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短いお話
柔らかな牢獄



彼は今日もいた。
そして、相変わらず猫と遊んでいる。
この街に血統書付きとか、そんなブランド猫いるわけがない。
全て野良だ。大小様々。
甘えるように喉を鳴らして竹輪に齧り付く猫を彼は無表情で見つめていた。
決して清潔とは言えないコンクリートの上に寝転がって、猫と同じ目線にして。

「お前は」

彼の、雪を連想させる髪を見つめて口を開く。
首筋を隠すくらいに伸びた髪は、失礼ではあるが初めて見たとき老人を連想した。

「今日も、非番なのか?」

雪色の髪とは対照的に、彼の着ている服は真っ黒なコートに真っ赤な腕章。
飾り気のないそれは、明朝体で自警団と記されている。
確か赤は幹部で、青は下っ端色だった。

そして俺は犯罪者。国を揺るがすテロリスト。
しかも過激派テロリストの幹部。
自警団の幹部とテロリストの幹部。

対とも言える俺たちが、廃墟となったビルの屋上でのんびりと猫と戯れる。
いや、俺は戯れていないけれども。
彼の手が猫から離れた。猫が不満そうに声を上げるが、彼は顔を上げて空を見上げる。

「…友達が、死んだんだ」

え。思わずそんな声が出たけれども、この街じゃ人が死ぬなんて日常茶飯事だ。
だから、俺の反応は異常だ。日常的なことに反応したのだから。
でも俺は自分が何に反応したのか分からなかった。
どうして、驚く必要があるのか。この無法地帯なる街において。

「強盗だって。ラーメン屋の女の子」

「女の子…」

「気が利いて、明るくて、よく俺に味噌ラーメン奢ってくれたんだ」

生温くも冷たい風が頬を掠めた。

「…好きだったのか?」

その娘のこと。
彼はこくんと頷いた。
それから、後ろを振り向いて隅を指さす。

「あのエプロン」

猫たちが寝床として使っているあれは、エプロンだったのか。
今日来たら黒と白の布があって、猫達がそれに包まってるのを見て少し微笑ましく思っていたのだが。

「彼女の、ラーメン屋のエプロン。店主さんに言ったら、その方が奈津美も喜ぶって、くれた」

本当に奈津美さんは喜ぶのであろうか。
きっと店主さんはエプロンをまさか猫の寝床にされてるなんて思ってもいないだろう。


何故だろう。俺は、少し複雑だった。
彼は危うい人間だ。それでいて、非常に頑丈な人間でもある。
常に一本の細い糸の上に立っているような人だ。
両手でバランスをとって、落ちまいとしている。
糸の先に道はない。だから、ずっと同じ場所に立っているしかない。
にも関わらず、彼は強風が吹いても、雨が降っても、霰が降っても、そこから落ちないのだ。
決して、奈落の底へは落ちないのだ。
とても不思議な彼は、とても自警団の幹部になんて見えない。
そんな彼が、恋をしていた。ラーメン屋の奈津美さんとやらに。
何故だろう。俺は少し、ショックだった。

「だから今日一日喪に服する」

中国では親類者が亡くなったら三年間喪に服さねばならないらしい。
確か学生時代。漢文でそんな話があった気がする。

「…そうか」

何か気の効いたことが言いたかった。
元気出せよ? 違う
そんなに落ち込むな? 違う
あんまり悲しんだら彼女も悲しいだろう? 違う、違う
でもこれ以上、彼の落ち込んだような、悲しいような、辛いような、表情を、見たくない。

「指輪を、買ってあげたらどうだ?」

彼が、顔を上げた。
林檎みたいな瞳は、銀髪も合ってまるで兎みたいだ。
特に、震える彼は、寂しいと死んでしまう兎みたいだ。

「指輪?」

「彼女が好きだったんだろう? なら、せめて指輪を買ってあげればどうだ?」

「友達同士でも、指輪って買うものなのか?」

びゅう、と風が俺の髪を靡かせた。
何だって? 友達?

「…恋愛感情で、好きなんじゃ」

「恋愛? 違う。俺は友達として好きだった。ラーメン奢ってくれたし」

最後の言葉はさっき聞いた。
彼はラーメン好きなのだろうか。
いやそれよりも、恋愛感情で好きなわけじゃない?
友人として好きだった? 
何だそれは。俺の独り相撲だったというわけか。

「ただ」

彼の白い髪も風に撫でられている。
髪が舞う、彼の横顔は同姓とはいえ綺麗だと思う。
綺麗なんて陳腐な表現だけれども。

「友達、いなくなっちゃった」

「…」

「せっかく友達、できたのに。死んじゃった」

まるで彼の言い方はペットでも死んだかのようだった。
それでいて薄情さは感じられない。

「また、友達零になっちゃった」

また泣きそうな表情をする。
第三者から見れば、彼は薄情に映るだろう。
勿論奈津美さんが亡くなったこと自体を悲しんでもいるのだろう。
けれど彼の大部分の悲しみを占めているのは「友達が零になったこと」だ。
でも不思議なことに、俺の目から彼は薄情に見えなかった。
何故だろう? ああ彼が不思議だからだろうか。

「俺が、友達になってやる」

顔をぐいとこちらへ向ける。
強引な気もする。彼は少し驚いた表情でこちらを見ていた。
初めて見る表情に少し嬉しくなった。
同時に、彼は俺の手の甲に自分の手を重ねた。

「…君は、死なない?」

「死なない。少なくとも、お前を置いては」

そんな確信あるわけない。
俺はテロリスト。相手は自警団。
けれども、俺は言葉を紡がずにはいられなかった。
彼の悲しむ表情をもう見ていたくなかった。

「嬉しい」

はにかんで、彼は俺に抱き着く。
突然のことに驚いたけれども、華奢な彼は難なく抱き留めることができた。
銀色の髪からは、冬の、冷たい香りがした。

「俺、竜崎功也っていうんだ」

彼は俺の名前を知っている。
過激派テロリスト指名手配犯の名前を顔を自警団の幹部が覚えてなくて、どうするのだろう。
俺も、彼の名前を知ってる。
けれど、自分たちで名乗らないと意味がないのだ。

「高淵小波。功也。功也、よろしく」

足元が不安定になって、下を見た。
一本のピアノ線。底は奈良で見えしない。
ああ彼女はこれに耐え切れなかったのか。
バランスを、崩してしまった。だから、死んだのか。
これが小波の見ている世界か。

「小波」

抱き締めている身体。小波の耳元に囁くように唇を寄せた。

「お前、自警団向いてないよ」

「君こそ、テロリスト向いてないよ」

小波は可笑しそうに笑った。
俺はそれが、何だか嬉しかった。













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