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てのひら
冬の蛍

 ひどくつめたい風が吹いていた。
 街にはイルミネーションが溢れている。もうすぐクリスマスだ。
 二十三時、終電にはまだ充分間に合う、と希恵はツリーから鳴り出した音楽に足を止めた。
 00分と30分に点滅と共にその歌を流す大きな光のツリーは、土日になればカップルで賑わう。平日は夜が更けても忙しい足並みでいっぱいで、駅前の大きなツリーは存在感こそ大きかったが、淋しそうに見えた。

(かなわなかった恋と、)
(癒しをくれる時間の、)

 歩いていればまだあたためられていた身体が、立ち止まると急に冷え込んだ。

(狭間にいる、)
(でも、優しい、)

 ひとりで立ち止まっている希恵を物珍しそうに見ながら、人が行き過ぎる。
 それでも希恵は動かずにいた。

(うた、だ)

 見上げるツリーは点滅を繰り返す。ちかりちかりと、色とりどりの目映い光を放っては、消える。
 ただそれを見つめ、ただ歌を聴く。
 ぶわりと吹いてきた風に、伸ばしっぱなしの髪は踊らされ、したたかに顔をたたいた。

(みらい)

 一人であることが恥ずかしいと思ったことはない。独り身の気楽さは充分にわかっていた。
 けれど、ただ、ほんの少しだけ、淋しい。
 いつもは感じないこの淋しさを、どう消化していいのかわからず、希恵は僅かに戸惑った。

(すてられない、みらいへの、)
(きたいの、うた、だ)

 歌のおそらく半分が過ぎたころ、音と共にツリーも一瞬、ふっと消える。

(やさしいね)

 アカペラの声と共に一斉についた眩しい光に、希恵はくちびるを微笑みの形にする。

(いつか、そんなふうに、)
(なれる、かな)

 夏になくした恋の痛手は、希恵を臆病にした。どうせなくすのならいらない、と、なくして泣くくらいなら最初からいらない、と。

(蛍、みたい)

 きらきら、きらきら、光る。

(淋しいね、)

 蛍は求婚のために光るのだという。
 相手のいない冬に光る、冬の蛍は美しい分淋しかった。

(あんたも、わたしも、)

 歌がフェードアウトしていく。希恵は一度瞳を閉じてそれを聴いた。
 音がやんだあとで開いた瞳にうつったのは、点滅をくりかえす蛍ではなく、点灯したままのひかるツリーだった。
 愛を求めなくても、よくなったみたいに。
 ふっとくちびるをゆるめ、希恵は白い息を吐く。

(……、いつかは、わたしも、)


 心の中で静かにそう願いながら踵を返そうとすると、ふと頭の横から声がした。

「綺麗だな」

 親しげに語りかけられた声に驚き振り返ると、事務所の席が背中合わせの男性だった。会社でろくに話したことはなかったけれど。

「……、」

 ここで何してるの、も、おつかれさまです、も、今口にする科白としては間が抜けている気がして、希恵は柔らかに頷いた。

「……、うん、」

 男もふとくちびるを歪めて笑う。
 希恵もやわらかに笑って、もう一度頷く。

「――うん、綺麗だね」



(ひどく目映くて、)
(恋をしたくなる、)



091207
結婚式の二次会帰りに、「冬の蛍」を見たらぱっと思い付きました。
「冬の蛍」ってのは、浜松市でやってるイベントというか、イルミネーションで、「冬の蛍イメージソング」のコンペとかあって、その優勝曲が帰り際にちょうど流れて、ついぼーっと見守ってしまい…帰りの電車で書きました。




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あきゅろす。
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