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椅子に座って、急いでランドセルを片付け、悟史に尋ねる。
「それで、入江はどのくらいで退院できると言ってましたですか?」
「むぅ、ごめん、実はいつまでになるかよくわからないんだ。……ストレスって言っていたし、そんなに長いことにはならないと思うけど…」
悟史はちょっと困ったような顔をする。悟史の見立てでは入院は長いことにならないようだけど……
「……ですが梨花。前の世界では……」
羽入も困ったような顔。
「みぃ、羽入、わかっていますです」
前の世界と同じ流れなら、沙都子の今回の入院も長期に渡る……それは多分正しい。
だけど、ボクとしては短期間だと信じたい……沙都子が雛見沢症候群にかかっているなんて、確定する気にはどうしてもなれない。
……だから、とりあえず長期とわかるまでは、持っていくのは入院に必要最低限のものだけにしておこう。昨日お父さんに聞いた限りだと、短期間だったら、そんなに物は必要じゃないらしいし、足りなくなったらまた届ければいい。悟史の見立てを前提に話を進めることにする。
「みーすぐに退院出来るならよかったのです」
「うん……そうだね」
ちょっと悟史の顔が暗くなる…みー?
「悟史は何が用意できるのですか?足りないところをボクが埋めますのです」
「えっと、その…着替え…くらいなんだけど……でも頑張って交渉すれば…」
悟史は申し訳なさそうにボクを見る。ボクに残りを全部頼るのが心苦しいのだろう。少しでも安心させることにする。
「みー、頑張らないでいいのですよ。着替え以外はボクが用意しますのです。叔母と交渉するのに比べれば、ボクが全部用意する苦労なんて、ゾウさんとアリさんくらいの差がありますです。悟史からみたらあってないようなものなのですよ」
「むぅ……でも、やっぱり悪いような」
「みぃー?悟史はもしかして、ボクに沙都子が取られるのが怖いのですか?ボクとしては、ここで沙都子にいっぱいいっぱい恩を売ってハートをわしづかみにする計画なのです。ホントは着替えまで用意するつもりだったのですよ。でも悟史が邪魔をするから、着替えが用意できないのです。邪魔しないでほしいのですよ。みぃーー」
ボクの言葉で、やっと遠慮せずに頼る気になったのか、悟史は口元を綻ばせる。
「あはははっ、うんわかったよ、ありがとう梨花ちゃん、でも着替えだけは僕が用意するよ、兄として少しは良いところも見せたいから」
「みーー、しょうがないから着替えくらいは許してあげるのですよ。せいぜい沙都子に恩を売るといいのです」
「うんそうするよ、ありがとう」
「みぃ〜〜☆」
二人で微笑みあったあと、簡単に細部を詰める、といっても何が必要かは、だいたいボクの頭に入ってたから、大した時間はかからなかった。
唯一の問題は、沙都子が入院中暇を潰せるものがないということだけど……それもすぐにおもいつく、魅ぃからマンガを沢山借りればいい、この世界だと前の世界より、魅ぃとの仲がいいからすぐに了承してくれるにちがいない。
「それじゃあ、悪いけどそれでお願いするね」
「みぃ」
話し合いが終わって、悟史は前を向いた。
悟史は疲れているからか、少し肩を落とし机の上に手を載せ、やや前屈みになる、ため息でもつきそうな雰囲気……それをみると昨日の罪悪感が胸をもたげる。
「羽入……ボクは悟史に、あのことを伝えて謝らないといけないと思うのです…」
羽入は否定の意を込め首をゆっくりと振る、瞳からはボクを諭すような光が見えた。
「……それを伝えて謝っても何にもなりません。悟史には何ら意味のないことなのです」
「悟史が信じてくれないからですか?でも、それでも伝えるべきだと思うのです。悟史に自分の罪を伝えすらしないのは、とてもズルくて嫌なのですよ」
羽入はもう一度ボクを見据える。
「梨花…その思いは立派ですが、今回のことは梨花が必ずしも悪いわけではないのです。梨花は見捨てたのではなく、ただ未来が不明瞭だったため動けなかっただけなのですよ。他の人と大した違いはありませんです」
「みー、そんなのは言い訳なのです。ボクにだけはチャンスが与えられていました。でもボクは動こうとすらしなかったのです。悪いのはボクなのですよ」
「ええ、確かに梨花は動きませんでした。それは責めてもいいかもしれません。ですが、動いたからと言って未来は変わらなかった可能性もあります。
…今の状況は明確に梨花が悪いとは言えないのです。それなら謝らない方が悟史にとってはありがたいことなのですよ」
「みー?悟史にとってなのですか?」
「はい、もし梨花がそれを伝えて、悟史に謝ったとしても、悟史が癒されるわけではありません。悟史が味わうのは、戸惑いや後悔、怒り、梨花への恨み憎しみ……そういった負の感情くらいしかないのです。それは、悟史にとっては苦しみにしかなりません。もちろん梨花が本当に悪いなら、悟史に苦痛を与えてでも謝るべきですが……そうでないなら、悟史のために伝えるべきではないのです」
わかりましたか、梨花?そういって、羽入はボクの目を覗き込む。
「……みー、なんとなく言いくるめられたような気がするのです」
ちょっと拗ねたくなったけど、羽入の言うことが正しい気もしてそれをやめる。
……それにしても、謝ることもできないなんて……
自分の情けなさについ、ため息をつく、羽入はボクの心中を察したのか、安心したように微笑んだ。
「梨花…謝れない分は悟史たちに行動で返せばいいのですよ。それなら悟史も喜んでくれますのです」
行動で返す……羽入は簡単そうに言うけど、今のボクじゃ何もしてあげられない……それはきっと羽入も分かっているのだろう。
それなら思いつくまで、出来るかぎり沙都子たちの力になろう……今ボクが出来ることは、沙都子の入院中の暇潰しのマンガ集めくらい…
そう決めると、席をたって、魅ぃの方に向かうことにする。
魅ぃはボクを見つけると、椅子を揺らすのやめ楽しそうに手を挙げる。
「おーっす。梨花ちゃん、今日もあっついねー」
「みー?今日はそんなに暑くないのですよ」
「うん外はね、暑くないよ」
そこで魅ぃはニヤニヤ顔を緩め、団扇で扇ぐ真似をする。
「でも悟史と梨花ちゃんは、朝からラブラブ微笑み合っちゃって、あっついあっつい、おじさんなんか思わず職員室に涼みに行きたくなったくらいだよ…!いやぁ熱かったなぁー」
ボクが悟史と……ちょっと顔が赤くなる。
……この話は危険…………とりあえず無理矢理話を変えることにする。
「み、魅ぃ…!そんなことよりお願いがあるのです!」
「おっ、そんなに慌てるってことは…まさか」
「魅ぃっ!!」
「まぁまぁ冗談だって!そんなに怒んないでよ。……それで…お願いって?」
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