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ぼくのやる気、きみの笑顔(小松田秀作:RKRN)

とことこと歩く黒い影を目の前に見つけて名前は足を止めた。結構な嵩のある紙を抱えて歩く、少年と言って差し支えのない顔立ちの青年は名前と同じ職員の証である黒色の装束を着ている。歩いているのが彼でなければ目に止めるなんてしなかったのに、目の前を横切っていったのが彼であったために名前はしばらく彼を眺めていた。名前が彼に気付かれていない位置から彼を見守り始めて十数歩で彼の頭が一気に床に近づく。それと同時に「うわぁ!!」という情けない声が聞こえ、ドサッバサッという書類がぶちまけられる音が聞こえた。

「あらあら」

彼――忍術学園が誇るへっぽこ事務員である小松田秀作がこけることなど日常茶飯事で驚くようなことはない。彼がまともに廊下を歩ける事ができるのなんて出門表・入門表に名前を書いてない輩を追いかける時くらいだ。そのときだけ、彼の目はきらりと光り、普段はのほほんとした緊張感の欠片もない目が眼光鋭くなるのだ。侵入者などいない平和な学校では、彼が何もない廊下でこけることなど意外性も何もない、至って日常的な光景である。名前は頬に手を当てながら呟いた。

「大丈夫?」

別段慌てることもなくパタパタと名前は秀作の方へかけていく。秀作は「いたたたた…」と受け身を取らなかったために強かに打ったらしい鼻の頭を赤くして呟いた。声の聞こえた方へ痛みで顰めた顔を向ける。

「名前さん、」

秀作が情けなく涙をうっすらと浮かべる傍らで、近寄って来た名前はてきぱきと廊下に散らばった書類を拾って行く。拾いながらクスクスと笑って、赤い鼻をした秀作の顔を正面から見つめた。下から上まで軽く眺めて、彼の状態を把握する。

「保健室に行くほどではないですね」

鼻血さえ垂らしていない彼の今回の被害状況は顔面の打撲と廊下に書類を落としただけだ。彼にしては少ない被害である。名前が二次災害が起こる前に書類を手際よく拾ったのがよかったのかもしれない。秀作が拾えば拾った端からまた廊下に落ちている書類をふんづけこけてしまう可能性が高い。そしていつまでたっても片付かない書類は次第にボロボロになっていくのだ。

「はい、どうぞ。気をつけてくださいね」

あっという間に書類を集め終わった名前は角を床で叩き揃えると秀作に差し出した。綺麗に整った束をじっと見てから、のろのろとそれを受け取った秀作が眉を下げて口を開く。

「名前さんは怒らないんですね」

秀作が名前に手伝ってもらうのは何も初めてなわけではない。それこそ毎日のように、色んなところで彼女には手伝ってもらっている。お茶をこぼして火傷した手を冷やしてもらったり、墨をひっくり返して解読不能になってしまった仕事の後始末をしてもらったり、散らかしているのだか綺麗にしているのだかわからない用具倉庫の整理をしてもらったり。数えだしたらきりがない。なのに、彼女はいくら手間を取らせてもいつだって今みたいに朗らかに「大丈夫ですか?」と寄ってきてくれて笑うのだ。迷惑そうな態度など欠片も見せずに。秀作としてはそれが嬉しくもあり、情けなくもあり、いつか嫌われてしまうんじゃとかすでに呆れられてるんじゃないかとか想像して怖くもある。結果、自然窺うようになってしまった態度に名前はきょとんとした。そして、思いついたようにまた小さく笑う。

「あぁ、吉野先生ですか」

口元に指をあててかわいらしく笑われ、小松田は自分で言っていることが恥ずかしくなった。

「どうして怒るんですか?小松田さんはいつだって一生懸命じゃないですか。悪気もないですし、怒ったりなんてするはずありません。あ、でも、怪我をするのはもう少し控えていただきたいです。小松田さんが痛い思いをするのは嫌ですから」

「……善処します」

さも当たり前のように首を傾げられて、先ほどまでの笑顔をひっこめながら真剣に覗きこまれればそれ以上他に返しようがない。ドジばかりを踏んでなかなか実のある結果を結ばない自分の努力を認めてもらえているのがどうしようもなく嬉しい。そしてくすぐったい。秀作は真っ正面にとらえていた名前の顔が急に見れなくなり、彼女の視線から逃れるようにややうつむきがちに頷いた。







ぼくのやる気、きみの笑顔



(では、またあとで。仕事がひと段落したらお茶にしましょうね)
(は、はい!!)

みんなの憧れそうなできる事務のお姉さんを目指してみた。おっとりマイペースな美人さんが理想。



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あきゅろす。
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