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症候群-追放王子ト亡国王女-
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「な…ならどうして仲間同士で殺し合った!!」
「まあまあ。そうカッカなさらず。理由は簡単。少将は我が軍の情報をアンデグラウンド軍へ漏洩した。ただそれだけの事。君ならご存知でしょう?」
「っ…!!」
「ははっ、図星といったところでしょうか。しかしここからが面白い」
バッシュは目を細めて首を傾げる。トーマスはニィッと不気味に笑む。
「少将が我が軍の情報をアンデグラウンド軍へ漏洩した理由は、同盟国であり互いに国際連盟軍でもあるアンデグラウンド王国を支配してまで母国を拡大させようと計画している女王陛下が圧倒された我が軍を見てこんな卑劣な行為をやめてくれると思ったから。アンデグラウンド軍へこちらの戦略を流せば、勿論アンデグラウンド軍が優位になりますからねぇ」
「なっ…んだよそれ…」
「おや?ご存知ではありませんでしたか?しかし残念だ。少将のそんな吐き気がする程純粋な気持ちが女王陛下に届く前に経緯を改竄されてしまった」
「え…?」
「少将がアンデグラウンド軍に我が軍の情報を漏洩させた理由。それは、同じ国際連盟軍代表であるバッシュ。君に好意を寄せたが為に少将はこちらの情報をアンデグラウンドへ漏洩させたのだ…と改竄されてしまったのですよ。お可哀想に」
「なっ…何だよそれ…そんな事…」
「嘘、ですよ」
「なっ…!?」
トーマスは歯茎が見える程笑み、瞳孔が開く。
「私が改竄したのです。先日少将が君と会っている写真をあたかも互いが恋人同士かのように合成して…ね。戦闘機馬鹿の少将が君のようなガキにそんな気持ちがあるわけないでしょう?」
「っ…!!」
「おや?ショックでしたか?ですからこの戦場に少将の味方は誰1人としていない。いや、この世界にはもういないと言った方が適切でしょうね。女のクセに出しゃばる少将が悪い。私は何も悪くはない。そうだと思いませんかバッ、」


ドッ!

「おっと。君の逆鱗に触れたようですね」
ただ無言で俯いたまま、残された1本のサーベルでトーマス機を攻撃したバッシュ。しかしサーベルで受け止められてしまう。互いのサーベルから青い火花が散る。
























「しかし残念だ。君の相手をしたいのは山々ですが…少将。さっきの状態では今頃、助かる命も助からなくなっているかもしれませんねぇ。ましてやアンデグラウンド軍に拾われたら殺されてしまうでしょう。脳天をぶち抜かれて…ね!」
「っ…!くそっ!!」
目の前の敵を殺したい。しかしバッシュは歯をギリッ…!と噛み締めると、トーマスからサーベルを離して、ロゼッタ機が落下した場所へと猛スピードで急降下して行く。そんなバッシュの戦闘機がようやく背を向けてくれた。作戦通り。


ピピ…、

バッシュの戦闘機をロックしたトーマスは笑う。
「あの攻撃を食らって少将が生きているわけないじゃないですか。馬鹿ですね。そして君も今私に殺されるのですよ、バッシュ…」
ミサイル発射のレバーをぐっ、と前へ押し倒す。標準をバッシュに合わせて。


ドン!ドン!

「くっ、新手か…!」
しかしそれは新たに現れたアンデグラウンド機3機によりサーベルで阻止された。
「3対1とは…ふっ。しかしここでまた君達も落とせば私は女王陛下に認めてもらえる!!」
バッシュを仕留めたいが、ここはまず目の前の敵3機との交戦を優先するトーマスだった。


































シャングリラ宮殿の外――――

無惨に大破し焼け焦げて煙の上がるロゼッタ機の傍には、藻抜けの空状態のアンデグラウンド軍バッシュ専用機が着陸していた。
















































シャングリラ宮殿内――――

1階は開戦直後トーマスに大破された宮殿。


ドン!ドン!

すぐ近くで爆発音が聞こえてくる。耳がおかしくなってしまいそうだ。
宮殿3階廊下は割れた窓ガラスの破片が散乱していてまるで廃墟の様。3階奥にある国王室。カーテンを閉め切った真っ暗でまだ被害の無いこの部屋の寝室。キングサイズのベッドで横たわっているのはロゼッタ。流血の酷い頭部は包帯で止血され、その他顔や腕の傷も大きな傷テープが貼ってあり手当てが施されている。しかしロゼッタは口が半開きのまま意識を失っていた。


カタン…、

寝室の扉を開いてすぐに閉じる。構えた拳銃を懐へしまった人物。バッシュが入ってきた。
あの後、何とか宮殿まで辿り着いたバッシュは運良くまだアンデグラウンド軍に見つかっていなかったロゼッタ機を発見。しかし機体を叩いても彼女からの応答が無くコックピットハッチは開かなかった為、手荒ではあるが発砲して彼女の機体を蹴り開ける事でハッチを破壊した。すると、頭部から血を流してヘルメットをしたまま意識を失っているロゼッタが機内からズルッ…と力無く落ちてきた。機内はバッシュでさえ顔を歪める程の異常な熱さだった。
それからロゼッタをおぶり、一先ず宮殿内の安全なこの場所へ運んできたのだ。宮殿の人間と擦れ違わなかったからそれはトーマスに殺されなかった人間達は無事避難できた事を意味するのか、はたまた全員殺された事を意味するのか…。
「何で助けてんだろ、俺…」
真っ暗な室内。戦争の音や大きな揺れの中、ロゼッタが横たわるベッドの脇に立ち見下ろす瞳には戸惑いが見受けられた。


スッ…、

口端を伝った彼女の血を白い革手袋で拭ってやれば、生々しい赤が手袋の白を染める。
「皮肉な世界だよな…仲間すら何の躊躇いも無く平気で裏切って殺し合うんだぜ。仲間って何の為に存在するんだろうな…姐さん」
彼らしくない寂し気な声。彼女に背を向けると、辺りに敵が居ないか確認をする為バッシュはもう一度寝室の扉を少し開けて拳銃を構えて廊下を見ている。


パチッ…

その時。調度ロゼッタの目が、ゆっくりではあるが開いた。すぐに閉じてしまいそうだが徐々に開いていけば彼女はぼやける視界でバッシュの背を捉えた。しかしまだそれが誰なのか確信できない程三重にぼやける。
「……」
だんだん視界がはっきりしてぼやける事無くバッシュの背が彼女の瞳に映った瞬間。彼女はギシギシ痛む鉛を括り付けたように重たい身体を音も無く起こした。


























一方のバッシュ――――


ドン!ドン!

「くそ…俺はどうすれば良いんだ?俺はどうしたいんだ?姐さんはアンデグラウンドの敵。けど戦略を流してくれたのは姐さん。トーマスが言っていた事は本当なのか?いや、まず直接姐さんに聞いてそれから…」
カチャ…。引き金にかけた手にぐっ、と力を込める。
「それから決める。…っ!?」


ドッ!

廊下の方ばかり見ていた為、今の今まで気付かなかった。それもそうだろう。あの怪我で尚且つ意識を失っていたロゼッタがまさか動けるなんて思っていなかった。しかしバッシュの背後に物音一つたてず忍び寄っていたロゼッタに今、室内にあった分厚い本で背後から後頭部を思い切り殴られた。衝撃で眩暈がしたその隙をつかれ、体格差があるにも関わらずその場にロゼッタに倒されたバッシュ。
「っぐ…姐…さ…」
うつ伏せの体勢で倒された為顔を何とか後ろへ向ければ、バッシュの背中の上に立っているロゼッタが重傷とは思えない程恐ろしい目をしてこちらを見下ろしていた。いくら彼女が上に乗っているからとはいえ、男と女である以前に小柄な彼女と長身の彼とでは親と子以上の体格差がある。だから本来すぐにでも彼女を振り払えるのに何故かそれをせずにいるバッシュは伏せたまま鼻で笑った。
「はっ…、助けたの俺なんすけど」
「黙れ。私の機体と戦っていたのは貴様かバーディッシュダルト」
「…!」
冷たい感情の籠っていない声よりも他人行儀な彼女の呼び方にバッシュの胸には刺さるモノがあった。そんな甘い自分を笑った。
「はは…やっぱ俺甘いよなぁ。あんたはもう敵なのにあんたの一言一言にいちいちしょげちまってんだ」
「無駄口を叩くな。バーディッシュダルト貴様が私にとどめをささなかった理由など聞かない。理由を私は分かっているから。答えは一つ。私にとどめをささなかったお前が生身で私に殺される事を望んだから。それ以上でもそれ以下でもないのだろう」


カチャ…、

ロゼッタは軍服の中に拳銃を隠し持っていたのだろう。ロゼッタには背を向けているから彼女が今どんな表情をしているかや、彼女が今自分に何をしようとしているかは見えない。けれど分かっている。全て。






















拳銃を構える音と同時に後頭部に銃口を突き付けられた。跡が付くくらい力強く。それでもバッシュは彼女を振り払おうとしない。まさに彼女が言う通りもうこのまま殺されて構わない状態の彼を、ロゼッタは無感情な冷たい瞳で見下ろして引き金に手を掛けた。
「…じゃ、ねーよ…」
「何…?…っあ"!」


バシッ!

バッシュが呟いた言葉が聞き取れずそちらにばかり気を取られてせいで、突然勢い良く立ち上がったバッシュに振り払われたロゼッタはカーペットの上に尻餅を着いてしまう。しかし尻餅を着いた体勢でも尚、銃口をバッシュに向けて引き金を引いた。


パァン!

「なっ…!?」
バッシュが避ける時間は充分にあったはず。しかしバッシュは避けもせず、肩に銃弾を受けたのだ。受けた左肩が軍服の明るい赤とは異なる赤黒い血で滲み出す。
「正気か貴様!自ら銃弾を受けるなどやはり貴様は死にたいようじゃな!なら私が…私が貴様を!!」
「人の気持ち勝手に決め付けてんじゃねぇよ!!」


バシッ!


カランカラン!

「っ…!」
怒鳴り声を上げたと同時にバッシュはロゼッタが持っていた拳銃を振り払う。床に転がった拳銃に慌てて右手を伸ばすロゼッタ。


ガシャン!

「くっ…!」
しかし1歩先にバッシュがその拳銃の上に右足を乗せて踏み付けた。これで取れまい。目をつり上げつつも武器を奪われ悔しそうに見上げて睨み付けてくるロゼッタの顔が初めて見る人間離れした狂気しかないモノだったから、またバッシュの胸の奥が痛んだ。
――こんな柔な心じゃ軍人失格なんだけどさ…――






















「返せ!貴様の望み通り私が貴様を、」
「だから言ってんだろ。人の気持ちをてめぇが勝手に決め付けんなって」
「なっ…!何じゃその口の利き方は!貴様…!」
「口の利き方?俺はアンデグラウンドの人間だ。敵のあんたが俺を叱れる資格なんてねぇだろ?」
「っ…!」
「はっ、それともアレか?口は敵ぶっていても、まだ国際連盟軍に居た頃が恋しくてあの頃みたいに俺の保護者面してんのか?」
「やめろ!黙れ!!」
「バレバレなんだよ。あんたの腕ならさっきだって俺の左胸を撃ち抜く事くらい簡単にできた。若しくは頭だってな」
「黙れと言っているじゃろう!!」
「あぁそうですか。でもあんた声が超震えてるぜ?そんなんじゃ全然説得力無いんだけどな」
「黙れと言っているのが聞こえないのかバッシュ!!」
「良かった。いつもの姐さんに戻ってくれた」
「え…」
たった今まで低い声で茶化してきた彼の声がいつもの明るい声に戻った瞬間、ロゼッタは目を見開く。気付けば目の前で屈んだバッシュのいつもと何一つ変わらぬ底抜けに明るいあの笑顔があって、彼の淡い紫色の瞳には右目から涙を流す自分が映っていた。ロゼッタのその涙をいつものように笑いながら手で拭うバッシュ。
「泣くなんて姐さんらしくねぇよ」


パシッ!

すぐにその手を払うロゼッタだが、泣いた事を自覚しているのだろう。顔を見られないようわざと下を向いた。
「汚い手で触るな。私が泣くはずが無い」
「別に良いじゃん。誰にも言わねぇよ」
「気安く話し掛けるな!敵兵の分際で!」
「じゃあ今この戦場であんたの味方は居んのかよ」
「っ…!」
「図星って感じだな」
挙動不審にビクッ!と反応したロゼッタ。バッシュは立ち上がり軍服の赤いロングコートのポケットに両手を突っ込むと、ロゼッタには背を向けてカーテンの隙間から見える戦場を瞳に映す。目を細めて眉間に皺を寄せた。一方のロゼッタは俯き座り込んだまま。
「聞いたぜ。さっきあんたを撃墜したおっさん…えっと…トーマスか。そいつから。あんた、国の汚ねぇやり方が気に入らなくてわざとイギリスが撤退するよう俺に戦略を渡したんだってな。ずっと聞こうと思ってたんだけどさ。トーマスに先教えてもらったんだよ。俺馬鹿だから、何であんたがアレを俺に渡したのかトーマスから言われるまで見当もつかなかった」
「……」
「そんなあんたの純粋な気持ちに嫌気が差したのか女のあんたの方が男共より上の位だった妬みなのか、トーマスの野郎は俺とあんたの写真を合成して嘘の情報を女王に流してあんたを蹴落とそうとしたんだってな」
「……」
「バッカだよなー。そんな陰険な性格してっから上に上がれねぇってのに。写真合成する暇があるんなら俺だったら昼寝してるっつーの」
ロゼッタの方を向く。其処には力無く座り込んだ彼女の小さな背中があるだけ。






















「現時点での戦況は依然としてアンデグラウンド軍が優勢だ。でもそれは極僅かな差。あんたはこれからどうする。もう仲間に何を言ったって恐らくトーマスが改竄したあんたの情報が流れていてあんたは仲間に殺されるだけだ」
「……」
「経緯は違えどあんたが俺らに自軍の情報を流した事それだけは確かな事実だ。あんたが自軍の裏切り者である事は変わらな、」
「何が言いたいんじゃ!」
怒鳴り声を上げたロゼッタ。まだ背を向けたまま。そんな彼女の細い背中を目を細めてバッシュはジッ…と見つめる。
「お前は私に何をしろと言いたいんじゃ!確かに私は裏切り者だ!今更同胞に停戦命令を下したところで、トーマスが改竄した情報を女王陛下から聞いた同胞は私を信じてはくれぬじゃろう。そんな事、お前如きに言われなくとも私が一番分かっておる!私だって…私だってもうどうしたら良いか分からないのじゃ…!」
「なら俺があんたの生きる場所を作ってやる」
「…?」
力強いその一言に目を見開いた時。すぐ真後ろにバッシュが立っている気配を感じる。彼の影が自分の前に伸びているから。
「またお前は馬鹿な事を言い出す…!」
「俺の所の王様だって軍の連中だってあんたが俺にイギリス軍の情報を流した事は既に知ってる」
「だから私はアンデグラウンドの仲間になれるとでも言うのか…?はっ…!お前のようなガキに施しを受けてたまるものか!」
「素直になれよ!生きてぇんだろ!?なら素直に言われた事に従う事程簡単な事なんてねぇだろ!!」
「っ…」


ぐっ、

後ろから肩を掴まれ力強くで向かい合わされるロゼッタ。其処には見た事の無いくらい真剣なバッシュの顔があったから、思わず目を反らした。
「無茶苦茶言ってるのは分かってる。あんたがいくら俺らに情報を流してくれたとはいえ、今戦であんたに殺された仲間も国民も山程居る事は分かってる。けど、いつまでも啀み合ってるから戦争が無くならねぇんだろ!?なら俺と一緒にまた国際連盟軍の人間として、ルネを潰すだけじゃなくて世界から戦争を無くすように生きれば良い!やっちまったもんはもうどうにもならねぇんだからいつまでも引き摺ってないで、そうやって罪を償っていけば良いじゃねぇか!もう誰も悲しまないように!」
「そんなもの偽善じゃ。自分が生きたい理由を正当化しているだけ。それこそが人間の最も汚い一面じゃ」
「じゃあ…俺は何て言えば良いんだよ…」
「そんなもの、お前の本心を述べれば良いだけの話じゃろう」
「じゃあ俺は…」
「偽善者のエゴなど本人からしてみたら正論に聞こえるが死者から見ればただの言い訳にしか聞こえ、」
「あんたが好きなだけなんだよ!!」
「…!!」
裏返った彼の声と言葉にロゼッタは顔を上げて目を見開く。だが今度は逆にバッシュの方が彼女から顔を反らしてしまった。




















しん…


ドンッ!ドン!!

沈黙が起きる。戦争の音がまた一層近くに聞こえるようになった。
「はっ。お前はまたそうやって誰構わず、」
「誰構わずなんかじゃねぇよ!言ってただろ!俺にはずっと好きな奴が居るって!」
「それは女王陛下の事じゃなかっ、」
「あんただったんだよ!13年前この宮殿の中庭で会ったのはあんただったんだろ!?あんたは自分の事を名乗らなくて俺が勝手にあんたの事をエリザベス女王だって思い込んでいたけど、その変な喋り方とか男っぽい笑い方とかエリザベス女王がするわけないだろ!確かに俺の守備範囲外の年齢だし短気で怒ると超恐ぇし男勝りだし!でもあんたと話してる時が一番楽しいし、なかなか見れねぇけどあんたの笑った顔を見ると嫌な事全部どうでも良くなるし、その気持ちは13年前から今日まで変わらねぇし、よくよく考えてみればあんただったんだよ!」
「こんな状況下でそんな悠長な事を言えるような人間が王の側近とは。はっ、アンデグラウンドも落ちたものじゃな。やはり先程の言葉も偽善で今のが本音か」
「偽善じゃねぇよ!平和になった世界でジェファソンさんとか兄さんとか…一番はあんたと一緒に生きてぇだけなんだよ!あんたはどうなんだよ!何でもう希望も無くて敵しか居ないこの世界でまだ生きようとしてるんだよ!平和になってほしいだけなんだろ!?だからエリザベス女王が国際連盟軍加盟を拒んだのを押し切ってまで平和を築く国際連盟軍へ加盟したんじゃねぇのかよ!ルネや他との戦争を無くしてただ平和に生きたいだけなんだろ!?だから俺に自軍の情報を流したんじゃねぇのかよ!あんたの本心聞かせろよ!もし平和が欲しいなら、俺と一緒に来い!俺があんたを世界一幸せな女にしてやる!」
今まで顔を上げていたロゼッタも下を向いて黙ってしまう。


ドン!ドン!

外からの戦争の音は止まない。






















バッシュが自分を見ている視線をロゼッタは痛い程感じている。
「何とか言えよ!」
するとロゼッタはスッ…と立ち上がると無言のまま部屋を歩いて扉の前に立って外へ出て行こうとするから、バッシュも立ち上がって追い掛ける。すぐに追い付けば、彼女の細い肩を力強く掴む。


ガシッ!

「おい待てよ!外はアンデグラウンドの奴が居るかもしれねぇだろ!それにまだ話の途中、」


パシッ、

振り払われた手。顔だけをこちらへ向けたロゼッタの目は酷く冷たいのに口は笑っていた。
「平和が欲しいだけ?はっ、笑わせるな。私はただ同盟国であり連盟軍であるアンデグラウンドを攻撃した時のイギリスへの世論を気にしてお前達へ軍の情報を流しただけ。お前達はイギリスの為に私に利用されただけなんじゃ。それこそ先程お前が私に言ったように人の気持ちを勝手に決め付けるな」
背を向けノブを回して扉を開いたロゼッタが廊下へ出る。
「なっ…待てよ!」


バァン!!

すぐ閉められてしまった扉。だがバッシュは扉を蹴り開けて彼女を追い掛ける。一方の彼女も逃げるように廊下を駆けて行く。


ドン!ドン!

一定感覚で外から聞こえてくる爆発音と共に宮殿が大きく縦に揺れた。
「はぁ…はぁ…くそっ!」
逃げ足の速いロゼッタに情けなくもどんどん距離を離されてしまう。でもまだ彼女を見失ってはいないからその前に。


タンッ!

しかしロゼッタは突き当たりの階段の手摺りを乗り越えて階段10段以上を一瞬にして跳び降りてしまったのだ。
「なっ!?」
それにより彼女を見失ってしまった。慌てて階段を駆け降りるが、既にロゼッタの姿は見えない。
「ちくしょう!ぜってぇ追い付いてやる!そして…」


パァン!パァン!

「!?」
階段下から聞こえてきた何発もの銃声。外からの戦争の音にも勝っていたその音に全身から血の気が引き、ドクン…!とバッシュの鼓動が大きく鳴る。嫌な予感しか頭を過らない。震え出す両手を握り締めて駆け降りた。

























階段を全て駆け降りた先には曲がり角があり、其処を曲がれば1階第3広間へ着く。息を上げながらもその角を曲がった。
「姐さん!大丈夫で、…!!」


ピチャッ!

角を曲がった瞬間。バッシュの頬に飛び散ってきた血。目の前に広がる光景は確かにバッシュが予期した通りの嫌なモノだった。でもそれが同じでも、発砲した人間と其処で血を流し倒れている人間が彼の予想とは大きく掛け離れていた。
「ロ…マン…?何でお前が此処に…」
血溜まりの中俯せで倒れていたのはアンデグラウンド国王ロマンだった。本来ならば彼はバッシュの家で匿われているはず。なのに何故此処に居るのだろうか。そしてその彼の前に立っているのは拳銃を右手に持ったロゼッタ。ゆっくり振り向いた彼女の顔や髪とにかく全身にべっとり付着している生々しい血。恐らくロマンの返り血だろう。
無感情で冷たい彼女の瞳がこちらを見ている。バッシュはただただ彼女を瞳に映すだけで呆然。その間にも…


ドスッ!

「っあ"…!!」
拳銃を投げ捨てたと同時に懐から折り畳み式の護身用ナイフをパチン!と繰り出したロゼッタは、何の躊躇いも無くバッシュの右太股をナイフで突き刺した。まるで彼に抱き付くかのようにロゼッタが彼へ密着していく程に、皮肉にも彼の太股に彼女のナイフが奥深くまで突き刺さっている事を意味する。
「あ"っ…!姐さ…、」
目を見開き、痛みよりも彼女のとった行動に言葉が出ない。
「はっ、大した自惚れだなお前は!トーマスの改竄した偽りの情報だと言ったじゃろう。それなのに何じゃ。私がお前のようなガキに好意を寄せていたとお前は勘違いしているようじゃな。だから、私がお前と同じ平和を求めている気持ちだとそこでもまたお前は勘違いをしたのじゃ」
「っぐ…あ"っ…!」
「私は平和など要らぬ。人間が人間を殺す戦争が大好きじゃ。それに、お前達のような負け犬で弱小国家の施しを受けるくらいなら死んだ方がマシじゃ!」
「っぐ…ロ、ロゼッタァァァア!!」


カチャッ!

母国を負け犬呼ばわりされ頭に血が昇ったバッシュは目を見開きロゼッタを乱暴に振り払うと、懐から2丁の拳銃を取出して銃口を向け引き金に手を掛けた。それを引いた時ロゼッタは避けもせず、ただただバッシュの事を見つめてとても優しく微笑んでいた事にバッシュが気付くよりも先に、バッシュの2丁の拳銃の銃口から銃弾が飛び出していた。


パァン!パァン!パァン!

3発の銃弾が彼女の腹部と首と左胸にめり込み、温かい真っ赤な血が噴き出し…


ドサッ、

彼女はその場に背中から倒れ込んだ。



















「っはぁ…はぁ…」
肩でしか呼吸ができない程苦しいバッシュは顔面蒼白。
「う"っ…バッ、シュ…」
「ロマン!?」
彼女の傍で横たわっていたロマンの擦れた声が聞こえるとバッシュはすぐに駆け寄り、静かにロマンの体を起こしてやる。しかし血溜まりの中で倒れているのに彼の肩にしか傷がないしそこしか血が滲んでいない。
「なっ…ロマンお前…」
「っあ"…俺は…まだカロリナが死んだって思いたくなくて…護衛を振り切って…此処へ来たら…このイギリス軍人が居て…俺はこいつに肩しか撃たれてないんだ…。この血溜まりは…俺がこいつを撃った時の…こいつの血…。だから俺は肩しか撃たれて…ないんだ…」
「なっ…!?」
しかし軍人と民間人では服の防弾性の有無でダメージは大違い。だから肩を撃たれたロマンの服に防弾性なんてものは備わっていなかった為こんなに苦しんでいるのだ。擦れた声でそれだけ言うと気絶してしまったロマン。























一方ガタガタ震え出すバッシュの身体。見たくないのに、すぐ其処で血塗れになり横たわっているロゼッタの姿が嫌でも視界に入ってしまうから目を瞑りたい衝動に駆られる。だがバッシュは静かにロマンを其処に横たわらせると立ち上がり、ロゼッタの前に立つ。俯いて。
改めて彼女をよく見てみれば今自分に撃たれた箇所以外の身体の至る所から彼女の新しい血が流れていた。これは彼女がロマンに撃たれた傷だろう。
「はっ…、やはり…馬鹿じゃな…お前は…」
血塗れの身体はピクリとも動かせないのに、擦れて途切れ途切れの声で話し掛けてくる彼女はこんな状態にも関わらずいつもの強気な声色をしていた。
「姐…さん…。ロマンの急所を狙わなかったのも…俺の急所を狙わなかったのも…俺を挑発していたのも…全部…全部頭に血が昇った俺に姐さんを殺させる為だったんすか…」
「……」
「何でそんな事するんだよ!あんたは自分の犯した罪を放棄する気だ!俺にあんたの罪も背負わせるつもりなんだろ!何であんたはいつもそうやって素直になれないんだよ!!」


ガクン…!

刺された痛みなのか真実を突き付けられたショックによるものなのか。その場に崩れ落ちて座り込んでしまうバッシュ。両手拳で自分の太股を強くつねる。
「俺には…俺にはあんたが傍に居てくれればそれだけで良かったのに…」
髪で隠れた顔の隙間からバッシュを見つめるロゼッタは鼻で笑った。でも其処に居るのがバッシュだと声でしか判断できない程彼女の視界の半分以上が黒い膜で覆われていたけれど。





















「それが…駄目なんじゃ…私が居るせいでお前は…前へ進めない…母国すら…守れ…ない……」
「っぐ…、俺はっ…!」
「悪い…バッシュ…お前に私の罪を背負わせて…お前以上の馬鹿じゃな…私は…」
「あんたの罪を背負うって俺がいつ言った!?これから一緒に背負って償おうって言ったばっかりじゃねぇか!聞いていなかったのかよ!!」
「っ…お前のような心の人間ばかりなら…戦争なんて起きなかったのに…な…。平和を追い求めるその心…絶対に忘れるんじゃ…ないぞ…」
「だからそんな…そんな言い方すんな!!」
「首都や劉邦…それから…私が殺した人間達に言っておいてくれ…悪かった、と…」
「それだけじゃ許されねぇよ!あんたが誠意を持って償う姿を生きて証明しなきゃ許されるわけないだろ!だからそんな…!」
「ああ、そうじゃ…あとは…首都と劉邦の言う事を…よく…聞くんだぞ…。はっ…私が居ないと…お前は何もできない…甘えん坊じゃから…心配じゃ…」
「だからそんな死ぬみたいな言い方すんな!!」


ピクッ…、

微かに動いたロゼッタの右手がゆっくり動くと、俯いたまま肩を震わせているバッシュの左頬に触れる。とても愛しそうに優しく微笑みながら。
「私の方が先…お前に…惚れていたんだから…な…」
「…!!姐さん…!」
咄嗟に顔を上げたバッシュが今にも落ちてしまいそうなロゼッタの右手を握ろうとするが…


ガクン…、

血溜まりの中に力無く落ちたロゼッタの右手。髪で隠れた彼女の顔がよく見えないが彼女の頬を伝う一筋の涙が光っていた事は確かだった。
「姐さん…姐さん…姐さっ…ぐっ…!」
溢れる涙を乱暴に腕で拭うと込み上げてくる感情をぐっ…!と飲み込み静かに立ち上がる。彼女の遺体に背を向けたその背中はまだ震えが止まらずにいたけれど。


ガーッ、ガーッ

戦争の音が止まない中。右胸のポケットから通信機のノイズが聞こえる。すぐイヤホン型の通信機を耳に掛ける。通信を開く前に一度鼻を啜り、腕で顔を拭っていた。























「っ…はいっ…」
「バッシュか!?今何処に居る!」
通信相手はバッシュの家でロマンを匿っていた護衛の中年男性軍人だった。飛び出したロマンを追い掛けてきたのだろうか。
「っ…シャングリラ…宮殿…」
「…?どうした声が…」
「何でもないっす…」
「そうか。話は戻るが其処に国王陛下は居らっしゃるか!」
「はい…」
「おお!それは良かった!ならば話は早い!我々も今シャングリラ宮殿に到着したばかりだ。場所は何処だ?」
「1階…第3広間…」
「そうか!なら我々も今から合流する!それまでの間バッシュお前がしっかり国王陛下をお守、ぐああ!」


ドンッ!


ガーッ、ガーッ

「!?」
通信の向こうで大きな爆発音と軍人達の悲鳴が聞こえてすぐ通信は狂ったカセットテープのような音をたてて途絶えてしまった。
「ど、どうしたんすか!一体何が、」


ドン!ドンッ!

「っぐ…!」
今までよりも遥かに近い…いや、すぐ其処で爆発音が聞こえた。大破した宮殿の窓の向こうから爆発音と同時に砲撃と思われる黄色の光が何発も見える。イギリス軍だろう。大きな揺れに足元がよろめくがすぐロマンを抱き抱えて場所を隅に移してから、ロゼッタの遺体も同じ場所へ移そうとバッシュがそちらへ走り出そうとした時。


ドンッ!

「ロマン!!」
ロマンの傍を離れた直後。あの黄色の一筋の光が天から降注ぎ、ロマンを避難させた場所を直撃。まるで狙ったかのように。辺りはバチバチと火が音をたてて灰色の煙幕と真っ赤な炎が上がっていてロマンの姿が見えない。だがロマンは恐らくもう…。
「…ハッ!」
呆然と立ち尽くしていたバッシュ。しかし我に返るとロゼッタの遺体の方を向き直して駆け出した。
――同じ鉄は踏まない!――
右腕を彼女へ伸ばすが…


ドンッ!!

「ぐあっ!」
凄い爆風だ。残像が残る程の黄色い強い光が再び外から宮殿内へ射し込んだのだ。























辺りの煙幕が晴れると同時に、顔の前に構えた腕を離したバッシュの目の前に広がっていた光景。床に咲いた炎の花。
「姐…さん…?」
バッシュの見開いた淡い紫色の瞳に映る光景それは、ロゼッタの遺体があった場所に人の形をした血痕が床に染み付いているだけだった。
「姐さん…姐さん…姐さん!!」
先程の砲撃によりロゼッタの遺体は跡形も無く燃え尽きてしまったのだ、骨1本残らず。彼女の血の痕を震える手で愛しむように何度も触れるバッシュ。すると…
「ふぅ〜。裏切り者は跡形も無く消さなくちゃいけませんからね」
「…!!」
大破して外が丸見えの宮殿箇所から大きな機械音と女性の甲高く飄々とした声が聞こえてバッシュはゆっくりゆっくり後ろを振り向く。彼の瞳に映るのは、通常の倍の大きさをした真っ赤な人型の戦闘機。機体にはイギリス国旗が描かれている。機体のコックピットハッチが開いていてその機体の上で腰に右手をあてて立っている小柄なパイロットが1人。黒い軍服に身を包んだパイロットはヘルメットをかぶっている為顔は見えないが、明らかにバッシュの事を機体の上から見下ろしている。


カタン…、

一方のバッシュはロゼッタの血痕から手を離すとそのパイロットへゆっくり身体を向けた。彼の白い手袋にはロゼッタの血がべっとり付着しており赤が白を染めている。


カラン!

すると一方のイギリス軍パイロットはヘルメットを外す。ポニーテールにした銀色の美しい長髪が靡いて露になった顔はロゼッタによく似た女性。エリザベス20世だった。





















「…!!」
バッシュの瞳が彼女を捉えた瞬間、彼の目はこれでもかという程見開かれて全身は身震いがした。
しかし一方のエリザベス女王はそんなバッシュとは温度差があり過ぎるくらい明るく無邪気な笑顔を浮かべて、バッシュに微笑み掛けている。首を傾げてまるでドレスを広げるような仕草をしてみせて挨拶をした。
「ご機嫌ようバッシュちゃん。裏切り者のロゼッタちゃんを殺して下さりありがとうございます。お陰様で時間短縮できましたの」
「……」
「そうそう。バッシュちゃん。今日は貴方にお渡ししたい物があるのですよ」
高いトーンで話すと軍服のポケットの中から青い小さな箱を取り出す。パカッと箱を開くと、中には赤く大きなダイヤモンドがはめ込まれた美しい指輪が一つ。エリザベス女王はにっこり微笑む。
「ロゼッタちゃんからよくお聞きしていましたの。バッシュちゃんはわたくしにご好意を寄せて下さっていたのですよね。今日はそのお気持ちに応えようと思って我が王室に代々伝わる婚約指輪を持ってきました。バッシュちゃんのように一国の軍隊将軍という名高いお強い方がお婿さんになって下さればわたくしはとてもとても光栄です」
「てめぇじゃねぇよ!!」
「はい?」
バッシュの怒鳴り声にもエリザベス女王はキラキラ輝く笑顔を絶やさない。一方のバッシュは肩と両手拳を震わせながら顔を上げる。鬼の形相で彼女を見上げて睨み付けながら大きく口を開いた。
「俺が好きな奴はもうこの世の何処を探したって居ないんだよ!俺はてめぇみたいな人間を駒としか思ってねぇクソババァなんか大嫌いなんだよ!!」


ガシャン!

ダイヤモンドの婚約指輪を満面の笑顔のまま握り潰したエリザベス女王。ダイヤモンドと指輪の破片が粉々になり、辺りに散る。
「そうですか。わたくしも貴方のようなガキは跡形も無く殺したいくらい大嫌いですよ」
それでも彼女の満面の笑顔は絶えなかった。



























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あきゅろす。
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