Snatch成長後編BL(完結)
48、猫
◇◇◇
エッチは無しでくっついて寝たが、テツは腕枕をしてくれたし、満足度は高かった。
だが、腹にズシッときて目が覚めた。
「う〜、またかよ……」
またしても大の字になり、俺の腹に足を乗っけている。
「っと〜、何時?」
時計を見たら……8時過ぎだった。
つか、寺島の彼女がくる時間を聞いてない。
でも……爆睡中だ。
このところ忙しかったし、早朝から来る筈はないんだから、起こすのはやめておこう。
とにかく足を退けて、ベッドから降りた。
「ニャ〜ン」
2匹が待ち構えたように足にスリスリしてきた。
「わかった、今やるから……」
何よりもまず猫達の世話が先だ。
餌やりとトイレ掃除を済ませて、顔を洗いに行った。
「ふう〜」
なにか作らなきゃ。
面倒だからパンに珈琲、目玉焼きだ。
ちゃちゃっと作っていった。
猫達は玩具を転がして遊んでいる。
邪魔されたら困るから、そのまま遊んでて欲しい。
ざっと作り終えた時に誰か来た。
「はい、ちょっと待ってくださ〜い」
手を拭いて玄関にすっ飛んで行った。
ドアを開けたらカオリが立っているが……やけに深刻な表情をしている。
「カオリさん? なにかあったんですか?」
「黒丸が……、うっ」
カオリは黒丸の事を言いかけ、顔を手で覆って泣き出した。
これはもしかしたら……黒丸が……。
「カオリさん、黒丸……」
「うん……、今朝死んじゃった、ううっ」
もう年だったし、とうとう寿命がきてしまったようだ。
「あ、あの……、そっか……」
カオリは泣きじゃくっている。
なにか言いたいが、どう慰めていいか分からない。
「ゆうべは普通だった、なのに今朝から急に元気がなくなって……、動けなくなったの、ヤバいって思って……、あたし、水を飲ませたの、そしたらちょっとだけ飲んだ、だけど……ダメだった、あっという間に……眠るように逝っちゃった、ううっ」
カオリは泣きながら説明したが、黒丸は大往生だったんじゃないかと思う。
「そっか……、俺も龍王丸が死んだ時、キツかった、水野さんはシノギ?」
こんな時はパートナーが慰めた方がいい。
「うん……、ゆうべから帰らない、舞さんは忙しいだろうし、だからあたし……ここに来ちゃった、ごめんね」
姉貴は蒼介がいるから、気を使って遠慮したんだろう。
「俺は構わないから、良かったらちょっと上がってく?」
「ううん、いい、ありがとう……、黒丸、ひとりぼっちにさせちゃ可哀想だから……」
「でも、ひとりで大丈夫?」
「うん、あまりにも急だったから……びっくりしてつい来ちゃった、大丈夫」
「水野さん、いつ帰るって?」
「お昼頃かな……」
「そっか、あの……亡くなったばっかで、今こんな事言ったらマズいかもしんねぇけど……、黒丸は可愛がられて幸せだったと思うよ、だから苦しまずにあの世に旅立った、俺はそう思う」
動物は寿命が短いし、大抵は飼い主が見送る事になる。
別れは避けられない。
「うん……あたしもわかってた、もうじきだなって……、ただ、わかっていてもやっぱり悲しい」
カオリは覚悟していたようだ。
「そうだよな、俺も2匹がやってくるまでは……やっぱ寂しかった」
「だよね……、動物って死んだら悲しいね」
「うん、悲しい、でも……龍王丸も、もし最初からいなかったら……つまらなかったと思う、いてくれたから癒されたし、楽しい思い出も沢山ある」
「うん……、そうだよね……楽しかった、うっ、やだな、泣けてきちゃう、ごめんね朝からやって来て」
「いいよ、遠慮しなくていいから、水野さん、じきに帰ってくるし、あんま落ち込まねぇように」
「うん、話したらちょっと楽になった、友也君、ありがと、あたし……帰るね」
カオリは涙を拭って帰って行った。
「ん〜、今誰か来てたろ」
部屋に戻ったら、テツがあくびをしながら歩いてきた。
「うん、カオリさん、黒丸が今朝死んだって……」
「ああ、遂に逝っちまったか、水野はいねぇのか?」
「いないらしい、で、姉貴んとこに……って思ったらしいけど、ほら、蒼介がいるだろ? だからカオリさん遠慮して、で、うちに来た」
「ああ、そうか……、動物が死ぬのはつれぇ、下手な人間よりよっぽどってやつだ、動物は人間と違って無垢だからな」
「だよな、カオリさん、ショックみたいだし、水野さん、早く帰ってきたらいいけど」
「じきに帰ってくる、ま、いつかは死んじまう、こいつらだっておんなじだ、今走り回ってるのを見てると、そんなのは遥か先に思えるが、実はそうでもねぇ、俺らだって一緒だ、じきにナニが勃たなくなる」
「えぇ、そこかよ……」
いい事を言ってると思ったら、テツは死よりもそっちが気になるようだ。
「そりゃそうだ、はあ〜あ、顔でも洗ってくるか」
またあくびをして歩き出したが、時間を聞かなきゃ……。
「あの、寺島さんいつ来るの?」
「おう、10時頃って言ってたな」
「え……」
思ったより早い。
呑気にしてちゃだめだ。
知らない人が来るとなると気を使う。
「じゃ、掃除しなきゃ」
ロボット掃除機はあんまり使わなくなって、押し入れにしまってある。
アレは確かに便利だけど、隅までってわけにはいかないし、結局人力の方が確実だったりする。
今はフローリング用のモップで拭いている。
ざっと済ませて朝飯をテーブルに運んだ。
「お〜、いっつもやらせてばっかで、わりぃな」
ソファーに座っていたら、テツがやってきて隣に座った。
「へへっ……、いいよ」
そういう風に言葉をかけてくるところが、テツのいいところだ。
カタギだって、図々しい奴は山ほどいるんだから、そう思うと偉いと思う。
「これ食ったら着替えるか、それらしい格好をしなきゃな」
パンにがっつきながら言ってきた。
「ん、わざわざ着替えるんだ」
「ヤクザが怖ぇんだろ? だったらよ、ヤクザらしい格好で話した方がいい」
なるほど、確かに悪いイメージを払拭するなら、その方がいい。
「そっか、じゃあ、俺も着替える」
目玉焼きをフォークで突き刺して言った。
朝飯を済ませると、テツが片付けをやってくれると言うので、お言葉に甘える事にした。
背もたれに寄りかかり、洗い物をするテツを見ているうちに……ふと思いついた。
「なあ、なんか出した方がいいかな? ケーキとか」
「そりゃまあ〜、出したきゃ好きにしな」
「うん、じゃ、ちょい買ってくる」
コンビニまで、ひとっ走りしてくる事にした。
近いから着替える必要はないだろう。
財布から金を出してポケットに突っ込み、ジャージ姿で部屋を出た。
急ぐ事はないけど、何となく気が急いて小走りになっていた。
コンビニに入ったら、店長不在でバイトしか居なかった。
昼間はバイトに任せているようだが、兎に角、適当にケーキを買ってとんぼがえりした。
マンションの敷地に入った直後に、水野が車で戻ってきた。
水野はスピードを落として俺の横につけると、窓を開けて顔を覗かせる。
「友也、なにしてんだ?」
俺に聞いてきたが、黒丸の事は知らないようだ。
「ちょっとコンビニに……、あのそれより、今朝カオリさんが来て、黒丸が亡くなったって……」
手短に説明して黒丸の事を伝えた。
「え、そうなのか? カオリのやつ電話してこねぇぞ」
「忙しいのを邪魔しちゃ悪いと思ったんじゃ? ショックを受けてるみたいだし、早く戻ってあげてください」
「ああ、わかった」
水野は返事をして、すぐに車を駐車場の方へ回した。
俺は先に行く事にしてエレベーターに向かった。
部屋に戻ったら、テツはソファーに寝転がっている。
ひとまず、ケーキはカウンターの上だ。
うつ伏せになっているが、次郎長と次郎吉が背中に乗って、まったりとくつろいでいる。
俺はどことなくソワソワしてるのに、テツは緊張感のカケラもない。
「全然緊張感ねぇな〜」
「人の女だ、なもん……つまらねぇ」
「そりゃそうだけど……」
人の女だから……ってとこが、ちょっと引っかかった。
「じゃあさ、人の女じゃなかったらどうなんだ?」
「おう、そんなもんおめぇ、おっぱいに決まってるだろ、巨乳なら喜ぶぜ」
出た、久々におっぱい星人。
そういえば……カフェで一緒にいた女は、おっぱいがデカかった。
口紅といい、おっぱいといい……『巨乳なら喜ぶぜ』なんて聞いたら、急激にモヤモヤが噴き出してきた。
「ふーん……、もしかして……寝た?」
テツは付き合いや取り引きの関係で、女をプレゼントされる事があるし、食おうと思えばチャンスは山ほどある。
「なんだぁ? おっぱいが気になったのか?」
「そりゃ……」
気になるに決まってる。
「なわけねぇだろ、おっぱいは好きだが、胸焼けするって言った筈だ」
テツは耳にタコな事を言ったが、モヤモヤは晴れない。
「あのさ……、付き合いとか、そういうのだったら……かまわねぇから」
心にもない言葉が口をついて出た。
「あのな、そんな事を言うな、本当にやっちまったらどうするよ、俺はお前が浮気したらムカつくぜ、お前も同じじゃねぇのか?」
だけど……逆に問い返され、ギクッとした。
俺は自分がテツを裏切ってるから、だからテツも……って、そう思ってるような気がしてきた。
「うん……、そうだよな、ごめん」
もうやめだ。
ヤキモチを妬くのはみっともないし、そもそもそんな資格はない。
「おお、ま、おっぱいはな、おめぇの尻で足りる」
バツが悪いなんてもんじゃなかったが、突如尻発言……。
「俺の尻で?」
「おう、揉ませろ」
「今?」
「そうだ」
「いや、あの〜、じきに来ちゃうし、尻なんか揉んでる暇ねぇよ」
9時を過ぎてるから、そろそろ着替えなきゃならない。
「よーし、おいコラチビ共、ちょい退け」
テツは背中の2匹に声をかけ、ゆっくりと起き上がった。
2匹がぴょんと身軽にソファーに飛び移ると、テツは座り直して手招きする。
「友也、来な」
「尻揉みは無しだからな」
念の為言ってから傍に行った。
「へっへっへっ」
だがガシッと捕まり、両手で尻を揉んできた。
「ちょっと〜、無しっつったじゃん」
力いっぱい揉むから、痛い。
「おっぱいの代用品だ、なはははっ」
「いや、あの〜、そんなぎゅうぎゅうやったら痛いんですが?」
「ほお〜痛てぇか、この感触……たまらねぇな、へっへっへっ」
駄目だ、変態モードになっている。
「つか、マジで寺島さん来るから」
しかし、呑気に尻を揉みしだいてる場合じゃない。
「お〜、そうだな、ま、続きは夜だ」
なんとかわかってくれたようだ。
それからスーツを着用し、約束の10時が近づいた。
5……4……3……2……1……。
時計の針が10時を指した瞬間、ピンポンが鳴ってビクッとした。
「ひっ」
「おめぇ、なにビビってんだよ」
「いや、つい……」
そんなきっちり来るとは思わなかったので、びびった。
「ちょい行ってくる」
玄関にお出迎えに行ったら、2匹がついてきた。
「ニャ〜」
ドアを開けたら寺島とその彼女、千尋さんが立っている。
「いらっしゃい、待ってました」
声をかけると、千尋さんは寺島にぴったりとくっつき、俯いて顔を上げようとしない。
「おい千尋、びびんな、挨拶しろ」
寺島が千尋さんに言った。
「は、はい……、あの……お初にお目にかかります、内原千尋と申します、本日はお招きいただき、誠にありがとうございます」
千尋さんは堅苦しい挨拶をしてぺこりと頭を下げる。
カチコチに緊張しているが、背は寺島より低く、寺島とは対象的にガリガリに痩せている。
顔立ちは整っているが、気弱なのが表情に表れていて、風が吹けば飛びそうな位、見るからに頼りない感じだ。
「あ、うん……、あの〜、そんな緊張しなくていいから、兎に角上がって」
「友也、わりぃな、そんじゃ、お邪魔させて貰う、千尋、来い」
寺島に促され、千尋さんは廊下に上がったが、くるっと後ろに向いてしゃがみ込み、脱いだ靴をキチンと並べている。
脱いだ靴を直すのは、親父さんちで下っ端がやってたが、俺はそこまではやらない。
千尋さんはちゃんとした家で育てられた娘さんだとわかる。
「へえ、すげーな、靴を直すとか、偉いよ」
「あ、いえ……」
立ち上がるのを待って褒めたら、恥ずかしそうに俯いた。
「あ、兄貴、今日はわざわざすみません」
寺島は先にテツのところに行って挨拶している。
「ああ、かまわねぇ」
テツはいつもと変わりなく答える。
「千尋、こっちに来な、兄貴に挨拶しろ」
寺島は振り向いて千尋さんを呼んだ。
「はい……」
千尋さんはテツを見て表情をかたくしたが、それでも寺島の方へ向かって歩き出した。
「ニャ〜」
だが、次郎長が千尋さんの足に纏わりついた。
「あっ、猫ちゃん……」
「ごめん、こいつら人懐っこいから」
慌てて次郎長を捕獲した。
「すみません」
千尋さんは頭を下げて寺島のそばに行った。
「こちらが、俺が散々世話になってる矢吹の兄貴だ、千尋、おめぇにも色々話したから、わかるだろ?」
寺島は予めテツの事を話してるらしい。
「は、はい、あの……はじめまして、内原千尋と申します」
千尋さんはまたカチコチになって頭を下げた。
「ああ、そんなに緊張するこたぁねぇ、ま、座りな」
テツは苦笑いして言ったが、千尋さんはもろカタギの娘さんって感じだから、寺島と不釣り合いに見えたのかもしれない。
なんせ寺島は……信楽焼きの狸の癖に、無類の女好きで、水商売の女にやたら手を出していた。
一度痛い思いをして控え目にはなったが、そんな寺島がこんな真面目そうな彼女をゲットするとは、誰も想像がつかないと思う。
「そんじゃ、失礼しやす、千尋、来な」
「はい……」
寺島が千尋さんを促し、2人はテツの向かい側に座ったので、俺は珈琲メーカーを作動させる事にした。
カップを用意しながら、カウンター越しに様子をうかがった。
寺島はいつも通りだが、千尋さんはやっぱりカチコチだ。
見ていると、なんだか気の毒になってくる。
俺も遥か昔は、ヤクザなんか別世界だった。
普通の高校生で、能天気に毎日をダラダラ過ごしていた。
テツと寺島に偶然出会ってしまい、『やべぇ人達だ』と思って、知らん顔して通り過ぎようとした。
きっと千尋さんは、あの時の俺と同じ感覚なんだと思うが、千尋さんは寺島と付き合っている。
だから、俺よりは免疫がある筈だ。
考え事をしているうちに珈琲ができた。
カップに注ぎ、砂糖にミルク、スプーンをつけてトレーに乗せる。
それをテーブルに運んだ。
それぞれの前に置いていったが、千尋さんは遠慮しまくって頭を下げる。
「すみません」
「ケーキあるから、あとで持ってくるよ」
「あの、はい……、すみません」
ペコペコ頭を下げっぱなしだが、とりあえずテツの隣に座った。
「おお、遠慮せずに飲んでくれ、で〜、寺島、よくこんな真面目そうな娘さんを捕まえたよな」
テツは千尋さんにひとこと声をかけ、珈琲カップを手にして寺島に話しかける。
「はい、まあ……、成り行きで」
寺島は照れ臭そうに答えた。
「へへっ、よかったじゃねぇか、大事にしねぇと駄目だぞ」
テツは笑顔で言ったが、過去の話を出して茶化すわけにはいかないし、無難な事を言ったんだろう。
「ニャ〜ン」
2匹がテツの膝に上がってきた。
「こら、なにもねぇぞ」
テツはカップを置いて次郎長を撫でたが、次郎長はテツの手をバシッと捕まえ、ジャレて噛み付いた。
「いてて、ワルが……、なんだ遊びてぇのか?」
次郎長は興奮して猫パンチをおみまいしたが、さっきから次郎吉が上を見上げている。
これはアレだ……と思ったが、黙っていた。
「痛てぇ〜っ!」
予想通り、次郎吉はテツの体を駆け上がり、テツは叫び声を上げた。
「あははっ、やられた〜」
この2匹は人間を木に見立てて駆け登る。
「お前な、わかってたら止めろよ」
「しょーがねぇもんな、なあ次郎吉、猫だし〜」
肩に乗る次郎吉に話しかけ、チラッと千尋さんを見たら、手で口を覆ってくすくすと笑っている。
いい感じだ。
やっぱりこういう時は動物に限る。
「な、兄貴、怖くねぇだろ? 見てみなよ、猫が纏わりついてる、あんなに猫好きなんだ、怖い筈はねぇ」
寺島が小声で千尋さんに言った。
「うん……」
千尋さんはさっきよりリラックスした表情で頷いた。
「あ、じゃあ、ケーキ持ってくる」
「ったくよ〜、こいつら人間を木だと思ってやがる」
テツはぶつくさ言っていたが、俺は立ち上がってケーキを取りに行った。
それからはケーキを食べて穏やかに過ごした。
千尋さんは殆ど喋らなかったが、1時間ちょい経って2人は帰る事になった。
テツも俺と一緒に2人を見送ったが、通常なら格下の寺島を見送る事はない。
多分、2人が上手く行くように気を使ってるんだろう。
「それじゃ兄貴、今日はありがとうございました」
別れ際に寺島は笑顔で頭を下げた。
これで千尋さんの気持ちが良い方向へ傾けばいいが、それはなんとも言えない。
俺は寺島が幸せになる事を願っているが、それはテツも同じだ。
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