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ふわり、香りを残して(土井半助:RKRN)


「名字?」

髪型と雰囲気、同じ制服に似たような背格好の女子生徒なんて数多くいるのに、それでも後姿だけで彼女が誰だかわかってしまう。そんな自分にいかんなぁと苦笑して、苗字を呼ぶと大当たり。担当クラスの子たちと違って、トラブルメイカーでも成績非優等生でもないきわめて優秀でまじめな彼女が職員室にある用事は限られている。

「どうしたんだ。何か分からないところでもあったか?悪かったな、ちょうど席を外していて」

「い、いえっ」

びくっといきなり声をかけられただけにしては大袈裟に肩を揺らして、振り返った彼女はあたふたと手を背中に回した。悪戯盛りの悪ガキどもならいざ知らず、いかにもまずいといった表情を浮かべる彼女は新鮮だ。彼女に限って、見つかって問題のあるようなことをするはずがないとは思うのだが、だとするとその表情のわけが気になってしまうのは人間の性だろう。

「なんだ、何かしてたのか?変なことをしてわけじゃないだろうな」

そんなわけはないと分かっているので、口調は自然からかう調子のものになった。

「あー、その…」

言葉を濁して、目を泳がせる彼女の耳が徐々に赤く染まっていく。なんだろうと思う間もなく、横を彼女が走り抜けた。

「なんでもありません。それでは、失礼します!」

急いでいるにも関わらず律儀に頭を下げて、乱れた髪をそのままに勢いよく部屋の外へ飛び出していく。落ち着いた仕草のよく似合う彼女にしては珍しい様子だった。彼女が立ち止まっていた自分の机の前にとりあえず進んでみる。

パソコンの傍ら乱雑に積み上げられたファイルやプリントの影に隠れるようにそっと、水色のリボンのかかった細長い箱が横たわっていた。自分の席を立つ前にはなかったものだ。誰かが置いていったのだろう。誰か、なんて先ほどいた人物に他ならない。単なる希望的観測を裏付ける光景はつい先ほどみたものだ。今日一日にして大手デパートの、その中でももっとも大きいサイズだろう紙袋の中はありがたいことにチョコレートでいっぱいになりつつある。男性教師であるがゆえの特権だろう。同年代の男子生徒に申し訳が無いほどのもらいっぷりだ。しかし、どれも本命でないことは明白で、中には冗談めかして図々しくもホワイトデーに期待していると言ってきた女子生徒もいた。別段、教師に渡すことは特別なことじゃない。ただし、それは義理チョコに限った話なのだろう。先の様子を見ていれば口で言わなくても本命であると言っているようなものだ。ただ渡したいのであれば普通に渡してくれればよかったのに。あれじゃばればれだ。いや、それともばらしたかったのだろうか。普通に渡すだけでは物足りなくて、だけど教師と生徒の立場では気持ちを口にすることも叶わなくて、思慮深い彼女のことだからこちらを困らせまいと悩んで、しかし自分に嘘もつけなくて、ぎりぎりのところまで葛藤して出した結論がそれだったとしたら。思考を掘り下げて、いつの間にか口元がにやけていたことに気付き、土井は誰に見られているわけでもないのに手でそれを覆った。謙虚な主張はいじらしく、一瞬だけ写った赤い頬はいとしく思えた。高校の卒業式は来月の一日だ。指折り数えるにはまだ手が足りない。この関係が終わるまでは、彼女がとってくれた距離感でちょうどいいのだろう。けれど、それが終われば――。ホワイトデーにはもう新しい関係を始められるだろう。机の上に置かれた甘い香りのする箱を手に取り、名前の出て行った扉を見ながら、土井は改めて微笑んだ。







ふわり、香りを残して



(あと一か月、か…)
titled by KISS TO CRY

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あきゅろす。
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