企画小説 歌え、別れの置き手紙を 7 ハルの、言葉が、 亜也子の心臓を貫くみたいに響き、揺れた。 「……あり、が、」 ありがとう、と口にしようとして、けれど亜也子はそれが出来ずに、泣き出していた。 ハルは一瞬遅れて顔をあげ、泣き出した亜也子を見て、痛そうな、苦そうな、顔をした。 (俊さん、) (私、) (歌う) ばらばらと零れ落ちる涙を拭きもせず、亜也子は記憶の中の俊輔に語りかける。そして、ハルに向けて、笑った。 (この歌が、キーが、) (あなたが、私にくれた、) (音楽) 「あり、がと」 (あのひとが、くれた、) (あいしてる、) (ことばよりも、大事な、) (あいしてる、の、) (サイン……) ハルが差し出したタオルハンカチを手に取ると、亜也子は涙を拭った。 記憶の中の俊輔に、亜也子は、話しかける。 歌い、続けるよ、 あなたのくれた、 さよならの手紙の代わりの、 あの、歌を。 あなたのつくった、 あの、 歌を。 届くはずのないこの歌を、 それでもずっと、歌い続ける。 届かなくても、苦しくても、 願い、続ける。 (いつか、また、) (会いましょう……) ねえ、 きこえる? あなたに愛された、歌。 愛されたって、今は、思えるから。 信じられる、から。 だから、歌っていける。 再会を、願いながら、 ありがとうと、伝えながら、 愛してた、と。 好きでした、と。 胸を張って、歌い続ける。 ねえ、 きこえる? 09年04月 短編小説企画「cantata」様に提出 お題:“愛された”記憶が私を私にする 単独でも読めるように気をつけて書いたつもりですが、同じ主人公のお話もあるので、よかったらまた読んでみて下さい。 瞳の中の残像 祈りの、うた [*前へ] [戻る] |