短編置き場
煙草と夢と 3
カウベルが強く鳴り響いた。ざわざわとうるさい人の声と、酒と煙草と香水の匂いと、控えめなBGMとで満たされた店内にひしめく人達の、半分くらいが私を見ただろうか。私はその無遠慮な視線に、唇を笑いの形に整えることで応えた。
「――あ、祥子……?」
誰かの声が私の名前を告げた。七年前のクラスメイトの過半数は、自分から見て誰なのかすぐにわかった。けれど、私を見てわかるクラスメイトはあまりいなかったようだ。少し笑った。
誰かの一言が契機になり、私の名前は会場中で囁かれ、また大声で叫ばれた。
――祥子だって。――え、田口? ほんとにそうなの!? ――おおい、幹事ぃ。――溝口、田口来てるって。
そんな声の中、慌てて出てきた男の声が少し甲高く響いた。
「――え、田口? 田口祥子?」
元クラスメイトの人並から、飛び出してきた溝口。当時のクラス代表だった男だ。今回もきっと幹事役をすすんで引き受けたのだろう。黒いスーツで髪をかためている以外は、あまり変わっていないように見えた。
「田口祥子? ほんとに?」
「……身分証明、出そうか?」
冗談めかして微笑んだ私に、いいよいいよごめん、と溝口は慌ててオーバーな身振りで謝った。近くに寄ってきていた十人位が声をあげて笑うのにあわせ、私も笑う。
「――変わったなぁ、田口」
しみじみと、という形容がよく似合う溝口の科白に私は小さく苦笑し、足を一歩踏み出した。溝口がエスコート役を買って出て、私の腕からさりげなくコートを受け取り、カウンターの店員に渡した。
「誰だって、少しは変わるでしょう?」
溝口はさらっと笑った。
「田口のは少しの変化っていうのか?」
「――そうね、あたりかも」
小さく苦笑した私に溝口は合わせて笑って見せ、それから声をはりあげた。
「田口祥子さん遅れて到着ー」
笑い声と拍手のまじった店内の雰囲気を感じ、溝口はやっぱり変わっていない、と私は思った。こういうことが得意だった。あの頃も。学ランを着ていたけれど。
私は一礼してから、遅くなりました、と挨拶した。目をあげると、臙脂色のワンピースを着た奈緒子と目が合った。壁際に一人で立っているというのがあまりに奈緒子らしい。
しばらく、新参者の私から情報を得ようとする人垣の中にいた。煙草を片手に、当たり障りのない質問には笑顔ですんなりと応じ、突っ込んだ質問や嫌味を笑顔ではぐらかし、思い出したように嫌味を言っては、疲れる時間をやり過ごした。
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