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短編置き場
煙草と夢と 5

 二十一歳の冬を、泣いて過ごした。涙と、後悔と、失望と、切なさの中で、生きた。
 二十二歳になろうとする春、私は自分の弱さを責めた。自分のみじめな姿を恥じ、初めて変わりたいと願った。二十二歳になる六月まで、一か月くらいしかなかった。伸びかけた髪にストレートパーマをかけ、明るい茶色にした。コンタクトレンズを買い、化粧を覚えた。
 二十二歳の誕生日に、自分でピアスホールを開けた。安全ピンで明けた穴に、一番最初に飾ったのは、十字架。アンティークっぽい、黒ずんだ、まるで風雨に晒されたような十字架。
 開けたばかりのピアスホールは、心臓が脈打つたびに痛み、眠れなくなった私は酒の味を覚えた。最初は寝酒だったのに、そのうちに夕食代わりに酒を飲むようになった。毎日、倒れこむように眠り込む。体重は下降したが、反比例するようにたまるストレスの解消に、煙草を覚えた。
 今思えば、滅茶苦茶な生活を、どうやって成立させていたのだろう。結局、二、三か月後には普通の生活に戻った。――酒と煙草の味を、忘れないまま。それは確か……耳に飾られた十字架の重みに慣れ、痛みが消えた頃。同時に、これは二十一歳までの自分の墓標だ、と思い始めた頃のことだ。
 そうやって過去を葬ったことが、正解か否かはわからない。けれどそのまま二十五歳になった。現在の自分を好きなわけじゃない。けれど、過去の自分も決して、好きじゃない。自分なんて、決して、愛せない。だから。
 ――だから私には、他人の言葉が、視線が、必要だった。いつも。二十二歳の誕生日からずっと、いつも。そして――今も。
 自分を嘲笑する声を耳の中で聞きながら、私は煙草に火をつけ、会話に合わせて笑いながら、ふと外を見た。
 ……何故、外を見ようと思ったのか、わからない。わからないけれど――、
 外に見える、早足で歩いてくる男が目に留まった。薄いグレイのロングコートを来た男が、目に、留まって、しまった。
 その瞬間、無意識に息が止まっていた。
 心臓を強く、握りしめられたような痛み。
 そんな自分を自覚して、私は視線を足許に落とし、瞳を閉じて、笑った。

(あの頃とは違う、)
(ハイヒールの、足、なのに)

 ほんのかすかに――微笑したのだった。


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あきゅろす。
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