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購買でペットボトルに入ったミネラルウォーターとサラダとパンを買って、校舎を出る。
降り注ぐ日差しは暑く、思わず眉間に皺が寄った。
日陰はまだ暑さがマシなので、なるべく木陰や日陰を通りながら、千里のいる場所へ向かう。
独特のまとわりつくような湿った空気に、やっぱり夏は好きじゃない、と内心で呟いた。


(こんな季節に、どうしてわざわざ外で昼食を摂りたがるんだか)


俺には、まったくあいつの考えはわからない。


「あ、きたきた」


目的の場所――誰もこない校舎裏に着くと、いつものように非常階段の裏に千里はいた。
俺の方を見て、それまでの無表情が嘘のように、笑う。
…この表情の豹変にも、もう慣れたものだ。


「おせーよ、ダーリン」
「購買が混んでてな」


そんな軽口を叩く千里。
それにノることもなく、俺は千里の隣に同じように腰を下ろした。


「つれねえな」
「今更だろ」


晴れた日には、ここで昼食を摂る。
千里と知り合って早一年、いつの間にか二人の間で暗黙の了解となっていたことだ。


校舎裏は木が沢山植えられていて、生物観察のための小さな川まであるので、他の場所よりはいくらか涼しい。
千里のお気に入りらしいこの場所は、たしかに空気が心地よい。

……暑さがなければ、さらにいいのだが(俺は暑さに弱いのだ)。


「ま、そんなとこがいいんだけどな」


何が楽しいのか、くつくつと楽しそうに喉奥で笑いながら、千里はストローに口をつける。
それに無言を返し、俺も購買で買ってきた水を一口、飲んだ。
ペットボトルが早くも纏った水滴が、手を濡らした。
蝉の声と口内を潤す水が、体に染み込んでいく。


「つか、昼メシくらい、俺に言ってくれりゃ買いにいったのに」


俺が購買のパンの包装に密かに苦戦していると、千里が、コンビニの袋に入ったサンドウィッチを取り出して、かぶりつきながら、そんなことを言ってきた。
俺が来るのを、律儀に待っていたらしい。


「これからは俺に言えよ。な?」


に、と笑って言う千里。
…聞きようによれば、優しいと言えなくもない。
だが、こいつのこの発言は、優しさから来るものではない。


「……俺には、友人を使いっぱしりにする趣味はない」
「えー、いいじゃん、使ってくれよ。俺お前の命令ならナンダッテ喜んで聞いちゃうのに」
「千里」
「……ジョーダンだよ、そんな怒んなって、俺お前にだけは怒られても喜べない」


肩を竦めて咀嚼していたものを飲み込む千里。
…俺以外には怒られても喜ぶだけなのかなんて、今更すぎるので言わない。


「ていうか、いつまで包装に手間取ってンのお前」
「………取れないんだ。毎度毎度、購買の包装はとりにくすぎる」
「いやそれお前が不器用すぎるだけだから」


貸してみ、と手を伸ばされ、細すぎるその腕に一瞬眉を寄せるが、素直にパンを渡した。
すると、ものの一、二秒で、包装が外される。
……毎度のことながら、俺が不器用なんじゃない。こいつが器用なんだ。


「ん」
「ありがとう」


礼を言ってから、パンにかぶりつく。
…包装は煩わしいが、購買のパンは最高に美味い。
どういたしまして、と笑う千里の左手に赤く傷が走っているのに、今更ながら気付いた。


「……また喧嘩したのか」
「…ん?」
「左手。切れてるぞ」


そう指摘すれば、千里は自分の左手に視線を落とす。
そして俺にあー、と間抜けな声が返してから、笑った。


「ちょっと無理しただけ」
「何人だ」
「えー…っと、8人か?全員エモノ持ち」


楽しかったぜ、と悪びれもせず笑う千里に、思わずため息を吐く。


「……他に怪我はないのか」
「ん、目立つ怪我はな。…久々に派手にやったから、めちゃくちゃ気持ちヨかった」


そう言ってうすく傷を撫でる千里。
その目は純粋に楽しそうで、嬉しそうで。
俺の口からまた、ため息がこぼれた。


「……あまり、無茶はするなよ」
「なに、心配してくれてんの?」
「ああ」


純粋に楽しんでいるからこそ、千里の『喧嘩』は、心臓に悪すぎる。


「……聡は優しいな」
「そうでもない。普通だ」
「優しいよ。……ふ。お前といると、本当にペース崩される」


嬉しそうに笑う千里は、けれど優しさを求めてはいないことを、俺は知っている。


「……後で一応保健室に行くぞ。ろくに手当てもしてないんだろ、あの時みたいに」
「あー、うん」


はは、と笑う千里。これだから、放っておけないんだ。
よく見れば、千里の拳や腕などには、細かな傷がいくつもある。
多分、俺に気付かれないようにしていたんだろう。
俺は――千里の望む反応を、一つだってしてやれないから。


「」

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あきゅろす。
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