[携帯モード] [URL送信]

症候群-追放王子ト亡国王女-
ページ:1



イギリス――――

「かはっ…ルーベラ…ルーベラ…」
「アダムス嬢あまり動かないでちょうだい」
カイドマルド革命直後。ロゼッタ達の秘密作戦により激減させられたイギリスのマラ教徒達の中でまだ生存する者が集まったロンドンの外れに位置する一軒の民家。2階の個室にはベッドに横たわり、撃たれた背から腹部に包帯を巻き付けたアダムスが居る。相変わらず唇は真っ白で顔は真っ青。唇が小刻みに震える彼女を、マラ教徒であるが為にカイドマルド王国に医師免許を剥奪されイギリスまで脱国した元・医師の男性とアーノルドが見守る。しかしアダムスは視点の定まらぬ瞳ながらも擦れる声で、
「ルーベラ…ルーベラ…」
と、妹の安否を繰返し続ける。何故妹の名を彼女が口にし出したかというと、アーノルドをはじめとするマラ教徒達のこんな会話を聞いてしまったからだ。
"ブルームズ宮殿にはカイドマルド先代国王の恋人で今はイギリス軍人になった記憶喪失のアン帝国ルーベラ皇女が居る"
との会話を…。
一方アーノルドと医師は目を見合わせアイコンタクトだけで相手が何を言いたいのかを理解し、2人は部屋の明かりを消す。
「少し安静が必要ですね」
そう言い残し、部屋を出て行った。
「…ベラ…ルーベラ…私の妹…私の家族…今何処に居るの…」


ゴロゴロ…


ザー…ザー…

雷鳴が轟いて直後、隣の者との会話すら聞こえない程の雨が降り出す。まるで空襲を思わせる轟音の雨音の中、2階の真っ暗闇の一室で1人…
「…めんね…ごめんね…ルーベラ…ごめんね…」
妹への謝罪の言葉がポツリポツリと聞こえた。

























1階―――――

同家の1階では、雨に加わった強風のせいで閉め切ったカーテンの向こうにある窓ガラスがガタガタ揺れる。木製の古びたテーブル中央に置いてあるランプの炎が揺れていて今にも消えてしまいそう。それを囲み、椅子に座るマラ教徒のアーノルド、医師、中年女性、高齢男性の計4人。皆眉間に皺を寄せており、気難しい顔付だ。それもそのはず。全世界に流されたカイドマルド革命の映像それはマラ教にとって、先代ダミアン国王がマラ教徒へ施してきた非人道的行為以上のものであったからだ。
映像には、生々しい程次々とマラ教徒が虐殺されていく光景が永遠と流れていたのだ。
「うぷっ…!」
それを思い出しただけで中年女性は吐き気を催し、手の平で口を覆い隠しトイレへと駆け込む程。するとアーノルドがポツリ…、と呟く。
「マラ様…一体何処へ向われたのですか…」










































同時刻、
ブルームズ宮殿裏門――――

真っ暗な土砂降りの闇夜にぼんやり浮かぶブルームズ宮殿。中からはぽつぽつと暖色の灯りが見える。そんな裏門には門番のイギリス軍男性2人。衛兵のように黒の縦長帽子に真っ赤な制服を着用している。
「酷い雨だなこりゃ」
1人の髭の立派な軍人が目の上に手を翳しながら空を見上げる。星すら見えない気分が滅入ってしまいそうな夜空。
「そういえば昼間のアレは何だったのでしょう」
「カイドマルド革命…だったか。我国には何の不利益も被らない。カイドマルドとは先代ダミアン国王の時から同盟を破棄して…いや、破棄されているのだからな」
「いや、そうではなくて。ヴィヴィアンの替え玉が死ねば本人も気が楽だろうに。何故わざわざ自分が生きていて今ルヴィシアン国王に実刑されている奴が自分の替え玉だという事を彼は報せたのでしょう。自ら…」


ピシッ!

1人の若い軍人の顔の前に人差し指を立たせる中年軍人。若い軍人はキョトンと目を丸めるだけ。
「任務中だ。他国ましてやこの第四次世界大戦に関わってすらいない国の話など雑談だ」
そう言われて若い軍人は肩を竦めつつ軽く受け流す。
「失礼致しました」
雨は一向に止む気配を見せない。宮殿裏に隣接する大木達が大きく揺れだした、次の瞬間。


ドン!


パァン!

雷鳴と重なり、辺りに響いた銃声。しかし雷鳴と重なったその音が宮殿内の人間の耳に届くはずも無く。






















ドサッ、ドサッ、

裏門前に、重なって頭部から血を流し白目をむいた門番軍人2人の死体を前に、銃口から灰色の煙を吹き出す拳銃を手にした少年は黒のフードをかぶり頭から爪先まで覆い隠す黒のコートを着用したマラ17世。雨で髪や全身ずぶ濡れ。心なしか目の下の隈が酷く見える。
雨空にぼんやり浮かぶ宮殿を見上げてから、中年軍人の制服のポケットから門を開く金色の鍵を取り出して大きな扉を開いた。


ギィッ…、

重たい音がして人1人分入れるスペースだけを開いて宮殿内へ侵入する事に成功。
中は外と違い暖かい。長く続く廊下天井にはいくつものシャンデリア。壁にはぼんやり浮かぶ蝋燭の炎の灯り。深夜にも関わらずシャンデリアの暖色の灯りが灯る廊下。しかし宮殿内は物音一つしないのだ。気味が悪い程。外からの雷鳴と雨音が無ければまるで無音の世界だっただろう。人の気配すらしない廊下を歩く。


ヒタ…ヒタ…

雨で濡れたコートを引き摺り廊下を濡らしゆっくりゆっくり歩くのは、気配が無いとはいえ此処はアウェイ。いつ銃弾が飛んできてもおかしくはないのだ。けれどもやはり一向に人の気配がせずこのまま何も起きず廊下最奥まで辿り着いてしまいそうだ。其処はもう行き止まりだから右を曲がるしかない。
「この曲がり角の先に…と考えるのが無難でしょう」
その時。
「!」
曲がり角から足音一つせず一人の小柄な背丈の人影をマラの視界が捉えすぐに、懐にしまった拳銃に右手を翳す。曲がり角から現れた人物それはエリザベス女王たった1人だった。























イギリス軍人ではない事にマラも気が緩み、拳銃に翳した右手を下ろす。まるで女神のように優しく微笑むエリザベスは重たそうな青と赤のドレスを持ち上げて、にっこり挨拶。
「ご機嫌ようマラ教皇」
一方のマラは珍しく眉間に皺を寄せひたすら彼女を睨み付けるものだから、彼女は右手で口を覆い「まあ」と声を洩らす。
「どうなされたのです。そんなにずぶ濡れでそんなに目の下に真っ黒な隈を作られて。余程お疲れなのですね。さあ、中へお入り下さい。暖炉で部屋を適温に温めてありますわ」
「どういった風の吹き回しでしょう。イギリス在住の我が教徒達を大量に惨殺しておいて私を快く迎えるなど」
「裏門のカメラに貴方のお姿が御映りになられてとても驚きましたわ」
「…その裏門の門番がどうなったかはご存知ですよね」
「ええ、勿論ですわ」
にっこり。その笑顔にマラでさえ悪寒が走る。即拳銃を取出して銃を構え、歯を食い縛った。


カチャッ…、

――彼女は尋常ではないようですね…――


























「その拳銃。カイドマルド製のものではありませんね。一体何処の物でしょう」
「とぼけないで頂きたいですね。貴女は心優しく女神のようなエリザベス女王とお伺いしております。最も、私達マラ教徒にとっては貴女のような人間が女神に讃えられていると聞くだけで吐き気がしますが」
「そうですかそれはとても嬉しい事ですわ。わたくしは心優しく女神のようなエリザベス女王…。外部にそう伝わっていれば全てはわたくしの手の内です」
「なっ…!?」
「先程教皇は門番の方々がどうなったかご存知か、とわたくしにお聞きしましたよね」
エリザベスが話す言葉は聞こえているし何を言っているのかも理解できるが一方でマラの脳内に響き渡るのは神の低い声が彼に必死に繰り返し促す警告。"この女は異常だ"
それに、彼女が話す度に心なしか身体が岩のように重たくなっていく…気がする。引き金に掛けた手を震わせながらも力を込める準備をする。
「門番の方々がどうなったか…そうですね。無駄死した。ただそれだけの事。教皇。貴方のような1人のちっぽけな人間に彼らは殺されました。英国の為にその身を捧げ、無駄死だけはお止めなさい…そう常日頃教育致しましたのにあの弱者2人ときましたら。はぁ…当然の事です。弱者に負ける人間など英国国民ではありません。不要でしかないのです」


パァン!

「はぁっ…はぁ…」
ようやく身体が動いたからその瞬間引き金に力を込めたマラが発砲。しかし手元が狂ってしまい、それはエリザベスが身につけている真っ赤な王冠に命中しただけ。


カラン、

王冠が音をたてて床に転がれば、王冠から青い一つの宝石が外れる。床に転がるそれを見下すように見つめるエリザベスのピンクの瞳は据わっていて普段公の場に見せる"エリザベス女王"と同一人物とはとても思えない。冷たい瞳。






















「はあ…はぁ…貴女には部下に対する情というものが無いのですか!」
「情、ですか。ございますわ。でも教皇。力の無い者などただのお荷物。それは信者を率いる頂点に君臨している貴方ならお分りでしょう?」


ゾワッ…!

またしても悪寒がした。するとマラの脳裏に浮かぶのは、カイドマルド王国でカイドマルド軍の虐殺行為に逃げ惑いながらも自分達にしがみ付き助けを乞う教徒達の姿。そんな無力な教徒達は…お荷物?咄嗟にマラは首を横に振り、震える両手拳を力強く握り締めた。
――私は今何を考えたのでしょうか…彼ら教徒あってこそのマラ教…。お荷物な方など居やしない…!――
「お可哀想に。もっと…そう。軍事に長けた方がマラ教信者ならば、教皇が守り続けてきたマラ教がこれ程まで壊滅に追い込まれる事も無かったでしょうに。力無き庶民の寄せ集め信者を教皇お1人で率いて、さぞ苦痛だった事でしょう。哀れみますわ」
「黙りなさい!貴女は間違っている!貴女が率いる軍や国民をどう侮辱しようが私達マラ教には一切無関係ですが、マラ教は決して軍隊ではありません!私達は、貴女のように勝利を得る事しか争う事しかできない非人道的な人間を異端とする為の宗教なのです!」


パァン!パァン!

堪忍袋の緒などとっくに切れていたマラは血走った目を見開くと2発、3発とエリザベスの足や腹部や肩を発砲。しかし何ぶん軍人経験が無い為上手く急所に当てる事ができないので舌打ちをして弾をリロードしている。





















一方のエリザベスは、銃弾により穴が空いたドレスの箇所を軽く払って微笑。
「あらあら…せっかくお母様から受け継いだドレスが台無しですわ。…ではこう致しましょう」
一方のマラはリロード完了。すぐ顔を上げて、銃口を彼女に向けた瞬間。
「なっ…!?」


ビリビリッ!

目の前で、腰から下のドレス部分を乱暴に剥ぎ取ったエリザベス。上着はそのままだが、剥ぎ取った下は黒のズボンにヒールの高い黒のブーツ。イギリス軍軍服だ。彼女が右脚太股に装着している2丁の拳銃がマラの視界に入った瞬間。


パァン!

躊躇する事無く真っ先にエリザベス目掛けて発砲した。やられる前にやらなければいけないから。
「なっ…!?居ない…!?」
しかし彼女が目の前から忽然と姿を消した…かと思えば、いつの間にかマラの左隣で白い歯を覗かせ魔女さながらに微笑んでいたではないか。
「っ…!?」
「わたくしはこっちですよ。教皇」
そんな彼女が視界に飛び込んできて対応をとろうと考えている内に、マラは真正面から首に思い切りアッパーをくらってしまう。


ドガッ!

「う"あ"!」
これには口から血が飛び散り、床を汚す。しかしどれだけ苦しい状況でも顔を歪ませながらも、彼女を睨み付けるマラ。
「かはっ…!」
「教皇。御存じではありませんでしたか?我が英国軍将軍の名を…」
「っ…ぐああ!」
首を両手で締め付ければエリザベスは口が裂けんとばかりに笑い、口を開くのだ。
「英国軍将軍の名はレイチェル・ブルームズ・ブリテン…わたくしエリザベス20世の事なのですよ」
「っぐ…将軍も…王も…国の統率者が…貴女のような下道では…この国の未来が心配…ですね」
「まあ。そうですか?」
相手が女性だからなど今はそんな事を言ってはいられない。両手両足は自由の身なのだから、マラは思い切り彼女を蹴りつけ押し退けると半ば強引に彼女の拘束から放れ、間合いをとり発砲。


パァン!

しかし今の今まで首を絞められ瀕死状態だった為か今まで以上に手元が狂う。


カン!カン!

シャンデリアや壁に命中してばかりで、肝心な標的を外してしまう。
「教皇。一つお伺いしても宜しいですか」
「っ…!」
廊下の円柱に身を隠しながらの銃撃戦にも関わらず、彼女の余裕振りには返事すらしたくもない。だが彼女は返答を待たず淡々と話し始める。
「何故今、我が宮殿へいらしたのでしょう。しかもお1人で。わたくしが軍人でもないただの女王でしたら今頃英国軍が教皇の脳天を撃ち抜いていたところです。わたくしは1人で充分だと側近にお伝えし、わざとわたくしと教皇貴方の2人きりの場を与えました」
「っ…私は随分馬鹿にされているようですね」
「勿論」


パァン!

「っぐ…!」
円柱に身を隠していたのに。わざと壁に銃弾を放ち、流れ弾がマラの左足首に命中するようエリザベスは発砲したのだろう。


ガクン!

その場に左膝を着いてしまうマラ。カイドマルドからイギリスへ来たばかりという事もあってか呼吸は異常に乱れているし、雨に濡れた雫だけとは到底思えない脂汗が流れている。






















そんな彼にカツン、コツンとヒールを鳴らし、わざと何も攻撃せず歩み寄るエリザベス。
「目的は一体何でしょう」
「っ…この宮殿にカイドマルド王国ヘンリー王の側室とダミアン王の恋人が居ると聞いた次第です」
「まあ。それでは最もマラ教に卑劣な行為や虐殺行為を行ったカイドマルド王室の人間全てを亡き者にしようとのお考えですの?それは素晴らしい事ですね!しかし残念な事に、彼女達は此処には居りませんの」
「なっ…!」
驚いた。振り返るとすぐ目の前には、エリザベスの貼りつけた笑顔があったのだから。いつの間に。
「くっ…!」


カチャッ、

咄嗟に身構え銃を構えるが、すぐにそれをいとも簡単に奪われてしまう。
「ご安心を。お話が終わり次第すぐにお返し致しますわ」
――…おかしいですね。何故彼女は突然自分の拳銃もしまったのでしょう。戦闘の意志はもう無いのでしょうか――
「お話の続きになりますがジュリアンヌ様やルーベラ少尉でしたらそうですね…ロンドン外れのとある民家へ出向いていらっしゃいますね」
「ロンドン外れ…まさか」
「そのまさかです。アーノルド伯爵をはじめとするマラ教信者の居る民家へ。ふふ。気付かれていないとでも思ってましたの?」


バシッ!

「くっ…!」
「あらあら」
エリザベスから無理矢理自分の銃を奪い返したマラは焦り、この長い廊下を駆けて行く。背を向けて。そんな彼の小さい背に銃口を向けるのはエリザベス。
「あらあら…そう急がなくても。どうせお会いできませんよ?」


パァン!

「まあ!」
しかしそんな事は彼女に背を向けた瞬間から承知の上であったマラは、まるで後頭部にも目があるかのように円柱に身を隠して弾を回避すると、門を抉じ開けて宮殿から出て行った。























一方のエリザベスは灰色の煙が吹き出す銃を瞬きをして見つめる。
「このわたくしが外してしまいました…しかし気に病む事は無いでしょう。力無き者に勝利をおさめたところで世界からは何の評価も上がらない。無意味な戦ですから」
「女王陛下!」


カツン!コツン!

背後からした中年男性の慌てた大声と忙しなく駆け寄ってくる足音。呼吸を乱す事無くエリザベスの前に現れ敬礼するのは、彼女の側近でありイギリス軍大将でもあるウィルバース。
「ウィルバースさん」
「っとに…。ヒヤヒヤさせないで下さいよ陛下!わたくし1人で充分ですの、とのご命令ですから2階の部屋からカメラで1階の様子を見ていましたが、このウィルバース寿命が5年縮みました!」
「ふふ。わたくしの実力ではご不満でも?」
「滅相もない。これからも女王として将軍としてご指導よろしくお願い致します。全てはエリザベス女王陛下の為」
黒の帽子をとり、片膝を床に着けてひざまづくウィルバースを、普段のエリザベス女王が笑顔で見つめていた。











































一方のマラ――――

「この先進国で領空を不法に侵入した時点で彼女達には気付かれていたという事ですね…迂闊でした」
カイドマルドから奪取した戦闘機で宮殿裏の森林の木々を倒しながら、アーノルド達が居る民家へ突き進んで行く。
「彼らを失っては信者あってのマラ教を失うも同然…!お願いですどうか皆さん御無事でいて下さい…!」













































同時刻―――


コン、コン、

「…ん。こんな真夜中に誰よぅ」
うっかり眠ってしまっていたアーノルド。こんな嵐の中にも関わらず扉をノックしてくる尋ね人の為眠気眼を擦りながらむくっ、と起きる。医師や中年女性や高齢男性の3人はテーブルに顔を伏せてスヤスヤ寝息をたてて睡眠中。テーブルの上に置いてあるランプ片手に扉の前に立つともう一度コン、コンとノック音。
ノブを握ったアーノルドは寝呆けている為か何の躊躇いもなく扉をすんなり開けてしまったのだ。


ギィ…、

「はい。どちらさ、」
「不法入国不法滞在及び不法宗教活動によりマラ教皇を殺害に来た」
「っ…!あんたはあの時の、ぐあああ!」


ドサッ!

訪ねて来た人物は軍服に身を包んだルーベラ。アーノルドの脳が目覚めた時には時既に遅し。ルーベラが彼を押し倒し馬乗りになれば彼の両手を右手でひとまとめに拘束し、空いている左手で拳銃の銃口をアーノルドの真っ赤な髪のこめかみに突き付ける。


カチャッ、

「ん…何の騒ぎ…?」
すると、この騒音に気付いた他3人のマラ教徒が目を覚まし寝呆け眼で辺りを見回した時、彼らのぼやける視界が捉えたのは黒のイギリス軍服に身を包んだジュリアンヌの姿。銃を構えていた。
「ひっ…!イギリス軍…!」
彼らの脳がこの光景を目の当たりにし、どのような行動をとれば良いか脳が身体へ信号を出す前に。


パァン!パァン!パァン!

至近距離で頭部を各1発ずつ撃ち抜かれゴロン…と足元に転がる3人の死体。目の前で射殺された教徒を前に、目を見開いたアーノルドの全身から血の気が引いた時、ルーベラに思い切り両腕を反対側に捻られ悲痛な叫び声を上げざるを得ない。
「ぐああああ!」
「ジュリアンヌ兵士。何故黒服…。白服ならばイギリス軍と連盟軍共通だというのに」
アーノルドの事はまるで無視なルーベラの問い掛けに、ジュリアンヌのつり上がっていた青の瞳が優しく垂れ下がる。
「私はマラを…マラ教を殲滅させたいそれだけだから…かな。国際連盟軍みたいに大規模な目的は私には無いからだよ」
――あいつの仇をとるつもりか…――
そう心の中で止めておくルーベラ。






















一方、ジュリアンヌの目が再びつり上がり兵士のモノに切り替わるとアーノルドと向かい合う。
「アーノルドお義兄様お久し振り」
「ぐっ…ジュリアンヌ生きていたのか…。全く…お前が来てからカイドマルド王室は狂い始めた。ましてやあんな子供を残したから王室だけでなくマラ教…多くの人間が死んだ…!」
「マラ教皇は何処?」
「聞いているのかジュリアンヌ!お前は正義を気取ったただの偽善者なんだ!」
「マラ教皇は何処?」
全く返答になっていない彼女についに痺れを切らしたアーノルドが目を血走らせた。
「あたしの…いや、俺の話を聞け!!」


パァン!

「ジュリアンヌ兵士…」
女の姿をしたアーノルドが本来の男の姿に戻った一瞬。ジュリアンヌは何の躊躇いも無く、1発で彼を死へ送ったのだ。これにはさすがのルーベラも目が点。彼女とは最近知り合ったばかりではあるが、彼女の冷血な青の瞳に身震いさえしてしまう。
「ルーベラ少尉」
「は、はい…」
「これだけ騒いでも教皇は現れない。もしかしたらこの家には居ない。そう考えるのが妥当だから私は外を。少尉は2階を頼んだよ!帰ってきたら私の事はお義母さん、って呼んでイイからね!」
一方的に話せば、嵐の中ジュリアンヌ自ら外へ駆け出した。その直後、民家の外から歩兵型戦闘機が発進して行く機械音が遠ざかっていった。
一方この場に1人残されたルーベラはしばらく目を丸め呆然としていたがハッ!と我に返れば目をつり上げる。
「なっ、何故階級も無いジュリアンヌ兵士に少尉である私が命令されなければいけないんだ!第一、何がお義母さんなんだ!」
頬を赤らめツンツンしながらも、2階へと続く階段を駆け上がる。























カチャッ…、

2階には部屋が一つしかなく扉の前で銃を構え、耳を澄ませて室内からの音を捉えようとする。
「やけに静か…。居ないの?なら遠慮無く!」


ガタン!

扉を蹴り壊し開けたルーベラが銃を構えて室内へ突入した瞬間。
「スー…スー…」
今にも呼吸が途絶えてしまいそうなアダムスが1人。


ドクン…!

真っ暗闇の室内にあるベッドで眠っている彼女を見た瞬間ルーベラの緑色の瞳が見開かれ大きく低く鼓動が鳴れば、同時に脳内を直接手で触れられたかのような痛みが頭に走る。
「うわあ"あ"あ"!」
意識が朦朧とする中脳内でフラッシュバックされる見に覚えのない記憶達。途切れ途切れのそれらに映る人物は皆、彼女の名を優しく呼び微笑みかける。


ブツッ!

だが映像が途切れた瞬間、静かに目を瞑ったルーベラは真っ白な唇を微かに動かしていた。
「…ちゃん…アダ…ムス…お姉ちゃん…」



































同時刻、
ジュリアンヌ――――

「くっ…さすがに見ず知らずの土地で悪天候だなんて手元が狂うね!」
嵐の中何処へ行く目的など無くただただ戦闘機を操り、マラを探す。しかしこの悪天候プラス見ず知らずの土地での歩兵は軍人経験のある彼女でも困難なのだろう。余裕が無い。森を切り開き続ける彼女の脳裏でリアルに響く声。

『ジュリアンヌあのね僕ジュリアンヌのことがいちばんだいすきなんだよ!』


ダンッ!

機内を右手拳で力強く叩いたところでダミアンは戻ってはこない。しかし…。
「ルネに居た頃ウィリアム君からの話によれば、8年前王室へマラ教を襲撃させ王室崩壊へ導いた指導者こそダミアン…。はは…あの子を裁かなければいけないだなんて私も口先だけだね。あの子は8年前私が居た監獄へも火を放った…あの子の犯した罪は死んでも許される事じゃないと分かっているのに。もうこの世に居なくても、あの子が可愛くて仕方ない…。罪を償わせるのが私の役目なのに…私は駄目な母親だね」
ジュリアンヌは目を瞑りながら自嘲し、すぐに目を開く。真剣な眼差しだった。
「マラ教があの子を殺した事に違いはない。それ以前に、私が王室へ嫁いでも尚軍人として出兵していたのは野蛮なマラ教を葬る為」
なら、すべき事は一つしかない。操縦桿を握り締め唇を噛み締める。
「私はマラ教皇の首を必ず…きゃあああ!」


ガシャン!

迂闊だった。森を切り開きながら突き進んでいた為か次の大木を切り開くと、その先は崖。崖とは言ってもこの雨で地盤が緩み崩れただけの崖ですぐにでも這い上がれそうではあるが、何ぶん戦闘機の頭部から落下してしまった為、機内でジュリアンヌは思い切り身体を打ち付けてしまった。その衝撃により全身の血が下がり血圧が急低下し、目の前が真っ暗。意識はあるのに前が見えない。吐き気がする中、自嘲する。
「非戦闘時でもヘルメット着用は必須…って事だね」
取敢えず、目の前が見えるようにならなくては話にならない。この態勢のまましばらくの間回復を待つ事にしよう。
「どうせマラの行方なんてまだ分からないんだし…」
「おや。其処で悠長に寝転んでいらっしゃるのはヘンリー王側室ジュリアンヌさんではありませんか?」
「!!」


ドクン…!

外部へ洩れて辺り一帯に響き渡るスピーカー越しの声。それは、戦闘機を通しての声だ。























崖の上に誰かが居るという事は誰が聞いても分かる事。しかし生憎、目の前がまだ晴れないジュリアンヌにはその音だけが頼り。手探りで通信ボタンを押しながら叫んだ。
「誰!?其処に居るのは誰!何故私の事を知っているの!」
運良く通信ボタンしかも機内で発した音声が外へ洩れるボタンを押せた為、彼女の今の叫びは、現れた人物の耳へしっかり届いた。突然現れ、落ちたジュリアンヌ機を崖の上から見下ろすパイロットは…マラ17世。モニターカメラを近付けて機内で逆さ状態のまま身動きとれぬジュリアンヌをモニターに映し、マラは不敵に微笑。
「どうやら崖から落下した衝撃で身動きがとれないようですね」
スピーカーには通さず呟いてすぐ行動に移そうと操縦桿を握り、砲撃レバーを引いた。


ドン!ドン!

崖下は一瞬にしてオレンジ色の炎の海。その光景をフロントガラス越しに冷めた赤の瞳で見下ろすマラは全く喜んでいないのだ。
「こうしたところで皆さんは還ってはこない。私は一体これからどうするのでしょうか…」
自分に問い掛けるとすぐに崖には背を向けて、アーノルド達が待つ民家を目指し操縦桿を握った時。


ビー!ビー!

機内のモニターには背後に敵を示す赤のレーダーが点滅しているし尚且つ敵機が近付くから機内には嫌なサイレンが響く。
「…!まさかまだ、」
「そのまさかよ!!」


キィン!!

「っぐ…!」
炎の中から崖上へ飛び上がったジュリアンヌ機。繰り出したサーベルでマラ機を真っ二つにしようとするが、ここは何とかシビリアンのマラでもまぐれにサーベルを繰り出せた為、剣と剣との相討ちが続く。




















ガー、ガガッ、

ジュリアンヌからのオープンチャンネルが繋がり、マラ機内モニターにはサーベルから散る青の火花が眩しい中、無感情の青の瞳を見開いて狂者の如く高笑いをしているジュリアンヌの顔が映る。
「あはは!圧されて無理もないよね教皇はシビリアン!私は20年間軍人!」
「ぐっ…!」
圧されて顔を歪めるマラの姿はジュリアンヌの機内にも勿論モニター越しに映し出されている。ジュリアンヌは白い歯を覗かせると口が裂けんとばかりに笑い、血走る目を見開いた。
「ねえマラ教皇…いい加減さぁ…消えなよ!!」
「なっ…!?」
サーベルをしまったかと思えば次の瞬間間合いをとったジュリアンヌ機は至近距離で砲撃体勢に入った為、戦闘機知識の乏しいマラでも本能的に咄嗟に左に避けたが…。


ドンッ!

右半分に砲撃をもろに食らってしまい、機体右半分全壊。そしてマラの右腕も皮が真っ赤に焼けただれる。
「うあああ!」
「あはは!ざまあみろ!ざまあみろ!何で私の子があんた達のような異端に殺されなきゃいけなかったの。あの子の痛みは苦しみはこんなもので済まされないんだから!あはは!良い気味!マラ教皇あんたがダミアンにしたように、私があんたの首を取ってやる!」
狂者。如くではなく真の狂者だ。ジュリアンヌは高笑いを上げ、避ける事しかできないマラ機にサーベルで次々と襲い掛かる。


ドスッ!

全壊した右側をサーベルで突けば、灰となった機体の一部がゴロンと落ちるし、無事であった左側を突けばマラ機から青の火花が散る。
「っぐ…!私は、私達は被害者です!彼もヘンリー王からの虐待がなければあのようにはならなかったかもしれない。私達にとっても彼にとってもそして貴女にとっても!全ては暴君ヘンリーが元凶でしょう!」
「え…。ダミアンが…ヘンリーから…」
途端我に返ったかのように目を点にして、闇雲なサーベル攻撃もピタリ…と止めたジュリアンヌ。






















この隙に攻撃をしたいマラだが、何ぶん先程焼けただれた右腕をワイシャツを破いて包帯代わりに巻き付ける事が最優先。
「ヘンリーが…ダミアンに…」
「詳しい事など…ぐっ…、知りたくもありませんが…。薬剤師からの話によれば…貴女が牢獄送りとなってから何年も薬の実験台…いや、ヘンリー王の娯楽として使われていたと…」
「そんな…そんな…やっぱり…私、私が…私のせいであの子は…」
「そうですね。ヘンリー王ではなくカイドマルド全ての崩壊はジュリアンヌさん…貴女が元凶なのですよ…」
「え…」


ドン!ドン!

ボロボロ涙を流して頭を抱えていたジュリアンヌの隙をようやく突けたマラ。間合いをとり、直後に3発砲撃。


ブツッ!

機内でたった今まで繋がっていたジュリアンヌからのオープンチャンネルも途絶え、モニターには無残な砂嵐が流れるだけ。フロントの向こう目の前でオレンジ色の炎を上げるジュリアンヌ機をしばらく見ていたマラだが、もう先程のように動く事はなかった上、ゴトン…ゴトン…と炭と化していく彼女の機体が壊れ落ちていく。
「これではさすがに…ですね」
口調は淡々としてはいるがマラの口元には笑みが浮かんでいた。今度こそ炎上する敵機を背に向けると、すぐ向こうに見えるぼんやりした明かりが灯る一軒の民家へゆっくり歩兵して行くマラ機だった。


































民家―――――

「これは…!」
民家の扉を開くと、足元に転がるアーノルド達4人の死体。呆然と立ち尽くしてしまうマラだが脳内で、

『ジュリアンヌ様、ルーベラ少尉でしたらそうですね…ロンドン外れのとある民家へ向かっていらっしゃいますね』

エリザベスの言葉が蘇るとマラは左手拳を握り締め、2階へ駆け上がる。扉が破損し、開き放しの其処には…。
「ルーベラ・ロイヤル・アン…さん」
危うく踏んでしまうという程部屋の入口で横たわっているルーベラを見下ろすマラの据わった瞳。横たわっているので教徒達に殺されたのか…なんて過った思いはすぐに消え去る。無傷の彼女からは健やかな寝息が聞こえてくるから。
「スー…スー…」
一方。部屋の奥へ視線を移せばアダムスは
「ヒュー…ヒュー…」
と今にも消えてしまいそうな呼吸音。マラは感覚の無い右腕をぶらん…とさせてもう一方の無事な左腕で銃を構え、銃口をルーベラの頭部に翳す。
「貴女のその命をアダムスさんに捧げたらどうですか野蛮な人間め…う"っ!」


ドスン!

突然背後から首を掴まれそのまま後ろへ引き摺られ、階段踊り場へ背中から倒されるマラ。その時掴まれた首に感じた酷く熱い両手の温度に、今自分を襲ってきたのが誰なのかを察すると、床に着いた左腕に力を込めて立ち上がる。


ゲシッ!

と同時に、足で背後の人物を後ろへ足蹴り。そうすればマラの首を掴んでいた手はすぐに放された。後ろを振り向けば…





















「驚きましたね…。まさかこんな事が起きるとは…」
其処には、彼女は既に死んでいるが階段の踊り場に横たわるジュリアンヌの死体。しかし、たった今まで辛うじて生きており、マラを襲ったのだろう。そんなジュリアンヌの身体のほとんどが重度の火傷を負っていた為、意識が無いながらもマラへの殺意と怨みだけで彼女の身体は勝手に彷徨うかのようにマラを此処まで追ってきて最後の力を振り絞り、マラを殺そうとしたのだろう。
「中身を失っても未だ尚身体だけで私を追ってきた…。という事でしょうか。これだから人間は素晴らしい程に恐ろしい…」
果てた身体でありながらも怨みが大きければ、その身体を引き摺ってでも意志が身体を動かす。
「本当恐ろしい…そうですよねルーベラ・ロイヤル・アンさん」
「っ!!」


パァン!

今のは気付けた。ルーベラが自分の背後で目を覚ましていた気配に。彼女が自分の後頭部に銃口を向けていた事に。
手元が狂ったルーベラの銃から発砲された銃弾は天井へ。この狭い室内で銃撃戦をされたら自分は勿論、アダムスも一溜まりもない。そう考えたマラはルーベラがこちらを振り返る瞬間、彼女の両手を後ろへ一まとめにして拘束する。
「っあ"!」


カラン!

ルーベラの拳銃が落下する。
「あまり暴れてはいけませんよ。ほら、貴女のお姉さんが起きてしまいます…」
「っ!!」
"お姉さん"その言葉にルーベラは目を見開くと同時に、重傷のアダムスのピンク色の瞳が静かに開く。





















「あ…あ…ル、ベラ…ルーベラ…なの…?」
「ほら。貴女のお姉さんがお呼びで、」
「うああああ!」
「!?」
ルーベラの突然の発狂に、拘束していた両手を危うく放してしまいそうになる。ルーベラの叫び方が尋常ではない為アダムスは霞む視界の中、震えが止まらない身体ながらもベッドから落ちるように降りて、床を這ってルーベラへ歩み寄るのだ。
「ル…ベラ…ど、したの…?何処か…痛いのね…そう…なのね」
「アダムスさん貴女は離れていて下さい!彼女に近寄ってはいけません!」
「うあ"あ"!!痛い痛い痛い頭が痛い!!」
「ル…ベラ?ルーベラ…?」
「っ、放せ!!」


バシッ!

油断していた。暴れ狂うルーベラの強大な力で腕を振り解かれる。まるで野生動物のような彼女は床に転がる自分の拳銃を手にすると、アダムス目掛けて一目散。マラの顔が青ざめた。
「アダムスさん!早く彼女から離れてくだ、」


パァン!パァン!

「…え…?ベラ…ル、ベラ…?」
「あはははは!忌々しいのよ…どいつもこいつも私の中に入ってくるんじゃないわよ!もう記憶なんて思い出なんて家族なんて私には要らないのよ!!」


パァン!パァン!

鳴り響く銃声。霞む視界の向こうで狂喜に満ちた高笑いを上げ、自分を何発も何発も発砲する最愛の妹ルーベラ…。




[次へ#]

1/2ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!