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症候群-追放王子ト亡国王女-
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「…っ、」
放たれた銃弾は劉邦の左脇腹に命中。あのポーカーフェイスのダイラーが不敵に笑む。それ程までに彼が手強い故の笑顔なのだろう。
一方。撃たれた劉邦はその衝撃からか、左脇腹を手で押さえながら前のめりになる。同時にガシャン!とマシンガンを床へ落としてしまった。


カチャッ…、

隙だらけの敵を心中で哀れむダイラーは拳銃を構える。
「全く…。少しはできる奴かと思えば、見掛け倒しも良いところだな」


パァン!パァン!パァン!

駄目だ、これでは。計3発もダイラーから銃弾を食らった劉邦はまるで踊るようにその場に倒れ込んだ。こんなにも呆気ない彼劉邦は自分達日本の敵か味方なのか分からない慶司だが、もしかしたら…という彼への希望の兆しを抱いていたたというだけあって残念。肩を落とし俯く慶司を横目で見やるダイラーは彼の元へ歩み寄る。


コツ、コツ…

ダイラーの足音。
「話に水を差されてしまったな若造。もう一度問う。貴様等非力な日本人が捕虜とした我が同胞は何処だ」
先程より怒りの籠った口調。だが、慶司はダイラーを睨み付ける。
「知らないと言っているだろう!同じ事を何度も言わせるな!」
「…嘘は寿命を縮めるぞ。…このようにな」


カチャ…、

至近距離。向けられた銃口。敵は世界一の大国。世界一の軍隊の将軍。縄の食い込む両手を懸命に動かす慶司だが、解けない。慶司の顔から血の気が引いていく。冷や汗が滴る。だから、ダイラーは笑う。
「若造。お前の国民を第一に想う気持ちには、敵ながら考えさせられるものがあった。…最後にそれだけ礼を言おう」
「くっ…!」
目を瞑る。痛い程。絶対絶命。
――僕はこんな所で朽ち果てるのでしょうか…!姉上!――























ドッ!

「ぐあ!」
「その若者を殺したら貴様の同胞の居場所が余計分からなくなるという考えすら浮かばないルネはやはり、噂通りの低能だな」
「ぐっ!貴様、ぐああ!」


カラン!

ダイラーの背後から彼の首や背や腹部を見事なまでの太極拳で圧倒する身体能力且つ撃たれても尚平然と起き上がったのは劉邦。あのダイラーでさえいや、兵器にばかり頼るダイラーだからこそ彼の身体能力の高さに驚愕する。故に戦闘機の操縦技術はピカイチのダイラーも接近戦は苦手だ。
「ぐ…!まだ生きていたか…!」
まるで身体の動きを封じられたかのように全身が痺れて動かないながらも床を這う。床に転がった拳銃に手を伸ばせば、死に物狂いで自分に鞭を打つ。


ドガッ!

振り向き様、拳銃で劉邦の脚を思い切り殴った。しかし劉邦は微動だにせずそのままダイラーの頭上を宙返りして越えると、縄で拘束された慶司の縄を前に立つ。次の瞬間。


スパン!

彼は何と、包帯で巻かれた右手で縄を切ったのだ。どれだけの力のある右手なのだろう。はたまた力を利用しての事ではないのだろうか?
「なっ…!?」
これには助けられた慶司も敵であるダイラーも呆然。しかし我に返ったダイラーは、まだ起こせない身体ながらも伏せたまま劉邦目掛けて発砲。


パァン!パァン!

全く命中しない。それどころか劉邦は慶司を抱えると持ち前の俊足でこの部屋を出て行ってしまった。
「くっ…!奴は一体何者なんだ!」


ダン!

床を叩いたダイラーの強く握り締めた右手拳からは血が滲んでいた。自尊心の崩壊。













































体育館――――

窓も開いていない此処は春にも関わらず蒸し風呂状態。汗や嫌な臭いにより、国民達の体力は消耗。もう気力の問題だ。
「はぁ…はぁ…」
「梅様…!」
「こま…ち…。慶司さんは…何処へ…」
「そ、それが恐らく、あの日から慶司様を連れてきたルネの人間とこの学校内の何処かへ…!」
「うっ…そんなっ…彼に万が一の事があっては…私は…咲唖さんの墓前にどう顔向けすれば…」


ドン!

「!?」
体育館の重たい扉が突然吹き飛び、辺りには扉のコンクリート片が煙となって舞う。その騒音に、やつれた国民がゆっくりではあるが振り向く。煙が晴れて其処に2人分の人影がユラリ…、と揺れて影が形となった時。
「け、慶司さん!」
梅の裏返る程の喜んだ声に国民の死んだ魚の目に光が差し込んだ。
「梅さん!小町さん!皆さん!」
一目散に駆け出す慶司。衰退しきっている国民だが彼らが生きていてくれた事への喜びを隠しきれない慶司が下駄を鳴らして駆け出せば…。


カチャッ、

「きゃああ!」
冷たい空気が流れた。慶司の足も止まった。梅の悲鳴。国民の見開かれた目。彼らの視線の先には…駆け出した慶司の背後で表情一つ変えず立っている劉邦が右手に構えた拳銃。その銃口が向く先は、慶司の後頭部。
後ろに目が無くとも、梅の悲鳴や国民の青ざめた顔やカチャリ、と微かに聞こえた銃の構えられた音…これだけ情報があれば慶司には充分だ。自分が今置かれている状況を把握する。だが恐くて後ろは向けず、目を右横に移す。ゴクリ…唾を飲み込んだ。
――彼がさっき言った言葉を思い出すんだ…。ルネ王国から日本を奪取する為にやって来た…?奪取…?それは…それは日本を中国の支配下にするという意味なのか!?――
「おやめなさい中国の使者!慶司さんに危害を加えたら私が貴方の首を取ります!」
「梅さん…!」
何て事だ。罰が悪そうに顔を歪める慶司と、目を血走らせ発狂して敵を威嚇する梅。梅の気持ちはありがたい。ありがたいが、この状況下で敵を挑発させられたら全員皆殺し…そう考えるのが最も妥当なのに。だからといってシビリアンの梅のせいにするわけにはいかないから、気持ちを切り替えた慶司は静かに両手を挙げる。それは劉邦に対して交戦の意思は無いとの意思表示。慶司がそのような行動をとっても、背後に居る劉邦からは声一つ聞こえてこないのが恐いが…。























「慶司さん!敵に手を挙げるだなんて貴方はそれでも武士の血を受け継いでいるのですか!!」
「う、梅様お気を確かに…!」
半狂乱の梅を何とか宥めようとする小町だが、梅はまるでノイローゼ状態。だから、何を言っても聞く耳を持たない。彼女をこんな風にしてしまったのは他ならぬ自分…そう身に染みるから、ぐっ…、と歯を食い縛り切な気な表情を浮かべる慶司。その時ようやく劉邦が口を開いたのだ。
「…貴様が日本の代表か」
「こんな僕が自覚したくはないが、そうなる」
「ならば話は早い。我々中華人民共和国が日本全土をルネから解放させ、我々の領土とする」
「やはりそれか!」


カチャリ、

「うっ…」
「同じアジアの国だ。非道なルネに占領されるよりは良いだろう。それに日本の名は残してやる」
慶司のこめかみに突き付けられた銃口。それは"動けば殺す"という事を行動で示されているのだと気付けば、慶司はゴクリ…と唾を飲み込んだ。相変わらず後ろを向けないまま。
「中国は国際連盟軍加盟国だろう!そんな勝手な行動をとって良いのか!」
「日本をどうこうする為の連盟軍ではない。ルネを鎮圧する事だけを目的とした連盟軍だ。ルネの領土を狭める為我軍が日本をルネから奪取すれば、連盟軍の主旨には何も違反しない」
「くっ…!卑怯な!」
「卑怯?それはこちらが貴様ら日本に言いたい言葉だ。国際連盟加盟国の多くが満州地域は中華民国の王権下であるべきと述べた事に非難を続けた国は何処だ?菌の実験に人間を使った国は何処だ?愚像政権を行ってきた国は何処だ?」
「ぐっ…!」
日本の過去の過ちを呟く劉邦の声は重みがあり、淡々としているのに恐ろしさを感じるのはそう感じるだけであって実際、母国が犯してきた過ちを慶司が認めているから、劉邦の言葉が胸に突き刺さるのだろう。


























しん…

静まり返った体育館。だからこそ、劉邦が発した言葉全てが梅をはじめとする拘束されたままの国民へ筒抜け。皆が顔を青ざめさせているのもやはり、認めているからだ。日本の過去の過ちを。
「だからと言って私達は日本のように非人道的な行為は行いません。いえ、とても行えませんの間違いでしょうか?フッフッフ」
「!?」
劉邦の声ではない。少し離れた場所から聞こえてきた甲高い声。まるで高齢女性のよう…しかし男性のようにも聞こえる声がした方を振り向きたいが振り向けずにいる慶司の前に、その声の正体が現れたのだ。
「!!」
「これはこれは…。劉邦。まだお若い子供を虐めるではありませんよ。フッフッフ」
現れた人物は真っ白い肌に高い鼻につり上がった目と丸坊主の頭。そして朱色の服を着た62歳の男性…なのだが喋り方ややけに甲高い声、そして雰囲気がどことなく女性に思えるのは何故か。そんな事よりも慶司は、新たな敵の出現に意を決す。
――武器を所持していなくても、隙をついてこの2人を攻撃する事は…できる!――
一方の劉邦はというと、現れた男性に促された為、慶司に突き付けていた拳銃を下ろす。
「申し訳ない。宦官」
「フッフッフ。それで良いでしょう」
"宦官"劉邦がこの男性の事をそう呼べば、彼のどことなく女々しい雰囲気も理解できるだろう。
だが慶司にはそんな事はとっくに頭に無くて今はただ、この2人の隙を見つける事に集中していた。


ドクン、ドクン…

ゆっくりゆっくり。だけど低く大きな音をたてて鳴る慶司の鼓動。頬を伝う冷や汗。
一方の宦官はというと、慶司の後ろに立つ劉邦と向かい合って話始めた。イコール慶司には背を向けている。プラス劉邦は宦官との話に集中。プラス劉邦は拳銃を下ろしている。チャンスだ。























ドクン、ドクン…

鼓動が速くなる。冷や汗を伝わらせながらも慶司は白い歯を覗かせ、自分にしか気付かない不敵な笑みを浮かべた。
「劉邦。日本の方に例の件は承諾して頂けましたか?」
「いや、交渉の最中だ」
「まあ。それなのに劉邦貴方は彼に銃口を突き付けていたと?英国や米国やアンデグラウンドのような野蛮なやり方を真似てはいけないと何度も言っているでしょう」
「承知」
「では劉邦。貴方は昇華でルネ軍駐屯地の破壊を。その間私が彼との交渉を致しましょう」
…きた。待っていた。宦官がこちらを振り向く瞬間を。
「滅びろ侵略者!」


ドッ!

意を決して振り上げた慶司の左足が宦官の顔目の前スレスレで止まれば、不敵に微笑する宦官。そして、抵抗しようとした慶司の左足を瞬時に手で取り押さえたのは劉邦。


しん…

沈黙が起きる。慶司は目を見開き冷や汗を伝い、この最低最悪の状況にまずいと思うより先に…。


ドッ!

「ぐあっ!」
後ろから倒され、終いには背中を劉邦の右足で思い切り踏み付けられた慶司は悲痛な声を上げる。それを目の当りにした国民は目が点だし絶望を覚えて呆然。しかし梅だけはそこから我に返った。
「…ハッ!何をしているのです中国からの使者!慶司さんは日の丸を背負う王家の人間ですよ!この無礼者!!」
「無礼はどっちだ。おとなしく我々の支配下となれば良いものを」


カチャッ、

遠くからではあるが、劉邦は梅に銃口を向けた。
「梅様!!」
一まとめにされていながらも小町は体を動かして梅の前に立ちはだかる壁になろうと必死。彼女の顔がそう言っている。
「…主大事か。ならば其処の女。主に教えろ。行動を起こすのは空気を読んでからにしろ、と」
「なっ…何ですって!!」
「それ以上!!」
突然劉邦の足下からむせ返る慶司の大きな声が体育館一帯に響き渡れば、劉邦や国民は勿論、宦官に至っては微笑みながら慶司へ目線を落とす。
一方、劉邦の銃口の向けていた先が慶司へと移り変わる。
「ゴホ!ゴホ…それ、以上っ…」
「この状況下でもまだ尚抵抗するか。其処の女と同じだな日本王室の人間。貴様も行動を起こすのは空気を読んでからという事を学ばず育ったようだな」
「それ以上日本国民を馬鹿にするな!!」
「慶司さん…!」
「…それと引き替えに我々中華人民共和国の支配を受け入れるという意味か」
「くっ…!」
「慶司さん!そんな事はありませんよね!?武士の血を受け継ぐ慶司さんがそんな事を…!」
「梅…姉様…」
悔しそうな慶司の声。体育館にポツリと落ちる。
「僕が不甲斐ないばかりに…すみません…」
「そんな…慶司さん…」
視点の定まらなくなってしまった梅の瞳やこの場に居る国民達が見つめる慶司は劉邦の足の下で、ただただ横たわっている事しかできない。その姿は、今の日本を現しているかのよう。
一方の劉邦はというと、小さく息を吐いて銃を下ろす。
「劉邦よ」
「何だ」
「めでたくも日本の方から得た了承の言葉を私もこの耳でしっかりと聞きましたよ。では貴方は先程指示した通りお願いしますね」
「承知。しかし、援軍は」
「おや劉邦。たかが駐屯地破壊に貴方が尻込みだなんて珍しいで、」
「違う。…今すぐに全駐屯地の破壊行動に移る」
宦官に背を向けて長い脚でスタスタと歩いて体育館を出て行ってしまった劉邦の背中を、宦官は服の袖口を口元に添えて怪し気に笑んでいた。
「フッフッフ。まだまだ若いですね劉邦よ…」























そんな中国の人間2人のやり取りを、まだ地にひれ伏して見ている事しかできずにいる慶司。痛い程目を瞑り、歯を食い縛った。
――何が宮野純慶吾だ、何が日本を取り戻すだ…!僕はいつも口先ばかりで結局何もできやしない生まれ持った身分が高いだけのどうしようもない人間…!…第三次世界大戦の時僕が降伏したからか…?だから日本は他国の餌食となっているのか…?…僕が誰の意見も聞かず、王子という生まれながらの地位を利用して1人で勝手に降伏をしたから日本はこんな事になってしまったのか…?――
ユラリと立ち上がった慶司は縄で一まとめにされていた梅達日本国民の縄を解いていく。解放された国民達はやつれた表情ながらも、
「慶司様ご無事で何よりです!」
「慶司様ありがとうございます!」
「慶司様は私達日本人の希望だ!」
瞳を輝かせて口々に言うものだから、慶司は俯き両手拳が震える程強く握り締めた。だから国民は不安そうな顔をする。
「慶司さん?どうなさいました…あ!もしやルネの者や中国の使者から受けた傷が痛むのですか!?小町!すぐに手当てを、」
「どうしてですか!!」
裏返った慶司の怒鳴り声がピシャリ、と響けば皆が目を丸める。
「慶司さん…?」


パシッ!

梅が慶司の細い両肩に手を乗せて顔を覗き込もうとしたら、その手を振り払われた。顔を上げれずにいる慶司の肩が小刻みに震え出す。
「け、慶司さん…?」
「どうしてですか…!誰の意見も聞かず、生まれながらの王子という地位を利用してルネに降伏した僕…!国民が否定するにも関わらず日本国革命軍を設立した僕…!どうして…どうしてそんな僕の事を誰も責めないのですか!僕は無力なのに王子という地位を利用しているだけの…どうしようもない人間で…宮野純慶吾の名を名乗る資格なんてこれっぽっちも…無い…のに…」
今にも崩れ落ちてしまいそうな慶司。声はだんだん小さくなっていき、最後はまるで蚊の鳴き声。慶司はこんな自分が嫌で仕方ない。
――こんな事を言ったって傍から見ればただ周りから同情を求め…大丈夫ですよ、そんな事ないですよ…その言葉を待っているだけの汚い人間なのに…――
弱さを口にしたら弱い自分は余計弱くなるし嫌いな自分を余計嫌いになると知っているのに、言わずにはいられなかった自分が大嫌いになった。
























しん…

沈黙の体育館で慶司は国民に背を向けると、何処へ行く宛ても無くヒタヒタと体育館出入口へと静かに歩き出す。すると…
「日本万歳!日本万歳!」
「!?」
何という事だろう。国民からは日本を讃える大きく明るい声。振り返らずにはいられなくて思わず振り返ってしまった慶司だったがすぐ我に返ると、彼らには背を向けて再び体育館から1人出て行こうとした時だった。
「慶司さん、逃げるのですか?」
「…!」
すぐ後ろで梅の低い声が聞こえた。


ビクッ!

挙動不審に震えた自分の身体が自分の本心をダイレクトに表している何よりの証。
「自分は日本を国民を傷付ける事しかできない。第三次世界大戦から日本は一向に良い方向へと向かわない。…だから逃げるのですか?」


ドクン、ドクン…

梅が言葉を発する度に煩く鳴る慶司の鼓動。
「誰も慶司さんの事を責めない…ですか。それは当たり前でしょう」
「煩い!僕は…!」
自分が情けないのだから言われても仕方のない事と知りながらもカッとなってしまい、思わず梅の方を振り向けば…。梅の声は低く怒っている雰囲気だったのに、其処に立っていた梅の表情は目を糸のように細めて優しく微笑んでいたのだ。
「僕…は…」
「慶司さん。誰も貴方を責めないのは当たり前です。貴方が王子という立場を利用していたのと同じように私達はシビリアンという立場を利用し、まだ子供の慶司さんに政治から軍事全てを貴方に押し付けてしまっていたのですから。…私達はもう逃げません。ですからお願いです慶司さん。貴方もどうか逃げず、これからは私達日本国民と共に力を合わせて戦いましょう。日本を取り戻す為」
差し出された白い手。梅の向こうには、日本国民の暖かな笑顔。ジワリ…滲んだ涙が慶司の視界を埋め尽くせば慶司はそれを隠すかのように下を向き、左腕で涙を拭いながらも空いている右手で梅と握手を交わす。力強く何度も。
「っう…こんな頼りない…僕に暖かい言葉を…ありがとう…ございます」
「慶司さん。日本男児たるもの人前で涙を見せてはいけません事よ」
梅のその言葉が、幼き日姉・咲唖から耳にタコができる程言われた言葉と全く同じものだったから、目の前に居るのは梅なのにその姿が咲唖と重なる。






















慶司が懐から、慶吾が着けていた紅色の額当てを取出して着用した時にはもう涙は跡形も無く消え去っていた。
「ありがとうございます。日本という名前を地図から消さない為にそして、日本を取り戻す為に僕達日本人全員で努めましょう。身をもって日本を守ってくれた方達の為にも」
「慶司様万歳!」
「日本万歳!」
「日本万歳!」
体育館には慶司と日本を讃える声がまるで、地鳴りのように響き渡ったという。それを学校の玄関で聞いていた宦官は後ろを向き、微笑。
「取り戻す策も無いというのに団結する意味はあるのでしょうか?フッフッフ…」



























































同時刻、ルネ領日本
神奈川駐屯地近郊――――

「っぐ…!はぁ…はぁ…まさか中国が手を出してくるとは…身の程知らずめ!」
学校から飛び出したダイラーは、慶司を連れて来た時使用したボロボロの車で何とか神奈川駐屯地近郊へ到着。しかし車は燃料切れの為イラ立ちながら車から降りて、力強くドアを閉める。


バァン!

それは燃料切れのイラ立ちだけではないようにも見えるが…。
木々の向こうにはルネ軍神奈川駐屯地の真新しいシルバー色の大きな建物の上部が見える。劉邦から食らった攻撃の体の痛みに堪えながら歩く。
「ぐっ…右腕が痛むが…」


ザッ…、

「!!」
背後から草村の揺れた音。そして人の気配。ダイラーは目をつり上げて軍人の顔付きに戻ればすぐさま銃を構えて息を殺す。相手の動作が少しでも聞こえるように。


ドクン…ドクン…、

鼓動が低くゆっくり鳴る。
――日本人か?だとしたら所持している武器は日本刀が妥当。となればこちらが先制を仕掛けてしまえば、接近戦用の日本刀は手も足も出まい――
この状況下でもダイラーの脳内ではしっかりと次へ次への対応がまとまっている。そんな事を考えている間にも更に次に己がとる行動への計画も立ててあるから、いつでも対応ができる。すると…
「ダ、ダイラー将軍!?」
「その声は…!ヴィルードンか!」
まさか。行方知らずとなっていた部下とこんな所で再会できるとは思ってもいなかった。草村から姿を現した人物は長身のヴィルードン。捕虜であったから服装は上下ベージュの薄汚れたものだし、複数の傷痕が見受けられる。ヴィルードンがダイラーの元へ駆け寄れば約1年振りの再会に、異名デビルナイトの顔にも笑みが浮かんだ。
「将軍良かったっす!ご無事で!」
「それはこちらの台詞だ」
「はは、相変わらずですね。ところで…」
ヴィルードンは荒れ果てた辺りを見渡す。
「ずっと日本軍の残党に地下に捕らえられていたから分からないんすけど…日本は一体…」
「我々ルネの支配下となった。もうこの国の名は日本ではない。ルネ領日本だ。そしてすぐ其処に見えるシルバー色をした建物はルネ軍神奈川駐屯地」
「なるほど…」
荒れ果てた家屋の瓦礫の山の辺りを見渡せば、まだあの第三次世界大戦から1年しか経っていないのだと思い知るヴィルードン。だが彼にとっては日本に捕らえられていた時間が同じ1年だとは到底思えない程の長さだったのだろう。
























一方、そんな瓦礫を足でしっかり踏み付けて駐屯地へと歩き出すダイラーの後を慌てて追い掛けるヴィルードン。
「将軍!今、世界の情勢は一体どうなっているんすか」
「米国、英国、中華人民共和国、アンデグラウンド王国の4ヶ国が我々ルネを鎮圧する為の軍隊国際連盟軍という馬鹿げたものを発足してから我が軍はそんな低能共の相手に追われる毎日だ」
「国際…連盟軍…すか。…ヴィヴィアンは…奴はどうなったんすか」
「アマドール達が捕獲し、現在はルヴィシアン国王陛下による各国へ引き廻しの刑という名の生殺しの刑を受けている最中…のはずなのだが…」
ダイラーの脳裏では、先程劉邦が彼に向けて言った言葉
『ヴィヴィアン・デオール・ルネは実刑を受けていない』
その言葉が蘇るから言い切れずにいる。
――私も日本の若造と太平洋へ墜落して以降世界情勢が分からんからな。こんな時代だ。1日報道を聞かなかっただけで世界は変化し続ける…――
だからといって、超大国の将軍である自分が日本のしかも若造と相討ちとなっただなんて口が裂けても言えないダイラー。
「刑を受けている…はず?それは一体どういう事っすか将軍」
「詳しい話は駐屯地へ着いてから、」


ドン!!

「なっ…!?」
前方から聞こえた爆発音と同時に木や地面が大きく横に揺れてすぐ。木々の向こうに聳え建っているルネ軍神奈川駐屯地の上部からオレンジ色の炎と黒煙が上がったのだ。


ビー!ビー!

「第3シェルター戦闘機格納庫にて熱源反応!至急対応を!繰り返す!第3シェルター戦闘機格納庫にて熱源反応!至急対応を!」
すぐに駐屯地からサイレンと外まで筒抜けの放送が聞こえてくる。駐屯地が映る2人の瞳には生々しいオレンジの炎が映る。
「行くぞ!」
「了解!」
駆け出す2人。足元は歩く事でさえ困難な瓦礫の山でも走る2人。
――日本軍の残党か?中国の者か?どちらにせよ日本を奪われてはならない。元の日本へ又は中国領日本となっては第三次世界大戦の日本戦で散った多くの同胞と…マリソンの死が無駄となる!――
































同時刻、
ルネ軍神奈川駐屯地
第3シェルター納庫――――

「何者だ!投降したまえ!」
ライフル銃を構えたルネ軍人8人が格納庫へ到着した時既に格納庫は火の海。しかし、炎の向こうでユラリと揺れる大きな影を発見。火の海を目の当たりにして柄にもなく物怖じする部下達に痺れを切らした1人のルネ軍人大尉が右腕を挙げる。
「何も怯む事はない!皆の者、構え!」
右腕を炎の向こうへと垂直に降ろした。それが合図。
「撃てー!」


ドドドドド!ドドドド!

やられる前にやってしまえだ。炎の向こうにいるであろう侵入者目掛けて8人全員が立て続けに連射。それから一旦手を止めれば大尉がゴーグルを目の下へ少しずらして
「やったか?」
と呟いた直後。


ドン!ドン!

炎の中から息をもつかせぬ速さで飛び出してきた侵入者が搭乗した機体。その機体中央部から発射された砲撃をおもむろに食らった8人のルネ軍人。彼らの骨をも焼き付くした砲撃。彼らが其処に居たはずの場所には生々しい血痕だけが人型になってべっとりとコンクリートの床に付着しているだけ。跡形も無くしてしまう一瞬の出来事。


カタカタカタ、

その光景を、フロントガラス越しに見下ろしているのは朱色の中国軍戦闘機昇華のパイロット劉邦。機内正面に設置されたキーボードを目にも止まらぬ速さで打ち込めば、フロントガラスが真っ暗なモニターへと切り替わる。モニターにはルネ軍神奈川駐屯地の構造が立体的に表示される。
「…次は駐屯地南部第2シェルター格納庫…」


ヴヴヴ…

「…通信?」
バイヴ音がして、小型携帯型通信機を手に取る。
「はい。こちら中国軍李りゅ、」
「劉邦お前今何をしている!!」
「…ジェファソン代表」
キーン!と耳鳴りがする程の通信相手ジェファソンの相変わらず慌てた大きな声には、ポーカーフェイスの劉邦も一瞬片目を瞑ってしまう程。





















通信機を少し耳から離す事にした。
「何をと言われても、今私は中国軍としての軍務の真っ最中だ」
「やはり真だったか…!中国首相がルネ領日本を奪取するとの非常宣言が先程全世界に放映されたのだが、まさか宣言後1時間と経たずお前が日本へ出向いていたとは…」
「代表。私は任務中だ」
直球には言わないが、そろそろ通信を切らせろとの意思表示。それに気付かない程鈍感ではないジェファソンは通信の向こうで溜息を吐いてから最後に、こう口を開いた。
「劉邦」
「はい」
「お前も…いや、お前の国も連盟軍を裏切ってまで自国を繁栄させたいか」
「裏切る?何の話だ。ルネ領である日本を我が国が支配下とすれば、ルネの軍事労働者として使われるはずだった日本人労働者は居なくる。ルネ王国からアメリカ合衆国への中継地であった日本が我が支配下となれば、それだけルネにとって不利になる。…我国の今回の行動はルネを鎮圧させる為の連盟軍の方針にも適していると思う」
相手はジェファソンより若い。しかしこんなにも機械的に淡々と言われては、さすがのジェファソンも諦めがついてしまった。
「はあ…それはこじつけな気もしないが」
「代表がネガティブ思考過ぎるだけだ。ところで代表。お前の国もというのは一体…」
「…切るぞ。任務中なのだろう」
劉邦は鼻で笑った。
「自分の都合が悪くなるとそれか」
「若造が生意気な口を利くな。とりあえずその任務が終わり次第アメリカへ来い。良いな」


ツー、ツー…

一方的にかかってきて一方的に切られた通信機を見てからそれを懐へしまう。
「…勝手な人だ」
それから30分と経たぬ内に、ルネ軍戦闘機がある格納庫全てを劉邦によって燃やされてしまった為、生身にライフル銃で対抗するしか為す術の無い神奈川駐屯地は火のまわる勢いが早過ぎて、あっという間に全焼してしまった。























「くっ…!戦闘機格納庫から燃やし、我々が対抗できぬようにしたか…!」
炎が燃え上がる駐屯地を前に、震える拳を握り締めるダイラー。するとゴオォッ!強風が吹き、鼓膜が破けそうな程の轟音が辺り一帯に響く。ダイラーとヴィルードンが頭上を見上げてすぐ、1機の黒い戦闘機が着陸した。機体には赤地に黒十字のルネ王国国旗が印されている。


ガー、ガガッ、ガタン!

機械音と同時にルネ軍戦闘機のコックピットハッチが開けば、頭や腕に包帯を巻いたメッテルニヒ少佐がこちらへ向かって駆け出してきた。
「ダイラー将軍!ヴィルードン少尉!」
お互い敬礼を交わしてすぐ目を見開いたメッテルニヒが話し出す。燃え上がる神奈川駐屯地を見上げながら。
「こ…これは…!」
「日本軍の残党の仕業だろう。私達が来た時にはもう…」
「い、いえ!これは違います将軍!」
「何?」
「これは…先程全世界へルネ領日本を奪うと宣言した中華人民共和国の仕業です!」
「…!何て愚かな世界だ…!」
あの2人ですらメッテルニヒの言葉に目を見開いて一瞬息が止まる程驚愕。一方のメッテルニヒはそれよりも…といった様子でダイラーとヴィルードンをジロジロ見てくるものだから、それに気付いたヴィルードン。
「あっ…あのっ、ヴィルードン少尉ご無事だったのですね!」
「ご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありませんでしたメッテルニヒ少佐」
「迷惑だなんてそんな事…!あ!あの、将軍!」
「どうした」
「燃料補給後、将軍が消息不明という事でブーランジェ大将をはじめルネ軍全体が動揺していましたがご無事で何よりです!」
へへっ、と少年らしい笑顔で敬礼をする何も知らないメッテルニヒ。ダイラーがこんな所に1人で居た理由をメッテルニヒが話してしてしまった為罰の悪いダイラーと、目が見開くヴィルードン。
「なっ…!?ダイラー将軍そんな事があったんすか!」
「…別に何もない」
「え、いやしかしメッテルニヒ少佐が言うには消息不明って一体何が、」
「ゴホン。ところでメッテルニヒ少佐。現在の戦況はどうなっている」
――スルーされた…!――
ヴィルードンの事をまるで居ないかのように無視をして他の話題を持ち出した彼の姿に、ヴィルードンは初めて彼から人間らしさを感じたそうな。























「あ!は、はい!現在僕の率いる部隊が東京駐屯地へ燃料補給に来ていまして、この後ブーランジェ大将の部隊が燃料補給へ迎う予定です!戦況としてはニューヨークは壊滅状態との事です!」
「ご苦労」
「ありがとうございます!」
「では、悪いが少佐。私とヴィルードンを貴公の機体で東京駐屯地まで送り届けてはもらえないか。機体を持ち合わせていない我々ではどうにも…な?」
自嘲するダイラー。少佐であるのにまだ一般兵時の感覚が抜けずオドオドしているメッテルニヒの2人用の機体へ無理矢理3人で乗り込む。メッテルニヒが操縦席に着きヘルメットをかぶり素早い手付きで機体を起動させる。飛行型の機体はぐん、と宙に浮き上がり、灰色の空を駆ける。
「ところで少佐」
「は、はいっ」
「奴が国王陛下の実刑を受けていないというのは真か?」


ビクッ!

メッテルニヒの身体が挙動不審に震えれば、図星だと察する事ができる。
「事実…です。陛下がイタリアへ奴を連れた同時期、カイドマルドで先代ダミアン国王の処刑とカイドマルド王室のマラ教徒虐殺…即ちカイドマルド革命が起きた時…全世界に放映されたんです…」
「…何がだ」
ゴクリ…唾を飲み込む。
「捕えたはずの奴が、カイドマルド国王として革命を行った姿が…」
「何…?」
「ダミアン国王を処刑!?ダミアンは第三次世界大戦で死亡したはずじゃ…!」
「ヴィルードン!」
「…!申し訳…ありません…」
ヴィルードンがウィリアムであるという彼の素性を知っているダイラーの一喝。ただ彼の名を呼んだだけのダイラーの声が重く低く意味が込められている事にすぐに気付いたヴィルードンは下を向いて口を閉ざすから、ヴィルードンの素性を知らないメッテルニヒは2人のおかしな雰囲気に首を傾げている。






















「取敢えず少佐。国王陛下が実刑を行った人物は奴の替え玉であった…という事で良いか」
「は、はい…その人物が…第二王子ヴィクトリアン様で…」
「くっ…!ヴィヴィアン!実兄を身代わりにしてまで我が身大事か!奴の心はどこまで腐っているというのだ!」
怒りで震えるダイラーの声に、操縦席のメッテルニヒの表情が暗くなる。
「そ、それに伴い陛下はアメリカへ出兵した部隊の一部をカイドマルドへ送れとのご命令を…」
「陛下らしいな。それで。どの部隊を向かわせた」
「い、いえ!まだ…!アマドール大将からの連絡を待っている状態です…」
「…では私が向かおう」
「え!?」


グラッ、

まさかの一言に驚いたメッテルニヒは思わず操縦を誤ってしまい、機体が一瞬右に傾いてしまった。
「もも、申し訳ありません!」
一方のダイラーはそんな事は気にもしておらず。彼のブラウンの瞳は力強い。
「し、しかし将軍。アマドール大将からの連絡がまだで…」
「構わん。ヴィヴィアンには聞きたい事もあるしな。何より、奴には二度屈辱を味合わされている…。ヴィルードン。お前も来い」
「え…」
「そ、そんな!将軍勝手に…!」
メッテルニヒの止めに聞く耳を持たない2人。ダイラーはヴィルードンには背を向けて窓の向こうに目を向けたまま話を続ける。
「…あの国カイドマルドに決着を着ける理由があるのだろうヴィルードン」
「…はい」
ぐっ…!拳に込めた並々ならぬ力。ヴィルードンの両手が小刻みに震えていた。

































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あきゅろす。
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