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それは甘美で残酷な

この宿も大分評判が上がり、食事しに来る客だけじゃなく宿泊客もやってくるようになった。
以前から掃除と洗濯はオレとフェアで二人分担してやっていたが、さすがに一人で洗濯をするのは容易じゃない。
既に掃除を終わらせたフェアに「手伝うよ」と言ってもらったが、連日連夜働き詰めな姉に遠慮し「すぐ終わるから休んでろ」と返して今一人で洗濯物を運ぶ。
大量のシーツやピロカバーが入ったカゴを抱えて物干し竿のある庭へと足を向けていると楽しそうな音が耳に入る。

耳に新しい筈なのに聞き慣れた三味線の音色と聞き間違える筈のない大好きな姉の声色。
音源の元へ視線を向けてみれば、陽の当たる暖かい裏庭で鬼妖界からきた吟遊詩人の緩やかな音色に合わせて自分の愛しい双子の姉がメロディーを紡ぎだしている。
商売が出来る程上手いとは言えないが、決して下手ではないフェアの歌声が耳に馴染む。

「(この曲は、確か…)」

オレ達が初めてシンゲンに会った日、食事のお礼にとコーラルの為に弾いていた鬼妖界の子守唄。
シンゲンが月夜によく弾いている曲で、オレも何度も耳にした事がある。フェアの、一番好きな曲。
曲の雰囲気自体オレも嫌いではない筈なのに、この高揚した感情を揺さ振って止まらない。

二人だけの空間を造っているフェアの顔がどこか幸せそうで。
それがオレにとってどこか寂しくて悔しくて。

気が付けば、無意識のうちにその空間に割り込んでいた。

「フェア!悪いけどやっぱり手伝ってくんねえ?昼の仕込みに間に合わなさそうなんだ」

ぱたり。三味線の音と歌声がはぼ同時に止まる、それがまた気に喰わなくて。
けれど、吹き抜けの通路から叫んだオレの声にすぐ反応したフェアを見たらそんな小さな嫉妬は消えていた。
小さい人間だ、と自覚するくらいの頭は持ち合わせている。

無意識のうちに外れていた視界の焦点が、フェアの頭の上で手を振る動作に引き戻された。
ぱっと二人の方を見れば、フェアはシンゲンに謝るような手の形を作っている。多分「ごめんね」と言っているのだろう。
シンゲンもそれに返すように、笑顔でヒラヒラと手を動かしていた。

「ライってば、無理そうなら最初から言えばいいのに」

オレの方に駆け寄ってきたフェアはしょうがないな、と言った笑顔でカゴの反対側から顔を覗かせる。
本当はこれくらいの洗濯物なら一人で片付けられる、けれどシンゲンと一緒に楽しそうに笑っているフェアを見たくなかった。
などとは間違っても言える筈がない。

「思ったより多かったんだよ」
「うそうそ、二人でちゃっちゃと片付けちゃお!」

嫌な顔一つせずオレの頼みに応えてくれるフェアに細やかな幸福を感じながら、ふと裏庭へと視線を移す。
近くに寄ってきていた鳥に手をかざしていたシンゲンと目が合ったオレが見たのは。
何のしがらみもない、オレに向けられた、シンゲンの屈託のない微笑み。

「(全部分かってるのに、何で笑えんだよ…)」

性格の違いか、大人と子供の違いか。
どちらにせよ、あの男がオレの気持ちに気付いていない筈はない。のに、なのに。
なのに、どうして。

「、ライ!洗濯干すんでしょ!?」

思考の海を彷徨っていたオレを、フェアの声が起こす。

「あ、…悪い、」
「ホラ、行くよ!」

この感情を落ち着かせる方法があるなら父親でも良いから聞きたい。
オレがフェアに抱いた、フェアがオレに抱いている感情とは似て非なる感情。
消してどうにかなるのならば、誰か消してくれ。
忘れてどうにかなるのならば、誰か忘れさせてくれ。
夢なら良い、覚めれば良い、けれどこれは夢より甘美で夢より残酷な。



それでも多分、どうにもならないって事くらい。

オレは知ってるよ。














それは甘美で残酷な
(決して届く事のない自分だけの幸せ)







シンフェ←ライ

何かもう病みまくったライが幻想で理想。

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あきゅろす。
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