ma 煙草の香り 1 帰り道の公園、街頭の真下のベンチに彼女はいつも座っていた。 住宅街にほど近いその公園のまわりには、夜、ほとんどひとけがない。たまに通る帰宅途中のサラリーマンらしき影にしても、大多数は家路を急いでいるせいか、彼女の存在に気付き、多少気になったとしても、声をかけることはない。彼女は本意不本意に関わらず、誰にも関わられずに済んでいた。 それは、高瀬のよく知った顔だった。髪の色も、メイクも、服も、あの頃とは全然違ったけれど、確かに、知った顔。 その姿を見るようになって、一週間。 「毎日よく飽きないっスね」 多少の嫌味っぽさを込めて、高瀬は遂に、小さく声をかけた。 彼女が首だけで振り返り、そして、笑った。 「高瀬」 前とは違う、妙に冷たい、笑い方で。 「今帰り?」 「はい」 そう答えながら、高瀬は、知っている癖に、と、思う。去年までと何も変わってはいないのだから、と。自分だって、去年はマネージャーだったのだから、と。――けれど、口には出せなかった。 公園はやけに整った緑で柵のように囲まれている。あまりに綺麗で嘘臭いそれの前に自転車を停め、高瀬はそれをまたいで、彼女に近付いた。 「練習おつかれさま」 彼女は少し笑って、そう答えた。そして、ふいと前を向き、かちり、という音をさせた。 「どうも」 高瀬も短く答える。彼女の座るベンチ、彼女の斜め後ろに立つと、わずかに彼女の顔を照らす灯りが見えた。 彼女の華奢な肩越しに、やわらかに紫煙が立ちのぼるのを高瀬は見た。風がないせいもあって、やけにゆっくりとそこに居座る煙を睨むようにしてから、彼女の風上になる隣に座った。 「匂い、うつるよ」 「じゃー火ぃつけないでクダサイよ」 「どうして? 私は煙草吸いに来てるのよ」 深く吸い込んだ煙を、ゆっくりと彼女は吐き出した。 煙草の煙にも、匂いにも慣れていない高瀬は小さくむせた。彼女はそれを見て、愉快そうに目を細めた。 「高瀬はカワイイね」 「馬鹿にしてるんスか」 「さあね」 繰り返し吐き出される煙を浴びていると、悪酔いしそうな気がした。それでも、高瀬はそこに座っていた。 「毎日何してるんスか」 「煙草を、吸ってるの」 「わざわざ、こんな所で?」 「いけない?」 ざらついた声で彼女が言い放った。 [次へ#] [戻る] |