山田行道と事実

「…もう大丈夫…か。」

「…いや、あの…、説明お願いします。」

「…っ!」


山田が声をかければ余程集中していたらしい、彼女はビクッと肩を揺らした。

そして可愛い顔を伏せながら状況を説明し始めた。


「今日、バレンタイン。」

「…あぁ、はい。そうですね。」

「人気者だから、女子達に追われてた。」

「は、はぁ…」


何故なのか片言で喋る彼女に疑問を抱く。

不思議に思った山田は彼女の顔をスッと覗き込んだ。


「……、」

「あれ?」


彼女の顔を見て再び出てきた疑問に声を上げる。

よくよく見ると彼女の顔に見覚えがあった。


「えーっと‥俺らどこかで会いましたっけ?」

「……ぃぇ、」

「んー、ん?」


伏せられた大きな目、筋の通った高い鼻、形の良い綺麗な唇、艶やかな黒い髪。



少し赤くなった眼鏡の跡。


「眼鏡…?」

「っ……、」

「恭ちゃんみーっけ。」


突如現れそう言ったのは日高真美だった。


「…って言うかここ、男子便所なんですけど。」

「知ってるわよ。」


どこから突っ込めばいいのやら、山田は一瞬で思考をシャットダウンさせた。


「どういう神経があれば堂々と男子便所に入れるかね?普通に使ってる奴が居たらどうしてたんだよ。」

「まぁまぁ良いじゃない。結果オーライ。」

「ふざけんな。逆セクハラで訴えるぞ。」


山田は珍しくマトモな事を言い、日高に向かって立てた親指を下へ向けた。


「いや、だってこれが落ちてたんだもの。」


そう言って渡されたのは、山田が落とした大量のお菓子と見慣れない髪留めだった。


「お菓子のカードを見て山田のだって分かったわ。それで、その髪留めはトイレの前に落ちてたの。恭ちゃんの私物だから多分トイレかなって。」

「…なるほど。」


山田は何となく納得して髪留めを恭ちゃんと呼ばれる彼女に渡した。


「で、きょうちゃんってのは俺の知ってるきょうちゃんなのか?」

「……、」

「……マジかよ。」


山田は一人、うなだれた。

まさか山田が見惚れたいつぞやの天使が柿田恭子だったとは‥

まるで夢にも思わなかった。

髪を下ろして眼鏡を外すだけでこうも印象が変わるなんて、女は果てしなく恐ろしい。


「今日は無口なんだな。あれか、恥ずかしいのか。」

「……、」

「あの堅物風紀委員長様も可愛い所あるじゃねぇか、なぁ?普段からそうしおらしくしてりゃ男にもモテるんじゃねぇの。」

「山田いい加減にしなさい!あまりにも失礼よ、最低!恭ちゃんは今日疲れてるの、余計な事は言わないで!」


日高は柿田を庇うように腕を引き、山田から距離を取った。

山田はフンっとふてくされると適当に開けたお菓子を口に入れる。



─ だから日高は嫌いだ。



キーキーと甲高い声で怒鳴っていつも煩い。

柿田恭子の腕を引きながら立ち去る日高の背に、再び親指を下へ向け嫌な顔で舌を出した。




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