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砂時計


「君のことが好きなんだ。これからの時を僕といっしょに重ねてほしい」

一世一代の決意で砂時計を差し出す。日が暮れれば寝て、明ければ起きて、お腹が空いたらご飯を食べて。時間に追われることのない生活で日々を暮らす庶民にとって、砂時計は時間を管理する必要のある高貴な身分の方々の持ち物であり、言い換えれば高価なものではあるが無用の長物だ。わざわざ砂時計で時間を測っていれるようなお茶なんて飲んだことなどない。普段目にすることのない手のひらサイズの時計を前にして瞬いた眼には困惑の色が写っている。王子様に求婚されるなんて!と驚いている様子には見えない。どちらかと言えば、何を言われているのか理解していないような、そんな風情だった。きょとんとした面持ちを前に、アランは顔に熱が集まってきた。脳裏に浮かんだのは、巷ではプロポーズの時に砂時計を贈るのが流行ってるんだぜと、アドバイスをしてきた自称流浪の美貌の大賢者様のしたり顔だ。流行にのっとって告白すれば成功間違いなしだって、お前年はちょっとばかりくっちまったけどツラはまあまあいいんだし。なんて言葉を信じた自分が馬鹿だった。スマートの言葉に従ってのこのこと砂時計片手に告白した自分のなんて間抜けなことだろう。今のことを知ればスマートは腹を抱えて笑うに違いない。もしかすると水晶玉で生放送をしているかもしれなかった。羞恥と怒りでどうにかなりそうである。

「や、これは、その…」

言葉そのものに嘘偽りはないし、撤回するつもりもない。やり直せるならプロポーズの方法を再検討するのだけれど、それでは格好がつかない。ただ、今や間抜けの象徴となってしまった砂時計だけはなかったことにしたかった。引っ込めようとする手を、やわらかな、けれど姫君と違って働いているのだと分かる少し荒れた手が引きとめる。

「アラン王子、今のは、その……」

オリヴィアや、ダイヤモンドとは違う美しさのある娘だった。香り立つ大輪のバラやユリを二人に例えるのなら、彼女は素朴な野の花だ。誰もが目をとめるようなはっとする美しさがあるわけではない。けれど、ふとした時に咲いているのに気付くと自然と顔がほころんでしまうような可憐さがあって、ころころとよく笑う表情に惹かれた。少し立ち話をするだけで、ドキドキして心臓が落ち着かなくて、反面矛盾しているけれどそのドキドキが妙に落ち着く。結婚するならこんな人がいいと、難しく考えるでもなくふわりと浮かんだのは年のせいだろうか。ダイヤモンドに恋をしていたときのような、恋に恋しているような麻疹にかかったような熱はない。しかし、それよりも穏やかで温かで、これからもずっとこの気持ちをはぐくんでいきたいと思わせてくれた人だった。できれば気持ちを一つにして、いっしょに育てていければ言うことはない。幸いにもラボトローム王家は恋に寛容であり、兄が部族の踊り子に入れ込んで城を留守にしようが、好きになったのならしょうがないで済ませてくれる気風があった。身分がどうのよりも、年頃の王子がいつまでもふらふらと独り身であることを気にかけている。好きな人ができて、その人と結婚したいと言えば頑張ってこいと兄弟たちに背中を押されることは簡単に想像できた。応援されて喜ぶような年でもなく、ある程度の人生経験を積んできた男としては、できれば今から頑張ってくる、と宣言するよりも、今度結婚したい人がいると報告ができた方がいい。

「本気だよ。格好がつかなくて申し訳ない。もう少し、できればびしっと決めたかったのだけどね。でも、君と結婚したい気持ちは偽りの無い本心なんだ」

重ねられた手に勇気付けられて、自分の情けなさに少し笑った。まあ、いつもの自分とあまりかけ離れてなくて、ある意味自分らしいかと開き直る。砂時計からさらさらと砂が落ちているのが握りこんだ手の隙間から見えた。父親や兄といっしょに城の敷地内にある庭師の家で暮らしている。女の子であるのに、日焼けをいとわず外に出て彼らの手伝いをしていた。笑顔で空の下働いている姿は、庭に咲く花に負けることなく生命力に溢れていて、最初はほほえましく眺めているだけだった姿を気付けば目で捜すようになっていた。ダイヤモンドに出会ったときのような鮮烈な印象はない。いつの間にか気付いた穏やかな恋だった。音もなく積もる砂時計の砂のように、しかし想いは着実に積み重なっていった。今度は二人で、積み上げていけたらと祈るように願う。果たして結果は――。少しずつ赤く染まっていく頬に、うるんでいく目元に、アランは期待が高まっていくのを自重することができなかった。







砂時計



(アラン王子、今です、頑張って!)
(どけ、グーナー、いいとこが見えねぇだろうが)

アラン王子のプロポーズはきっと皆に見守られているはず(笑)


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あきゅろす。
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