05
近頃この学校は騒々しい。
いや、そんな事より風紀が問題だ。
風紀委員長が自ら問題を増やしてどうする。
「そう思わないか?」
「何を今更、騒がしいのは分かり切っているし、それを解決に導く為にも俺はより良い人材を的確な場所に配置したいだけだ。神谷、奴のスカウトは進んでいるか。」
「いいえ。また断られました。」
正義の質問に、眼鏡をかけ直しながら神谷が即答した。
「チッ…これで何度目だ…天野は一体何者なんだ…。」
「委員長、彼はただの人間です。」
「っ…そんな事分かってるに決まってるだろ!喧嘩売ってるのか神谷!」
「…サーセン。」
ここは風紀室。
現在部屋には、我等が風紀委員長である野々村正義、眼鏡の神谷、天パの刈屋、そして副委員長である俺の四人が居た。
委員会関係は基本的に二年生が軸となる為、同級生組の自分達が風紀室に居座ることが多い。
よっぽどの時は先輩や後輩もサポートに回ってくれるが、今は例の事件の影響で比較的に落ち着いていた。
「チッ。どうにかならないのか…刈屋はどうだ。天野と仲が良いんだろう。」
「えー無理だろー。アイツ忙しいし〜。」
「それをどうにかするのがお前らの仕事だろ。」
「はぁ!?ちょっと立場が上だからって、これだから暴君は…!文句あるなら自分で口説けよヘタレ野郎が!」
「あぁ!?ヤんのかテメェ!!殺すぞ!!」
「あぁ!?表とか出ちゃうか!?殴り合いとかしちゃうか!?夕日に向かって走っちゃったりしちゃうか!?」
俺は二人のやり取りを白い目で見た。
これはいつもの光景だ。
驚くほど短気な正義はちょっとのことでマジ切れする。
それを理解していてわざと挑発するのがこの刈屋という男。
端から見ていればよく分かるものだが、張本人である正義は気が付いていないらしい。
刈屋の声が、笑いを堪えるのに必死で震えていることに…。
「ハッ…俺が恐くて震えてる癖によく言うぜ。」
「ぶはっ…!!!」
刈屋は肩を震わせ机に突っ伏した。
神谷を見ると奴も震えている。
その様子に怒りを鎮め、満足げに笑う正義に俺は遠い目をした。
正義…いい加減に気付け。
お前、奴らにおちょくられているぞ…。
「なんだ柚希、文句でもあるか。」
「いや。別に何も。」
ギロリと睨まれたので視線を逸らした。
巻き込まれるのは御免である。
そんな事より本題へ入ろう。
今風紀室で問題になっているのは、親衛隊や田代祥平などではない。
問題は同級生の中でも何かと目立っている天野彼方、彼である。
天野は少し前に親衛隊のいざこざで風紀室へ呼ばれ、そして奇跡のような対応で暴動を鎮圧させた。
後に我々はこの日の出来事をバリカン事件と呼んでいる訳だが、名前だけ聞くと馬鹿みたいに思える。
それでも実際に立ち会って見ていた俺達からすれば、バリカン事件は凄まじい影響力があって、良い意味で未だに尾を引いていた。
具体的に何が凄いのかと言えば、松坂を見せしめの為に利用したと見せかけて髪型を整えてやるという事後処理まで完璧だったのだ。
松坂の髪の毛を整えた張本人である刈屋から報告を受けた時には、風紀委員全員が震えるように感動したのを覚えている。
そんな天野に目を付けたのが委員長である野々村正義だ。
刈屋に報告を受けたあの日から、それはもう口癖のように「天野が欲しい」と言うようになった。
「委員長。彼がそんなに必要ですか?」
震えから解放された神谷が冷静沈着に言う。
確かに今の風紀は人数が足りているように見えた。
それだけでなく、こんな微妙な時期に新しくメンバーを増やすのも可笑しいし、しかも相手はあの天野彼方だ。
生徒会入りを蹴ってまで入った親衛隊を今更辞めるとも思えなかった。
「お前たちも見ただろう…あの日の対応を…。俺は未だに感動している。」
「確かに…バリカンの所なんて凄かったですけれど…」
「俺は天野彼方が欲しい。」
顔の前で手を組み、正義はキリッとして言った。
そのギラついた目を見て思う。
獲物を見つけた野獣のようであると…。
「ヤバい…委員長がヤバいよ…。刈屋どうする…?彼方のやつ絶対入らないのに…。」
「知らね。面白いしほっとこうぜ。」
獲物を目で定めたような状態から固まって動かなくなった正義に隠れて、神谷と刈屋がコソコソと話す。
神谷は本気で心配そうにしているが、刈屋はマネキンのように固まった正義の方が気になるらしい。
口元を隠しながらまた肩を震わせていた。
「やっべ…アイツやっべー…」
「正義…。」
「あ?どうした?」
「仕事をしよう…。」
俺が名前を呼ぶと正義の身体が再生ボタンを押したように自然と動き出す。
刈屋が恨めしそうに俺を睨んできたが、いつまでも停止されていてはこちらも困るので致し方がない。
何故ならば、先程椿からメールがあったのだ。
どうやら夜に話がしたいらしい。
そうとなればさっさと仕事を片付けて椿に会いたいではないか。
「柚希のやろ…余計なことを…。」
「お前らも遊んでないで働け。玩具にするな。」
「っ…分かったよ。」
二人は再び肩を震わせた。
俺が言いたかったことが伝わったのだろう。
『お前らも(正義で)遊んでないで働け。(正義を)玩具にするな。』
まぁこういうことだ。
「お前らは本当に弱いな。柚希なんかのどこが怖い。」
勘違いした正義がハッと馬鹿にしたように鼻で笑う。
すると二人がもっと震えだしたので、俺は二人の頭を軽くポンポンと叩いた。
つくづく思う。
近頃周りが騒がしいと。
特に正義の天然具合はどうにかならないものかと思うが、そんな風紀室はいつまでも平穏である。
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