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◆短編
それは血に似て昏く
短編 鎖の先の続編になります。

※残酷描写あり



ルビー、サファイア、エメラルド。
ダイヤモンドは好きではないが、流石に大粒のものになると見栄えはいい。

「どれも一級品でございますよ」

「知ってる」

魔界から呼び寄せた商人は腕利きで、どこで仕入れてくるのかは知らないが期待を裏切られた事は無い。だからこそ殺さず重用してやっているのだが、付き合いも長くなると多少の親しみ程度は感じている。

それに俺を恐れないのもいい。魔族ですら人間と魔物の混血児である俺には忌避感を感じるようで、大抵の魔族は俺を見ると恐れて逃げ出してしまう。

暇な時は捉えて引き裂いて遊んだものだが、最近の俺はちょっと忙しい。ひょんな事から手に入れた新しい『オモチャ』はなぜかとても俺の興味を引いた。

「ギラギラと派手な物より慎ましい感じの物がいい」

「贈り主様は慎ましいお方なのですかな?」

「見たいか?」

「御冗談を。見た後で見たから殺すなんて言い出しかねない性格をなさっている癖に」

俺の方を見もせずサラリとかわした商人は、大きな荷物の中から薄い箱を取り出して俺に渡した。多少古い感覚を受ける箱を開くと中に入っていたのは女性物のネックレス。

「俺は首輪を頼んだんだが?」

「広義では変わりませんよ。それに首輪に慎ましさなんて無理な事をおっしゃられましても、私だって困ります」

銀色の鎖を摘まんで持ち上げると、しゃらりと微かな音が鳴る。先端に取り付けられた石は形こそ整えられているものの、ガラス玉にしか見えない。

「ああ、それはまだ普通のガラス玉と変わりませんよ」

「まだ?」

「まだです。それは込めた魔力によって色を変える特殊な鉱石を含んでいますので、魔力を込めてから贈るんです」

「へぇ?」

「魔力を込めたらお買い上げして頂きますよ?」

さっそく試してみようとした俺を、商人はぴしゃりと窘める。流石に目ざとい。
とはいえこれからもいい付き合いをしていきたいと思っている奴に払いを渋る気はなく、金額の入っていない小切手を投げてやれば商人はサラサラとペンを走らせた。

思っていたよりもずっと安価で中々いい買い物だったと満足する俺に、ふと一つの疑問が過った。

「俺の魔力は何色だと思う?」

商人は荷物を片づけながら曖昧に笑い、答えを口に出す事は無かった。

余計な事は言わない。
なるほど、賢い選択だ。




窓のない寝室は暗く、魔法で明かりをつけてなお薄暗い。俺の存在を外部から隠すために設えられた部屋だから当然なのだが、あらゆる魔力を軽減させる効果や少々の物理的な衝撃では壊れない頑丈な作りになっている。

幼い頃でも十分壊せたが面倒なので壊したりしなかっただけで、気力体力ともに充実している今ならば屋敷ごと壊す事も容易いだろう。新しい住居を考えるのも面倒だし、弟に迷惑をかけるのは本意ではないのでからやらないだろうが。

ベッドの上に横たわる奴の横に座ると、涙で赤く染まった目元を指でなぞる。コイツの体力が無いのか、それとも人間が脆弱だからなのか、触れられているというのに起きる気配はない。

起きるのを待つかと一瞬だけ思い、早々にその考えを蹴り捨てた。俺は今、反応が見たい。

眠っている奴の身体を強引に抱きかかえると、涙の痕が残る頬をベロリと舐める。涙に含まれている塩分が舌先に塩辛さを残し、それを美味いと感じるのは俺の悪魔としての本能なのだろうか。

「ひいっ!」

突然眠りから覚醒させられた奴は全身をこわばらせ、俺から距離を取ろうと身体を蠢かせる。もちろん脆弱な人間ごときが少々暴れた程度で俺から逃げられる訳もないのだが、腕の中で暴れる感覚は獲物を捕らえた実感を感じさせるモノで心地いい。

ひとしきり暴れた人間は徐々に抵抗を弱めていき、最後には子供のように鼻水を垂らしながら啜り泣き始めた。普通の人間ならば哀れを感じる場面なのかもしれないが、俺に流れる悪魔の血はそれを喜びとして受け止める。

コイツの泣き顔は気に入っている。

「満足したか?」

「やだ、もうやだ、うちにかえりたい」

初めて見た時の高慢な態度はどこへやら、たどたどしい言葉使いは本当に子供のようだ。いい声、興奮する。

「帰る? お前はどこへ帰る?」

「え……」

「お前が住んでいた街には記憶の除去を行いお前の事を覚えている者はいない。住んでいた家は引き払わせてあるし、新しい住人が入っているだろう。そうそう、お前の恋人という女にはお前と別れるか死ぬかを選ばせたら、何の迷いもなくお前と別れると言ったそうだ」

「え、……え?」

不安そうに人間の瞳が揺れた。全身から醸し出させる絶望の気配に、腹の底からぐつぐつと湧き上がるのは全てを食らってしまいたい食欲か性欲。

食欲だろうと性欲だろうと大した違いはない。食らい尽くしたい欲を抑える必要なんて、俺にはひとかけらもありはしないのだから

「それとお前が取引していた悪魔がどうなったか聞きたいか? 聞きたいだろう?」

「い、…、いや、だ」

「そういうな、面白い話なんだ。再生力が高い悪魔でな、少々臓器を壊した程度なら自己修復してしまう。もちろん殺す事も容易いが、それではつまらない」

「ぃ…や」

「再生するたび目玉をくり抜き、骨を砕き、腸を引きずり出し、腎臓を引きちぎり、肝臓を握り潰す。心臓や脳は再生する前に死んでしまうから出来ないが、一か所潰すたびに殺してくれ、殺してくれといい声で泣くんだ」

「ぅあ、あ、……っ!」

俺のモノに『なる予定』だったコイツと、勝手に取引をした罰にしては軽いものだろう。いまだに苛立ちを隠せないのにこの程度の罰で抑えているのだから私も大人になったものだ。

両手で耳を塞いでいた人間の手を掴み、耳元に唇を寄せる。

「お前は、どこに帰る?」

元々住んでいた街へ?
捨てた家族が住んでいた故郷へ?

それとも冷たい土の下?

余計な事は言わない賢さのか、はたまた言葉が出ないのか、人間は言葉の代わりにポロポロと大粒の涙を零した。透明な涙は宝石のようで、俺はふと『首輪』の事を思い出す。

茫然としている人間の首に『首輪』を付けてやれば、銀色の鎖と青と赤の混ざりきらない紫色の宝石が人間の胸元で揺れる。

「……、かえさない」

魔族の血と人間の血が混ざりあったような昏い紫。
ああ、実に良く似合っている。


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