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からくれないに染まりしは


からくれない 染まりしだけで 目をうばう

ああわが身にも 移らまほしけれ


言ってしまったという後悔よりも言ってやったという昂揚が勝った。



******




私がここにやってきたころ、桜が一面に咲いていた。桜が散って緑が生い茂ると、次に池のほとりに菖蒲が咲き始めて、暑くなってきたと思うと庭には蛍が舞い踊った。日が落ちるのが早くなってきたな、と羽織りものに袖を通し始めたころ、気が付けば春にピンクに染まっていた庭は一面の赤に色を変えていた。季節の巡りは思ったよりも鮮やかで、あっという間に過ぎていく。そう、一年はあっという間だった。審神者になり二度目の秋を迎えている。夏よりも薄くやわらかいベールをまとったような白い日差しに透ける紅葉が秋特有の高い空に映える。文机に向かうことに飽きた私はくるくると落ちていく紅葉に誘われて縁側から外に出ることにした。ここ最近、ずっと寝不足なのだ。あのまま机についていたら眠ってしまう。毎日見ている風景なのに、ここまで鮮やかに色が変わっていたことに気が付いたのは昨日のことだった。去年もそういえばそうだった。いつの間にか染まっていて、ある時にはっと気づかされるのだ。それはまるで人の心のようである。


「主……」


ぼーっと赤と青のコントラストを楽しんでいると、背後から低く声がかかった。お茶の乗ったお盆を手にした彼は大層分かりやすく私が仕事をさぼっていることを責めていた。


「ごめんね〜。だって寝そうだったから。少し早目に休憩しちゃった」


あまり悪びれることなく謝ると、歌仙は渋い顔をして一つため息をつく。これだけで済むようになるには実に二年の時間を要した。つまりここにいた時間分だ。昔は少しサボるだけで怒られたし、一年目の秋が過ぎる頃には手をあげられたことも数えきれない数に上っている。まさか本気で殴られたりはしなかったが、頭にゲンコツが落とされた回数は両手両足の指を足してもとても足りない。今でもおふざけの境界を見誤ると落とされることがある。しかし、最近では諦めの方が勝ったのか、歌仙も少しは私に毒されて肩の力を抜くことにしたのか、昔ほどは怒らなくなった。理由は知らないが、後者の予想が当たっていれば嬉しいし、前者であれば少し悲しい。お盆を抱えたまま縁側に進んだ彼は器用に片手で袴をさばき、見本にしたくなるような美しさで正座する。もともと息抜き用にお茶をいれに行ってもらっていたから、さほど咎められなかったのはタイミングが良かったからでもあった。しかめっ面がしょうがないと少しだけ甘さを含んだ顔になり、そうして目の前に広がる光景に今度は感嘆の息を吐く。歌仙の表情はとても鮮やかに変わっていく。その辺にあった玉鋼を風流だと称したと聞いた時には少しだけ彼のセンスを疑ったけれど、彼の見ている世界はきっと私が見ている景色の比ではないくらいに鮮やかなのだろうと思う。そうしてそう思ったことを彼は隠さずに言葉にする。それは彼の名の由来である歌仙たちがそうであったように、彼にとってとても自然なことなのだろう。学生時代、大して興味の持てなかった和歌に触れるようになったのは彼が嫌味な家庭教師のように私に雅を解するようことあるごとに説いてきたからだ。授業中は少しも頭に入らなかった意味が、彼の口から零れ落ちる音を言葉として理解して少しずつ私の中に積もっていった。目の前に広がる見事な風景にしても、私は綺麗やら美しいやらのありきたりな語彙でしか表現できないのに対して、和歌をたしなむ人たちのどれだけ感受性豊かなことだっただろう。多くの言葉で、多くの角度で、見たままを感じたままに形に起こしていく。それは写真や絵のように今の風景を切り取れるわけではないが、それ以上に頭の中に想像することで景色を広げてくれた。そうした美しさは後世にすら親しまれ、好まれ、形のない宝として残されている。


「風流だねぇ」


「綺麗だよね」


きりりと引き締められた口元がふっとほころぶ。瞬きするほどの間で柔らかく変わる彼の表情は紅葉に負けず劣らず目を惹くものだ。彼の言葉に同意するふりをして頷く。


「さて、主。この素晴らしい光景を前にして、何かないかい?」


ことあるごとに雅であれと私に言う彼は、時折こうして現代人たる私に無茶ぶりをする。和歌なんて学校で以外嗜んだことのない私が、彼からの期待に応えられたことなどなく、「腹減った 今日のごはんは オムライス 赤と黄色が もみじのようだ」と歌って嘆かれたことがまるで昨日のように思い出せた。彼からの問いかけに笑みがこぼれる。いつも彼からの難題にげぇと顔をしかめる私の珍しい反応に彼がおや、と気が付いた。この時を待っていたと歌仙が知れば驚くに違いない。言おうか言うまいか、言うべきか言わざるべきか。そんな悩みは通り越して、伝えるのならばなんと伝えようとずっと考えてきた。ここ最近の寝不足も、つい先ほどまで眠かったのもつまりすべて歌仙のせいである。


「からくれない」


言って見上げた先には色鮮やかな紅が写る。


「染まりしだけで 目をうばう 

ああわが身にも 移らまほしけれ」


雅にはこれでも程遠いと思う。こうしたやり取りが当たり前だった時代にあった彼からすればなんて拙い歌だろう。でも、オムライスよりはよほどマシなはずだ。初めて和歌らしい和歌を口ずさんだ私を歌仙は彼にしては珍しく間の抜けた顔で見ていた。ドヤっと自信満々の顔で見つめ返す私に彼は戸惑っていた。困惑した顔のまま、歌仙が庭に下りてくる。


「主、どうしたんだい。大した進歩だけど、今のはまるで」


「歌仙、どうだった?きちんと、届きましたか?」


まるで、に続く言葉はなんだろう。恋の歌のようだと言われれば、まるでではなくそうなのだと全力で肯定する。だけど、そんなストレートに伝えるのはそれこそ風流ではないから、言葉をかぶせた。普段は絶対に使わない少しだけかしこまった敬語で尋ねる。じわじわと頬が染まっていく。見つめていた彼の顔が腕を引かれて見えなくなった。


「ねぇ、主。今のはもしかして、僕に贈ってくれたのかい?」


「ねぇ、歌仙。ここに今私とあなた以外の誰かいる?」


背中に腕を回すべきか迷って、結局目の前の歌仙の服を握りしめるにとどめた私に彼が抱きしめる腕の力を強くする。


「もうとっくに、僕の目も心も君に奪われてるよ」


そっと耳元にささやかれて、私の掌にも力がこもった。まさかあの歌仙からそんな直球が返ってくるだなんて。驚いてそのまま腕を突っぱねると、初めて見る表情を歌仙が浮かべていた。もう何度歌仙の一挙一動に奪われたか分からない目と心がまた動かされる。見惚れていたのだ。何よりも色鮮やかに写るその人に。


「ああ、紅葉よりも真っ赤だね」


クスクスと楽しげに笑われてうっとりと頬を撫でられる。こんなに甘く優しく触れられたことなどなかった。頭を叩かれてでさえ触れてもらえたと喜んでいた私はいったいなんだったんだろう。こんなのキャパオーバーするに決まっている。


「もしかして、最近三条のところによく行っていたのは」


和歌を教えてもらうためだ。学びたいのなら僕のところに来ればいいのにと不満げだった歌仙をいなして、歌仙は怒るから怖いと嘘をついて彼らのところに通った。少しでも歌仙の趣向に沿った形で思いを告げたくて、しかしまさか本人から教授してもらうわけにはいかず。頷くと、歌仙はもともと緩めていたまなじりをさらに下げた。


「なるほど、そういうことだったのか。まったく、知らなかったから妬けたよ」


歌仙さん、ちょいと素直すぎやしませんか?こんなの私の知ってる歌仙じゃない。直接的な物言いは歌仙の好むところではないはずだ。歌仙からのお返事が和歌だったときに意味が分からなかったらどうしようという不安もあっての三条の勉強会だったのに。婉曲表現は彼の口からいまだ一つも出てこない。


「か、歌仙。なんで今日はこんなに素直なの?」


私の顔はもうこれ以上ないくらいに赤くなっている。もうこれ以上はしゃべらないでほしい。おそらくは両想いなのだろうと嬉しさを実感するよりも先に、恥ずかしさで死にそうになっている。私の素朴かつ、純粋な疑問に歌仙の笑顔がさらに輝きを増した。神様の満面の笑顔とか神々しくて目がつぶれそう。


「なに、僕に合わせて頑張ってくれた主に倣っているだけさ。どれだけ想いを込めたとしても伝わらなければ意味がないだろう?主、僕も君が好きだよ」


歌仙の言葉の意味を教えてもらったのは数日後のことである。歌仙なりに私が好きだとアピールしてくれていたのだけれど、まったく手ごたえがないどころか伝わっている気がしなくて手を考えあぐねているところに私の告白だったらしい。まさかことあるごとに言われる「雅じゃない」「風流が分かってない」という言葉が愛情の裏返しだったなんて、気づけるはずがなかった。







からくれないに染まりしは



(おや、これ以上ないくらいに赤いと思ったけれど、さらに赤くなったね)
(か、勘弁してください)

*pixivより加筆転載*

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