Snatch成長後編BL(完結)
42、小森将太郎
◇◇◇
とうとう翔吾がいなくなった。
憂鬱な気分でシャギーソルジャーにやってきた。
行きたくはないが、店長に挨拶しに行くしかない。
「おお、入れ」
ドアをノックしたら、低い声で返事が返ってきた。
「はい、失礼します」
「おう、マネージャー、今日から俺ひとりだ、しっかり頼むぜ」
なんとなくだが……翔吾がいなくなった途端、喋り方が偉そうになったような気がする。
「はい、わかりました、じゃ、失礼します」
気にしたらダメだ。
今日から、ある意味二人三脚でやっていかなきゃならない相手なのに、初日から悪い印象を持つのはよくない。
店長室を出たら、ミノルがいた。
「友也君、今日から新しい店長さんだね」
今出勤してきたようだが、今夜は本家ミノルだ。
「ああ、そうだな」
三上を所望したかったが、こればっかりは仕方がない。
「あの……」
ちょっとだけガッカリしていると、ミノルがなにか言いたげにモジモジしている。
「ん? なに、なにかあるのか?」
「日向さんが……友也君を呼べって」
何かと思ったら、ギクッとするような事を言う。
「えっ……? 俺を……って、なんで?」
まさかとは思うが、変態鬼畜プレイに付き合うのはゴメンだ。
大体、今になってそんな事を言ったら、テツが烈火のごとく怒り狂うだろう。
「あ、あの……俺と仲良くしてくれるから、お礼をしたいって、だから……、えっと……食事でも一緒にどうかって、っと〜お酒も」
だが、違っていた。
「はあ〜、そっかー、なにかと思ったよ」
純粋に礼をしたいだけのようだ。
マジで緊張したが、一気に力が抜けた。
「あの……、じゃあ友也君、OKって言っていい?」
「ああ、うん」
ミノルの事で日向さんが俺に優しくなったのは、テツも知っている。
文句は言わないだろう。
「えへへっ、日向さんと友也君、3人で食事するの、楽しみ」
ミノルは喜んでいるが、三上が表にしゃしゃり出てきそうな予感がする。
それに、お高いホテルだと堅苦しくって、今ひとつ楽しめない。
「なあミノル、日向さんが食事って……、やっぱあれ? 高級ホテルの最上階のレストランとかかな?」
「ううん、違う、浮島がやってるお店で、ちょっと面白いBAR」
けど、ちょっと違うらしい。
「ん、面白いって、どんなの?」
「坊主頭しかいない、坊主BAR」
「んん、スキンヘッド専門店? なにそれ、店員がハゲなわけ?」
「うん、だけど〜おっぱいあるの」
坊主頭でおっぱい……。
「えぇ……」
かなりエグいBARだが、日向さんがそんなBARに行くのは意外だ。
「っと〜、それって、ニューハーフ?」
おっぱいがあるんだからそうだとは思うが、一応聞いてみた。
「うん、そう」
「そうなんだ……」
まぁでも、堅苦しい場所で緊張するよりはマシだろう。
兎に角、開店準備をしなきゃならないし、お喋りは一旦終わりにして、レジやら何やらを弄りに行った。
開店した後は、いつもの音楽、いつもの賑わいでスタートした。
カクテルを作ったり、レジを打ったり……バタバタと動くうちにあっという間に時間が経ち、2回目のショータイムが迫ってきた。
ショーに出る嬢達は一旦店から退出し、控え室に着替えに行った。
すると、突然裏から小森が現れた。
「おう、マネージャー、どうだ客の入りは」
俺の方へやって来ると、店内を見回しながら聞いてくる。
「あ、はい……、いつもと同じ位です」
「ダメだな〜、客席スカスカじゃねぇか、表に出て客引きして来い」
小森は俺に向かって顎で指図したが、シャギーソルジャーは顧客メインだし、これが普通だ。
「えっ、いや、こんなもんですよ」
「馬鹿、それで満足してちゃ儲けにならねぇだろうが、客を引いてくるんだよ」
だが、小森は不満なようだ。
「俺が……っすか?」
客引きなんか、この店に勤めだして一度もやった事がないし、前店長を含め、やれと指図された事もない。
「あたりめぇだ、カウンターでチンタラやる暇がありゃ、客を捕まえてこい」
チンタラって……まるで俺が働いてないような言い方だ。
「いや、しかし……、シャギーソルジャーはそういう事は無しできました」
シャギーソルジャーはニューハーフパブとしては高級な方だから、客引きするような安い店じゃない。
「店長は俺だ、俺の指示に従え」
なのに、小森はやらせるつもりだ。
「でも……」
店の品位を下げるような真似はしたくない。
「ごちゃごちゃ言うな、売り上げを上げてやるっつってるんだ、行け」
しかし、しかめっ面で睨みつけて言ってくる。
「わかり……ました」
そんな事はやりたくないが、従うしかなさそうだ。
渋々店の外に出たが、客引きって……どうやればいいかわからない。
店の前に突っ立っていると、通りかかる人達がジロジロ見る。
恥ずかしいし、なんか屈辱的だ。
「おい! なにボサッとしてる、声をかけねぇか」
背後から怒鳴り声がして振り向いた。
「あの……でも、なにを言っていいか……」
そんな怒っても、こんな事は経験がない。
「馬鹿野郎、そんな事も知らずにマネージャーやってるのか、ったく、呆れるぜ」
小森はズカズカと歩み寄ってくると、俺の真横に立った。
「じきにショーが始まる、それをアピールして誘うんだよ、『可愛い子が揃ってますぜ、ショーをみて下さい』って、上手い事店内に呼び込め」
肩をガシッと抱き、顔を近づけて言ってくる。
「は、はい……」
出来そうにないが、返事は返した。
「じゃ、やってみろ」
小森は背中をポンッと叩いて後ろに下がった。
やりたくないし、やれる気がしなかったが、見張られてるからやるしかない。
前方から歩いてくるリーマン風の男、歳は若い。
そいつに歩み寄り、勇気を振り絞って声をかけた。
「あ、あの〜、シャギーソルジャーには可愛い子が揃ってます、ショーが始まりますので……良かったら」
「はあ? なに、客引き?」
男は怪訝な顔で聞いてきた。
「っと〜、はい」
頷くしかない。
「いらねぇよ、どっかに消えて」
だが、男はけんもほろろに言い捨てて立ち去った。
「ちっ、役に立たねぇ奴だな」
小森が背中越しにぶつくさ言ったが、こんなの……必要ないと思う。
「あの、悪いんですが……、俺は客引きなんか出来ません、もう中に戻ります」
キッパリと言って店に向かった。
「おい、待て」
小森の横をすり抜けようとしたら、すれ違いざまに引き止めてきた。
「はい」
「お前、霧島の奴らに可愛がられてるんだってな、あの若頭もそうだ、おめぇを誘ってたじゃねぇか」
足を止めたら、翔吾の事を含めて霧島の事を口にする。
翔吾が誘ってきた時、聞いてないように見えたが、ちゃっかり聞いてたらしい。
「だから何です? あなたには関係ない事だ」
プライベートな事は仕事とは無関係だ。
「おめぇは矢吹テツ、そいつの息子だってな、そんなズブズブの間柄で皆に目をかけられてるからって、生意気な態度をとるんじゃねぇぞ」
なのに、酷い言い方をするから腹が立ってきた。
「俺はそんなつもりはありません、確かに……翔吾には世話になってるし、霧島の皆とは仲良くさせて貰ってます、だけど、俺は俺がやれる事を真面目にやってるつもりです」
「ほお、じゃアレか、俺が気に食わねぇと、そう言うんだな?」
小森は因縁でもつけるように聞いてくる。
「あなたの事は別に……、ただ、今まで客引きなんかしなかった、無茶を言われるのは困ります」
既に小森は嫌いな範疇に入っていたが、そういう事じゃなく、シャギーソルジャーにそぐわない事をやるべきじゃない。
「無茶だと? 俺がいつ無茶を言った、当たり前の事を言ってるだけだ」
しかし、小森には通じないようだ。
「抗うようで申し訳ありません、ですが、出来ないものはできません、失礼します」
まず頭を下げて詫びを言い、無視して店に入った。
「ちっ」
背後で舌打ちするのが聞こえたが、店内に戻ってカウンターに歩いて行くと、スポットライトが目まぐるしく店内を照らし、派手な音楽が流れだした。
ショータイムの始まりだ。
小森も店内に戻ってきて、カウンターの端を通り過ぎたが、俺をジロッと睨みつけてバックヤードに戻った。
俺が指示に従わないから、ムカついてるんだろう。
初っ端でこれじゃ先が思いやられるが、なんとかやるしかない。
モヤモヤした気持ちになっていると、カクテルの注文がきた。
酒瓶やグラスを出してシェイカーに材料を入れる。
シェイカーを振りながら、無意識にステージに目をやった。
可愛らしい衣装を纏った嬢達が、いつも通りにダンスを披露している。
それを見て、俺も……あくまでもいつも通りを貫こうと思った。
やがて店は閉店したが、売り上げ計算を済ませたら、店長に持って行かなきゃならない。
なにか言われそうで嫌だったが、そんな事でヘタレたら負けだ。
及び腰で店長室をノックした。
「おお、入れ」
低い声ですぐに返事が返ってきた。
軽く頭を下げて中に入り、デスク前に座る小森の傍に歩いて行った。
「これ、売り上げと明細です」
手にした物をデスクに置いた。
「おお」
小森は頷いたので、ここはさっさと引き上げた方がいい。
「それじゃ、失礼します」
もう一度頭を下げて踵を返した。
「待ちな」
けど、やっぱりというか……引き止めてくる。
「はい……」
仕方なく振り向いた。
「お前よ、いっぺんちゃんと話をした方が良さそうだ」
「あ、はい……」
ちゃんと話をするって……、間違いなく、説教するという意味だろう。
「あのな、今度俺に付き合え、親父のシマに連れて行く、そこで色々見て学べ、わかったな?」
やっぱりそういう類だった。
「はい……」
付き合いたくないが、断ると怒りを買いそうだ。
「んー、じゃ、帰っていいぞ」
小森は怠そうに言ったので、みたび頭を下げて店長室を出た。
「はあー……」
すーっと肩の力が抜けたが、心はずっしりと重くなった。
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