[携帯モード] [URL送信]

症候群-追放王子ト亡国王女-
ページ:2






同時刻、
駐屯地の外―――――

護衛の軍人をつけてプライベートジェットでカイドマルド内の別市に建設された総督府へヴィクトリアンの見送りを終えたヴィルードンが立っている。都であった此処ではルネへのカイドマルド人デモが起こり兼ねない為ヴィクトリアンの身の安全を優先したダイラーが、比較的人口の少ない田舎へ彼を移す提案をしたのだ。
荒れ果てた辺りを1人で見渡すヴィルードン。城跡を眺めていたら、自分が幼少期を過ごしたカイドマルド城の幻影が見えた。…だがそれはほんの一瞬の出来事。幻はすぐに消え、跡形も無い瓦礫の山と化した城跡が彼の瞳に映れば、現実へ引き戻される。
「現体制を崩壊させてから必ず戻ってくる…。俺達がやったんだ。だから俺達が必ずカイドマルドを再建させる」
「ではその際は是非国教にマラ教のご指定をお願いしますねウィリアム・ルーシー・カイドマルド王子」
「え、」


ドスッ…!

聞き覚えある少年らしい甲高い声が自分のもう一つの名…いや、本当の名を呼んだから振り向いた次の瞬間。太く真っ赤な十字架が背後からヴィルードンの右腕を貫通。貫通した箇所からドロリ…とした真っ赤な血がゆっくり染み出し、直後勢い良く噴き出す。


ブシュウウ!

「ぐあああああ!!」
血飛沫を上げると同時に吹き飛ぶ彼の右腕。ガクン!と膝から崩れ落ちる。もう無いそこを左腕で押さえて目は血走る程見開くヴィルードンの悲痛な叫び声が荒廃した辺り一帯に響き渡る。そんな彼を瓦礫の上から見下ろすのは、穏やかな笑みを浮かべるマラ17世。顔や腕などに傷が目立つし薄汚れてはいるが、微笑んでいた。
「ぐああああああ!」
「貴方の弟さんは腕をもう1本…あとは首を一つ持っていかれましたよ。貴方もルーシー家の方でしたら同じ末路を辿りたいですよね」
ヴィルードンの血にべっとり濡れた十字架を握り締めたマラは、彼の左腕目掛けて微笑みながら十字架を振り上げる。一方その時見開かれた血走ったヴィルードンの黄緑色の瞳がようやくマラを捉えると、残された左腕を震わせながらマラを指差す。マラは十字架を一回転させ笑む。
「ではお次は左腕を持っていきましょう」
「っが…かはっ…!マ、ラ…お前がっ…ダミ、ア…をっ…」
「…と思いましたが予定変更。その煩わしい口、二度と開けない方が世の為ですのでその首を持っていきましょう」
標的を左腕から首に変えたマラは真っ赤な目を見開き、口は裂けんとばかりに笑う。十字架は容赦無く振り落とされる。


ドッ!

勢い良く上がる血飛沫。ピチャッ!ピチャッ!と返り血がマラの顔を汚していくが当のマラは不服そうな表情。それもそのはず、マラが首を狙ったはずのヴィルードンが寸のところで転がって回避した為、十字架は彼の右脚を打っただけだったからだ。それでも彼の右脚から血が噴き出す程のダメージを与えた。しかし首を仕留められなかった事が余程不服なのだろうマラは珍しく機嫌が悪そうで、しかめっ面だ。


























一方のヴィルードンは失った右腕から血を流し、今攻撃された右脚を引き摺りながらも左手で拳銃を構えてマラを睨み付ける。顔は真っ青なのに。その時。
「なっ…!あれは…!?」
駐屯地に向けて次々投げ込まれる焼夷弾。食らった駐屯地の窓は割れ、命中した3階からは火の手が上がる。
「私達ノ罪ハ…許サレル…今マデモ…コレカラモ…コノ先…ズット…ズット…」
辺りが騒がしくなってきたのでヴィルードンが見渡すと、周辺の瓦礫の山をヨタヨタ登ってくる多くのカイドマルド人達が。老若男女問わずざっと100人近くは居るだろう。彼らは農機具の鎌や焼夷弾片手に裸足の足から血を流して駐屯地へとのらりくらり目掛けてやって来る。ヴィルードンは目を疑った。何と彼らの額には【Acquittal】(免罪)と血文字で書かれた札が貼ってあり、そんな彼らは目の下に幾重もの隈ができていて瞳は空虚。何かにとり憑かれたかのようにブツブツ呟きながら焼夷弾や鎌を駐屯地目掛けて投げている。
「な、何だ…?!まさかカイドマルド人がルネ軍への反乱を…!?」
「私達ノ罪ハ…許サレル…全テ…許サレル!!」


ドガッ!

「っ…!」
老婆は小柄で老いた体に不相応な大きな鎌をヴィルードン目掛けて投げてきた。だが寸のところで回避した彼はそのまま駐屯地へ走って戻っていく。その様を、反乱を起こしたカイドマルド人達を背に微笑んで見送るマラは足元に転がる自分の十字架を拾う。
「戻っても無駄ですよ。貴方がたの戦闘機は既にこちらの手の中」


ドンッ!!

「ほらね」
次の瞬間、駐屯地裏格納庫から大きな爆発音と共にオレンジ色の炎が上がるからヴィルードンは呆然。


ビー!ビー!

駐屯地から鳴り響くサイレンが辺り一帯に響き渡る一方で、格納庫から続々勝手に発進するルネ軍戦闘機6機。それらを慌てた様子で追い掛ける駐屯地のルネ軍人達の姿を捉えたヴィルードンがすぐに駆け寄る。
「何事っすか!」
「青い髪の男が6機の戦闘機システムをハッキングしてから機体が勝手に発進してしまったのです!」
「っ…!やはりアントワーヌ・ベルナ・バベットか…!それで、残っている機体は動かせるんすか!」
「な、何とか大丈夫です!」
ヴィルードンは無線を取り出すと、駐屯地内の人間へ一斉に通信を繋げた。
「カイドマルド駐屯地部隊総員に告げる!これはカイドマルド人の反乱だ!殲滅はせず彼らを捕獲する方向で出撃しろ!」
その時ヴィルードン達の居る場所が突然陰った為見上げると、奪取されたルネ軍歩兵型戦闘機1機の右足が今まさに彼等を踏み潰そうとしているところだった。
「危ない!!」


ドスンッ…!

灰色の煙を出して着地した機体右足。しかし反射的に素早く逃げたヴィルードン達ルネ軍人は何とか下敷きにならずに済んだ。


























ヴィルードンをはじめとするルネ軍人達が格納庫へ機体を取りに走って行く光景を、奪取した機内から見下ろすパイロットは青い髪の男アントワーヌ。機内で頬杖を着いて鼻で笑う。
「はっ。ヴィクトリアンが総督府へ行ったのは予想外だな。しかし此処をすぐに墜としてからヴィクトリアンの元へ行き本国へ帰国後、民衆と軍を後ろ楯に王室も墜とす。王のあのやり方にはさすがの軍内にも目を覚ました人間は居るだろう。しかしそれを行う為には、私を始末しようと企むエイソニア将軍とドル少尉が非常に邪魔だ。2人が仕切るカイドマルド駐屯地の殲滅は、調度タイミング良くルネ軍にデモを起こしたカイドマルド人に罪を擦り付ける事にするか」


トゥルルル

その時この緊迫した場に不相応な着信音が携帯電話から鳴り、アントワーヌは電話に出る。
「そちらはアントワーヌ君のお電話で間違いありませんね?」
電話の相手は何と、とても穏やかな声色で話すマラだった。
「先程は焼夷弾のご提供誠にありがとうございました。ルネ人である君がルネ軍に反乱を起こす理由は分かりませんが、我々と共闘してくれる事は大変光栄に思います」
「違うな。私は私の計画を阻むエイソニア将軍とドル少尉さえ始末できれば良い。そこに偶然貴様らカイドマルド人がルネ軍に反乱を起こしていたからこちらとしても好都合なだけだ。これでルネ軍カイドマルド駐屯地の殲滅を貴様らカイドマルド人のせいにできる」
「…もしも駐屯地の殲滅ができたとして、その後私達も始末するつもりですか」
「貴様らの始末云々に興味は無い。それに貴様らに死なれては罪を擦り付けられなくなってしまうから困る」
「…寧ろ私の方がアントワーヌ君、君の事を殺してあげたくなってきましたね」
「取り敢えずまずは駐屯地の始末にかかる」


ブツッ!

アントワーヌは一方的に通話を切ると、機内モニターに映し出される機体の配置を確認。今彼が操縦している機体を除くハッキングし奪取した5機の機体は彼がオートで操縦している。つまり、アントワーヌの機体を親機にして残り5機は無人。親機からコンピュータシステムで無人の機体を操っているのだ。その時。



ゴオォッ…!

「何だ?」
格納庫から発進した1機の機体。こちらへ向かってくるかと身構えたアントワーヌだが、その1機はアントワーヌの上空を素通りして遠くの空へ飛び立って行ったのだ。アントワーヌは首を傾げるが、その1機はもうレーダーが捕捉しきれない範囲まで飛んで行ってしまった為頬杖を着き直す。
「エイソニア将軍か?いや、そんな事をする奴ではないだろう。ならば…まあどちらにせよあの2人は死ぬ運命だ」
一方、格納庫からようやく発進された歩兵型戦闘機を捕捉するとアントワーヌは機体からサーベルを繰り出して鼻で笑った。
「民主主義を唱えようとする貴様らがルネ国民である私を暗殺しようなど、貴様らは民主主義を唱える資格の無い存在だ」



































同時刻―――――――


発進されたルネ軍歩兵型戦闘機を捉えたマラは、駐屯地目掛けて焼夷弾を投げるデモ隊のカイドマルド人達に一旦引くよう指示を下す。すると彼らは、
「私達ノ罪ハ…許サレル…今マデモ…コレカラモ…全テ…ズット…ズット…」
その言葉しか知らぬかのように何度も何度もブツブツ呟きながら指示に従って周辺の草村へ一旦身を隠す。その中で1人の男性老人が自分の両手を震えながら見ていた為、マラが声を掛ける。
「どうかしましたか」
老人は額に札を貼ったまま空虚な瞳でマラを見上げる。
「私…達ノ…罪ハ…許サレル…今マデモ…コレカラモ…全テ…許サレル?」
「はい。大丈夫ですよ。その免罪符があれば今まで犯してしまった罪もこれから犯す罪も全て神が許して下さるのです。それに彼らルネは弱者を虐げる強者。殺められて当然の存在なのですよ。ですから、これからは犯す罪に臆する事無く強者を殺めていきましょう」
その言葉と笑顔に老人はホッ…と肩を落として笑みすら浮かべる。痩せ細った老人の笑みもまるで操られていて傍から見れば気味の悪い笑みだけれど、マラはそんな事これっぽっちも思わず立ち上がる。

『お前は何故そんな身体で産まれてきたんだいシルヴァツ?神に謝罪する為にもお前のその右目を供物として差し出しなさい。そうすればお前を哀れに思った神が、マラ教皇を継ぐ人間に相応しい身体をお前に授けて下さるさ。さあ。シルヴァツ。神に捧げなさい。お前のそれを…』

頭の中で今其処に居るかの如く鮮明に蘇る父の声。マラは据わった瞳を見せる。
「そんな身体が無くとも私は自分の運命を全うし、マラ教を次の世代へ受け継がせてみせます」
身の丈程の赤い十字架でルネ軍駐屯地を指した時。風が吹き、いつも右顔を隠しているマラの長い髪が風に吹かれてふわり浮き上がる。そこにあるはずの右目がマラには無くて、代わりに彫り込まれた真っ赤な十字架から赤い雫がマラの頬を伝っていた。まるで赤い涙の如く。









































ルネ領日本、
新潟弥彦山―――――

「来たかった場所って此処?」
ようやく落ち着いた小雨の中。赤と青の傘を差して慶司に連れられやって来た所は、宿から歩いて10分たらずの場所にある弥彦山。大きく真っ赤な鳥居を潜り抜けて雑木林の中にある苔の生えた石造りの階段を登って行った先に広間があり、其処には神社がある。
「そうだ。此処に来たかったんだ」
慶司は手水舎で手を洗ってからその水で口を濯ぐ。彼の見慣れない行動にヴィヴィアンがポカン…としていると。
「神前に参る前に身を清めるんだ」
そう言って水の入った柄杓を渡してくれたので教えてくれたやり方通りやってみるも、なかなかぎこちない以前にやる意味が理解できないヴィヴィアンだった。
神社を前にすると隣で慶司が深く二礼し次に二拍手する姿をヴィヴィアンは横目で見よう見真似。するとそこで慶司は目を閉じて合掌したまま黙ってしまうから、ヴィヴィアンは余計に首を傾げる。
「何してるの?」
「心の中で神様に感謝の気持ちや願い事を伝えるんだ」
目を閉じたまま言えば最後に深く一礼した慶司。満足そうに神社を見上げていた。
「お前の国にも神様に祈る風習は無いのか?」
「あるけど、日本とは奉る神自体が根本的に違うよ」
「そうか。でもせっかくの機会だ。何か祈っていくと良い」
そう簡単に言われても…と心の中で呟きつつも神社に向かい、たった今慶司がやっていたやり方を思い出して二礼二拍手そして祈りを捧げて最後に一礼を終えたヴィヴィアン。そんな彼を見て慶司は満足そうに微笑む。
「すごいな。一度見ただけでもう覚えたのか」
「このくらい覚えて当然だよ」
「はは、日本人でも参拝方法が分からない人は多いのに。感心したよ」




























神社には背を向けて、広く誰も居ない雨音だけがする石段を降りて行く。慶司が一段先を歩き、ヴィヴィアンが一段後ろから歩く。山というだけあって夏とはいえやはり雨のせいもあってか風が肌寒く感じる。
「慶司君は何を祈ったの?」
「そういう事は聞くものじゃないんだぞ」
「そっか。ごめんね」
「別に謝る事じゃないけど…」
石段を降り終えると、真横に1本山道へ続く道路を挟んで向かい側に立ち並ぶ土産物屋がある。しかしどの店もこのご時世シャッターが閉まっていて営業どころではない。生きるか死ぬかの時代。車1台も誰1人も通らない道路には土産物屋ののぼりが倒れていたり、掃除されない落葉が散乱していたり…。極め付けは寂しい雨音しか聞こえてこないこの物静かさが身に染みる。立ち止まってしまった慶司の一歩後ろからヴィヴィアンが声をかける。
「皆何処かへ疎開したんだろうね。人っこ1人居ない」
雨の勢いがほんの少しだが増してきただろうか。慶司は一度空を見上げてから道路を横切って土産物屋の脇の細い小路を入り宿へ戻って行くから、ヴィヴィアンは目を丸めてキョトンとしてしまう。
「あれ?慶司君。行きたかった場所って此処だけ?」
「此処だけなんて神社の神様に失礼だぞ」
「あー…そうだねごめんね。でももっと何かこう…あるのかなぁって思っていたから」
「新田見君に聞いたら昔からこの神社はパワースポットと呼ばれて有名らしいからな。何か一つ祈っておきたかったんだ」
「そっか。そんな良い場所に連れて来てくれてありがとう」
「別に僕はっ…!」
慶司は振り向いて恥ずかしそうにするから、ヴィヴィアンは「ははっ」と思わず笑ってしまい、余計慶司は恥ずかしそうにしていた。
「でも慶司君」
「何だよっ!」
「あまり僕と親しくしていると、宿に匿っている日本の人達に良く思われないし後々慶司君が苦労する事になっちゃうよ」
慶司は歩くペースをそのままに、しかし少し視線を落として神妙な面持ちになる。
「今はそうでも、お前がこの前の戦のように日本に恩を返す姿勢を見せてくれれば皆も分かってくれると僕は信じている」
「でもあの人達はそう思っているかなんてあの人達じゃなきゃ分からないよね」
「…どういう意味だ」
足を止めた慶司。ヴィヴィアンの方を向くと彼もまた神妙な面持ちだったからせっかく良かった気分も滅入ってしまう。朝だというのに薄暗くはっきりしないこの空も影響して。























「慶司君。あまりこうは言いたくない。けど河、」
「…!!お、おい!下がれ!」
「え?」
突然慶司が顔を真っ青にして目を見開くと何処かか遠くを見ていた。


ゴオォッ!

すると何かが飛行してくる大きなエンジン音が上空から聞こえてきた。ヴィヴィアンが首を傾げている間にも慶司に服の裾をぐっ、と引っ張られて引き寄せられながらも慶司が見ている方を向こうとヴィヴィアンが後ろを振り向いたら…


ドンッ!!

大きな音と共に土産物屋向かい側の道路に不時着した物体が一つ。灰色の煙が晴れた其処には、道路にめり込み今の衝撃で破損した箇所から火花をバチバチ散らした1機の黒いルネ軍戦闘機が。それを見つけた瞬間ヴィヴィアンよりも先に立ち上がった慶司は腰に括り付けている刀を鞘から引き抜く。
「っ…!ルネ軍か!!」
「慶司君!」
――まったく。考え無しに突っ込むところ本当どうにかならないのかな?――
これでは自分の体がいくらあっても足りないよ、と内心呆れながらも彼を追い掛ける。折れた腰に響いて一瞬立ち止まるが歯を食い縛って彼の元へ走って行く。
「今まで慶司君の護衛をしてきた人はどれだけ忍耐強かったんだか…」
文句垂れ流しで駆け付けると、機体から敵が出てくる気配は無い。だが念の為慶司の前に無理矢理出るヴィヴィアン。
「何だよまた助けてほしい奴が来たのか?はぁ…僕達は流れ者の集まる終着駅じゃないんだぞ」
肩を落として溜息を吐く慶司に思わず笑ってしまいそうになるヴィヴィアン。
――とか何とか言ってる時点でやっぱり優し過ぎるんだよなぁ――
念には念を。慶司に下がるよう言い、コックピットハッチを思い切り蹴り壊した。


ドガッ!!

「っ〜…!」
案の定衝撃で腰が酷く痛んだヴィヴィアンだが、ガコン!と壊れ落ちたハッチ。しかし中から人が出てくる気配は無いからヴィヴィアンが中へ潜り込む。
「お、おい!気を付けろよ」
心配する慶司が自分の刀を彼に差し出しても、ヴィヴィアンは平気なのだろう。刀を受け取らずコックピット内へ入っていくからこっちはヒヤヒヤものだ。すると…
「うああん!うわあん!」
「…?!赤ん坊の泣き声!?」
機内から聞こえてきた赤ん坊の泣き声に慶司は驚く。
「ヴィヴィアン!中に赤ん坊が居るのか!?何故こんな戦闘機の中に赤ん坊が…」
「エミリー!!」
「え、えみりー?」
機内からようやく出て来たヴィヴィアンが抱き抱えていたのは、彼と同じ黒い髪に真っ赤な瞳をした泣きじゃくる赤ん坊エミリー。彼女を抱いてあやすヴィヴィアンにはもう慶司の声すら届いていない程の喜びが彼を満たしていた。彼の見た事の無い満面で心底安心したとびきり嬉しい笑顔に呆然の慶司だが、今が戦乱の世だという事も一時忘れさせてくれる程の彼の笑顔に、慶司も心が穏やかになる。























日本にマリーが来た時彼女が身籠っている事が日本で初めて判明した為、その時調度慶司もその話を咲唖から聞かされていたから、エミリーがヴィヴィアンの子供である事がすぐに分かった。
「良かった!エミリー生きていてくれたんだね!本当に良かった!慶司君神社に祈った甲斐があったよ本当ありがとう!」
「え?あ、ああ…そうかそれは良かった!」
別人のように穏やかな彼にキョトンとしっ放しな慶司も、ヴィヴィアンの隣に立ってエミリーを覗き込む。頬には小さな傷が何箇所かあり、泣きじゃくっていた。
「おい、怪我しているぞこの子」
「本当だ。すぐ宿に戻って手当てしなくちゃ」
すっかりエミリーに夢中な2人は年相応の反応だろうか。何故エミリーが突然此処へやって来たのかという事も其処にある戦闘機を誰が操縦してきたのかという事もすっかり忘れてしまい、2人揃って戦闘機に背を向けてしまった時。
「礼の一つくらい言えないのかヴィヴィアン!!」
「え、…っ!?」


キィン!

背後からそう言われて1本の果物ナイフを首に突き付けられたヴィヴィアンは目を見開く。傍に居る慶司も同時に驚いて目を見開く。
動いたらナイフの刃が喉を裂いてしまうだろう。だから彼の代わりに慶司が後ろを振り向けば、其処にある戦闘機を操縦してきた上エミリーをつれてきた上、今ヴィヴィアンにナイフを突き付けている1人の人物が其処に居た。
「なっ…!貴女は…!」
見覚えあるりりしい顔立ちにオレンジ色の美しく長い髪。口籠もる慶司にその人物は見向きもせずただたただ後ろから、自分がナイフを突き付けているヴィヴィアンの事を眉間に皺を寄せて睨み付けていた。
「たまたま燃料切れで不時着した所にお前が居たなんてどうやらあたしとお前は切っても切っても切れない縁のようだな」
「神社で祈ったのにその矢先、災難だよ…」
突き付けられつつヴィヴィアンが目だけを動かして後ろを見れば、其処には白い歯を見せて笑むラヴェンナが居た。
「あ…」
3日振りに雨が止んだ。






























[*前へ]

2/2ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!