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ルパンの恋人U
3
「いえ、許しません。朝です。起きなさいィィィィィィィ」

耳に聞こえてきたのは、節の付いた声。目を開けると、チョココロネがいっぱいあった。美容師さんを毎朝呼びつけて、頭に大量のチョココロネを作る俺の母上だ。常に、即興ミュージカルを演じながら歩いている。

やっべえ、パンツの中がぬるぬるだわ。どうしよう、チョココロネにばれたら。

「チョココロ、じゃなくて、マミー。ロンドンから、帰ってたの? ぐっもーにん。ハウ、アバザ、ビジトリップ?テルミー、ホワイ、ユー、メイク、ユアセ、ソー、ファニー」

言い終わる前に、頭を抱きしめられて、ほっぺにチューされる。降り注ぐ歌声。

「もうお、いつまでもかわいい赤ちゃんですこと。早く、起きてくだしゃいね。お土産たくさんありましゅからねェェェェ」

あのねえ、二十歳超えた息子に、五十歳超えた母親が、赤ちゃん言葉使っていいのは、認知症が始まった時だけだからね、チョココロネ。そういえば、チョココロネに認知症じゃないときってあったけ。俺が物心ついたときから認知症だから、むしろ、大丈夫か。

「お土産、机に置いてるわよ。ミスターリュパンにもあるから、持って行ってあげてね、ベビーちゃんゥゥゥゥ」

ベビーちゃんを、三回繰り返し歌っている。ド、ミ、ソ、の高さで順に。俺の顔を見ると、毎度のことだ。正直、反抗期には、イラッときて殺意を抱いたけど、今では、騒がしいパン屋の売り子が歩いていると思っているから、俺の気も確かなままだ。愛され過ぎるのも、大変なんだよね。

「うん、ありがと、チョココロ、じゃなくて、マミー」

チョココロネには、本気で感謝する。どうせ、趣味の悪いネクタイかスカーフなんだろうけど(ルパン、どうやって処分してるんだろうね?)、あいつに会う口実が出来た。サンキュー、チョココロネ。今日は、特別においしそうに見えるよ。

いや、俺、今、何考えた?あいつに会う口実?あれ、俺らの間にそんなもの必要あったっけか?口実なしに会える仲だよね。俺達って、「何か暇」だから、ツルむ間柄だよね?

「何か暇」だから、あいつんちでも行くか。週に一度は、そんな感じで押しかけていたのに、最近は、素直にそれを表に出すことができなくなっている。俺の「あいつんちでも行くか」は、以前の「あいつんちでも行くか」と違う。キスした日から。

あいつとのキス以来、俺は、おかしくなってる。ふざけてやったことなのに。あいつんちに行く理由をきちんと見つけないと何かが壊れてしまいそうで怖くなってる。ともすれば、今すぐにでも、あいつんちに行きたくなってしまっている自分がそこにいる。この気持ち、制御できなくなればどうなってしまうんだろう。

どうなるかって、汚れた下着を見ればわかる。夢に出てきた親友相手に、下着を汚すなんて、普通じゃない。今朝で何回目だろう。どうなるかって、きっと惨めなことになって、大事なものを失うだけだ。

俺は、がっくりと肩を落として、溜息をついた。俺、おかしい。どう考えても、おかしい。クレイジーのおかしいだ。多分、他人からは、ファニーのおかしいに見えるのだろうけど。いや、笑わせたくて、こんなことやってんじゃないよ、ホント。

チョココロネは、頭をゆっさゆっさ揺らしながら、今日も機嫌よさそうに、独り言を歌いながら(はああ……、好きにしてくれ)、部屋を出ていった。チョココロネは、いつも陽気だ。俺もチョココロネの生き方を真似てみたいね。あの人、悩み、なさそうじゃん。チョココロネには、結構、見習うべきところがある。いや、見習っちゃいけないところの方が、圧倒的に多いけどさ。

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あきゅろす。
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