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「お前、タイタニック観た事あるか?」

それまでさすが豪華大型客船と納得の揺れのなさで進んでいた船が揺れ出したのは食事を食べ終わって駄弁っていた頃からだ。監督の船なだけあって豪華なのは船だけじゃなく食事もで、立食形式だったのには少し疲れたけど食事はすっごく美味しくて、合宿のスタートは最高の形で切り出されたはずだった。

ぎっこんぎっこん、海独特の揺れが船を左右に動かす。別段酔いやすい体質じゃなかったけどこれは…。正直いつ胃のものがリバースされても可笑しくない状況だったりする。バタバタと強く窓にあたる雨の音が揺れの原因だ。嵐にあたるなんて、最高どころか最悪の旅立ちになってしまった。

「雨止むといいね」

「まぁ、梅雨とかじゃねぇんだし、嵐ならすぐにどっか行くだろ。それよか、俺はこの揺れの方をどうにかして欲しいぜ」

「それはまったくもって同感。このままだと酔いそう…」

「げ…。吐くなら自分の部屋にしろよ」

大丈夫か、じゃなくて、吐くなよ、という言葉が出てくるあたり宍戸は女性の扱いがなっていない。デリカシーに欠けた優しくない言葉に顔を顰めても、目の前の男は私の不機嫌などまったく気にせず窓の外を呑気に見やっていた。チョタ、戻ってきて。君の優しさがたった今すごく恋しくなりました。心優しくて穏やかな物腰の後輩は、宍戸のパートナーでありこの船でも宍戸の同室相手だったのだが、そんな彼は現在同級生の部屋へと遊びに行っている。ヒマを持て余した私が宍戸達の部屋を訪れたのとちょうどすれ違いだった。雨と風は強くなる一方で一人でいるのは心細いが、一緒にいる男が少しも優しくない宍戸であるからしていかにも頼りない。跡部とかの部屋に移動した方がまだマシかなぁ…。宍戸と同じように暗い窓の外を眺める。ドカン、と嫌な音がして船がこれまでになく大きく揺れた。身体が大きく前に倒れるのを踏ん張ってどうにか持ちこたえる。室内を明るく照らしていた灯りは消えて、部屋は一気に真っ黒になった。

「な……」

突然の事態に驚いて座っていた椅子から腰が浮く。何が起こったのかは分からないけど、常の状態でないことは分かった。怖くて、不安で、中腰になりながら手探りで宍戸の名前を呼ぶ。その間にまた船が大きく傾いた。

「や…!」

暗闇の中ではバランスをうまくとる事もできず、予想出来ない揺れに翻弄されてふらりと足が床から離れた。ぎゅっと目をつむっても視界の暗さは変わらない。受け身をとることを諦めた私がぶつかったのは床よりもやわらかいモノだった。とんとぶつかって、倒れることなく私は床に足をつけている。

「大丈夫か?」

至近距離に聞こえたのは宍戸の声で、見えないだろうと分かっているのに私はただ頷いて答えた。

「まいったぜ、停電か?」

私の肩を支えながら宍戸がぼやく。前言撤回。宍戸でもいてくれた方がいい。しっかりと私を支えて立っている彼は私にとって今誰よりも頼りになる人だ。

「宍戸……」

半ば無意識に宍戸の名前を呼んで、宍戸の顔があるだろうはずの方向へ顔を向ける。確か声はこの角度のあたりから聞こえて来たはずだ。私の呟きに答えるように宍戸が私を支えている手に力を込めた。こういうときヘタに動かない方がいいのか、それとも跡部や先生達のいるところへ向かった方がいいのか分からない。どうしたんだろう。この嵐で船に何かあったんだろうか。自分で想像した嫌な予感に喉がきゅっと狭くなって上手く呼吸もできなくなった気がした。「なぁ、」と存外耳の近くで話しかけられる。

「何?」

なんでもいいから声が聞きたくて、安心したくて、気をまぎらわせたくて先を促した。

「お前、タイタニック観たことあるか?」

「………………!!」

おま、言うに事かいてこのタイミングでそんな事言うか?ほんっと最低。ほんっとデリカシーがない。嫌な予感が一気に膨れ上がった。同時に怒りも膨れ上がった。不安よりもなんで今こんな事を言うのかという感情の方が大きくなる。タイタニック号を彷彿させるくらいにはこの船豪華なんだぞ。





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あきゅろす。
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