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症候群-追放王子ト亡国王女-
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カイドマルド王国―――

時刻は21:48。光々とした明かりの眩しいカイドマルド城ホール。バイオリン奏者やピアニストの奏でる優雅な音色が、戦乱の世という現実から逃避させてくれる。
カイドマルド革命後。国中の上流階級の人間を招いた夜会が開かれている真っ最中。純白のテーブルクロスが敷かれたあちこちにある丸テーブルには、銀食器に色とりどり盛られたディナーの数々。正装した男性やドレスを着用した女性は皆談笑を交えながら食事を皿に取り分けたり、赤や白のワインが注がれたグラスとグラスで革命の喜びを分かち合う。
「ふぅ…」
そんな貴族達の中に一際目立つ赤の正装をしたヴィヴィアンは愛想笑いを振りまく事に疲れたようで肩を落とし溜息を吐いて、窓際に並べられた椅子に腰掛けようとした。
「おお!これはこれは優秀なるヴィヴィアン国王陛下ではありませんか!」
せっかく一休みしようとしていたのにこれだ。座り欠けた腰を起こしてまた愛想笑い。いい加減口元が引きつってきたかもな、なんて自覚までするけれど。
握手を交わした相手は大柄で50代後半の金髪の男爵。その目が金に卑しそうだな、なんて心中で彼を鼻で笑う。一方の男爵は白ワイン片手に御満悦。
「いやあしかし、私のような中小企業の社長でもお招き下さるとはさすがは陛下!お心が広いですなぁ」
「はは、光栄です」
「はっはっは。陛下はこの国の王なのですから、そんな低姿勢にならないで頂きたいですな。それにしても陛下は素晴らしい!」
…と、ここからは男爵のヴィヴィアンを誉め讃える言葉がまるで作文を暗記してきたかのようにダラダラ長く語られていくから、明らかに世辞である事が分かる。そんな彼の在り来たりな世辞を全く聞いていないながらも、相槌だけは打ってやるヴィヴィアン。





















すると男爵の話が一旦止まり、白ワインを口にした。
――この隙に――
この場から離れよう。しかしその考えは呆気なく失敗に終わる。何故なら男爵の大きく低い声が、
「陛下!」
と呼び止めたから。
振り返ったヴィヴィアンの愛想笑いは見るからに引きつっていたけれど。
「何でしょう男爵」
「そういえば陛下はまだお若いというのに1歳になるお子さんがいらっしゃるとの噂ですが!」
「ええ、そうですね。女の子が1人」
「はっはっは。これはこれは。陛下ともなるとさぞ多くの女性の相手でお忙しいのでしょう。しかし失礼ながら陛下?最近の若者の性は乱れていると聞きますからな。陛下と言えど、娘さんは陛下がまだ十代の時の子でしょう?陛下がそれでは、この性の乱れた時代に示しがつかない気もしませんがねぇ」
チラッ。ワインを口にしながらヴィヴィアンを横目で見やる男爵の瞳に映る彼は下を向いていた。だが、口は笑っている。
「…男爵」
「はい何でしょう!」
ヴィヴィアンの細い左手指が男爵の顎をなぞり持ち上げれば、彼は真っ赤な瞳に愚かな男爵を映して妖艶に笑む。
「確かに貴方の仰る通りだ。最近の若者の性は乱れていて自分達だけ一時の快楽に浸り、望まず産まれてきた子を捨てる。まるでゴミのように。それは彼等が一瞬の快楽に溺れる事しかできない下劣な人間だから」
「さすがは陛下!表現が適格ですね!」
天然なのかわざとなのか?ヴィヴィアンが異常に優しい笑みを浮かべている意図を知ってか知らずか、男爵は笑顔のまま彼をまた誉め讃えた。ヴィヴィアンはにっこり微笑む。
「そんな低能共とこの僕を同等に扱ったお前は低能共以下の下衆であるからして、二度と僕の視界に入ってくる事の無いようお願いしますよ。生まれながらの爵位に頼る事しかできない下劣な男爵?」
「なっ、ぐあっ…!」


ガリッ!

響き渡るはずの男爵の叫び声は掻き消された。彼の手によって。



















男爵の顎を持ち上げていた左手で意図的に彼に彼の舌を思い切り噛ませれば、白目を向き泡を吹いた男爵がドサ…、と鈍い音をたててその場に倒れる。だがこれはこんな広いホールの片隅の出来事。しかもヴィヴィアンが陰になっていて男爵が倒れた様は他の貴族達からは見えない。料理に談笑に夢中になっている貴族達は、ヴィヴィアンが意図的に男爵を殺害した事に一切気付きもしない。


パチン!

指を鳴らしたヴィヴィアンの元へ正装したカイドマルド軍の若い男性2人がやって来ると彼の前に一列に整列をして敬礼。ヴィヴィアンは冷めた笑みを浮かべながら、足下で横たわり息絶えた男爵を見下す。
「始末を。死因は…夜会の帰りに交通事故で轢死したとかさ。解剖させなきゃ何とだって偽れるさ」
「了解」
男爵を抱えた2人が灯りの灯っていない暗い奥へと運んで行き扉が閉まったのを確認すれば、見下しながら鼻で笑う。
「はっ…低能が」
――知力も無いのに生まれながらの家柄をまるで己が勝ち取ったモノのように誇示をする…――
「そんな低能は全員、僕の視界から消さなきゃいけないよね」
ヴィヴィアンの赤の瞳が向く先は、遠く遠くの超大国の王に向けられていた。

































その頃。
カイドマルド城1階廊下―――

「ったく。あたしは舞踏が苦手だと何度言わせたら分かるんだヴィヴィアンめ!」
ホールから少し離れた廊下。天井に続く暖色の明かりを放つシャンデリア。そして、ホールから遠くに聞こえてくる音色がもの寂しい。
夜という事もありガラス張りの大きな窓の向こうは真っ暗。そんな廊下を、淡い黄色のドレスを着て自慢のオレンジ色の長髪を頭の上でまとめたラヴェンナが歩いている。ラヴェンナは1人でブツブツ文句を言いながら腕組みをして歩く。文句を言うのに集中をしていたからか、前方から歩いてきた人物に気が付かなかった。
「ラヴェンナ!?」
「え?…あ!お前は!」
少女の甲高い声に呼ばれて顔を上げたラヴェンナは、自分を呼んだ少女を指差す。
「ジャンヌ!!」
静かな廊下に響いたラヴェンナの声が大きいのは久々の再会によるもの…というより、元から彼女の声が大きいからと言った方が妥当だろう。






















彼女の前に現れたのは白と水色基調のドレスを着用したジャンヌ。1年前より少女らしさが薄れ、女性らしさが表れただろうか?大人びた顔付きになっている。顔付きも服も変わっても、雰囲気は変わる事の無いジャンヌ。第三次世界大戦で出会った友人との再会にラヴェンナの顔には明るい笑みが浮かぶ。思わず駆け出して抱擁を交わそうとするが…
「ジャンヌ!久し振りだな!あれからこの城を出て何処へ行ったかと心配して、」


パシン!

「ジャンヌ…?」
差し出されたラヴェンナの両手を振り払ったジャンヌ。元からつり上がった目はそれ以上につり上がっていて怒りが込められているからか、ラヴェンナは目を丸めて何度も瞬き。口はだらしなく開いたまま。
「ラヴェンナ…あんたはこのままで良いの?」
「何がだ…?」
「何がじゃないわよ!あんたはあいつ…ヴィヴィアンに良いように使われているだけじゃない!まだ分かんないの?あいつの言いなりになる事それは自殺行為だって事に!」
「何を言っているんだジャンヌ…!あいつは…ヴィヴィアンは、身寄りの無くなったあたしを受け入れてくれて妾にもしてくれた!カイドマルドの都市にライドルという名を付けてくれるとも言った!」
「だからそんなの…そんなの、マリー様が居ない寂しさ凌ぎだって事にどうして気付かないのよ!」
「…そうか。そういう事かジャンヌ。確かお前も、ヴィヴィアンの事が好きだったな…」
人が変わったように顔を上げたラヴェンナの表情が恐い。鼻で笑いながらジャンヌを見下してくるラヴェンナらしくないラヴェンナを目の当りにして胸が痛むジャンヌだけれど、信じていた人が変貌する姿なんて嫌という程見てきたから悲しいけれど涙は出なかった。ただ込み上げてきそうにはなるから、それをぐっ…、と堪えているけれど。
「それが…何よ」
「だから妾として迎え入れてもらったあたしへの嫉妬か?らしくないなジャンヌ。お前は母国を滅ぼしたあいつを殺すと決めたはず。それなのに今更なんだ?」
「らしくない?らしくないのはあんたの方でしょラヴェンナ…。マリー様の気持ち、考えた事あるの…?」
くぐもったジャンヌの声は消え入りそうで、ラヴェンナに届く事はなかっただろう。俯き両手が震えるジャンヌを鼻で笑いながらラヴェンナが彼女の横を通り過ぎようとした時。ラヴェンナは立ち止まり、ジャンヌに呟く。
「婚約者だったあたしがどんなに頑張っても粗末に扱われ…偶然出会っただけのお前がどうしてあたしより大切にされなきゃいけなかったんだ…」
「え?」
震えていた。ラヴェンナの声が。





















振り返った時既に彼女はジャンヌに背を向けてエレベーターの方へと歩いていた。遠ざかっていく友人の寂しい背に、ジャンヌはただ目を丸めている事しかできない。
――私が大切にされていた?あいつに?だってあいつは私を殺そうとした…。…有り得ない――
「待ってラヴェンナ!私は別にあんたの事が嫌いで言っているんじゃないわ!私はあんたの事を私の数少ない友達として大好、」
「マリーの気持ちは考えた事はあるさ…」
「え…」
「けどなジャンヌ!ならお前はあたしの気持ちを考えてくれた事はあるか!?政略結婚とはいえ婚約者であったあたしがどれだけ手を貸しても…国を追放されたあいつを新生ライドル王国へ迎えてやっても!妾として慰めてやっても!あいつは寝ても覚めてもマリー、マリーだ!それに、お前をライドル王国へ連れてきた意味をジャンヌを利用する為と言ってはいたが、実際お前を利用したところで何処の国も受け入れてくれる時代じゃないだろう!?あたしの事なんて見てもくれない…そんなあたしの気持ちをお前は考えてくれた事はあるのか!?」
「そんな…」
そんなつもりで言ったのではないのに。そう言いたい言葉が言葉となって口から出てくれない。ジャンヌは先程とは打って変わり切なそうに目尻を下げる。その哀れみが逆にラヴェンナの勘に障るとは知らず。
「はっ…何でジャンヌがこの夜会に呼ばれたかは知らないが、やはり気に入られているみたいだな。良かったじゃないか」
「違う!私が呼ばれたんじゃない!」
「慰めなら不要だ。…覚えているかジャンヌ。新生ライドル王国に居た頃。…あたしがお前に打ち明けた話。ルネベル戦争の指揮官はヴィヴィアンだったという話…。それを聞けば愛国心の強いお前はあいつを忘れ、あいつもお前を忘れ…敵対してくれると思っていたのに…!」


ガタン、

ラヴェンナが背を向ければタイミング良くエレベーターのドアが開き、背を向けたままドアが閉まる。彼女の顔を見る事無くエレベーターは3階へと機械音をたてて昇っていった。


♪〜〜♪〜♪

「…ぐすっ、」
ホールからの音色が遠く寂しく聞こえる廊下にジャンヌの鼻を啜る音がしてすぐ右腕で目元を拭うと、彼女は水色のヒールを鳴らしてホールの重たい扉を開くのだった。
















ギィ…、

目の前に広がる金色が眩しい大ホール。ドレスを着てきたとはいえ、自分の周りに行き交う貴族達のドレスの方が断然上質であるし、ヘッドドレスも可愛らしい。そんな彼女達の姿が、ベルディネ王国ジャンヌ王女であった自分と重なる。
「わーい!」
「こら!待ちなさいジェシカ!」
目の前を通り過ぎて行った1人の白いドレスを着た少女。ジャンヌの脳裏ではその少女と昔の自分が重なる。幸せそうに微笑み、両親と笑い合ってディナーを口にする彼女をうっとり見つめていたら昔の映像はプツン!と途絶えて、現実に引き戻される。
「お母様。あのお姉さんがさっきからずっと私達を見ているの」
「あら。そうね。どうかしたのかしら」
幼少期の自分と重なる少女をボーッと見つめていたジャンヌの事をその少女と両親が首を傾げて見ている事に気付くジャンヌ。
「…ハッ!」
見られていた事に気付き慌てたジャンヌは後ろに人が居るかどうかも確認せず、この場を去ろうと後ろへ下がる。


ドン!

「あ!ごめんなさい!」
案の定、後ろに居た人物に寄り掛かるようによろけてしまい同時に左足を捻ってしまったものだから、ぶつかってしまった後ろの人から離れたくとも離れられず。かと言ってぶつかった相手にこのまま寄り掛かっているなんて無礼な事を続けているわけにはいかないし…。取敢えず、顔だけを後ろに向けてもう一度謝ろうと思ったジャンヌ。
「ごめんなさい!私後ろも見ずに急…に…」
「やあお嬢さん。周囲を確認せずに行動しようとするところは相変わらずですね」
「ヴィヴィアン…!!」




















男性としては甲高い青年の声。真っ赤な服に正装したまだ19歳の国王ヴィヴィアンが立っていた。お得意の貴公子張りの笑顔で。ジャンヌがぶつかった人物それはヴィヴィアンというこの状況で何ともお決まりの展開過ぎてジャンヌは思わず目を反らす。外方を向いてそのまま立ち去ろうとしたが…。


ドスン!

「…最悪っ!!」
足首を捻っていた事を忘れ捻った左足でおもむろに踏み込んだ為その場に派手に俯せで転んでしまったから、ただでさえ地味なドレスで浮いていたというのに余計浮いてしまったのは言うまでもない。ある意味で周囲の視線を釘付け。
「まあ」
「女性が公の場であのように転ぶなんて。ふふっ」
「見たところ安物のドレスですし。教養の無いお嬢さんではありませんこと?」
貴族達は扇で口元を隠しながらヒソヒソ話して馬鹿にした笑みを浮かべながら彼女の周りから離れていく。顔を真っ赤にさせながらも何とか両手を床に着けたジャンヌが起き上がろうとすれば…。


スッ…、

「!」
白い手袋をはめて薬指には真っ赤に輝く宝石のついた指輪をはめたヴィヴィアンの左手が差し出された。一応彼の手を借りる事は借りる。しかし、わざとらしくにっこり笑むヴィヴィアンの貼りつけた笑顔の裏を知っているジャンヌは口を尖らせて不機嫌そう。
逆に、彼のその笑顔の裏を知らない貴族達は、たかが少女にも心優しいヴィヴィアンに対して感激。彼の株は上昇。
「大丈夫?」
「ふんっ!!」
「はは。相変わらずだね。そうだ。調度良い。君には聞きたい事もあるし」
「え。あ!ちょっと何すんのよ!」


ぐいっ、

相手は国王なのにジャンヌにはそんな事一切関係無い御様子でいつも通りの口の利き方。差し出した手を握ったジャンヌの左手を掴んだまま、豪勢なディナーが並ぶテーブルの前までぐいぐい引っ張るヴィヴィアンに対しギャーギャー喚くジャンヌだが、彼は至って気にしない。いつもの事だといった調子。そんな2人の様子を遠くから見つめている貴族達。
「もしかしてあの少女が陛下のお相手の方?」
「さあ?噂によれば陛下のお相手は今は亡国ユスティーヌ王国の王女だった気がするが…」
「お若いのですから殿方の遊びは仕方のない事でしょう」




























一方の2人―――――

「ほら。これとか美味しいよ。僕直々にフランス料理を教えたからね」
皿に盛ったドフィノワをジャンヌに手渡し、一方自分はアンドゥイエットを皿にてんこ盛りにして食す。そんな姿は年相応の青年なのにどこか陰のあるヴィヴィアンを見つめていたら気が滅入ってしまった。目の前には湯気のたつ良い香りのドフィノワがあるというのに食欲がわかないジャンヌ。
――こいつはベルディネの仇…。でもこいつは私と同じ独りなんだ…。目的は違えど独りでもこいつは戦っている。…けど私は?ベルディネを再建させるだなんて勢い良く飛び出してきたけど、私1人じゃそんな事は無理だって始めから気付いていたのに。私は口だけじゃない…。戦って自分の道を切り開いているこいつと、何も行動を起こせない私とじゃ別世界の人間…――
「どうかした?」
顔を覗き込んできたヴィヴィアンにハッ!として顔を上げようとしたジャンヌだが今は顔を上げられない理由があったから、下を向いたままフォーク片手にドフィノワをがつがつ食べ出す。本当は食欲なんて皆無な程に気が滅入っているのに。
「あはは、これすっごく美味しいじゃない!あ、でもベルディネ料理の方が比べ物にならないくらい美味しいけどね!あ。アンドゥイエットもあるじゃない。じゃあそっちも…」


きゅっ…、

右手をテーブル上のアンドゥイエットに伸ばす。だがその右手首をヴィヴィアンの左手に掴まれてしまった。しかし、まだ顔は上げられない。
「此処は少し空気が悪いね。外に出ようか」
ヴィヴィアンからの言葉に「放しなさいよ!」と抵抗するジャンヌの声をも掻き消すホールの音色。
――もしかして泣いているの…バレた?―――
だからといってヴィヴィアンがそれを悟って人目につかない所へ誘導してくれるような奴じゃないし…と心中で自嘲するジャンヌだった。

































中庭―――――


パタン…、

ホールからの眩い明かりが薄ら差し込み、月明かりだけが頼りの真っ暗な中庭。紅色のカーテンが閉まったガラス張りの窓の向こうからは舞踏会の音色が聞こえ出す。ホールでは晩餐後の舞踏会が始まったのだろう。
一方のヴィヴィアンとジャンヌは噴水を前に、白いベンチに腰掛ける。ヴィヴィアンはジャンヌの方を見るが、相変わらず俯いたままのジャンヌには聞こえないよう溜息を吐きながら肩を竦めた。
「また会っちゃったね。もう一生会わないと思っていたのに。聞いていたよ。ソテック修道院に居るんだってね。其処の院長を僕は招いたんだけど。体を壊した院長の代わりに君がこの夜会へ来たんだってね」
「…そうよ」
「そっか。そうだ。あのさ。普段は聞く事ができない庶民の意見を是非、君から聞きたいと思って中庭まで連れ出したんだけど。ねぇ、僕の行ったカイドマルド革命に対する庶民の本音はどうなのかな?ほら、金目当ての貴族達はお世辞しか言ってこないだろ?だから本音が分からなくて困っていたんだよ。だから庶民である君の意見を取り入れて今後の政治に生かそうかなぁって」
「私を殺すの!?」
「はぁ?」
声を張り上げたかと思えば一体何だ?ジャンヌの直球な一言にヴィヴィアンは馬鹿にした笑み。
「何言ってるの君。というか話が支離滅裂過ぎ。僕は今カイドマルド革命に対する庶民の声を君に聞いたんだよ。なら、君が僕の問い掛けに答えればこの会話は成り立つ。はぁ。温室育ちの王女様には会話の成り立ち方からお教えしないといけませんか?」
ははっと笑いながらからかってみたのに、ジャンヌは無反応だし細い肩を小刻みに震わすから、調子が狂ってしまう。いつもの調子で「うっさいわね!」なんて短気を起こすだろうと面白がっていたのに。























「はぁ…。殺す?君を殺したところで僕には何も利益は無い」
「だってあんた1年前この国の海岸で私の首を絞めて殺そうとしたでしょ!」
「ああ。あれ?ムカついたから。でも今はもう…いいや。そんな気分じゃないし」
ベンチの背凭れに背を預けて月を見上げるヴィヴィアンを、下を向いたままチラッ…と見てすぐ目線を自分の足下へ戻すジャンヌ。そこで先程のラヴェンナとの会話が蘇ったジャンヌは思い切って聞く。
「…なら何で私を新生ライドル王国へ連れて行ったのよ…」
「それいつの話?ほら、言っただろ。君の国は他国や日本と交友関係があった。その上君は亡国唯一の生き残りの王女だ。僕が君を利用する事により、もしかしたらベルディネ王国と交友関係のあった国が万が一の時僕を受け入れてくれるかもしれない。そう思ったから。君さ、僕の手駒に過ぎなかったんだよ?」
「っ…!あんたいつも言ってたわよね…。ベルディネ1人で母国を再建させるだなんて無理だって」
「言ってたね」
「あんたの、私を利用して日本や他国に受け入れてもらおうっていう案だって同じもんよ!」
「あはは。君、何が言いたいの?君みたいな底辺の考えと僕の考えを同等に扱わないでくれる?」
「底辺って何よこの頭でっかち!だってそうじゃない!国も無くなった亡国王女の私を受け入れた国に何の利益があんのよ!」
「…君さ。僕が君を連れていった事に対する別の理由を僕に求めているの?」
「っ…!?」
思わず顔を上げて目を見開いてしまうジャンヌの顔が真っ赤に染まっていたのはイラ立ちによるものか、それとも…。





















すぐに顔を外方向けるその様が明らかに図星だろうからヴィヴィアンは鼻で笑う。だがいつもの見下したモノというより優しさを少し感じたのは気のせいだろうか。
「はは、図星?」
「はぁ!?うっさいわね!違うわよ!!」
「でもそうかもしれないね」
「えっ!」
ジャンヌは咄嗟に顔を上げる。ヴィヴィアンは相変わらず陰のある赤の瞳で月を見上げていたけれど。
「今となってはあの時の僕の案はベルディネの言う通り有り得ない。無理なものだった…」


ドクン…、ドクン…

ジャンヌはもう顔を見ていられなくなってしまい下を向いて自分の太股に両手の長い爪を立てる。速く大きく鳴る鼓動が外まで洩れてしまいそうな柄にもない自分に、自分で動揺してしまう。
「だからと言ってあの時僕が何故、君みたいな利益にもならない人間をずっと連れていたのかは今でも分からない。…まあそれもそうか。あの時の僕も僕だけど今の僕とは違う。そうだ。さっき言ってた革命への庶民の声なんだけど」
「じゃあヴィヴィアンは私の事をどう思っているの!」
「は?」
「…あっ!べべ、別に何でもないわよ!間違っただけ!ミス!えーっとっ!庶民への革命の声だったわね!あれ!?違うわ!革命への庶民の声?これね!えーとっ!!」
恥ずかしさを掻き消す為に大声で話すけれど余計パニック状態に陥ってしまうジャンヌ。自分的には冷静を装っているつもりらしいが…。
ヴィヴィアンはクスッと微笑。
「僕が君の事をどう思っているか?」
「はぁ!?何でもないって言ってるでしょ!あんた耳ついてんの!?」
「うーん?僕が君の事をかぁ」
「ちょっと!聞いてんの!?」


スッ…、

立ち上がったヴィヴィアンは月明かりに照らされていた。思わず、そちらに顔を見上げるジャンヌ。ヴィヴィアンは笑った。いつものあの、人を馬鹿にした笑顔で。
「そうだね。僕はベルディネ、君の事を気に入っているよ」
「えっ!!」
「弄り甲斐のあるキャラとして、ね」
「〜っ!!ふざけんじゃないわよこのナルシスト野郎!!」


ガンッ!

女とは思えない勢いでベンチを思い切り蹴ったジャンヌの足が左足だったのが不幸だろう。
「っ〜!!」
先程捻った事を頭に血が昇ったせいですっかり忘れていたジャンヌは目に涙まで浮かべる。ジィンと痛む左足首を両手で押さえながら屈んでしまう程。
一方、今まさにホールへ戻ろうとしていたヴィヴィアンは振り向く。其処でジャンヌが痛そうに蹲っているものだから一応声を掛けてやる。
「どうしたの?大丈夫?」
あまり気持ちの籠っていない台詞だけど。
「っ…!平気よこのくらい!」
「随分平気そうじゃない声色だけど」
ほら、と心の籠っていなさそうな形だけの左手を差し出される。その手をチラッ…、と見てすぐ外方を向きながらも彼の手を取り何とか立ち上がるジャンヌ。
「…ラヴェンナ」
「え?」
「ラヴェンナとさっき…会ったわ」
「へえ。それは良かった。あいつ、君の事をすごく心配していたんだよ」
先程ジャンヌとラヴェンナに何があったか知りもしないヴィヴィアンは暢気に笑ってそう言いながらホールへのガラス扉を開けるものだから、気付かれぬようその背にべっ!と舌を出したジャンヌ。





















「ラヴェンナを妾にしたらしいわね」
「そうだよ」
「マリー様は!?マリー様の事はどう思ってんのよ!あんたあんなに大切に思っていたじゃない!」
「……」
「ちょっと!聞いてんの!?うんとかすんとか言ったら、」


ドン!ドンッ!!

「えっ…!?」
「きゃあああ!」
爆発音が遠くから聞こえて地面が大きく横に揺れる。同時にホールからは貴族達の悲鳴やどよめきが聞こえ出す。咄嗟にホールへ駆け出す2人。ホールは勿論、城内の明かりが消えたのだ。停電だろう。それにより貴族達はより一層動揺。
「落ち着いて下さい!我々カイドマルド軍の指示に従って下さい!」
ホールに万が一の時の為に配備されていた正装したカイドマルド軍人達が声を張り上げて貴族達の混乱を避けようと懸命に誘導。その中で一際目立つ長身の優男エドモンドを見つけるとすぐに駆け寄るヴィヴィアン。その後ろにはジャンヌ。
「エドモンド!何が起きた!」
「あ!ルネ君!無事で良かった。それが、軍本部へ通信が繋がらなくて。でも爆発音は恐らくカイドマルド軍本部からだよ」
「マラ教の残党か?」
「それは無いに等しいとは思うけれどね。まだ確定はできない。取敢えず私は軍本部へ向か、」


ガーッ、ガー、

通信だ。ノイズが聞こえてくる。ようやく繋がったそれにエドモンドは内ポケットから無線機を取り出す。
「こちらエドモンド将軍!」
「こちらカイドマルド軍本部ダレス大尉!先程22時42分、カイドマルド軍本部第1格納庫が何者かにより炎上!レーダー探知機によれば黒の飛行型戦闘機に赤地に黒十字の国旗が印されていて…うああああ!」
「ダレス大尉!!」


ツー、ツー…

悲鳴の直後、一方的に切れてしまった大尉からの通信。























「くそっ!」
イラ立ちながら無線を懐へ戻すエドモンド。
「黒の戦闘機…赤地に黒十字の国旗…」
ポツリ…ポツリ呟くヴィヴィアンの瞳は無感情。
「恐らくルネだね。ルネ君。出兵したい気持ちは分かるが、君はもうヴィヴィアン曹長じゃない。ヴィヴィアン陛下だ。ここは私達軍人に任せて君は城の安全な場所に隠れて、」
「あははは!」
「ル、ルネ君…!?」
顔を天井へ向けて見上げたヴィヴィアンの高笑いが、貴族達の悲鳴に勝る。満面の笑みを浮かべたヴィヴィアンの真っ赤で狂喜に満ちた瞳が開かれれば、楽しくて堪らない悪魔の笑顔へ切り替わる。
「やって来た!やって来たんだあいつらが!ルネが!!僕が生きていると知り、頭に血が昇った低能なルネが僕を殺しにやって来たんだ!!」
「ル、ルネ君!」


ダッ!

エドモンドの待ったを無視して…いや、待ったも彼には聞こえていなかったのかもしれない。ヴィヴィアンは貴族達の合間を縫ってホールから飛び出して行ってしまった。そんな時ふとエドモンドの視界に飛び込んできた少女ジャンヌもヴィヴィアンの後を追って駆け出したので、エドモンドは声を掛ける。
「待つんだ!君のような女の子は安全な城内で待機しているんだ!」
「え?」
「…!!」
振り返ったジャンヌの顔、髪色、瞳の色。それがエドモンドの脳裏で故クリス少尉と重なる。それもそのはず。何故なら…
「君は…クリス少尉の娘のジャンヌちゃんかい…?」
「…!あいつの名前だけは出さないで!!」
「あ!待つんだジャンヌちゃん!」
小さく細いジャンヌは貴族達の中に隠れてしまい、エドモンドは見失ってしまったのだった。


















































一方――――


キキーッ!

タイヤを鳴らしてまで高速度で車を走らせて軍本部に到着したヴィヴィアン。フロントガラスの向こうに広がるのはカイドマルド軍本部第1格納庫からオレンジ色の炎が上がっている光景。だから夜にも関わらず辺り一帯が明るい。


ウー!ウー!

辺り一帯に鳴り響く軍本部からの危険を知らせるサイレンも今のヴィヴィアンには至福のサイレン。


バサッ!

赤のコートを車内に脱ぎ捨て勢い良く車から飛び出したヴィヴィアンの瞳に映るのは黒い飛行型のルネ軍戦闘機。しかし、たったの2機。キラキラ輝いていたヴィヴィアンの狂喜に満ちた赤の瞳から一瞬にして輝きが消える。
「何だよ。たったの2機?この僕を馬鹿にしているの?はっ。まあいいよ。10分と経たぬ間に宙に舞う藻屑にしてやるからさ!」
白い歯を見せてにんまり笑んだヴィヴィアンはカイドマルド軍本部へと駆けて行った。







































一方、
22:59――――――

カイドマルド軍本部上空を飛行するルネ軍2機の戦闘機パイロット達は通信を取り合う。


ガー、ガガッ、

「第1格納庫の破壊完了。第3格納庫より敵歩兵型戦闘機5機を捕捉。交戦の意思有り」
「無慈悲なまでにやれ。その間、私は奴が居るカイドマルド城へ向かう」
「了解っすダイラー将軍」
ルネ軍2機のパイロットそれは、ダイラーとヴィルードン。
夜会の優雅な音色に包まれていたカイドマルドの夜が戦争の無慈悲な音に飲み込まれる前の23:01――――。


















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