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こんな想い知らなかった(黒門伝七:RKRN)


「倉庫までこれを取りに行ってほしいんだが、頼めるか?」

自分に向けて言われたことでもないのについ会話が気になって声の方を向いてしまった。机の向こうで正座をしている仙蔵はこれと言って机の上に置かれている首フィギュアに手を置いている。仙蔵の向かい側、座っている仙蔵よりも少し高いだけの背丈をしたその子は「はい!」と張り切った声を出して大きく頷いた。

「では任せたぞ」

そんな委員長の言葉を受けて彼女はまた一つ大きく首を振ると伝七の方へ振り向く。

「一緒に行かなくても平気か?」

「だいじょうぶ。もうだいぶん慣れたから!」

深く考えるまでもなく伝七の口をついて出た言葉にも彼女は頷いて笑顔を見せた。怖いだの、不気味だのとキャーキャー騒ぎながら一緒に倉庫に行っていたのはそう遠い昔の話ではないのに、満面の笑みを浮かべる彼女には怯えていた頃の面影はない。本当に慣れたのだろう。委員会へ入ったばかりの頃は彼女の方が伝七が尋ねるよりも早く伝七の腕を引っ張り倉庫に向かっていたのだ。伝七がいなければ、やはり同級生な分頼みごとがしやすい兵太夫がターゲットとなり倉庫へ連行されていた。とても年頃の少女らしい反応なのだが、いちいちそれに付き合わされる身としてはたまったものではなく、兵太夫はからくりの仕掛けを考える時間を取られるし、伝七は勉強時間が減るしとで、互いにこの時ばかりはは組とい組の垣根を越えて愚痴を言い合っていたものだ。いい加減一人で倉庫にくらい行けるようになってほしいと。

いつの間に慣れたのやら、軽やかな足取りで進む彼女にようやく肩の荷が下りたと兵太夫はほっと胸をなでおろしたのだが、伝七はそこで不意に物足りないような気持ちになっている自分に気がついた。彼女に振りまわされる事柄が一つ減って喜ばしいことであるはずなのに、なんだか妙に胸に釈然としない気持ちが生まれた気がする。机の上に立てていた教科書を置いて、彼女が出て行ったばかりの襖を見つめるけれど、胸の落ち着かない感じに変わりはない。たとえるなら、分かって当然の問題が急に分からなくなってしまうような、スッキリしないような感覚だ。簡単な問題が急に難題に変わってしまったような感覚に首を捻っていると襖の外から小さくて短い悲鳴が聞こえた。

つい先ほど、ほんの少し前に作法委員会の部屋を出た彼女の声だ。

判断するより先に身体が動いて伝七はスパンと勢いよく襖を開けた。開けた視界の中に彼女の姿はない。彼女の姿はないが、地面にはぽっかりと開いた穴が一つあった。ちょうど人一人分が入れそうなサイズの穴は忍術学園のあちこちで見られるものの一つである。さっと辺りを見渡して落とし穴を示すそれらしい目印がないのを確認して伝七は穴に近づいた。近づくまでに自分が別の穴に落ちるのは避けたいところだ。覗いてみるとさっき部屋を出て行ったばかりの彼女が尻もちをつくような形で穴にはまり、伝七の方を見上げている。その姿を見つけて伝七は室内に向かって叫んだ。

「綾部先輩!せめて作法委員会の部屋の周りには掘らないでくださいってこの間言ったじゃないですか!!」

「あー……。ごめんごめん、忘れてた」

とても心の底から反省しているとは言い難いとぼけた口調が部屋の中から返ってくる。この間も彼女が落ちた時に言ったのに。反省の色が見えない先輩に見えない場所で歯がみして伝七は穴の中に手を差し伸べた。さして深くない穴は、一応こういうところで怪我をしないようにという配慮がしてあるのだろう。一年生が落ちても大丈夫な仕様にはなっていた。穴の中に敷かれた藁も配慮の一つなのだろう。そういう配慮が出来るのなら穴を掘る場所にも気をつかってもらいたいものだが、それを穴掘り小僧に求めても無駄らしい。

「まったく…。お前もお前だ。どうしてそう毎回毎回穴の中に落っこちるんだ。これじゃ、首フィギュアが平気になったって、一人でまず倉庫に行けないだろう」

「う〜、ごめんねぇ…。気をつけてはいるんだけど」

伝七の手を借りて穴の中から出た彼女は地面にぶつけたお尻をさすりながら情けない声で謝った。

「気を付けていても落ちるんじゃ意味がない。手がかかる。お前は僕がいないと全然ダメだな」

「だねぇ。まだしばらくは伝七離れが出来そうにないや。ごめんね」

「まったくだ。そう思うならどうすれば穴に落ちないかしっかり対策を考えるんだな」

伝七離れが出来そうにない。そこだけが強く頭の中に残る。それはつまりもうしばらくは彼女の面倒を見る必要があるということなのだが、精一杯面倒臭そうに彼女に向かって溜息をつきながらも不思議とそこまで嫌な気持ちにはならなかった。むしろ彼女を穴から引き上げる時に繋いだ手がそのままであることに心のどこかが安心していて、ほっとしている。繋いだ手がなんだかぽかぽかと暖かい。彼女には自分がいなければダメなんだというのが、まるで伝七にとっては誇らしい使命を請け負っているような気持ちにさせるのだ。

自分の預かり知らないところで落ちては浮上する感覚をはっきりと自覚しないまま伝七は自然と口元をほんのり緩ませた。







こんな想い知らなかった



(面倒臭い面倒臭いって言いながら、伝七って面倒見がいいですよねー。変なの)
(まあ、そう言ってやるな)
(そうそう。今はそういう年頃なんだよ)
(……?浦風先輩は立花先輩と綾部先輩の言ってる言葉の意味分かります?)
(ん、まぁ、なんとなくは…)
(ふ〜ん…)
(いずれお前も分かるようになるさ。それまではあまり深く考えてやるな)
(は〜い)

titled by 確かに恋だった




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