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症候群-追放王子ト亡国王女-
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ドン!ドン!

響き渡る大砲やライフルの連射音。国教信者とマラ教信者とを仕切っていた壁代わりの歩兵型戦闘機や其処で待機していたカイドマルド軍人達が、逃げ惑うマラ教信者を1人たりとも逃がさず仕留める。
「そんな、そんな!俺達は無じ、つ…ぐああ!」
「嫌!やめて!幼い子供が居るのよ!それなのに!」
「わしらはお前達国教信者のように無意味に人を殺めたりなどしない!これは何かの間違、ぐああああ!!」
団結していたマラ教信者達も死が迫れば我先に同教徒達を押し倒し掻き分けてまで目を見開き、死に物狂いで逃げる。
「B隊、城下町北口へ。D隊はE隊の援護を。1人逃がしたら降格だと思え」
「了解」
どんなに逃げたところで希望の光が射し込む逃げ道の前には、深緑色の戦闘機が立ちはだかる。
「や、やめ…やめ…うああああ!」


ドン!ドンッ!!

最期の言葉を残させる程の人間らしさなど、とうの昔に置き去りにしてきた。






















一方、国教信者達を避難させようと奮闘するカイドマルド軍F隊。ダミアンをマラ教に洗脳し国教信者達を殺害させていた事そして、たったさっき無実の国教信者を射殺した事。マラ教の化けの皮が剥がれたと思い込んだ国教信者達は、せっかくマラ教と一つになり欠けていた自分達の気持ちを裏切られた事に憤慨したのだ。そんな彼らは軍隊に便乗してマラ教信者に火を点けたり建物を燃やしたりと暴徒化。被害が拡大する城下町を、口を右手で隠しながらクスッ…、と笑むヴィヴィアン。
――馬鹿な国民。馬鹿なマラ教徒。さっき無実の国教信者を突然殺害したマラ教徒は偽のマラ教徒だ。つまり国教信者。予め大金を給与しマラ教徒になりすませ、誰でも良いから国教信者を殺させて、安宅もマラ教徒が無意味に国教信者を殺したかのように見せる為。ダミアンを洗脳し、国教信者を殺させた事やダミアン処刑後無実の国教信者を殺害したマラ教に憤慨した国教信者はマラ教の化けの皮が剥がれたと思い裏切られた気持ちになる。…全ては最初からマラ教お前らを孅滅させる為のショーだったんだよ!――





























一方のマラはというと、ステージ上で待機していた軍人達に追われていた。その一方、この予期せぬ事態に、待機していた歩兵型戦闘機から降りてきたアダムスがマラの元へ駆け寄ってきたではないか。機内に居れば良いものを、良心的なアダムスは、1人生身で軍人達に追われるマラを気遣ったのだろう。逆にそれが災いとなる事も知らずに。
「マラ様!!」
アダムスの姿を見た瞬間マラの目が見開かれる。
「アダムスさん!貴女はその戦闘機で逃げて下さい!ここは私1人で充分です!」
「そんな…そんな!マラ様の…マラ教の為に私にも何かお力になれる事は…!」」
「良いから早く逃げて下さい!」


パァン!

「え…」
「アダムスさん!!」
背後から腹部を撃たれたアダムス。1発の銃声。


ドサッ…、

目を丸めて自分の身に一体何が起きたのか分からず混乱するアダムスだが、銃弾を受けた身体は分かっていた。ガクン…、とその場に倒れ込む体。彼女の生々しい真っ赤な血が辺りに悲惨する。
「マ"ラ…様…今…助けに"…」
顔は真っ青で唇は真っ白になりながらもアダムスはマラを助けようと必死に地を這う。


カチャッ、

そんな彼女に容赦無く銃口を向ける数人のカイドマルド軍人達。
「やめろ!!」


ドッ!

「ぐっ…!」
鈍い音が何度も繰り返される。血相を変えたマラが叫び、今まさにアダムスを撃とうとしていた軍人達の中へ自ら身を投じたのだ。彼らが銃口を向けているのにも構わずマラは身の丈程の真っ赤な十字架で軍人達の頭部や腹部を次々と殴り倒していく。
























「チッ…!こざかしいガキだ!」


パァン!パァン!

「っぐ…!」
「マラ様!」
応援に駆け付けた2人の軍人に背後から発砲されたマラの肩や腕や脚から血飛沫が上がる。しかし彼は逃げず逆に後ろを振り向き、立ち向かっていったのだ。赤の十字架で殴り倒してくるその鬼の形相に一瞬怯んでしまう軍人達だが、真正面近距離からマラを発砲。


パァン!

しかし動揺したのか、銃弾はマラの腕を擦るだけで十字架で弾かれてしまう。
「ぐっ…!どうせお前達は朽ち果てる運命なのだ!おとなしく死んだ方が楽ってもんだろう!」


ゴッ、

軍人の蹴りあげた脚がマラの顔面を強打。笑む軍人がマラの額目掛けて銃を構えたのだが…。
「なっ…な!?」
蹴られた衝撃で浮き上がったマラの長い右前髪。同時に露となったマラの右顔は何と無数の縫った痕跡がある上、そこには本来あるべきはずの右目が無い。代わりに真っ赤な十字架が彫り込まれていたのだ。
マラの右顔を目の当たりした軍人は彼を撃つ事を忘れてしまう程動揺。一方のマラは見られたくはないものを見られてしまい、顔を歪めた。初めて見せる余裕の無い表情。
「な、何だお前その顔は!?気持ちの悪いマラ教皇め!」
「っ…!黙れ!」


パァン!

「援護に来た」
「悪い!」
「生身の教皇相手に援護が必要だなんて情けないな軍曹」
まずい。2人の軍人と対峙している間に他3人の軍人が援護に来た為、ここは一時引き上げてアダムスをそしてマラ教信者達を助けなければ。そう思ったマラは駆け出す。






















地で横たわるアダムスのを担ぐマラ。
「アダムスさん。その歩兵型戦闘機で一時此処から離れましょう。1人乗り用ですから私は気にせず、貴女お1人で逃げて下さい」
「だ、駄目!駄目です!いつも失敗ばかりで頼りない私でお荷物な事は分かっています…でも…でも私はもう嫌なのです…」
「私は大丈夫です。ですから貴女だけでも…」
「マラ様お願いです!私はもう嫌なのです!マラ様がダリアさんやコーテルさんのようになってしまうのは嫌なのです!!どうか私にマラ様をお守りさせて下さい!!」
「…っ」
返事は返ってこなかったがマラはアダムスを担ぎ上げると、先程待機していた歩兵型戦闘機に自分も乗り込む事に決めたのだ。
「くそ!奴らあれに乗って逃げる気か」
「そんな稚拙な手段打ち砕いてやる」


カチャッ、

銃口をマラの頭部に目掛けて構えた時。地面が陰り、突如強風が吹き荒れたのだ。今日は風一つない晴天のはず。


ゴオォッ…!

「何だ!?」
立ってはいられない程の強風で尚且つ鼓膜が破けてしまいそうな程の轟音。軍人達が顔を上げると何と、頭上スレスレの位置に1機のシルバー色をした戦闘機が飛行してきたではないか。その機体を見た瞬間ヴィヴィアンの顔から笑みが消え、目がつり上がった。
「あれは国際連盟軍の機体…マリーか!!」
彼が怒鳴り声を上げた通りそれは国際連盟軍平和維持部の物。以前空で再会した時対峙したマリーの機体と全く同じそれに、彼の顔は豹変。駆け出す。
「陛下!危険です!」
「黙れ!僕に逆らうな!」
慌てて追い掛けるゴーガンをも彼は振り払う。

























一方、突如現れた平和維持部の戦闘機は低空飛行すると何と機内の外へ身体の三分の二以上出した平和維持部官庁補佐の大柄な男ルーイが、アダムスを拐おうと腕を掴んだ。
「きゃあああ!」
「アダムスさん!くっ…!私の大切な信者に触れるな!!」


ドスッ!

アダムスの腕を掴んでいるルーイの左腕を赤い十字架で振り払ったマラ。
「チッ!」
ルーイはばつが悪そうに舌打ちをして諦めたのかそのまま機内へ戻ると、機体はイギリス方面へ飛び立って行ってしまった。
「大丈夫ですかアダムスさん!」
「はぁ、はぁ…わわわ、私っ…!」
情緒不安定なアダムスを機内へ押し込んで勢い良くコックピットハッチを閉じるマラ。アダムスに自分の腹部をしっかり掴まっているよう言うと、操縦席に着く。皮肉だが8年前ダミアンに騙された王室襲撃時に一度同型の戦闘機を搭乗した経験がある為、簡単な操縦方法は覚えていた。そんな自分を自嘲する。
「皮肉なものですね…」
機内の電気が入り、モニターが表示される。
「逃がすかマラ教皇!!」


ドドドド!!
パァン!パァン!

一方のカイドマルド軍は逃がしはしまいとフロントガラスを撃ってくる。だが相手は生身で拳銃。マラ達こちらは戦闘機。どちらが有利かなんて子供でも分かる。
「急いで信者の皆様を救出しなければ…」
その時。ゴーガン達に避難させられつつも暴れるヴィヴィアンの姿をマラの瞳が捉える。マラは赤い据わった瞳で砲撃用レバーを見つめて、レバーを握る。
「…ダミアン君は殺せましたが…。そういえばヴィヴィアン君…君がまだでしたね」
レバーを、押し倒した。

























一方のヴィヴィアン。待機用の歩兵型戦闘機に無理矢理搭乗させられていた。先程の平和維持部の機体にマリーが乗っていたかは分からないが、あの機体を見てからマリーの事ばかり怒鳴り叫ぶ半狂乱なヴィヴィアンに付き添う為ゴーガンはもう1機の歩兵型戦闘機に搭乗する。しかし…
「後方から熱源反応…!陛下!!」
「え…」


ドンッ!!

自分を呼んだ、彼らしくない裏返った声。それが最期の言葉だなんて悲し過ぎる。ヴィヴィアンの搭乗した戦闘機の前に盾となったゴーガンの戦闘機が、目の前で大破。


ゴオォッ…

フロントガラス越しにはオレンジの炎が炎上している様が見える。あの頑丈な戦闘機が破片となり、炎の中で舞っている。
「ゴーガン…お前…僕を庇ったのか…?」
熱さが機内に居るヴィヴィアンにも伝わってきた。






















「…やりましたか。案外簡単でしたが、楽しんでいる暇はありませんね」
一方のマラはというと、ゴーガンの機体をヴィヴィアンの機体だと思い込み、彼を殺せたと思っいるマラの情緒がほんの少し安定する。だがすぐに炎を背に、最高速度で城下町へと駆け降りた。それは信者を助ける為か。教皇としてのプライドの為か。


バチバチ…

まだ燃え尽きない火の音がする。辺りには、固まり始めた無数の血痕。灰色の煙が充満して、建物だけではなく人間の焼け焦げた生々しい臭いが充満する城下町から人が消えた18:50――――。











































































カイドマルド城―――

「教徒は全員殺害し死体処理も済みました。しかし町中が焼け焦げた事ををはじめ、家屋の被害は計画よりオーバーしてしまいましたが」
「いや、構わないよ。多少の失敗も計算の内。シナリオは成功に終わった。ゴーガンの死は想定外だったけれど…」
城内1階の静まり返った大食堂。暖色のシャンデリアが美しい広い此処で、ヴィヴィアンと中将の男性が会話をする。しかしヴィヴィアンは些か元気が無い。
ダミアンが生存していた事に恐怖を感じてこれ以上自教への被害を起こさせない為にダミアンを洗脳させたマラ。そのマラを利用しそして洗脳されたダミアンを利用して罪無き国教信者を殺させ、ダミアンを処刑台送りへさせる。マラも彼を殺害する予定だったのだから、そこを利用したヴィヴィアンもまた、ダミアンが生存していた事により王位を脅かされると思い、彼を殺害する事を決めた。そんな2人の利害は合致。シナリオは成功した。しかし、優秀な側近を失った事は唯一のミス。けれど彼が落ち込む理由はそれだけでは無いように見える。…マリーの事だろう。直接彼女の顔も見てはいないし国際連盟軍の機体に彼女が乗っていたのかも分からないのだが。
――あの機体にマリーは乗っていたのか…?何故マラ教徒のアダムスを連れ去ろうとやって来た…?いや、そんな事より…――
ぐっ…。力強く両手を握り締めて意を決す。
――マリーは敵だ…もう、敵なんだ。彼女は僕を殺しに来る…。僕の人生設計を邪魔する…敵――


ガタン、

「陛下どうかなさいましたか」
「…ごめん。今日は少し疲れた。1人になりたい気分なんだ」
「お疲れ様です」
「うん。中将も今日はありがとう」


バタン、



































カツン…、コツン…

食堂を後にし、静まり返った暗い城内を1人歩く。自分の足音だけが聞こえる。エレベーターへ乗り込もうとした時。
「ルネ君」
「…エドモンド」
振り返れば其処には、切な気な表情を浮かべるエドモンドが立っていた。ヴィヴィアンは疲れた笑みを向ける。
「聞いたよ部下達から。…ルネ君は初めからマラを殺すつもりだったんだね」
「エドモンドだけには言っていなかったね…ごめん。あの日あの闇競売の現場で司会者はマラで、ダミアン陛下がマラと一緒に居たんだ。何故かは分からないけれど。昔から陛下を可愛がっていたエドモンドがその事を知ったら悲しむだろうと思って黙っていたんだ。マラには和解すると騙し、処刑会場へ連れて来る事には成功したけれど…。まさか…ダミアン陛下は洗脳されて国教信者を殺していたなんて…。それなのに気付かず僕は…僕が陛下を…殺して…殺してしまい…!」
「ルネ君…!」
俯いて崩れ落ちたヴィヴィアンに駆け寄り背を擦ってやるエドモンド。その下でヴィヴィアンが悪魔の笑みを浮かべながら偽りの涙を流しているとは知らず。
「ルネ君は王として国民の為に当然の仕事をしたんだ…。気に病む事は無いさ…」
「うっ…僕が…僕が殺してしまったんだ…陛下を…ダミアンをっ…」
「いいや、マラだ。マラ教がカイドマルド王室を、ダミアン様を殺したんだ。それにルネ君は教皇以外のカイドマルド全てのマラ教徒を殺してくれた。天国のダミアン様も喜んでくれているに違いないさ…」
「エドモンド…」
顔を上げながら涙を拭うヴィヴィアンは静かに立ち上がる。真剣な眼差し。
「泣いてばかりはいられない。ダミアン陛下の為にも僕はカイドマルド王国を守り、立派に作り上げる」
「うん。そうだね」
「…その為にエドモンド。君に僕の側近になってほしいんだ」
側近の証である金色に光るバッジを手渡せば、それと彼の顔を交互に見て戸惑うエドモンド。だが受け取ると、軍服の左胸に付けて敬礼をする。
「エドモンド・マリア将軍。ヴィヴィアン国王陛下の側近として剣となり盾となる事を誓う」
「…ありがとう」
ヴィヴィアンは涙を浮かべやつれた笑みを浮かべた。












































城内3階――――――

「あははは!やった…遂にやったぞ!ダミアンを殺した、目障りなマラ教共を殺した…。もうこの国には僕の邪魔者は居ない!あははは!」
自室へ向かう道中、廊下で腹を抱え高笑いを上げるヴィヴィアンの姿は人間ではない。
「マラを逃したのは惜しいかなぁ。まあでもあいつ1人で何ができるっていうんだよ。それに今頃全世界に流れているんだろうね…今回のショーの最大の目的であるカイドマルド革命の歴史的瞬間。そしてこの僕ヴィヴィアン・デオール・ルネが生存しているという事!あはは!ルヴィシアンの奴、今頃顔真っ青だろうね!ヴィクトリアンはもう死んだかなぁ?」
ようやく辿り着いた最奥の部屋。この部屋は以前ダミアンの自室であったが、今はヴィヴィアンが自室として使用している。扉の前に立ち、ドアノブを握り締めた時。
「…?何だこれ…」
ふと、視線を足元へ落とす。扉の隙間。室内から廊下の絨毯へ流れている少量の黒い液体。不思議に思いながらも扉を開けて室内へ入り、明かりを点ければ…


ガチャッ…、

「なっ、何なんだよこれは…!?」
驚愕。室内の床は勿論、部屋中の壁から滲み出てくる黒の液体。それらがデスクやベッド果ては風呂場までゆっくりゆっくりと流れ、染めているのだ。身震いしそうなこの不気味な現象に呆然と部屋の中心で立ち尽くす。言葉すら、出てこない。






















怪奇や幽霊を信じていないヴィヴィアンも、目の当たりにしてしまっては受け入れざるを得ないだろう。
「何なんだよこの液体…」
取敢えず、この液体は何なのか確かめに出るところが彼らしさだろう。ぬるっとしており、手の平にそれが付着すると真っ黒ではなく赤黒い事が分かる。まるで…
「血…。まさか」
とりあえず室内を見回すと、デスクの一番上の棚の中からだけ同様の赤黒い液体が染み出しているのを見つけた。


ガラッ!

恐れる事無く勢い良く棚を引き出せば、案の定中の印鑑やペンは液体に塗れており使い物にはならない。
「何処が元凶だ?何処から出てきているんだこれは」
奥まで手を突っ込み手探りで探していたら、棚の奥で引っ掛かっている物を発見。力付くで取り出す。


ガサッ、

それは、王室ルーシー家の人間5人が中睦まじい笑顔で写っている1枚の古い写真だった。その中央にはまだ1、2歳だろうか。愛猫のメリーを抱き抱えた幼いダミアンが写っている。その写真から赤黒い液体が滲み流れているのだ。
「……」
普通なら恐怖でその写真を捨てるところをヴィヴィアンは目を細めてそれを見つめると、液体の滲み出る写真をタオルで包み、部屋を後にした。それでも室内では滲み出る液体が流れ続ける。静かに。音も無く。











































1階大食堂―――

「エドモンド」
夕食中のエドモンドと女中しか居ない静かな大食堂。食器の触れ合う音しかしない此処に突然現れたヴィヴィアンに驚き、頬張っていた白身魚フライを丸呑みしてしまい胸元を叩きながらも立ち上がるエドモンド。
「ど、どうしたんだいルネ君」
「ダミアン陛下の遺体は埋葬した?」
実は先程彼の遺体をエドモンド自ら引き取っていたのだ。その事について尋ねるヴィヴィアン。
「いや、食後にしようと…どうかしたのかい」
ヴィヴィアンの左手にある赤黒い液体の滲んだ白のタオルを見ながら尋ねる。
「そうか。僕も付き合うよ」








































カイドマルド城南裏――

木が生い茂る高台を7分程歩けば辿り着く拓けた其処には、決して広いとは言えない場所に数多の白い十字架が建っていた。此処は墓地。
今は夜だが、昼間でも暗いであろう湿っているこの場所。土地の面積が狭いから倒れたり傾いている古い十字架も見受けられる。最奥まで歩くエドモンドの後に続くヴィヴィアンが辺りを見回す。
「殉職者の墓もあるんだね」
「そうだね。何だかんだ言ってダミアン様もヘンリー様もそういうところは似ていたよ。はは、ダミアン様の前では口が裂けても言えなかったけどね」
すると奥には4つの十字架が建っており、其処でエドモンドは立ち止まる。これらの墓だけ十字架の下に灰色の石板が埋め込まれており、此処に眠る者の名前が英語で刻まれていた。
「ヘンリー・ルーシー・カイドマルド、キャメロン・ルーシー・カイドマルド、ジュリアンヌ・ルーシー・カイドマルド、ウィリアム・ルーシー・カイドマルド…。先代達?」
「先代とダミアン様のご家族だね。ウィリアム様はダミアン様とは異母兄弟の兄にあたる方さ」
「へぇ…ウィリアム…。兄が居たのか」
「皆、8年前の王室襲撃時殺されたんだ。マラ教に…そしてダミアン様も…」
――マラから聞いた話によれば、あいつの家族はダミアンがマラ教を騙し指示して殺したらしいけど。エドモンドは知らないのか。いや、ダミアンの事だ。真実を知る人間は葬ったと考えた方が妥当かな――
その間にもエドモンドはジュリアンヌの墓の隣に掘った小さな穴を寂し気に見つめながら、遺体の入った大きな箱を開ける。
「両腕と両脚は義手と義足だったんだ…。頭部と胴体しかないなんて…。これもマラ教の仕業なのか…!」
エドモンドは拳を力強く握り締めた。
「マラ17世…!この私がいつか必ず、必ず息の根を止めてやる…!」
いつも飄々とした彼らしかぬ怒りに震えるエドモンドの事を隣で腕組みをしながら平然とした顔で見つめるヴィヴィアンには、もう心が無いのだろうか。























遺体に慣れる訓練を受けている軍人のエドモンドとヴィヴィアンはダミアンのそれを前にしても吐き気も催さないが、一般の人間なら気絶する程の形だ。何たって首と胴体しかないのだから。
「実はね、その4人の墓の内2人の墓には遺体が入ってはいないんだ」
「え」
「いや、見つからないんだよ。何故だろうね。それは生きていると捉えて良いのかな…」
寂し気に呟くエドモンドの空虚な瞳。土の中へダミアンの遺体を埋葬するエドモンドが最後、頭部に土をかぶせようとした時。
「…ハッ!」
ハッ!としたヴィヴィアンがタオルに包んでいた1枚のあの写真を取り出す。
「ルネ君それは何だい?…!何故写真から液体が…!」
取り出した写真から今も尚滲み出る赤黒い液体にさすがのエドモンドも驚愕。しかしヴィヴィアンは至って冷静だ。
「これで良いんだろう…。全く。何だかんだ言って君は一番人間らしかったよ」
そう言いながら、ダミアンの顔を隠すようにあの写真を乗せたヴィヴィアンがエドモンドからスコップを借りて土をかぶせる時。
「…!」
薄ら開いていた青の瞳と視線が合った気がした。だから勝ち誇った笑いを向けてやり、土をかぶせて埋葬した。もう永遠に彼が現世に戻ってはこれぬよう。


バサッ、


























埋葬を終えてしまえば背を向けてあっさりとスタスタ歩いて行ってしまうヴィヴィアンを追い掛けるエドモンド。
「ありがとうルネ君。これでダミアン様も今頃喜んで、」
「不老不死の薬も万更嘘ではなかったのかもしれないね」
「え?何か言ったかい?」
「何も。じゃあエドモンド。後日ダミアン陛下の墓に十字架と石板をお願いするよ」


ゴオォッ…、

墓地からの去り際、唸るような風鳴りがした。それはまるで声のようだったそうな。


































同時刻、カイドマルド城
3階ヴィヴィアン自室―――

部屋に流れていた赤黒い液体は無かった事のように消え、部屋は元通り綺麗に戻っていた。






























































同時刻、
イギリスブルームズ宮殿―――

「只今戻りました」
「おお。ご苦労じゃったな。マリー、ルーイ」
ロゼッタの自室に訪ねて来たのは白の軍服に身を包んだマリーとルーイ。力強く敬礼する2人に座るよう言うが2人は首を横に振り丁重に断るから「堅いなぁ」と笑うロゼッタ。
「急で悪かったな2人共。マラ教徒のアダムスという少女を連れて来てほしいなど頼んでしまい」
「いえ…しかし連れて来る事ができず申し訳ございません…」
「何。気にするな。実姉に会わせればルーベラの記憶が戻るかと思って貴公らに頼んだだけじゃ。この後すぐアメリカへ戻るのじゃろう」
「はい…それよりルーベラ少尉は…」
「ああ。今は自室で眠っている」
「良かったですわ…。ではルーベラ少尉はカイドマルド革命をご覧になられてはおられないのですね」
ピタリ…、背を向けたロゼッタは止まる。だが、すぐに笑顔を浮かべて振り向く。
「ああ、そうたぞ」
その笑顔が貼りつけたモノだという事にマリーもルーイも気付いたが、敢えて笑顔で返すのだった。







































同時刻、
イギリス軍宿舎5階
ルーベラ自室――――

「嗚呼可哀想に…こんなになって可哀想に…」
カーテンも閉めきり明かりも消した真っ暗な室内から聞こえてくるのはルーベラの妙に優しい声。
「でももう大丈夫…貴方をこんな風にした赤の婦人なら私が殺してあげるから…。嗚呼でも何故私じゃないの…」


ドン!

近くで鳴った雷の白い光で一瞬照らされた室内では、無感情の緑の瞳をしたルーベラが、固まった血痕が付着した真っ白な彼の両腕に愛し気に頬擦りをしていた。
「嗚呼、貴方を殺すのは何故私じゃなかったの?ダミアン…」
















































同時刻、イタリア―――


ガシャァン!

「お、落ち着き下さいルヴィシアン様!」
「ふざけるな!ではあいつはヴィヴィアンではなくヴィクトリアンなのか!?何故誰もその事に気付かなかったのだ!!」
アマドールをはじめとする軍人達に宥められたって彼の怒りがおさまる事は無い。ルヴィシアンがプライベートジェット内で見ていたテレビがジャックされた。イタリアだけではない。全世界同時刻に映像機の全てをジャックされていたのだ。そこに流れていたものは今朝起きたカイドマルド革命の映像。それを見たルヴィシアンが憤慨するのは勿論の事。
暴れ狂う兄を、後部席で両脇を軍人に取り押さえられながら空虚な目で見つめるのはヴィヴィアンの姿をさせられヴィヴィアンだと勘違いをされ、本来ならば彼が受けるべき刑を受けているヴィクトリアンの姿。
――ヴィヴィアン…もう…もうやめるんだ…何の為にこの映像を全世界に流したのかは僕には分からない…けど…もうこれ以上お兄様を怒らせてはいけない…気付いてよ、ヴィヴィアン…!このままじゃ君は…!――


ドスン!

やっと腹の虫がおさまったのか。ルヴィシアンが腰を掛けたのでアマドール達はホッ…と胸を撫で下ろす。しかしルヴィシアンの瞳にはこの上ない程の怒りが渦巻いていた。
「アマドール!」
「はっ!」
「軍人全員カイドマルドへ送れ」
「し、しかしそうなさいますと連盟軍との戦闘が、」
「私の言う事が聞けない者はどうなるか分かっているよなぁ!アマドール!」
身震いがした。それはアマドールに限らず此処に居る軍人達そしてヴィクトリアンも同様に。
「…申し訳ございませんでした…。直ちに要請致します」
「謝罪をするなら初めからそうしていれば良い」
深々と跪くアマドールだった。
「この私を笑い者にしやがって…!今に見ていろ…今に見ていろヴィヴィアン!この上ない屈辱を与えてやるからな…!」


























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