短編置き場
煙草と夢と 2
――スニーカーの足元を見つめて、私は映画館の前に立っていた。健雄(たけお)を、待つために。
約束の時間より十五分早く来る私と、絶対に遅れて来ることはない健雄と。まるでルールみたいに、高校二年の秋からずっと、待ち合わせはそういう形だった。
伸ばし始めの不揃いな黒髪が、寒くなった風に揺れた。縁のない眼鏡はきっと、映画館に入ったら少し曇るだろう……。
待ち合わせの十二時十五分まで、あと五分という時、私は顔を上げた。きっと、グレイのフリースとジーンズという姿で、あと二分以内には来るだろう健雄の姿を探して、胸を躍らせていた。
(――あ)
あ、健雄だ、と私は思う。スクランブル交差点の人ごみの中に、予想通りのグレイのフリースを来た健雄の姿があった。健雄の姿を捉えた途端、私は無意識のうちに口元をゆるめていた。
身長が高いわけでも、決して目立つ容姿をしているわけでも、ない。ないけれど。
――好きな人は、不思議なほど目に入る。
健雄が私に気付いて、小さく手を振って微笑んだ。私も微笑んで、健雄へと駆け出す。
身長差を縮めないための、スニーカーを履いた足で。
まっすぐに。
――からら。
頭上でカウベルのようなものが揺れ、音をたてた。冷えた体に、突然暖かい空気が浴びせかけられた。私は、店の入り口にある全身を映す鏡を見て、風に踊らされて乱れた髪を手櫛で整えた。茶色のコートも脱いだ。
鏡に映る自分の姿をもう一度チェックする。
膝上七センチの丈の黒いキャミソールのワンピースを着て、その上から、透ける素材の黒い長袖の上着を羽織った自分の姿。上着にあしらわれた、つるの伸びている植物の模様は、きらきらと光っている。よく光る真紅のマニキュアで彩られたツメと、茶色のルージュで彩られた唇。十八金のピアスと、二十四金のチェーンに真珠をつけたネックレスを飾った上半身。眼鏡もかけず、髪も伸び、体のラインを浮き立たせる服を着ている、自分の姿を、鏡でじっと見つめた。
現在の自分の姿は、高校時代とはまるで異なるものに見えた。この私の姿に、あの仲間たちは何を思うのだろう……。高校最後の一年間を一緒に過ごした、三十八人。
会場に踏み込む、店の内側の扉に手をかけた。――健雄はいない、だから大丈夫。――健雄はいない、だから、このまま帰ってしまおうか。そんな相反する二つの思いが、私の動きを止めさせた。けれど、そのどちらの思いも振り切るように、私は扉を強く押し開けた。
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