1鏡崩し編〜弐〜 子供たちは山の精霊と探検ごっこをしました。 子供たちは山の全てを一つ一つ楽しそうに知ってゆきます。 山の精霊は、その一つ一つを数え、まだ見ぬ場所を数えます。 子供たちが山の全てを知ったとき、次は何処を探検するのでしょう? 山の精霊が尋ねると、子供たちは知らないと楽しそうに答えました。 Frederica Bernkastel ジリリリリリリリンッ……ジリリリリリリンッ……ジリリリリリンッ…… ……廊下から電話の音。 こんな時間に誰だろう…?今は夕食の時間帯だから、電話を掛けてくる人はあまりいない……それでも掛けてくるということは、緊急の用事か、はたまた、美味しいものを持ってくるから夕御飯を食べるのを待っててほしいとか。 ……後者の理由であることを期待しつつ、ボクは持っていた茶碗を置くと、電話に出るため立ち上がろうとして…お母さんが先に立ち上がったのを認め、それをやめる。 お母さんはそのまま、こんな時間に誰かしら、といいつつ、急いで居間を出ていく……それを見てボクはホッと肩の力を抜いた。 数ヶ月位前から、お母さんはボクがいるときにはほとんど話をしなくなっていて、一緒にいると息が詰まってしょうがないのだ。 ……向こうから話掛けてくるときもあるけど、それは怒るときだけで、宿題をしなさい!とか、もう寝なさい!とか「はい」としか言えないようなものばかり。 ……逆にボクから話掛けても、「そう」としか答えてくれず、お母さんが機嫌が悪いときには、「羽入さんに聞いたら?」とまで言われてしまうため、話す気になれない、そんな訳でボクは母と喋ることが出来なくて家の中は暗くなる一方だ。 といって、……そこでチラリと斜め前に座るお父さんを見る。 お父さんはお父さんで、皆でいるときにはボクとお母さんの空気を感じとり、更に口を重くしてしまい、ほとんど喋ってくれなくなる。 それは羽入も同じで、ボクと母の方を見ては落ち込むだけで、話し相手にもなってくれない、だから誰一人話をすることもなくて、余計に空気が重く淀み、近頃では家にいるのが苦痛に感じられてしまう。 「梨花!お友達から電話よ」 廊下からお母さんが呼んだ。ボクは机から立ち上がりつつ答える。 「みぃー、誰からなのですか?」 「いいから出て」 「みー」 廊下に出ると、お母さんが受話器を持ちながら立っていて、近づいてすぐにそれを受けとる。お母さんが居間に歩きだしたのを確認してから、受話器を耳に当てる。 「もしもし。梨花なのです」 「こんな時間にごめん、梨花ちゃんには早く伝えた方がいいと思って」 少しだけ焦っている男の人の声……悟史かな…受話器越しだと、何だかいつもと違って聞こえる。 ……でも、悟史がボクに電話を掛けることなんてめったにない…その悟史が焦りながら電話を掛けるということは……胸に不安が走る。 「悟史…それで一体どうしたのですか?」 悟史はちょっとだけ時間を置いた。やっぱりあまりいい話じゃないのだろう。不安は増す。 「うん……実は、今日沙都子が倒れて入院したんだ」 「みぃー!?」 突然の言葉に心臓がキュッと冷える。 「そ、それで沙都子は大丈夫なのですか?」 「うん、監督が言うには、安静にしてれば良くなるって、ストレスが溜まり過ぎたんだろうって言ってたよ……その…僕たちの」 「みー、分かりましたのです」 きっと悟史が続けようとしたのは、両親が死んで……ということ、そんなこと悟史の口から言わせる訳にはいかない…… 悟史はホッとしたように言葉を切る。 ……でもボクは安心することは出来ない。沙都子は前の世界でもこの時期に倒れた……その時も今と同じような電話をくれたから、多分原因は同じ…雛見沢症候群… 「そういうわけだから、安心して待ってて、梨花ちゃんは沙都子と仲良いから、伝えて置こうと思っただけだから」 悟史がそう言ってくれても、安心することはできない。前の世界と同じなら、多分この入院は長期に渡る……だから、悟史の言葉には構わず、必要なことを聞くことにする。 「……入江は沙都子がいつ頃退院できるか言ってましたですか?着替え以外の入院に必要なもの持って行ってあげたいのです」 悟史だと、きっと用意するのが大変だと思う。着替えとかなら、もう持っているから悟史でも何とか用意できるとしても、歯磨き粉や石鹸…ティッシュ等の消耗品となると悟史には荷が重い、沙都子の叔母は相当な守銭奴らしく、お小遣いはもちろん、入院のために必要なものを渡すことすら難渋するにちがいない。ましてや、入院中時間を潰すための娯楽用品など望むことすら出来まい。 もしかしたら入江も身の回りの物を用意してくれるかもしれないけど、やっぱり自分の物の方が沙都子も落ちつくだろうし、きっと悟史も安心する。入江は今回も入院費を取らないだろうから、そういうものまで全部入江の世話になるのは、とても心苦しいことにちがいない。 予想通り、悟史も悩んでいたのか、嬉しそうに息を吐いた…… それにしても沙都子の入院にすら物を渋るとは……ボクは心に決める。叔母の姿を見たこともないけど、会ったら絶対に叩いてやるのです! 「……ありがとう。申し訳ないけどお願いするよ……あ」 「み?」 「叔母さんが、呼んでる……ごめん、続きはまた明日学校で」 「みー、わかりましたのです」 「じゃあね梨花ちゃん」 「みぃ」 ……ガチャ…… 受話器を置くと、隣に羽入が立っていた。 ボクはそっとため息をつく。 「羽入……羽入が言ったことが正しいのかもしれないです……」 沙都子と悟史の両親は結局、旅行先で転落し……死を迎えた。それはつい数週間前の出来事で、日にちも綿流しの当日……前の世界と全く同じ……、ボクはそれでも羽入が正しいなんて信じたくなかったから、今まで出来るだけ考えないようにしていた。でもこうして沙都子も同じように入院するのなら、羽入の言うように、運命は前と同じ……きっと変わらない。そう認めた瞬間…ボクの胸に強い罪悪感が芽生える。 ……沙都子の両親が死ぬことは、ボクだけはわかっていた……知っていた…悟史や沙都子に教えてあげていれば、旅行先を変えたかもしれないし、崖に近付かなかったかもしれない。 ……ううん、かもなんかじゃなく、絶対そうなってた!きっと助かってた!なのに、ボクがそれをしなかったから……沙都子にまた悲惨な人生を…… 羽入はボクの瞳に後悔の色を見てとったのか、慰めるように言葉を掛けてくれる。 「梨花……気にすることはないのですよ」 [次へ#] [戻る] |