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眼鏡


「……俺の顔に何かついているのか?」

私からの無言の視線に耐えかねたのか、部誌に向かっていた手塚の視線がようやく私に合った。ずっと狙っていたチャンスの到来を逃すことなく私は手塚の顔に手を伸ばす。

「おい…!!」

手塚の珍しく焦ったような声を聞くのと同時に私は自らに課したミッションを見事に成功させた。そして呟く。

「やっぱり!」

気難しげに寄せられた眉間の皺は年季が入っていてとてもたかだか15年生きただけの少年には出せないような風格を漂わせているが、目元が涼やかなだけで印象はがらりと変わるものだ。私の手によってすっぴんにさせられた手塚はいつもならガラスで覆われている目を細めた。

「いったいお前は何がしたいんだ」

いきなり眼鏡を奪われ、嬉しげにやっぱりと言った私の行動に手塚が低い声を出す。怪訝そう、不機嫌そう、怖そう、そんな形容が似合う様子に呆れがやや含まれていると分かるのは彼が私の突発的な行動に慣れているだろうと私が知っているからだ。手塚が私の行動に戸惑っていこそすれ怒っていないのは私にとって一目瞭然の事実であった。だてに3年間、部活で濃い時間を共にしてきたわけじゃない。けれど私は今日ふいに気がついたのだ。それだけの時間を共にしていて手塚のすっぴんを見たことがないことに。乾もだが、手塚も眼鏡をなかなか外さない。テニスをするには本来あまり向かないだろう眼鏡を彼らが外すことはなくて、さすがに風呂場や寝る時は外しているのだろうが、合宿をしたことがあってもどうしたって女の私は彼らのそういったプライベートなところに踏み入ってはいけない。乾の逆光眼鏡に隠された目も気になるが、ちょうど部活終わり、部誌を書く手塚といいタイミングで二人になれた私は手塚の眼鏡を奪い取る機会をじっとうかがっていたのだ。

「手塚さ〜、眼鏡ない方がいいんじゃない?」

手塚の話を無視して首を傾げた私に彼の眉間の皺が濃くなる。そんな表情をしても、やっぱりいつもと印象が違うのだ。思っていた通りだった。

「眼鏡ない方が若く見える」

断言した私に手塚がなんとも形容しがたい顔をした。たとえるなら理解できない問題に行きあたったみたいな顔だ。成績優秀な手塚のこんな顔を私は見たことがない。眼鏡がない手塚は学生服を着ていてさえも学校の先生に見られるような威厳なんてなくて、年相応とまではいかなくても大学生くらいに見える程度には若返った。



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