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世界が微笑んでくれた気がした(沖田総司:薄桜鬼)


「こら、みんな。そろそろお家に帰りなさい。沖田さんにもお仕事があるんだから、あんまり無理言っちゃだめよ」

「無理だなんて。僕の方が遊んでもらってるだけですよ」

「そうだよ、姉ちゃんは黙ってなって。俺らが総司と遊んでやってるんだからな」

夕暮れ時、近所の子供たちが沖田の周りに集まっているのを見てつい声をかければ、なんとも生意気な答えが返ってきた。外面よく微笑む沖田に、味方をえたりと沖田を囲っていた子どもたちが「そうだそうだ」と騒ぎ立てる。

「遊んでやってる?もらってるの間違いでしょ。目上の人はきちんと敬うように教えてなかったかな?」

「え、あ…。ご、ごめんなさい!!総司、また明日な」

腕を組み、いさめるように笑っただけで子供たちは顔を青くして蜘蛛の子が散るように去っていってしまった。言う事を聞いて謝ったのはいいが、あの反応ではまるで自分がすごく怖い人みたいに見えるから複雑だ。今日はまだそこまで脅したつもりはない。

「怖いなぁ、そんなに怒らなくてもいいのに」

「別に今日のはそこまで怒ってません。あんなに怯えて逃げるようにしなくてもいいのに…」

子供たちの帰宅時間を気にしたり、目上の人に対する態度をしつける姿はしっかり者のお姉さんだったが、心外だとぶつぶつ口をとがらせている今の姿はかわいらしい年頃の娘さんのものだ。複雑そうな表情に寄せられた眉を見て沖田が笑う。

「今日のは、でしょ?いつもが怖いから苦手意識持たれてるんじゃないの?」

口うるさく怒るのは子供たちが好きで大切だからだ。彼らを思っている行動が彼らに苦手意識を植え付ける結果になっているだなんて、認めたくはないけれど認めざるをえない反応をされてしまっては否定することも出来ず、正直なところ凹むのに沖田はその事実をからかうように楽しそうに口にした。痛いところを容赦なく突かれて名前がうっ、と小さく声をもらす。自分と同い年くらいの女の子の、自分では到底出来ないような素直な反応に沖田の中で小さくもたげたのは意地悪と評しても問題ない悪戯心だ。あまのじゃくで、意地が悪いことを自覚している沖田は自覚していて、ふいに心優しい娘さんを困らせる一言を言ってみたくなった。

返される反応がどんなものであれ、普段はなかなか触れることがない一般人の、同い年くらいの、女の子の反応が見てみたくなったのかもしれない。

「まあ気持ちは分かるけどね。最近は日が落ちるのも早いし、ましてや一緒にいるのがならず者って噂の人殺しの壬生狼だ。心配しない方がおかしい」

先ほどと同じ、お茶ら気た雰囲気のまま、目だけを弧の字に細めた沖田を名前は初めて正面から見た。笑っている口元、軽い調子の声、けれど笑みの形に細められた目だけが笑っていないように見えて名前はきょとんとする。人殺し、と言われて目線が自然と沖田の腰にさされた刀へ向かった。言われて、刀を見て、初めてその事実に気がついたと言わんばかりに頷いて、名前は首を傾げる。

「そうですねえ。秋の日はつるべ落としって言うくらいなのに、あの子達ときたらいつまで経っても夏と同じ気分で。人が言っても聞きやしない。挙句の果てには怖いって逃げ出すし」

悩ましげに寄った眉に今度は沖田がきょとんとする番だった。まさか反応を見たかった方の言葉を流されるだなんて。わざと話題を避けたのか、それとも平和呆けし過ぎて、人殺しという言葉がピンとこなかったのか。

「ねえ、それわざと?僕が怖いから機嫌を損ねるのが嫌で無難な話題を選んだの?」

「はい……?」

「だって、子どもたちを心配する優しいお姉さんなら誰だって嫌でしょう。子どもたちがこんな人斬りと一緒になって遊ぶなんて」

分からないし、他人の心を読むなんて面倒で沖田は単刀直入に聞いたのだ。口元を歪ませて。普段ならこんな面倒そうな話なんてしない。今日に限って、彼女に絡んだのは、最近落ちるのが早くなってしまった日のせいだろうか。明るい日差しが長くなる夏よりも冬にかけての方が犯罪率が高い。浪人達も寒いのだから大人しく家に引きこもって出なければいいのに、暗いとそれだけ人目を忍びやすいのか浪人にしろ、その他の犯罪者にしろ近頃活動が盛んなのだ。自然沖田達新選組の仕事も増えて忙しくなる。そんな時期だったからだろうか、こんな風に一般人をただ困らせるだけの話題を振ってみたくなるだなんて。名前は沖田の綺麗な顔に浮かんだいびつな笑顔を目を丸くして見つめた。これだけ言われてもまだ言われていることの意味が分からない、そんな事を思っていそうな表情であった。けれど、しばらくぽかんとしていたと思ったら急にきゅっと口元を引き結んで、鼻から息を吸った。

「私、そんなこと心配なんてしてません」

「へ〜、それ、ほんとうかな?」

割合強い口調で言い切った彼女に、沖田が挑発的に語尾を上げる。まるで信じていない、そう馬鹿にしたみたいな言い回しを気にした風もなく名前は大きく頷いた。

「だって、貴方達は無益な殺生をしないもの」

「へぇ……?」

あまりにもスッキリ言いきった名前に沖田は片眉だけ上げた。本心を探るように沖田が覗いた目は、澄んだ湖面のように凪いで落ち着いている。しばらくじっと見つめても彼女はやましいことがある者がするみたいに目を逸らしたり、居心地悪そうにする事もなかったので、沖田はぱっと視線を外した。沖田が促したわけでもないのに、名前が口を開く。

「人が殺されている事で成り立っている平和の上に胡坐をかいているのは私たちです。誰もが嫌がるような事をおしつけているのに、表面だけ見て否定する気にはなれません。手段はどうであれ、私たちは貴方達に守られている平和の中で暮らしていて、私は今の暮らしを気に入っています。だから、命をかけてくださっている貴方達に感謝をしこそすれ恐れを抱いたりはありません」

「それは君の本心?」

本心を確かめるためにか、沖田はわざと腰にさした刀に触れる。今すぐにでも人を切って殺す事が出来る道具を持ち歩いているのに、それでも怖くないのかと聞いてくる沖田に名前は微笑んだ。

「えぇ。だって、貴方は私や子どもたちを斬ったりなんてしない。道を誤らない限り、貴方は私を傷つけないもの。それが分かっているのに、無駄に怯えるほど私、馬鹿じゃないです」

「なるほど、ね」

自信ありげに言いきった彼女が沖田の返答を聞いて満足そうに微笑むものだから、沖田はその子どものような反応に試すようなことをした自分の方が馬鹿なことをしたみたいに思えて添えていた手を刀から離し、鼻の頭を小さくかいた。辺りはすっかり暗くなっていて、相手の顔が見えづらくなってきている。暗闇に溶け込みそうになる明るい笑顔をちらっと見て、沖田はなんとも罰が悪いような言い様のない気持ちになった。どうやら、本当に馬鹿じゃないらしい。子どもたちは嬉しいことに懐いてきてくれて、一緒に遊んでくれているが彼らの親が新選組のことを、沖田のことをどう思っているのかくらいは知っている。ここ最近は仕事が増えたこともあり、心がすさんでいたのかもしれない。単なる八つ当たり相手にしてしまった彼女は新選組の顔色をうかがいながらも影で口さがないことを言う連中とは違うらしく、そんな奴等と良く知りもしなかったのに彼女をいっしょくたにしてしまった手前、沖田は罰が悪く、その罪悪感を振りはらうように話題をすり替え、彼女に訊ねた。

「ねえ、家は?もう暗いから送るよ。子どもだけじゃなくて、年頃の娘さんにとっても暗い夜道は危ないからさ」

沖田の言葉にきょとんとなる瞳は先ほどの表情とそっくり同じで、素直そのものの反応に沖田の口元には自然と笑みがこみ上げて来た。







世界が微笑んでくれた気がした



(家、ここからすぐなんですけど暗いの怖いんでお言葉に甘えてもいいですか?)
(もちろん。僕らの仕事は京の治安維持だからね。君みたいなお嬢さんを守るのも僕らの仕事だ)
(じゃあ、お願いします)

正義のヒーローとは程遠いことは言われるまでもなく自覚してるし、そんなつもりも毛頭ないけど、こんな風に言われたら胸があったかくなったり、痒くなったりするんじゃないかなぁ、とか、してくれないかなぁとか思いながら書いた。ここからただの知り合いっていう関係がスタートして、友情が生まれたり、恋が生まれたり、形容できないけど嫌いではないっていう曖昧な関係に発展してくれたらいいなぁ。



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