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症候群-追放王子ト亡国王女-
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「嘘…何故…」
「じ、冗談だろう…!国王が生きていて…それで何故マラ教徒でもない私達を無差別に殺したのだ…!」
貴族達からも、動揺を隠しきれない失望と怒りの声が聞こえてくる。するとヴィヴィアンがステージ上に立てば、仮面とコートで素性の分からない彼に貴族達の視線が集中。
「皆さんは速やかに屋敷の外へ出て下さい。すぐに軍の救護班を要請します」
「な、何なんだね君は!」
貴族のふくよかな男性の問に、仮面の下で笑った。
「僕、ですか?」


カランカラン…

「おおお…!」
仮面を投げ捨ててコートをも脱ぎ捨て姿を露にした現国王ヴィヴィアンを前に、貴族達は目を輝かせる。まるで神が降臨したかのような安心した笑みを浮かべて。
「カイドマルド国民が安心して幸せな生活を送れるようこの身を国民の皆様に捧げる国王…ヴィヴィアンです」
踏み付けられた先代国王ダミアンと、踏み付ける現国王ヴィヴィアンの画はまるで光と闇。風刺画の様。
「生きておられた!」
「新国王陛下が生きておられた!」


パチパチパチ!

貴族達からの喝采の拍手に微笑むヴィヴィアンの姿を、ステージの後ろに隠れて腕組みをしながら眉間に皺を寄せて睨み付けるマラが居た。


























それから救護班が来るまでの間。ダミアンは競売用の檻に閉じ込め、エドモンドはこの屋敷の主の伯爵の使用人に手当てを施してもらっている。地下にはヴィヴィアンとマラ、そしてダミアンの3人だけだ。
「あはは。マラ、見た?どう?すごいでしょ僕の演技。涙まで流せるとは僕自身予想外だったけどね。我ながら良い演出だったなぁ」
檻に背を預けて腕組みをするヴィヴィアンと、その向かい側には壁に背を預けて険しい表情のマラ。
「ん?どうかしたの?顔が怖いよ。マラ教をコケにしたダミアンにやっと仕返しができるんだよ?」
「そうですね。しかしヴィヴィアン君。果たして君は明日、一体何をしようと企んでいるのですか」
マラの険しい表情と意味深な言葉にヴィヴィアンはキョトンと目を丸めるが、すぐにクスクスと笑い出す。優しい笑顔で。
「もしかしてマラ、君さぁ僕の事疑っているでしょ?」
「勿論です。演技が上手いでしょ、なんて言われたら尚更」
「あはは!ダミアンに騙されてから人を疑うようになっちゃったんだね?可哀想に!大丈夫だよ。僕を信じてさ、一緒にカイドマルドの未来を築いていこうよ」
とびきりの笑顔で差し出された左手を握れずにいる。
「明日私がヴィヴィアン君と共に大衆の前に姿を現す…自分では言いたくはないですが、私は母国の民から嫌悪され、王室殺しの誤解までされているマラ教の教皇です。そんな私も出席させては君の支持率は下がるどころか命さえ危うい。…違いますか?」
「うん、違うね」
「……」
間髪空けず断られてしまい、さすがに口籠もるマラ。ヴィヴィアンはステージ上を歩き出す。
「汚名返上って言葉を知ってる?日本のことわざだから知らないかぁ。結局はさ、ルーシー家襲撃以前からそれなりにマラ教は嫌われていたみたいだけど、実際、嫌悪されたり殺されるようになったのってダミアンに騙されてルーシー家襲撃の犯人にされて以降でしょ?じゃあ明日、今回の連続殺人と一緒に国民に言ってあげるよ。8年前のルーシー家襲撃の真犯人は父王の座を狙ったダミアンなんだ、って」
「今更信じてくれますか」
「やってみないと分かんないよねー」
その飄々とした口調を信じ切れずにいるマラ。しかしマラ自身気付いてはいないが、心の片隅では信じていた…いや、信じたかったのかもしれない。最後までその手を握れずにはいたが、断りもしなかった。













































23:58、
城下町町外れ路地裏――――

「え?マラ様せっかくだからあたしも出席したいですわ!」
全身黒ずくめの女口調の人間は、ダミアンの叔父であるアーノルド。幸運にも奪取したイギリスの戦闘機でカイドマルドまで無事帰還できたのだが、来てすぐ、マラ直々に早急にイギリスへ帰国するよう言われてしまい、目が点だ。
「な、何故です!?あたしが少女を拐えなかった罰ですか!?」
「いいえ。そんな事一切思っておりませんよ。アーノルドさん貴方はマラ教の為に懸命になってくれました。有難いですアーノルドさん。しかし、こちらは私とアダムスさんにお任せ下さい。その間貴方にはイギリスでマラ教の布教に努めて頂きたいのです」
笑顔まで添えられてそんな言葉を言われたら、誰でも薄々感付いてしまうだろう。マラは何か隠しているのだと。
「それでは失礼致します」
そう告げて背を向けたマラの背が遠ざかるが、アーノルドが勢い良く背後から肩を掴む。だが、マラは決して振り向きなどしない。
「教皇様は何か隠し事をしてらっしゃるわ!どうしていつも1人で抱え込んでしまわれるの!?あたし達同じマラ教の仲間じゃない!」
「…から」
「え…あっ!ちょ、ちょっと!教皇様ぁ!」
マラが呟いた言葉は聞き取れなかった上、闇夜へ姿を消してしまったマラを追い掛けようと路地裏を飛び出し、マラが左右どちらの道へ行ったのか左右を見た時遠方からではあるが、夜回りをしている深緑色の軍服に身を包んだカイドマルド軍人が視界に入った為慌ててUターン。路地裏に隠れた。
――これじゃあ教皇様を見失っちゃうだけじゃない…!でもこれは神様があたしに教皇様の命令を聞けと言っているという事なのかしら…――
追い掛けたい。しかしこの国では幾ら女装をしているとはいえ、ヘンリーの弟であったアーノルドには不利過ぎる。もどかしい気持ちを抑え唇を噛み締めると、森林に着陸させた戦闘機の方へと名残惜し気に駆けて行くのだった。


























一方のマラはというと。
「彼の恋人関係にあったあの少女が身籠っていないとしても、悪魔のような彼に愛情がある人間は人間ではありません。残念ながら生かしてはおけませんね」
マラの真っ赤な瞳が据わっていた。


カツン…、コツン…

人気の無い城下町にマラの足音が微かに響くのだった。




































































翌日5月7日――――

「押さないで下さい!国教信者の方々はそちらです!マラ教徒?嗚呼、お前らはあっちだ!さっさと並べ!」
カイドマルド城前から城下町いや、其処から五つ隣の町まで繋がるカイドマルド国民の行列。まだ朝の7時を回ったばかりだというのに、何事だろうか。押し寄せる国民達の混乱を防ぐ為誘導するカイドマルド軍人達が総出だ。国教信者の他にマラ教信者までも集まっている事がこの混乱の原因と言えよう。勿論、国教信者とマラ教信者の列の間には軍人や陸上用歩兵型戦闘機までもが壁となっているから驚きだ。
「ったく!マラ教徒も呼ぶなんざ陛下は何をお考えなんだ!」
「謝罪したいんじゃないか?陛下の代では無いにしろ王室が迫害していたマラ教徒達ばかりに罪を擦り付けた事を。ほら。今回の殺人だって結局はマラ教じゃなかったわけだし…」
「どうだって良いさ。どうせ俺達人間なんざ一つになんてなれねぇんだからよ」
誘導する軍人達の愚痴をも掻き消す程国民からの怒りの声がカイドマルド城下町一帯に地鳴りのように響き渡る朝は、2週間振りに快晴だ。

































カイドマルド城―――

「2週間振りの晴天だなんて皮肉だね」
3階自室の窓に手を触れて、城周辺や城下町に押し寄せる国民を窓から見下ろすヴィヴィアンは鼻で笑う。


シャッ!

カーテンを閉めて真っ赤なマントを身に付け、靡かせながら部屋を後にした。
































カイドマルド軍本部――

「…エドモンド将軍。お時間です」
頭を抱えデスクに顔を伏せたエドモンドに、扉の入口から国王の側近であるゴーガンが声を掛ける。だが、返事は無い。
――無理も無かろう。理由はされど、将軍が幼い頃から護り続けてきたダミアン陛下が、罪も無き国民を殺害した犯人だというのだからな…しかし――
「エドモンド将軍。お気持ちは十二分に分かります。しかし、出席なさらないという事はヴィヴィアン陛下に対する反逆行為と見なされる事をお忘れのないようお願い致します」


バタン、


コツン…、コツン…

ゴーガンが遠ざかっていく足音はやがて消える。エドモンド1人となった軍本部事務室。遠くからだというのに国民からの怒りの声が地鳴りのように聞こえてくるから嫌だ。
「お気持ちが分かります…?何が分かるっていうんだ…私の何が分かるっていうんだ…うああああ!」


ガタン!ガシャン!!

デスクに乗った山積みの書類をはじめ、室内のデスクやチェアーを狂者の如く薙ぎ倒すエドモンド。
「はぁ…はぁ…」
全て倒し、散乱した室内で立ち尽くしたエドモンドは壁を思い切り殴り、壁に顔を埋める。


ダンッ!

「分かっているんだ…ダミアン様が無実の国民を無差別に殺めた所を目の当たりにしたから分かっているんだ…。けれど…私にはこんな現実どう受け入れれば良いのかなんて考えたくもないんだ…!ジュリアンヌちゃん…こんな時君ならどうするんだい…」
運命の時間が、訪れた。












































AM7:30――――

カイドマルド城城下町側。一晩で設置されたというのだから驚きだ。かかっていた暗幕が軍人の手により取り払われれば露になった巨大なソレは木製の処刑台。押し寄せてきた国民達の真正面にソレが見える。
すると、体格の良い軍人2人に両脇をがっちり掴まれ連れられてきたのはベージュの薄汚い服を着せられたダミアン。目の下の隈は尋常ではない上、手錠を付けられた手首は勿論、義手の腕や顔にはまだ赤紫色の痣が見受けられるから、捕らえられた時に抵抗でもしたのだろう。
「ふざけやがって!勝てもしねぇのに国民を出兵させやがって!」
「それだけじゃないわ!あんたのせいで先週…先週っ…何の罪も無いあたしの恋人がっ…あんたに殺されたのよ!」
ダミアンが処刑台に立たせられれば国民からの怒りの声が城下町一帯…いや、国一帯に地鳴りのように響き渡る。その声量は隣に居る人間との会話すら聞き取れない程。


ガンッ!ゴンッ!

ダミアン目掛けて飛んでくる石や空缶。両脇の軍人が彼の前に壁となりやめさせるよう吠えるが、そんな声など届かず。
「くっ!まいったな。これでは予定時間をロスしてしまうかもしれん」
そんな会話をしていた時だった。
「カイドマルド国民の皆様お待たせ致しました。最初で最期の最高のショーの始まりです」
何処からともなく聞こえ出す拡声器を通した国王ヴィヴィアンの声に国民は辺りを見渡す。しかし、処刑台の方を見ても何処にも居ない。騒めきは増す一方。


ドン!ドン!

処刑台と国民の列との間にある、幅広い広場に駐車してあった歩兵型戦闘機2機から空砲が2発発射され、辺りに灰色の煙が立ち込める。煙に国民が目を瞑った時。
「…あ!あそこだ!」
1人の貴族の男性の声が咳き込む国民の中響き渡れば、彼の人差し指が指す方を皆一斉に見る。其処にはたったさっきまでただの平坦だった広場にいつの間にか、建物4階程の高さの白の円形のステージが出来ていた。空砲のスモークで隠している間に、予め設立していたステージを地下から上昇させたのだろう。ステージには何とダミアンが着ていたものと瓜二つの青の服に正装したヴィヴィアンの姿。両脇にはゴーガンをはじめとする大柄な軍人が4人。
「ヴィヴィアン陛下!」
「国王様!私達遺族の恨みをどうか晴らして下さい!」
「マラ教徒共を公開処刑に招くだなんて何考えてんだぁ!」
「異国人の分際で!」
国民からの声は彼を讃えるものが7割りだとしたら、残りは非難の声。確かにこの公開処刑。ゴーガンをはじめとする軍人達からも、マラ教徒も参加して良いとのヴィヴィアンの考えは却下された。だがしかし最後に決定権があるのはヴィヴィアンだ。例え軍人から国民から非難の声を受けようと彼は今も、ただ貴公子張りの笑顔を振りまくだけ。
「陛下!ありがとうございます!私達マラ教徒をお呼びくださり!」
「有難や有難や…!国王様はわしらマラ教徒の英雄じゃ…」
「国王様ー!ありがとう!」
端に追いやられてはいるものの集まったマラ教信者からの讃える声は、勿論ヴィヴィアンに届いている。彼はただ口を閉ざし、笑顔で彼らに手を振るのだ。一方で、そんな彼の考えに非難する国民からの声も真摯に受け止めている。

























ステージから処刑台へ移動したヴィヴィアンは、両脇を掴まれたダミアンの顔を見て鼻で嗤うと、彼にしか聞こえぬ声で囁いた。
「神は君を見放し、僕に栄光を与えてくれたようだね」
瞬間ダミアンは目を見開いて暴れ出すから、軍人達に取り押さえられる姿を横目で見やりながら鼻で笑い、処刑台中央に立つ。
「今日は私のショーにお越し下さりありがとうございます!ここ数週間国内を騒がしていた連続殺人。しかしもうその恐怖に怯える事はありません。何故ならば今日此処で殺人鬼は息絶えるのですから!」
「ワアアアア!」
非難の声をも消し去る歓声に酔い痴れながらヴィヴィアンはマイクを使い、息を吸い込む。
「そしてもう一つ。先程から国民の皆様の声の中にも聞こえていましたが、私が今回このショーにマラ教徒の皆様へも参加許可を下した事への非難の声。王室を虐殺したマラ教徒を異国の私が快く受け入れる事。嗚呼、胸が痛む程皆様のお気持ちは分かります。しかし偽善者と呼ばれたって良い。私は分かり合いたいのです。マラ教徒の皆様とも分かり合いたい。それこそが、皆様が求めて止まない平和への第一歩なのです。」
「寝呆けた事言ってんじゃねぇルネの人間が!」
「そうよ!奴等のせいで王室は一時滅び、国中に恐慌が起きたのよ!」
「何も知らねぇ偽善者が軽々言うな!」
――そうだ。そうなんだ。これで良い。僕を讃える声だけでは駄目だ。非難の声があってこそ、この計画は成り立つ――
彼らからの非難の声を目を瞑り受け止めるヴィヴィアンが左手を左横に差し出せば其処には何と、歩兵型戦闘機から降りてきたマラの姿が
「なっ…!?マラ教皇だと!?」
「マラ様!マラ様だ!」
一般国民がどよめき、マラ教徒達は目を輝かせて彼を讃える。幾分目付きが怖い今日のマラがヴィヴィアンの左隣に並んだ瞬間、非難する国民からマラ目掛けて飛んできた石。


ゴッ!

「なっ…!?」
何と、それを腕で受け止めたのは軍人でもマラでもない。ヴィヴィアンだ。
「陛下!」
「いい。下がれ」
「…はっ」
慌てた軍人達に駆け寄られても冷たい一言。


しん…

打った左腕から血が流れるが気にせず笑顔で顔を上げるヴィヴィアンに、先程まで騒がしかった国教信者やマラ教信者までも黙り込んでしまう。





























「8年前の王室襲撃以前から国教ではないマラ教を異端としていた。それはただの偏見ではないでしょうか?この国の法律である信仰の自由に違反しているのはマラ教徒ではない。私達ではないでしょうか?不運にもダミアン国王はご家族を殺されてしまった。しかしそれ以前からマラ教徒は不当に王室と軍隊からの迫害や虐殺を受けていた。…両成敗とは言いたくはありませんが、ダミアン国王のようにこんな事を繰り返していては我国は一向に分かり合う事はできない。いや、人間は分かり合う事はできないのです」
ヴィヴィアンはマラと向き合う。
「今回の事件。殺害された人の中に幸運にもマラ教徒の方が居らっしゃらなかった事が何よりの幸いです。しかし、今まで不当な理由で虐殺を行った王室のせいで亡くなったマラ教徒の皆様そしてマラ教皇、大変申し訳ありませんでした」


ザワッ…!

一斉にどよめく。何故ならば、ヴィヴィアンがマラに跪き謝罪したのだ。大衆の目の前で。しかし、顔を下ろしたヴィヴィアンの顔には笑みが浮かんでいる事など誰1人として気付いてはいないけれど。
――よし。完璧だ。和解までのやり取りはマラと打ち合わせしたシナリオ通り。最後は…――
「…陛下。顔を御上げ下さい…」
静まり返った辺り一帯に、マラの感情の籠っていない声が響く。
「教皇…」
ゆっくり上げるヴィヴィアンの顔には戸惑いが浮かんでいる。だがこれすらシナリオだという事を国民は知らない。


























「…分かりました。全ての怒りが消え去るまで多大な時間を要する事でしょう。しかし陛下の御気持ちは十二分に伝わりました。よって私マラ教皇マラ17世はカイドマルド王室との和解を承諾致します」
決して力強くはないし相変わらずマラの瞳は彼を疑ってはいたが、雲がかかっていたヴィヴィアンの顔に日射しが射し込む。
「ありがとう…ありがとう!和解してくれるなんて思ってもいなかったよ…!ありがとう…本当にありがとう!君とならカイドマルドの明るい未来を築いていけるよ!」

マラ教が待ち望んでいた明るい未来が見え始める。その様子を、先程マラがおりてきた歩兵型戦闘機の中に待機しているアダムスが見守る。
一方、国民は呆然だ。マラ教徒も同様に。公開処刑の前にこんなサプライズがあるとは国民の誰1人も予想しなかっただろう。…それで良い。静まり返る国民。呆然と立ち尽くす国民。それで良い。非難されたのならば、そちらの方が都合が良い。その時だった。


パチ、パチ

「…ゴーガン!」
静まり返った辺り一帯にたった1人分の拍手が聞こえ出す。ヴィヴィアンやマラは勿論、国民の視線が側近ゴーガンに向けられる。すると…


パチパチ、パチパチ。

1人、また1人とカイドマルド軍人達から拍手が聞こえ出す。連鎖するようにそれは一般国民やマラ教徒からもポツリポツリ聞こえ出せば、顔を見合わせながらも優しい笑みを浮かべた国民達から拍手が聞こえ出し、果てには一帯に喝采の拍手が響き渡ったではないか。
























国教信者とマラ教信者の間には万が一の事があった時の為まるで壁のように歩兵型戦闘機と軍人達が立ちはだかってはいるが、その隙間から国教信者とマラ教信者達は顔を見合わせぎこちないながらも穏やかな笑みを浮かべ、拍手をし出す。その光景にはマラも目を丸めて呆然。開いた口が塞がらない。
――まさか…信者の皆様も和解する事を望んでいたなんて…――
それじゃあ私が今までしてきた事は…と自己嫌悪に陥り欠けたマラの右肩に、暖かい手が乗った。


ポン、

咄嗟に振り向く。ヴィヴィアンだった。初めて見る穏やかな笑顔の彼。
「大丈夫。マラ、君がしてきた事は間違っちゃいない。過去に囚われてはいけないよ。これからを未来を見て歩けば良いじゃないか」


パチパチパチパチ!

優しい言葉。盛大な拍手。一つになる人間。地鳴りのように響く拍手が、耳にこびりついて離れない。
――こんな…こんな未来が訪れるはずが無い…!ヴィヴィアン君は必ず何かを企んでいるはずです…!そんな言葉に、こんな拍手に惑わされてはいけない…!――
両手で両耳を塞ぐマラの顔が初めて苦痛に歪んだ瞬間だった。アダムスが待機している歩兵型戦闘機の方を目を細めて見る。
――今の内に、今の内に先手を打たなければアダムスさんも信者の皆様も危険な目に合ってしまう…。…けど…本当なのでしょうか…私達マラ教が受け入れられる日が本当に訪れたのでしょうか…父さん…――
「陛下!陛下!」
「教皇!教皇!」
地鳴りの拍手と共に国教信者とマラ教信者からヴィヴィアンとマラを讃える声までも聞こえ始めれば、それらは止まる事を知らないかのように続く。
ハッ!と目を見開いたマラがヴィヴィアンを見れば、彼は笑顔で右手を差し出してマラを見つめていた。また、彼の側近も軍人も国民もマラ教徒も皆、マラだけを見つめていた。あとは自分だけなのだ。
「教皇!教皇!」
「教皇!教皇!」
いつしか声はマラを呼ぶ声だけとなっていた。それはまるで、彼を急かすかの如く。
「…っ、」
差し出されたヴィヴィアンの右手を見つめる事しかできない。脳裏で生々しい程蘇り響き渡るのだ。8年前の事件や、それからの迫害されてきた場面や虐殺されていく教徒達の悲鳴が。マラは目を力強く瞑り、握り締めた両手拳が震える程力を込めた。肩が微かに震えている。
――和解するとは言ったものの、この手を握ってしまっては何かとてつもない事が起きるそんな気がしてならない…なのに…待ち望んでいた明るい未来を信じたい…――

『さあ。シルヴァツ。神に捧げなさい。お前のそれを…』

脳裏で蘇る先代マラ教皇16世…即ちマラの父親の低い声。
「教皇!教皇!」
――…っ…私は…!――



























ぎゅっ…、

久し振りだった。マラ教徒以外のしかもこんなに暖かい手を握ったのは。
「ありがとう。マラ」
「…私、は…」
2人が友好の握手を交わした瞬間だった。
「ワアアアア!」
「ヴィヴィアン陛下万歳!」
「マラ教万歳!」
国民からの歓声そして拍手がこれ以上ない程盛大になる。
「これでマラ。君は僕の手の内だ」
「え?」
最後、彼ヴィヴィアンが笑顔で告げた言葉が聞き取れず、顔を上げてもう一度言ってくれるようマラが問い掛けるが、聞こえていないのかヴィヴィアンはマラの手を放すと背を向けてそのまま処刑台のダミアンの元へ歩いて行ってしまう。残されたマラが呆然と立ち尽くしている後方で、自分の懐に触れて準備態勢を整えているカイドマルド軍人達が居るともマラは知らず。


ドッ!

鈍い音と共に処刑台の窪みに俯せで頭を軍人に押し付けられたダミアン。青の無感情な瞳に映るのは勿論、悪魔の笑みを浮かべるヴィヴィアン。身を屈めながら顔を覗き込めば、
「優しい僕が最期の言葉くらい聞いてあげよう」
とわざとらしく聞くが、何ぶんもう声を出す事ができないダミアンは言いたい事は五万とあるが言えず。それを鼻で笑い、
「国民に謝罪くらいしたら?」
なんて皮肉を呟きながら前を向き直した彼の背に、並々ならぬ怒りの籠った視線が注がれた。
「それでは国民の皆様。無差別に…そう。これは無差別テロだ。それを実行した家畜同然の低能先代ダミアン国王陛下の最期を見届けてあげようじゃありませんか。…地獄へ堕ちるよう、祈りながら」
唇に触れた左手人差し指の隙間から覗くヴィヴィアンの真っ白な歯。
「ヴィヴィアン陛下!ヴィヴィアン陛下!」
讃える歓声に酔い痴れながらも彼が再び処刑台の方を向き直れば、処刑台両脇に立っている大柄な軍人2人に頷く。それを合図に軍人2人も深く頷き、木製のレバーに手を触れる。これを両脇の2人が下ろすと同時に、太陽に照らされた台上天辺で銀色に輝く巨大な刃物も振り落とされる仕組みだ。所謂、処刑方法はギロチン。
レバーを握り締めた軍人2人の両手に力が込められ、静まり返った国民が悪魔の死を待ち侘び、ヴィヴィアンが悪魔の笑顔を浮かべた時。
「あはははは!」
「なっ…!?」
まさか。声はもう出ないはずのダミアンの高笑いが辺り一帯に響き渡ったのだ。レバーを下ろそうとしていた軍人の手は驚きで止まってしまうし、国民も軍人も呆然。彼がもう声を失った事を唯一知っているヴィヴィアンとマラが一番驚いているから、2人は目を見開く。
「だ、誰だ!何処の誰だ!せっかくの僕のショーを邪魔した愚民は!」
誰がどう見たって処刑台のダミアンが笑顔まで見せて笑い声を上げているというのに、ヴィヴィアンは冷や汗をかきながら半狂乱で銃を構えて辺りを見回しながらそう叫ぶのだ。
「あははは!」
それでもダミアンからの笑い声は止まないから、ようやく現実を受け入れたヴィヴィアンが眉間に皺を寄せた鬼の形相で後ろを振り向く。
「…っ!うるさいんだよ低能の分際で僕の邪魔をするな!!」


パァン!パァン!

























「はぁっ…はぁ…」
頭に血が昇り、つい彼の額二ヶ所を発砲してしまった。見せてしまった素顔に我に返ったヴィヴィアンが慌てて国民の方を振り返れば、国民は勿論、軍人達も案の定呆然。
「あははは!」
シナリオを狂わされてしまった事そして、撃たれて血を流しても未だ尚高笑いを続けるダミアンにヴィヴィアンは理性を抑えきれなくなり、勢い良く軍人達の方を振り向いて左手を振り上げる。やはり悪魔の形相で。
「何をしてる!早く殺せ!国民の為にも早くダミアンを殺せよ!!」
「り、了解致しました!」
呆然としていた処刑台両脇の軍人は我に返り敬礼をして慌てた様子でレバーを勢い良く下ろす。


ガコン!!

太陽に照らされた銀色の巨大な鎌が滑り落ちるように落下する中、ヴィヴィアンは目元を怒りで痙攣させながらダミアンを見下していたら、青の瞳と視線が合った。いや、合ってしまった。
「…っ!」


ゾワッ…!

無感情だったあの青の瞳に初めて人間らしい光が射していたのだ。なのに酷く冷たく酷く憎悪に満ちた青が、あのヴィヴィアンをも恐怖で身震いさせた。今まさに殺される人間の瞳ではない。ヴィヴィアンは彼からの恐怖故に、彼から背を向けようとした時。
「貴様もすぐに引き摺り込んでやるからな」
「…!!」


ガシャァアン!!





















「きゃああああ!」
鎌が落とされ、真っ赤な血が飛び散る。ダミアンの首が吹き飛ぶ。その瞬間さえ見れず悲鳴を上げて倒れ込む者。顔を真っ青にして悲鳴すら上げる余裕すら無く倒れ込む者。今か今かとダミアンの処刑を待ち望んでいたとはいっても、人が死ぬ瞬間だ。しかも、首が吹き飛ぶ瞬間。
徴兵制度や今回の殺害事件に関して等、彼への恨み辛みがあった国民達も、さすがに軍人のように人が死ぬ事を目の当たりにする訓練等一切受けていない普通の人間。特に女性達が国教信者とマラ教信者問わず次々と倒れ込んだ。しかし、そんな彼女達を起こしてもやらない両国民からはヴィヴィアンとマラを讃える歓声が再び沸き上がる。
「陛下!陛下!」
「教皇!教皇!」
まるで、万歳と連呼するかのように。
「…ヴィヴィアン陛下」
「…っが…な、にが…」
「…ヴィヴィアン陛、」
「煩い!僕はお前とは違うんだ!!」


パシッ!

目を見開き顔を青ざめさせ自分で自分の身体を抱き締めながらガタガタ震えていたヴィヴィアンに声を掛けたゴーガン。しかし、半狂乱なヴィヴィアンはゴーガンだとは思わず、つい裏返った怒鳴り声を上げて彼の手を振り払ってしまったのだ。周りが見えない程恐怖に支配されていたのだろう。しかし彼の顔を見た瞬間ハッとして、我に返るヴィヴィアン。小さな声で「…ごめん」と呟く。一方のゴーガンは全く気にも留めていない様子で淡々と耳打ちをするだけ。
「陛下。こちらの準備は万全です」
「ああ…分かったよ」
ゴーガンには背を向けてすぐステージ上を歩き出すヴィヴィアン。国民の歓声が今は耳障りで仕方ない。
――僕はお前みたいな低能とは違う。何が引き摺り込むだ。僕は生きていなきゃいけない優れた人間だ。ダミアンを洗脳したマラを利用する事だって。マラに洗脳されたダミアンを利用する事だって。僕は何一つ間違いを犯しちゃいない。…そうだ。僕は初めから何一つ間違っちゃいない。この世に生を受けた時から今日まで。僕が殺してきた人間全て、この世に必要の無い無価値な人間だ。だから…これからもずっと僕は間違っちゃいない――
歩きながら己に言い聞かせる事により、自我を保つ。






















ステージ中央に再び立てば、足元にある目を閉じたダミアンの頭部を見下ろす冷たい赤の瞳。
――無表情無感情なこいつが声の出せないはずのこいつが、何故最期笑う事ができたのかなんて知りたくもない。…ただ、シナリオが少し狂っただけだ…――
「最期くらい泣き喚いて助けを乞えば良かったのに。…強がる事の方が余程かっこ悪い」
自分にしか聞こえない声で呟くと、すぅっ…と息を吸い込み、気を取り直す。先程まで怒りが露になっていた瞳は消えており、貼りつけた笑顔で国民の前に立つ。冷静にならなければ。挑発をいつまでも引き摺っていたら、せっかくのシナリオという名の序章が崩壊してしまう。
「国民の皆様これでもう御安心下さい。今日からいや、今からもう無差別殺人鬼に怯える事はありません。国教信者とマラ教信者で殺し合う事もありません。そしてこの戦乱の世、僕は先代国王の時のように徴兵制度を作る事も増税をする事も致しません。全てはカイドマルド国民皆様の幸福の為に!」
ダミアンの頭を持ち上げて高らかに掲げる。それはダミアンではなく、自分が王である事を示す為か。
「ひっ…!」
その時。ヴィヴィアンは掲げたダミアンの顔…いや、額を見た途端声にならない声を上げる。徐々に青ざめていくヴィヴィアンの顔。異変に気付いたゴーガンが歩み寄る。

























「…陛下。如何なさいましたか」
「何て…事…だ…」
「…陛下?」
ダミアンの額にかかる前髪を勢い良く手で持ち上げて、国民の前に頭を見せた瞬間。大歓声がピタリ…と止み、冷たい空気が流れた。シナリオ通り。


ザワッ…!

ざわめく国民はヴィヴィアンが露にしたダミアンの額を見た瞬間、開いた口が塞がらない者や両手の平で口を覆い隠す者も。何故なら彼ダミアンの額には、マラ教の証である真っ赤な十字架が描かれていたのだから。その赤がポタ…ポタ…と一滴一滴滴る。
「…!」
それを見た瞬間、マラ教信者とアダムスそしてマラは目を見開く。アダムスやマラ教信者はヴィヴィアンの意図が全く分からないようだが、マラには分かった。彼の性格をそして、この殺人が彼の手で作られたシナリオである事も全て知っていたからこそ。けれど、彼の差し出してくれた暖かな右手が偽りだった事だけ、マラは知っていたようで知らなかった。
――我教の仕業とされては元も子もないから洗礼時の額ペイントは消したはず…!…そういう事ですかヴィヴィアン君…君が彼を引き取った時我教の十字架を彼の額に描き…。やはり君はそういう人間でしたか…!――
マラの穏やかな赤に映る涙を流すヴィヴィアンの姿に、マラの身体がこの上ない怒りで震え上がる。身の丈程の長さの真っ赤な十字架を右手で力強く握り、意を決す。我慢の限界何ていうエゴではない。マラ教の為に立ち向かう。マラがヴィヴィアン目掛けて駆け出した時。


パァン!パァン!


ザワッ…!

国民が集った城下町の方から聞こえた数発の銃声。突然の事に皆悲鳴すら上げる事を忘れ、銃声のした方…マラ教徒が集った方へ視線を移す。
「きゃあああ!」
国教信者の悲鳴。国教信者とマラ教信者との間には壁のように多くの歩兵型戦闘機と軍人が立っているのだが、それらの隙間から、数人の国教信者の男女が白目を向き頭部から血を流し倒れている姿が見受けられる。






















少し目線を上げてみれば…戦闘機の向こうに集ったマラ教信者数人の右手には、灰色の煙が吹き出す拳銃。誰が誰を意味も無く射殺したかなんて一目瞭然。
「何…が…、」
その光景に呆然と立ち尽くしているマラの顔からみるみる血の気が引く様子を横目で見つめていたヴィヴィアンがニヤリと勝ち誇る。それを合図にゴーガンと部下達が静かに頷いた。
「ここからが本当のショータイムだよ、マラ」
「なっ…!?」


パァン!パァン!

「きゃあああ!」
鳴り響く銃声。上がる悲鳴。銃を所持したマラ教信者の銃口から放たれる弾が、次々と国教信者に襲い掛かるのだ。
「忌々しい国教信者共め!俺達の同胞ダミアンを殺しやがって!」
「どうせ結局あんたらと私達マラ教徒が一つになる事なんてできないのよ!」
マラ教信者が国教信者を射殺していく一方的な光景に、マラは首をゆっくり横に振る。
「何故…先程まであんなにも和解した事を喜んでいた皆さんが何故こんな…。違う…こんなの…違、」
「マラァァァ!」
「!?」
声を裏返せてまで怒りを込めたヴィヴィアンに呼ばれ、真っ青の顔をしたマラが振り向けば、ダミアンの頭を大切そうに抱えたヴィヴィアンが目をつり上げて大粒の涙を流しているではないか。先程まであんなにもダミアンを恨んでいた彼とは思えない。まるで別人。






















パァン!パァン!

「キャアアアア!」
「逃げろ逃げろ!マラ教徒共から逃げ、ギャアアア!」
銃声や悲鳴が渦巻く中、ヴィヴィアンは泣き叫ぶ。
「マラ!お前か…お前が陛下を…ダミアン陛下をマラ教徒に洗脳し、罪の無い国教信者を陛下に殺させた…そして最後には陛下を慕っていた僕達カイドマルド軍に陛下を殺させた…そうなんだろう!!」
「っ…!私に言っていた事と今言っている事が全く正反対じゃありませんか!ヴィヴィアン君、君は、」
「黙れ!言い訳は聞きたくない!王室への多大な恨みを持っていたマラお前ならやりかねないだろう!悪魔のような計画までして陛下を殺してそれで満足なのかお前は!マラ教は!!」
「だから私は!!」
「殺せ!!お前達僕達いや、国教信者を裏切ったマラ教徒1人残さず殺せ!!国民の為に!そしてダミアン陛下の仇を討つ為に!!」
「了解」
スッ…、とゴーガンが右手を挙手。耳から顎にかけて装着しているイヤホン型無線で全軍人に指令を下す。
「これからマラ教徒孅滅作戦を決行する。無慈悲なまでに、殺せ」
最後口角を上げて笑んだ。









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あきゅろす。
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