Snatch成長後編BL(完結)
41、世の中は何か常なる……。
◇◇◇
青木を送って行ったついでに、病院へ寄った。
お見舞いはその辺の店に立ち寄り、無難な果物を買って持参した。
病室に入って真っ先にマリアに差し出したら、マリアは礼を言って受け取ったが、ちょっと疲れた顔をしているように見えた。
「友也君……」
ハルさんが呼んだので、すぐわきに歩いて行った。
「はい、ハルさん……」
「もう……新しい店長は……来たかな?」
前より流暢に言葉が出ているが、多分、リハビリが始まってるんだろう。
少し安心したが……店長の事をマリアから聞いたようだ。
「ごめんね、内緒にしてたんだけど、ハルさん、どうしても教えて欲しいって言うの、だから……仕方なく話したの」
マリアがすまなそうに謝ってきたが、そりゃずっと一緒にいるわけだし、話さないわけにはいかないだろう。
「そうっすか、いや……、いずれわかる事だし」
「友也君……新しい店長は……友和会の子息だって?」
ハルさんは小森の事を聞いてきた。
「ええ、そうです」
「大丈夫……かな? 傲慢だったり……偉そうだったり……そんな人じゃなければいいが、みんなをちゃんと……守れるような人かな?」
病気で体が不自由になっても、店のみんなの事を心配している。
「心配ないです、店長としてちゃんと仕事をしてます」
無愛想だが、今の所問題はない。
「そうか……、私はこんな体に……なってしまった、いつ復帰できるか……わからない」
ハルさんは気落ちした表情で言った。
「そんな事ないです、こないだきた時より言葉がはっきりしてる、確実によくなってます、俺の父さんも復帰するまでには何年もかかりました、倒れた直後は自暴自棄になって……、でもなんとか諦めずにきたから、今があるんです」
1番怖いのは自分自身に負ける事だ。
「ああ、そうか、そんな話を聞いたら……心強いよ、私はね、君達を見た時……可愛らしい子が来たって……そう思った、割烹着なんか与えて……すまなかった」
ハルさんは前向きな事を言ったが、取るに足らない事を口にして謝る。
「いいんですよ、そんなの……、あれから歳を食ったけど……、ミノルが言ったように、良かったらまた割烹着をきましょうか? ははっ……」
敢えて冗談めかして言ってみた。
「ははっ……、君は……優しい子だ……ミノル君も……、じゃあ、その優しさに甘えて……手を握っていいかい?」
ハルさんは笑顔を浮かべて言ってきたが、引きつったような感じも少しマシになっている。
「ええ、はい」
左手を俺の方へ伸ばしてきたので、両手で包み込むように握った。
「内緒にしてたが……、私は……ゲイなんだ」
ハルさんはため息をつくと、言いにくそうにカミングアウトした。
「あ、はい……」
そんなのは薄々わかっていたし、何故今頃? って思ったが、まだなにか話したそうにしている。
「もう……全部バラすよ、私は……君達のような……可愛らしい子が好みだ、気持ち悪いだろ……こんな事言って、動画を撮ってたのも……ほんとに変態だよな……すまない」
なにかと思えば、隠し撮りについて謝罪する。
三上は『きめぇ』とかブツクサ言ってたし、俺も最初は正直引いた。
でも、悲しいかな……俺はもっと酷い奴らを知っている。
だから、ハルさんみたいにただ動画を撮るだけで、それ以上何もしてこない人を責める気持ちにはなれなかった。
「その位……平気です、俺、なんとも思ってないっすから」
「ふふっ……、友也君、ハルさんね、あたしみたいなニューハーフじゃ駄目なの、可愛らしい男の子がタイプなのよ、あたしは満更でもないのに……残念だわ」
マリアが苦笑いしながら言ったが、付き添いをする間に、ハルさんからプライベートな話を聞いたんだろう。
「君達は成長した……、だけど今でも……こうして……手を握られると嬉しい、周りはニューハーフだらけ……君やミノル君は……パートナーがいる、カミングアウトしても良かったんだが……、私は執事だった時……旦那様のお相手をしてた、旦那様が逝去されて、旦那様の身内と揉めて……その事で酷く罵られた、だから……怖くてハッキリとは言えなかったんだ」
動画を撮っていた時に三上が追求した事があったが、その時、ハルさんはシラを切り通した。
あんなバレバレな状況なのに、あくまでも隠し通そうとしたのは、若い時のトラウマが原因だったようだ。
「そうですか……、あの〜手を握るくらいかまわないので……、じゃあ、お見舞いに来たら必ず手を握りますから、頑張ってリハビリを続けてください」
そんな事で元気がでるなら、いくらでも協力する。
「ああ、ありがとう……、元気が出てきた」
ハルさんは嬉しそうに笑って言ったので、ひとまず安心したが、不意にドアが開いた。
「どうもー、失礼します、ちょっとお邪魔しますね」
手をはなして振り向けば、頭を下げて入ってきたのは池崎だった。
前に話をした時にハルさんの名前を伝えといたが、ハルさんの担当になったらしい。
故意かどうかはわからないが、慣れ親しんだ人だから、知らない人よりはずっといい。
「矢吹君、またお見舞いに来たんだね」
そばにやってきて話しかけてきたが、今回は端から矢吹と呼んだ。
「はい」
「覡さん、良かったですね〜、お見舞いに来てくれて」
池崎はハルさんに声をかけたが、リハビリをする為にやってきたに違いなく、俺は邪魔になると思ってわきへ退いた。
「ああ……、嬉しいよ」
「うん、じゃあ、テンションあがったとこで、ちょっと軽くやりますか」
やっぱりそうだった。
掛け布団をはぐってハルさんの腕をそっと掴んだ。
「あ、ああ……」
掴んだのは麻痺した右側だが、どうやらマッサージをするらしい。
「右側は今は動かないと思いますが、人間って不思議な力を持ってる、動きたいって願って動かそうと努力したら、麻痺した箇所が解れてくるんです」
「そうか……」
ハルさんは父さんみたいに歯向かう事はなく、素直にマッサージを受けている。
もう夕方だし、俺はお暇する事にした。
「マリアさん、あの……、俺はそろそろ帰りますが、疲れてるなら、無理せずに自宅に帰った方がいいです」
その前にマリアに声をかけた。
「ええ、大丈夫よ、あたしは帰っても誰も待ってないわ、ここにいた方がいいの、シャワーも使えるし、付き添い用のベッドも貸してくれる、食事ならカフェや食堂もあるのよ、しかもコインランドリーに洗濯機まで……、ちゃんと暮らせるようになってる」
マリアは院内の設備について話したが、確かにこの病院は色んな物が揃っている。
ただ、俺が心配なのは精神面だ。
「ええ、それは知ってますが、医者や看護師もくるし、ずっといたら気疲れするでしょ?」
ここは当たり前にシャギーソルジャーとは違う。
池崎はバイだからいいとしても、その他男女はがっつりノーマルな人達だ。
ニューハーフだし、やっぱり好奇の目で見られるに違いない。
「ふふっ、気を使ってくれて、ありがとー、君ってほんと優しいわね、あのね、あたし、ホルモン注射を打つ時は自宅に帰るわ、だから、その時にしっかり休む、大丈夫よ」
でも、まったく帰らないわけじゃなさそうだ。
「そうですか……、あの、なにか困った事があったら電話をください」
それなら大丈夫だと思うが、もしキツかったりしたら、連絡して貰いたい。
「ええ、わかったわ、気をつけて帰るのよ」
「はい、じゃあ、俺はこれで」
マリアに軽く頭を下げてハルさんのところへ行った。
「ハルさん、それじゃ、今日はこれで帰ります、また来ますから」
ハルさんはマッサージを受けてる最中だったが、必死に頭を起こして俺を見た。
「ああ……、友也君……ありがとう、また待ってるよ」
名残惜しむようにじっと見つめて言ってくる。
「はい、ちょくちょく寄ります、一緒に来れたらミノルも連れて来ますから」
ミノルは日向さんの許可がいるから絶対とは言えないが、日向さんに頼んでみようと思う。
「ああ、楽しみに……してる」
ハルさんは笑顔で言った。
「良かったですね〜覡さん」
池崎は腕をマッサージしながら話しかけたが、俺は池崎にも挨拶して、病室を後にした。
病院を出て駐車場へ行き、車に乗ってマンションを目指す。
ハルさんには頑張って貰いたいが、何となく気が重い。
もし帰ってテツがいたら、どんな顔をしたらいいか……。
相手が女だからといって浮気とは限らないが、こないだの口紅の事もあるし、聞こうか、聞くまいか……悩む。
悶々としながらハンドルを握り、マンションまで帰ってきた。
いつもならいちいち車をチェックする事はない。
部屋に戻って帰宅に気づく事が多いが、テツの車は見当たらない。
まだ帰ってきてないようだ。
「はあ〜……」
なんだかホッとした。
車を降りて、婆ちゃんから貰った野菜入りの袋を手に持ち、部屋に戻った。
「ニャ〜」
猫達が駆け寄ってきたが……何故かテツの靴がある。
「おう、今帰ったのか? 随分遅かったじゃねぇか」
靴を脱いで廊下に上がったら、部屋の方からテツが話しながらやってきた。
「うん……、病院に寄ったんだ」
「おお、そりゃいい事だ、で、広夢とあの電気屋に行ったのか?」
テツは青木を源氏名で呼んでいる。
というか、一方的に俺の事を聞いてくるが、俺は逆に聞きたい。
「そうだけど、車は?」
「ああ、今日はちょいと野暮用があってな、車は他の奴に貸してる、下の奴に送らせて戻ってきた、俺の車は後で持ってくる」
野暮用……。
何かにつけて都合のいい言葉だ。
「ふーん……、なにかいい事でもあったのかな?」
ものすご〜く遠回しに聞いてみた。
「いい事なんかありゃしねぇよ、いつもとおんなじだ、おお、ちょっとこっちにきな」
だが、テツは腕を掴んで引っ張る。
「も〜、なんだよ」
ソファーに引っ張って行かれ、無理矢理座らされた。
「へへへっ……」
テツは隣に座り、ニヤニヤしながら紙袋をゴソゴソ探っているが、その紙袋はまさしくあのアダルトショップの袋だ。
という事は……早々と調達してきたらしい。
「これだ、見てみろ」
ドレスらしき物を出して渡してきた。
「ちょっと〜、やめなって言ったじゃん」
水野に押し付けるつもりらしいが、兎に角、目の前に吊りさげて見てみた。
ボディコンシャスな肩紐ドレスは、てかった黒い生地にスパンコールが山盛りについている。
キラキラと輝いてまるで鱗のようだ。
「ぴっちぴちだろ? へへー、あいつよ、結構鍛えてやがる、あの筋肉にゃぴっちぴちが似合うんだよ、なははっ!」
テツは上機嫌で笑ったが、変態道をひた走っている。
「しかもミニスカじゃん……、怖すぎだろ」
筋肉質な肉体にぴっちぴちの鱗ドレス……。
めちゃくちゃ強そうなオカマだ。
「でよ〜、ヅラも買ったんだ、ほれ、これだ」
お次はヅラを渡してきた。
ブロンドヘアー、ロン毛に大きなウェーブ……これはイブキにあげたカウガールのヅラとよく似ている。
「カウガールじゃん、また買ったのかよ」
「おう、おめぇがイブキにやっちまったからな、久々に欲しくなった」
どういう基準で欲しくなるのかがわからない。
「いや、あのさ〜……、マジで水野さんにこれを着ろって言うつもり?」
「あたりめぇだ、あいつは俺らの為ならやる、そういう奴だ」
自信満々に言ったが、初期は着ぐるみだったコスプレが、どんどん特殊な方向へ行っている。
「で、化粧も買ったわけ?」
「おう、抜かりはねぇぞ」
勇んで答えたが、さっきから次郎長と次郎吉がチラチラ目に入ってくる。
2匹は興味津々に紙袋の周りをウロついてるからだ。
「あの〜、2匹が紙袋を狙ってますが?」
猫は紙袋に目がない。
「あっ、こら、こりゃダメだぞ、大事なもんだからな」
テツは慌ててドレスとヅラを紙袋に突っ込むと、立ち上がって元磔台の前に行き、高い位置にあるフックへ紙袋をかけた。
普通の人からしたら全く無用な物だが、テツにとっては宝物なんだろう。
そんな姿を見ていると、疑いを抱くのが馬鹿らしくなってきた。
それよりも、親父さんとの事をどうするのか、聞かなきゃならない。
戻ってきて座ったので、早速切り出した。
「あの、親父さんとの話は?」
「おお、親父に聞いてみたんだが、いきなり見合いの話を出すわけにゃいかねぇからな、さりげなく……たまにはのんびりしたいっすねと話しかけ、前に釣りの事を言ってましたね? って言ってみたんだ、そしたらよ、親父は乗ってきて『おお、そうだな、それならいい機会だ、やっと約束を果たせるぞ、お前と友也君、林とわしで釣りに行こう』って言い出した」
「あ、そうなんだ」
釣りも悪くはない。
「いや、俺はな、釣りは苦手だ、竿に餌ぁつけてひたすら待つなんざ、イライラする、しかしよー、他になにもねぇし、OKするしかなかった」
テツは渋々って感じだが、釣り船なら周りを気にする事もないし、ゆっくり話が出来る。
その上、船長が料理を振舞ってくれて、漁師と化した林を拝める。
「うん、いいなそれ、で、いつ?」
「ああ、ま、すぐにってわけにゃいかねぇ、2週間先だ」
「そっか、うん……、わかった」
2週間位、あっという間に過ぎる。
説得はどうなるかわからないが、これでひとつ楽しみが出来た。
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