ma 煙草の香り 2 「……別に、……関係、ないスから」 高瀬は答えながら、俯く。乱暴に投げ捨てられた煙草を踏みしめる彼女の足を、高瀬は静かに見ていた。 真っ赤なサンダルの足、綺麗な緑色の爪を。 「……ならいいでしょ」 低く呟く、彼女の声。かちり、と、また、ライターの音がした。高瀬は目を上げないまま、紫煙の匂いに酔った。 煙を吐き出す息づかい。そして、彼女は、言い切った。 「それに、もう、来る気、ないし」 こともなげに告げる彼女の声に、高瀬はゆるゆると、顔を上げた。涼しい顔で煙草を吸う彼女の横顔に、ぎしりとくちびるを噛みたくなる。 煙草の匂いが、気持ち悪い。 いらいらと、ぎしぎしと、心が音を立てる。 「……一週間、……」 思いもしないほど苦く、声が吐き出された。 え、と彼女が聞き返す。それほどに、それはかすれた、小さな、声だった。 ひどく、苦く。 「一週間、俺が、どんな、気持ちで……!」 絞り出した声は、煙草の煙に包まれて、静かに空に昇っていく。言葉の余韻も残らず去ってから、冷たかった横顔が、ほんの少しだけくちびるを緩めた。 「……高瀬、」 名前を呼ばれるのとほぼ同時に、煙草が投げ捨てられ、踏みしめられた。 「高瀬は、かわいいね……」 ゆるゆると、やわらかく、彼女が笑った。 昔みたいに。 何も言えなくなって、高瀬は黙り込む。 高瀬を見た、その瞳は優しかった。 あの頃と同じように。 好きだ、と、最初に思った頃と、同じように。 「せん、ぱい……、」 けれど、すぐにその笑顔は消えて、また、静かで冷たい笑顔に戻った。 言いかけた言葉の続きを、遮るように。 すっと立ち上がった影を、煙草の吸い殻も放置したまま歩き出す背中を、高瀬はなすすべもなく座ったまま見送った。 「――じゃあね、高瀬」 一瞬振り返った彼女の瞳は静かに笑んでいた。 先輩、と、呼びかけたいのに、声にならない。 待って、と、言うだけでいいのに。 好きだ、と。 言うだけで。 けれど動けないまま。 足音は、遠ざかる。 足下に残った吸い殻に手を伸ばす。苦い香りに混じった、ほんの少しのメンソールの香り。 きっと、もう、会うことはないのだろう。 高瀬は、そんな風に思う。涙は、出なかった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |