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目の前で飛び散る、紅。



焦げるような蒸気の臭いと、鉄を含んだ血の臭い。



重い足音が大地を揺らす。



いくら倒してもきりがない。



耳に届くのは仲間の悲鳴。



私の仲間が――部下が、体を咬みちぎられるその光景が視界に入る。



守れない。私が、守るべきなのに。



悲しみと怒りが胸中で渦巻き、溢れた涙で視界が歪んだ。














「――ッ!」



引き戻された意識が、体の硬直を認識する。


心臓は、内側から激しく胸を叩いている。


頭にまで届く脈動と、浅く速い呼吸。


冷や汗が、額を伝うのを感じた。


窓から入る月光は、室内を柔らかく照らしている。


大きく深呼吸をして、呼吸を整えた。



――また、あの夢。



いや、夢じゃない。
現実だ。


前回の、壁外調査での記憶。


最近、その時の記憶がよく夢として蘇る。


体の傷が治ってきた矢先だった。
欠けた記憶が夢として戻ったのは。


しかもいつも見るのは、決まって巨人と戦闘した時の記憶だけ。


仲間が、私の部下が巨人に殺される瞬間のその光景だけが、繰り返し再生される。


じわりと視界が滲んだ。


今夜もいつものように、溢れる悲しみと涙を止めることが出来なかった。











ひとしきり泣いた後、朦朧とする頭に喉が渇きを訴えた。


ゆっくり立ち上がり、水を一杯飲もうと食堂へ向かう。


夜の本部は暗い。


オレンジ色の灯りが、ボンヤリと廊下を照らし出す。


時計を見たら午前3時になろうとしていた。


そのため人は誰もいなく、廊下には私の靴の音だけが響いている。


当然、食堂にも人はいないと思っていたのだけれど……


廊下にもれ出ている控え目な灯りは、先着がいることを示していた。


入り口から中を覗き込むと、漆黒の髪と細身の体の持ち主が目に入る。


……リヴァイ


声に出さなかった名前は、まるで本人に届いたかのようだった。


窓へ向けられていたその顔がこちらへ向き、視線が合う。



「あ……こんばんは」



先に口を開いたのは私だった。

足を食堂へと踏み入れる。

食堂の中はいくつかの灯りがついているだけで、いつもよりだいぶ暗かった。



「どうした、こんな時間に。寝れねぇのか?」



少し掠れたリヴァイの声が耳に届いた。

今はいつものスカーフをしていないし、夜ということもあってずいぶんラフな格好をしている。



「ちょっと寝付き悪くて。リヴァイこそどうしたの?」



グラスに水を注ぎながら、問いかけた。

リヴァイは視線を窓の外へと戻す。



「ふと目が覚めただけだ。……それにしても今日は月が明るいな」



確かに今夜は月が綺麗に出ていた。

窓の外は、月の青白い光で包まれている。

リヴァイの手元には、水の入ったグラスが置いてあった。

もしかして、彼も寝付きが悪かったのだろうか。



「悪い夢でも見たか」



いきなり問われて、視線をリヴァイへ向ける。

窓から入る月明かりが、端正な彼の顔をより引き立てていた。



「え……いや、そんなことないけど」



とっさに嘘をついてしまった。


もしかしたら、泣いて腫れた目に彼は気づいているのかもしれない。


でも……いつからだろう。私は人に弱音を語れなくなった。


自分の地位が上がった時からだっただろうか。


気丈に振る舞っていないと、自分を保てなくなると思ったからかもしれない。


もしくは、みんな同じ状況にいる中で、弱音なんて吐いてちゃだめだと思ったからかもしれない。


どちらにせよ、昔とは違って泣き言は全く言わないようにしてきた。



『リヴァイに遠慮しなくていいって言われたなら、しなくていいと思うよ』



何故だか今、ハンジの言葉が脳裏でこだました。


そうか、とだけ返答するリヴァイを見る。


私は少し黙った後、彼の斜め前に座った。



「本当は……夢で記憶を見るの。壁外調査の時の」



リヴァイの瞳が微かに揺れる。

特に制止されるわけでなかったため、先を続けた。



「全部を思い出したわけじゃないんだけど、巨人と戦ってる場面だけ繰り返し再生されるんだ。それが、すごく生々しくて。部下が戦ってる姿とか、食べられしまう姿……とか、その場面だけが鮮明に映し出されて……」



その記憶から連鎖するように、部下達の記憶も思い出すようになってきた。


共に笑い、戦い、苦難を乗り越えてきた大切な仲間達。


だからこそ、壁外調査の記憶は私の胸をえぐる。



「最近、それでちょっと寝れなくなっちゃうんだ。辛くなっちゃって。その場面以降の記憶はまだ思い出せてないんだけど……」



私の言葉に、リヴァイはそうか、と静かに相づちを打つ。

彼のことも思い出せたらいいのに。

まだ、彼を思い出す記憶までは蘇っていない。



「辛くても、それは変わりようのない事実だろ」



リヴァイの声に、いつの間にか下を向いていた顔を上げる。

彼の真っ直ぐな視線とかち合った。



「壁外でたくさん人が死んだのは、変えることのできねぇことだ。お前の部下も、俺達の仲間も、死人を生き返すことなんてできない」



リヴァイの言葉に耳を傾けた。


彼は落ち着いた声で続ける。



「だから俺達は、記憶を大切にするしかない。そいつらが生きてきた証が、俺達の記憶として残っている」



彼が、あまりにも芯の通った態度で、声で、言うものだから。


私は彼から視線を外すことなんて出来なかった。



「だから***、良かったじゃねぇか。お前の部下のことを思い出せて」



その言葉に、涙腺が熱くなった。


やばい、と思うも、止められずどんどん涙が溢れてくる。


とっさに視線をリヴァイから外した。


洩れだしそうな嗚咽を抑え込むように、涙が目から流れでないように、ぐっと力をいれる。


***、と私の名を呼ぶ彼を、見ることが出来なかった。



「お前はその記憶を大切にしろ。いいな?」



もう、涙を止めることは出来なかった。


溢れた涙が頬を伝う。



「それと、お前は我慢しすぎだ。もっと頼ることを覚えろ」



リヴァイの声が、胸に染み渡る。


それはとても温かくて、優しくて、全て包み込まれているような感覚がした。


がたり、と椅子が動く音の後、不意に頭をくしゃりと撫でられた。


びっくりして顔を上げると、隣に座ったリヴァイと目が合う。



「ひでぇ顔だな」



ふ、と呆れたような笑みを零すリヴァイ。


自分の心臓が大きく脈打ったのが分かった。


それと同時に目の前の彼を見て、この人は一体どれ程の経験をし、どれ程の重みを背負ってきたのだろうと思った。



「リヴァイも、何かあったら私を頼っていいよ。私じゃなくても、エルヴィンとかハンジとか、仲間はいっぱいいるんだから」



彼こそ、頼ることを覚えた方がいいんじゃないだろうか。


とっさにそう思ったことから出た言葉だった。


リヴァイは驚いた顔をした後、口を開いた。



「ああ……そうだな」



涙の壁の向こうで、リヴァイは少し口元を緩ませ、そう言った。








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あきゅろす。
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