。 彼女は、今度は声を出して笑った。 からころと、可愛らしい笑い声がする。 「私にも、だ」 彼女ははっきりと、そう言った。 「だから、此処に来る必要は無い」 とも。 それを聞いて、僕も微笑んだ。 「それじゃ、また」 軽く手を振ると、彼女もそれに応えた。 嬉しくなって、スキップするように小道を歩いて行く。 またすぐに会えたらいいな、未来の事を考えたら、心が踊った。 ちらりと後ろを振り返ると、彼女はもういなくなっている。 もう一度軽く手を振ると、少しだけ森の木々が騒めいた気がして、僕は満ち足りた気持ちで帰路についた。 ←→ |