2 購買でペットボトルに入ったミネラルウォーターとサラダとパンを買って、校舎を出る。 降り注ぐ日差しは暑く、思わず眉間に皺が寄った。 日陰はまだ暑さがマシなので、なるべく木陰や日陰を通りながら、千里のいる場所へ向かう。 独特のまとわりつくような湿った空気に、やっぱり夏は好きじゃない、と内心で呟いた。 (こんな季節に、どうしてわざわざ外で昼食を摂りたがるんだか) 俺には、まったくあいつの考えはわからない。 「あ、きたきた」 目的の場所――誰もこない校舎裏に着くと、いつものように非常階段の裏に千里はいた。 俺の方を見て、それまでの無表情が嘘のように、笑う。 …この表情の豹変にも、もう慣れたものだ。 「おせーよ、ダーリン」 「購買が混んでてな」 そんな軽口を叩く千里。 それにノることもなく、俺は千里の隣に同じように腰を下ろした。 「つれねえな」 「今更だろ」 晴れた日には、ここで昼食を摂る。 千里と知り合って早一年、いつの間にか二人の間で暗黙の了解となっていたことだ。 校舎裏は木が沢山植えられていて、生物観察のための小さな川まであるので、他の場所よりはいくらか涼しい。 千里のお気に入りらしいこの場所は、たしかに空気が心地よい。 ……暑さがなければ、さらにいいのだが(俺は暑さに弱いのだ)。 「ま、そんなとこがいいんだけどな」 何が楽しいのか、くつくつと楽しそうに喉奥で笑いながら、千里はストローに口をつける。 それに無言を返し、俺も購買で買ってきた水を一口、飲んだ。 ペットボトルが早くも纏った水滴が、手を濡らした。 蝉の声と口内を潤す水が、体に染み込んでいく。 「つか、昼メシくらい、俺に言ってくれりゃ買いにいったのに」 俺が購買のパンの包装に密かに苦戦していると、千里が、コンビニの袋に入ったサンドウィッチを取り出して、かぶりつきながら、そんなことを言ってきた。 俺が来るのを、律儀に待っていたらしい。 「これからは俺に言えよ。な?」 に、と笑って言う千里。 …聞きようによれば、優しいと言えなくもない。 だが、こいつのこの発言は、優しさから来るものではない。 「……俺には、友人を使いっぱしりにする趣味はない」 「えー、いいじゃん、使ってくれよ。俺お前の命令ならナンダッテ喜んで聞いちゃうのに」 「千里」 「……ジョーダンだよ、そんな怒んなって、俺お前にだけは怒られても喜べない」 肩を竦めて咀嚼していたものを飲み込む千里。 …俺以外には怒られても喜ぶだけなのかなんて、今更すぎるので言わない。 「ていうか、いつまで包装に手間取ってンのお前」 「………取れないんだ。毎度毎度、購買の包装はとりにくすぎる」 「いやそれお前が不器用すぎるだけだから」 貸してみ、と手を伸ばされ、細すぎるその腕に一瞬眉を寄せるが、素直にパンを渡した。 すると、ものの一、二秒で、包装が外される。 ……毎度のことながら、俺が不器用なんじゃない。こいつが器用なんだ。 「ん」 「ありがとう」 礼を言ってから、パンにかぶりつく。 …包装は煩わしいが、購買のパンは最高に美味い。 どういたしまして、と笑う千里の左手に赤く傷が走っているのに、今更ながら気付いた。 「……また喧嘩したのか」 「…ん?」 「左手。切れてるぞ」 そう指摘すれば、千里は自分の左手に視線を落とす。 そして俺にあー、と間抜けな声が返してから、笑った。 「ちょっと無理しただけ」 「何人だ」 「えー…っと、8人か?全員エモノ持ち」 楽しかったぜ、と悪びれもせず笑う千里に、思わずため息を吐く。 「……他に怪我はないのか」 「ん、目立つ怪我はな。…久々に派手にやったから、めちゃくちゃ気持ちヨかった」 そう言ってうすく傷を撫でる千里。 その目は純粋に楽しそうで、嬉しそうで。 俺の口からまた、ため息がこぼれた。 「……あまり、無茶はするなよ」 「なに、心配してくれてんの?」 「ああ」 純粋に楽しんでいるからこそ、千里の『喧嘩』は、心臓に悪すぎる。 「……聡は優しいな」 「そうでもない。普通だ」 「優しいよ。……ふ。お前といると、本当にペース崩される」 嬉しそうに笑う千里は、けれど優しさを求めてはいないことを、俺は知っている。 「……後で一応保健室に行くぞ。ろくに手当てもしてないんだろ、あの時みたいに」 「あー、うん」 はは、と笑う千里。これだから、放っておけないんだ。 よく見れば、千里の拳や腕などには、細かな傷がいくつもある。 多分、俺に気付かれないようにしていたんだろう。 俺は――千里の望む反応を、一つだってしてやれないから。 「」 [戻る] |