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症候群-追放王子ト亡国王女-
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1年前―――

アメリカ合衆国ワシントン国際連盟軍本部。
「はぁ〜何で俺みたいなアホをこんなお堅い連盟の代表に任命したんだよ王様の馬鹿ヤロー!」
国際連盟軍発足直後。今日はアメリカが発足したルネを鎮圧させる事を目的としたこの軍隊に加盟した各国の代表が本拠地である此処ワシントンへ集まる日。この時点ではルネや公にはまだ発足を知らせていなかった為、平穏な時間を送っている此処アメリカ。
近代的な高層ビルが立ち並ぶワシントンの中でも一際目立つ超高層ビル。此処が本日の集会場。たくさんの書類を脇に抱えたアンデグラウンド王国代表バッシュはエレベーターの中で1人、鏡を前に立つ。ネクタイは緩んでいるしワイシャツのボタンは第二ボタンまであいていてスーツのボタンも全てあけっぱなしだしズボンは腰で履いているから、裾をズルズル引き摺っている。
「やっべ。こんな格好で行ったら後で王様にチクられるし」
口ではそう言いながらも、鏡を前にしたら嫌々きっちりボタンをしめてズボンを上げてベルトをきついくらい締める。今度こそ鏡に映った姿はきっちり正装した紳士。…なのだが、未だ表情がやる気ゼロ。肩もがっくり落としているし、身なりは整っていても気持ちがこれでは一目見ただけでバッシュのやる気無さは周囲に伝わる事間違いなし。肩を落として、脇に抱えた分厚くて目も通したくない難しそうな書類の束に目を向けただけで更に肩を落して深い溜息。
「はぁ〜。王様の側近に軍の将軍に国際連盟軍の代表…あいつらは俺を過労死させる気かっつーの!」


ポーン、

21階のボタンが点滅すればようやくエレベーターのドアが開く。
「はぁ…」
また一つ溜息を吐いて、鉛を括り付けたように重い足を引き摺りながらエレベーターから降りた。
























【国際連盟軍代表会議室】
奥へ進めば、そう書かれたパネルが廊下ど真ん中にポツンと置いてあるだけ。この階は他の階に比べてやけに静まり返っているし、此処へ来るまでに誰1人とも擦れ違っていない。
「つーか、これからあのルネをぶっ倒す組織なんだから案内人の1人や2人付けるくらいしてくれても良いんじゃねーのかなぁ?」
ま、いーけどさ!と独り言を吐いてパネルの脇を通り過ぎ奥へと歩いて行く。
「それにしても…はぁ〜。国際連盟軍各国代表の初めての顔合わせだからしっかりするんだぞ、って言われてもさ!そんなに俺で不安なら他のおっさん達が行けよって感じだよなぁ。だってさ、国際連盟軍っつーいかにもお堅い連盟の代表だぜ?きっとこーんなサンタクロースみたいな髭生やしたおっさんとか、眉までつり上がってる頑固オヤジとかばっかりだろ!?そんな所に俺みたいなイケメンでピチピチの23歳が居たらぜーってぇ"此処は君のような若造が来る場所ではない!"とか嫌味言われるだけだし!」
目をつり上げ、勝手に想像した各国代表の典型的な怖い中年男性の顔や低い声を真似して1人2役をしたり…心の底から代表会議に出る事が嫌なバッシュ。そんな1人芝居をしている間にも…
「げっ…着いちゃったよ…」
この先は行き止まり。その行き止まりの部屋こそが会議室。





















【国際連盟軍代表会議室】と扉にでかでか英語で貼り出されている。相変わらず、学校の先生に呼び出されたがなかなか教務室に入れずにいる小学生のように心底嫌そうな顔をして扉を見上げた。
「くっそー!取敢えず挨拶すれば良いんだろ?今日はそれだけで良いって事だよな?…多分」
すうっ…。左胸に手をあてて息を吸い込む。ぱちっと目を開きまだ冷や汗伝わせながらも顔を上げてノブを回して扉を開いた。
「失礼しま〜、」


ゴツン!

「痛ってぇー!!」
渾身のキラキラ輝くスマイルで明るく扉を開いた瞬間。そのスマイルをぶち壊すかのように、バッシュ目掛けて勢い良く飛んできた1冊の分厚い本が彼のスマイルに直撃。


ドサッ…、

本がバッシュの足元に落ちる。一方のバッシュはというと痛みに身を屈めて直撃した額を両手で押えながらとても痛そうに唸っている。
「ってぇー!超痛てぇ!!」
「大遅刻じゃ馬鹿者!」
「〜っ?」
女性としては低めの声に叱咤され、さっきの痛みに目に薄ら涙を浮かべながらもまだ額を押さえて顔を上げる。其処には、広い会議室中央に長机が四つ正方形を作るように設置されており、各席に各国代表が1人1人着いていた。
その中でもバッシュから見て右側の席に着いている小柄な女性ロゼッタが明らかにイラ立っているオーラを纏わせてこちらを鬼の形相で睨み付けているではないか。他の2人はというと左側の席には真っ黒い長い髪の劉邦がバッシュの事すら見ず黙っているし、中央奥の席に着いているふくよかで眼鏡をかけたジェファソンに至っては苦笑いというか呆れて怒る気力も無いといった笑みを浮かべながら、机の上で手を組んでいた。4人は初対面の為この時点ではお互いの名前も分からない。ただしロゼッタとジェファソンだけは過去に仕事で何度か会っている。





















もしかしなくとも今自分に本を投げてきたのが右側の席のロゼッタだという事が1発で分かったバッシュ。…ところで。ロゼッタに遅刻だと怒鳴られたわけだが、腕時計に目を向ければ集合時間の調度5分前。
――全然遅刻じゃねぇじゃん!あんたの腕時計ぶっ壊れてんじゃねぇの?!――
と言ってやりたい気持ちを抑えて営業スマイルさながらの笑顔を貼り付けて頭を掻く。
「ははっ、すんません。でも今は集合時間の5分前なんすけどねー。あ。もしかして貴女の時計進めてたりするんすか?」
なんて遠回しな嫌味を言って内心笑っているバッシュだったが…
「…あ、れ?」
沈黙。返事が返ってこなかったのだ。その間にもロゼッタは他2人に顔を向けて書類の角を机で整えて、
「では始めるか」
なんて言っているから、明らかに於いてけぼりだし無視されているバッシュが扉の前でポカン…と突っ立っていると…
「常識的に10分前に来るじゃろう。5分前に来るなど馬鹿のやる事じゃ。さっさと座らんか馬鹿バッシュ」
ビシッ!別の本で指を差すように差されたバッシュはカチンとくるが何とか必死に堪えて堪えてこの笑顔を保ち、先程ぶつけられた足元の本を拾うと、空いている中央手前の席に着いた。自分では堪えているつもりでも口角や目元がやけにピクピク痙攣した笑顔だった為、他3人には彼の今の心情が丸見えだった。
「ゴホン。では始めようか。じゃあまずは私から自己紹介しよう。私はアメリカ合衆国代表―――」
中央奥バッシュの向かい側のジェファソンが立つ。彼の自己紹介も右耳から入って左耳から抜けていくバッシュは、やっと降ろせた書類の束を整理整頓中。やはりまだ目元をピクピクさせて。
――確かに当初の想像通り怖い人は居た。けど女だぞ!?しかも明らか俺より年下!つーかまだ子供じゃね?!子供があんな出しゃばってんのに、他の2人は何も注意しなくて良いのかよ!あ〜!さっさと終わらせて家帰ってゴロゴロしてぇ!…あれ?――


ピタリ…

バッシュの手が止まる。頭に血が昇っていて周りの音すら聞こえていなかったバッシュに周りの音が戻ってきた。
――てか、この人なんでまだ名乗ってもいないのに俺の名前を知っているんだろう?しかも"バッシュ"って知り合いしか知らない呼び方まで…何で?――
「こら!次はお前の番だぞ馬鹿者!」
「〜っ!」


キーン!

ボーッと考え事をしていた時にロゼッタの怒鳴り声が右耳のすぐ其処で聞こえて耳鳴りがした。思わず片目を瞑ったバッシュが耳を押えながら辺りを見渡すと、3人からの冷ややかな視線が自分だけに注がれていて思わず苦笑いを浮かべて立ち上がる。序でに頭を掻いて愛嬌を見せてみるけど…。























「あー…あれ?次俺の番…っすよね!はいっ!えーっとアンデグラウンド王国代表バーディッシュダルト・ジョン・ソーンヒルっていいます!バッシュって呼んじゃってイイっすよー!」


しん…

沈黙。冷や汗がダラダラ流れてもまだ頭を掻いて笑顔を浮かべていられるのも時間の問題だろう。
――やべぇ、マジやべぇ!初端からこれじゃあきっと国際連盟軍のお偉いさんが俺の所の王様にチクって、チクられた俺の立場マジ危ういじゃん!いくら王様が親友のロマンだからってあいつ堅物だから俺絶対左遷される!あ。でもそれで代表降ろされたら仕事一つ減るしラッキー!?そうだよな!何事もポジティブシンギングだぜ!――
「声、洩れているぞ…」
「え"っ」
自分的には心の声だったのだがそれは所詮自分的というだけであって、バッシュの自称心の声は外へダダ洩れ。
呆れ返ったジェファソンに指摘をされてようやく気付いたが、ここまできてはお得意の笑顔すら崩れてしまい冷や汗は引っきりなしだし顔は真っ青。お先真っ暗な表情の彼を見てから3人は目を見合わせると、溜息を吐いて肩を落とした。
「常識外れのこんな若造を寄越してアンデグラウンドは正気なのでしょうか」
「はぁ…こんな奴しか頼れる人間が居ないアンデグラウンドが哀れに思えるな」
劉邦の毒舌な問い。そしてジェファソンは額に手をあてて背凭れに寄り掛かり、完璧お手上げだ。
「はぁ…まいったな。まあどうせ今日は顔合わせだけだしな。じゃあ行こうか」
「はい」


ガタッ、

ジェファソンの言葉を合図に他2人が立ち上がり、自分の脇を通り過ぎ部屋を出て行こうとするからバッシュは慌てて3人の方を振り向く。
「ちょ、え!?あの!会議するんじゃないんすか!?」
「その馬鹿丸出しな言葉遣いを続けるようならお前のその問いに答える気は一生無い」
「〜っ!」
劉邦の正論にバッシュはイラッとくるが、ここであの笑顔を使う。
「いやぁ申し訳ありませんでした!えーとじゃあ今から会議すると思っていたのでございますが、皆さんお揃いでどちらへお向かわれるのでございますか!?」
逆に嫌味にしか聞こえない上に敬語にすらなっていない彼の敬語に、劉邦はやはり背を向けたまま無視。























一方のジェファソンが呆れつつも代わりに答えてやった。
「アンデグラウンド代表…。事前に送った資料に目を通さなかったのか?」
「資…料?」
「はぁ…何の事?と言った様子だな。事前に各国代表宛に我国が送った資料に、今日は顔合わせも兼ねた会食がメインだと記しておいたんだが」
「えー!マジっすか!じゃあこれから皆で飯食いにGOって感じっすか!なーんだそれなら別にこんなに緊張する必要無かったんすね!は〜良かった!で!何処行くんすか?あ!できれば俺肉料理が良いんすけど〜」
会食と聞いたらすぐ目をキラキラ輝かせてさっきまでの憂鬱な彼とはまるで別人のようにご機嫌になった子供のような彼に、3人は既に怒る気にもなれなかったという事すら気付かないある意味幸せなバッシュだった。























夕食後―――――

「っは〜食った食った!」
「おいアンデグラウンド代表!割勘とは言ったが、明らかにお前だけ私達の3倍は食べていただろう!少しは気を遣えんのか!」
「すんませーん!でもそれを言うなら最初っから割勘なんて言わなきゃ良かったんじゃないっすかー?」
「〜〜っ!このくそガキ!!」
「ピチピチの23歳ですみませーん!」
色とりどりの明かりが眩しい繁華街。食事を終えて店を出た4人。ジェファソンが財布の中身をチェックしながら顔を林檎のように真っ赤に染めてバッシュを注意するが、聞く耳持たずで飄々としている彼には短気なジェファソンの身体がいくらあっても足りないだろう。
「…アホだな」
「え〜今何か言いました〜?」
「ああ言った。アホだと言ったんだアンデグラウンド代表」
「何すかそれ!普通何も言ってないって言う場面っしょ!つーか皆さんしてお堅いっすよ!言ったじゃないっすか、俺の事はアンデグラウンド代表じゃなくてバッシュって呼んで下さーいって!」
酒も入っている為かいつも以上に飄々としているから、会ったばかりだというのにジェファソンと劉邦の堪忍袋の緒は既に切れている。
「あーじゃ〜、ジェファソンさんと兄さん!呼び方これで良くないっすか?」
ジェファソンと劉邦の前に立ち、果てには指まで差して呼び方を決める彼に付き合いきれなくなった2人はさっさと繁華街を歩いて行ってしまった。





















残されたバッシュは酒のせいで赤らんだ顔で頭を掻いて、2人の背中を見送る。
「あ〜れっ?俺何かまずい事言った系?あはは!まーいっかー!ね!イイっすよね?」
隣に立っているロゼッタに満面の笑みで話を振るが、彼女はこちらを見向きもしないからバッシュはつまらなそうに口を尖らせる。
「随分とアホになったものじゃな。昔はあんなに可愛かったというのに」
「え?今何か言いまし、」
「言っていない。行くぞ」
「あ、ちょ!待って下さいって!」
ロゼッタの独り言は聞き取れず。さっさと歩いて行ってしまうロゼッタにあっという間に追い付くと、彼女の少し前を歩いて彼女の顔を見ながら話し掛ける。酔った満面の笑みで。それでも彼女は歩く足を止めないどころか、速度が増している。
「あのーっ」
「何じゃ」
「ロゼッタさんって42なんすよね!最初見た時俺より下かと思いましたよ!」
「私がお前よりガキだと言いたいようじゃな」
「違〜がいますって!そうやって卑屈にならないで下さいよ!俺の母ちゃんと二つしか違わないのに!俺の母ちゃんなんてそりゃあもう超デブで顎無いし!腕とか俺の脚くらいの太さだし、いっつも食って寝ての繰り返しで見てられないっすから!でもロゼッタさん超若々しいし細いからドストライク!」
まるで矢に射たれたかの様に左胸を押さえて大袈裟なジェスチャーをする彼に、彼女はやはり見向きもしなかった。
「あまりそうやって誰構わず愛想を振りまいていると後で痛い目にあうぞ」
「えー!俺そんなチャラい奴に見えま、」
「見える」
「マジかー!超ショック!こう見えて10歳の時からずーっと一途なんすけどね〜」
「ほう。意外じゃな。そんなに美人と逢ったのか」
「あっ。やっと話に食い付きましたね?」
「別にそんなんじゃない」
「まぁまぁ照れないで下さいって!聞いて下さいよ!俺母国の王様の幼馴染みなんすけど、よく宮殿でそいつと遊んでて。あっ。もう王様だからそいつなんて呼べないか。ま、取り敢えずそいつと遊んでたら調度イギリスがアンデグラウンドに同盟を結びに来た日だったみたいで、俺の前にそれはそれはもう絶世の美女っていうかどっちかって言うと可愛い系?のイギリス人の女性が現れて、俺10歳ながらにドストライクでしたよ!」
「ほう。もしやそれはエリザベス女王陛下か?」
「えっ何で分かったんすか!正解っすよ!だから俺ずーっとエリザベス女王に一途なんです!あ。もしかしてロゼッタさん初対面なのに俺の事をバッシュって呼んだのって、エリザベス女王から俺の呼び方を聞いていたからとかっすか?」
「聞いていたからとか、じゃ」
「えー!マジっすか!冗談で言ったのに!それマジっすか!嬉しくて死にそう!まさかエリザベス女王が、まだガキだった俺の事覚えててくれたなんてこれは運命以外の何ものでもないっすね!ロゼッタさん!俺達の恋のキューピットになってくれませんか!?」
「生憎女王陛下は母国第一且つ天然故に、今まで何百人もの男が呆気なく失恋していったから諦める事じゃな」
ばっさり切ってしまうロゼッタがバッシュの先をスタスタ歩く。先へ行ってしまったジェファソンと劉邦にはまだ追い付かない。





















「そいつらはそいつらっす!そいつらがモブ男だったってだけで、俺は一味違うイケメンっすからねぇ!」
顎に手をあてて周りにキラキラ星を飛ばして自信満々のバッシュをチラッ…と横目で見るロゼッタは溜息を吐く。
「はぁ。分かった分かった。そのポジティブ思考を今後国際連盟軍の為に生かすんじゃぞ」
「了解っす!」
ビシッ!と敬礼をしたバッシュのキラキラ光る笑顔に、また溜息を吐くロゼッタだった。
それから少し歩いていけば、バーの前で店のメニューを見ているジェファソンと劉邦の背がやっと見えてきた。
「ロゼッタさん」
「何じゃ」
後少しで2人へ追い付く時、背後から聞こえたバッシュの底抜けに明るい声が呼ぶ。
「ロゼッタさんも大変っすよね。女性なのにこんな面倒くせー代表もやって、家に帰ったら家事もやってるんすよね。夕飯は旦那さんが作っているんすか?」
「面倒くさいとは何じゃ。別に。この仕事が気に入っているし、結婚もしていないから苦ではない」
「え?そうだったんすか。何か…すみません。でもロゼッタさん怖いけど美人だし強そうだからきっと良い奥さんになれそうっすよ!ほら!やっぱり男から見たら女性は仕事に一途になるより、良い人を見つけて幸せになってほしいし!あ。別に差別しているんじゃないっすよ!」
「分かっておる」
「良かった!ロゼッタさんって姐御肌って言うんすか?そんな感じです!あ!じゃあ姐さんって呼んじゃっても良いっすか?」
「……」
「あれ?おーい姐さん?」
くるり。立ち止まってようやく顔を向けたロゼッタ。
「まだ許可を出していないというのに、全くお前という奴は」
「あ!やべ!すんません」
口に手の平をあてて汗を掻きつつ明るく笑うバッシュを見る。
「これからまたよろしくなバッシュ」
今日初めて笑顔を見せた。その笑顔が一瞬13年前のあの日シャングリラ宮殿で出逢ったエリザベス女王と重なってすぐ、現実へ引き戻された。




























































現在―――――

アンデグラウンド王国都心部上空。戦闘空域外の此処に対峙しているイギリス軍戦闘機1機とアンデグラウンド軍戦闘機1機。
アンデグラウンド機の赤い光を纏った二刀のサーベルを拡大してモニターに映すロゼッタは目を細めて眉間に皺を寄せる。
「何じゃあれは…ただ光を纏っているだけか?いや、それだけでは…ぐあっ!」


ドン!ドンッ!!

考察している時間すら与えてはくれないアンデグラウンド機が2発砲撃してきた。すぐに回避した為命中は免れたロゼッタ機だが、空中で爆発した砲撃の爆風により機体が大きく揺れてしまう。体勢を立て直すその僅かな時間すら隙と見てついてくるアンデグラウンド機の猛攻に回避する事でしか対応できないロゼッタ。


ドンッ!ドン!

一方のアンデグラウンド機はせっかく出した例のサーベルを使わず、砲撃やミサイル攻撃ばかりなのだ。ロゼッタは舌打ちをする。
「チッ!この私を馬鹿にしおって!!」
遊ばれていると感じて自尊心が傷付いたのだろう。だからといって彼女は落ち込むタイプではなく、逆に闘志に火が点くタイプ。


カタカタカタ!

目にも止まらぬ速さでキーボードを打ち込んでいけばミサイルのような短剣が次々発射されて、アンデグラウンド機を襲う。先程もアンデグラウンド機はロゼッタ機の同じ攻撃にてこずっていたのだが今も同様だ。敵の弱点を知り、口が裂けそうな程ニヤリと笑むロゼッタが再び優位に立つ。1本の太いサーベルを構えた。
「私の道に立ちはだかるというのなら、悪いがお前は葬らせてもらう!」
まだ短剣型ミサイルの相手で手一杯のアンデグラウンド機に容赦なく突っ込み、太いサーベルを振り下ろした。


ガッ!

「ほう。やはり専用機を持てる人間というだけあってこの程度の攻撃なら受け止められるか」
太いサーベルを例の二刀サーベルで受け止めたアンデグラウンド機を敵ながら褒める。だがロゼッタにはまだ余裕が見受けられるし何よりも、強い敵を前にしたらこの戦闘を楽しんでさえいた。
























ぐぐっ…、と震わせながら何とかロゼッタ機のサーベルを振り払おうとするができずにいるアンデグラウンド機を、フロントガラス越しから見下ろすロゼッタが笑った。
「だが、受け止める事くらい我がイギリス軍の兵なら全員可能だ!」
またキーボードを手早く打ち込めば、ロゼッタ機の背中と左右から計5つの発射口が現れた。直後連盟軍特有曲がるミサイルが発射された。すぐ自機のサーベルをアンデグラウンドから引き抜くと、ミサイルに巻き込まれぬようアンデグラウンド機から離れるロゼッタ機。


ドン!ドン!ドン!

何とかミサイルを回避したが、すぐ追い付かれてしまったアンデグラウンド機。5発の爆発音がして辺りは灰色の煙幕に包まれる。アンデグラウンド機の姿はミサイルの煙幕によってすっかり見えなくなってしまった。しかしまだ敵機レーダーが反応を示している為、アンデグラウンド機は生存しているのだろう。
ロゼッタは黒い革手袋を歯で噛みながらつけ直す。
「ふん。何じゃまだ生きておるのか。なかなかしぶとい奴じゃな。まあそうでなくてはこちらもつまら、何っ…!?」
フロントガラスの向こう煙幕の中でキラリと一筋の光が光ってすぐ。息をもつかせぬ速さで煙幕を突き破り例の二刀サーベルの刃先を向けたアンデグラウンド機が特攻してきた。
「くそ!」


ドスッ!

「ぐああ!」
すぐに対応しようとまたミサイルのボタンに手を伸ばしたロゼッタ。だがロゼッタがボタンを押すより早くロゼッタ機に追い付いたアンデグラウンド機の二刀のサーベルの攻撃を食らってしまった。大きく傾くロゼッタ機。


ビー!ビー!

機内は機体破損のサイレンが鳴り響いて、モニターには機体頭部と左の翼部分が赤で点滅しているからその点滅箇所が破損した事をパイロットに知らせている。
「ぐっ…!しかしコックピットさえ貫けなければ私は死なんぞアンデグラウンド!!」
再び発射口を繰り出した時だった。
「な、何じゃこの異常な熱さは…!」
突然ロゼッタ機内の温度が急上昇。まるで、太陽が光々と照りつける真夏の砂漠の中心に居るかのような異常な熱さに目は見開かれ汗は噴き出し、何と言っても息苦しくて堪らない。思わず喉を押さえる。ガクン!とロゼッタの全身が重くなった時。フロントガラスの向こうで浮かんでいるアンデグラウンド機が持つ赤い光を纏った二刀のサーベルが視界に入り、ロゼッタは目を見開いた。
「あのサーベルの能力か…!」


一方のアンデグラウンド機から見える光景。二刀サーベルを食らったロゼッタ機の頭部と左の翼だけ真っ赤に変色して溶け始めている。このサーベルの能力はロゼッタの予測通り。100℃近い熱を持ったサーベルに攻撃された箇所から熱が伝わり機体はおろか、パイロットすら苦しめるというのがこのサーベルの能力。細長く作られているのは刃先が擦っただけでも熱が敵機に伝わる為、擦れ違い様でも敵へ大ダメージを与える事ができるから。機内からでは分からないだろうけれど、ロゼッタ機のサーベルが触れた箇所から湯気が上がり始めて徐々に溶けていくその様を見ているバッシュはヘルメットの下で笑った。
「パイロットは今頃このサーベルの熱で意識朦朧状態。その間にも機体は熱を帯び溶けていく…どう転んでも助かる道は無い」
ユラリ…、再び二刀サーベルを構えたバッシュ。遠くからではあるが、刃先をロゼッタ機のコックピット部分に向けた。
「悪いけどな、このサーベルを食らって生き残れた奴は居ねぇんだよ!!」


ドガッ!

猛スピードで特攻。しかし何とか回避した敵機にバッシュはまた白い歯を覗かせて笑む。
「へぇ。熱さで意識昏睡状態かと思ったのにあんたまだ反応できんのかよ。けどなぁ!!」
素早く敵機の背後に回り込めば、熱に犯されていた為反応が鈍いロゼッタ機は後ろがガラ空きだ。バッシュは瞳孔を開いて戦争狂の如く笑った。
「同盟国を裏切るような卑劣なお前らには最期の言葉すら言わせねぇ!!」


ガッ!

「なっ…!?」
これでもかという程対応してくるロゼッタ機。太いサーベルでバッシュの二刀サーベルを受け止めたのだ。しかしバッシュはニヤリと笑った。
「この状況下で受け止められたのは上出来だ。けどこのサーベルの能力を知ってんならそれはお粗末な対応だよなァ!」
彼の言葉通り、ロゼッタ機が受け止めた黒く太いサーベルがじわりじわり赤く変色していき、その面積はどんどん広がっていく。何とかバッシュ機の二刀サーベルを振り払おうとするロゼッタ機だが、それを知っているからこそ倍以上の力で圧して圧してロゼッタ機のサーベルが溶けるまで圧していく。形勢逆転。バッシュの顔から笑みが絶えない。
「これで終わりだ下道!」
渾身の力を込めた二刀サーベルで圧す。だがロゼッタ機はここへきて突然後退したのだ。それにより、二刀サーベルから離れた。
「逃げ腰かよ!天下のイギリス軍なんだろ!?」
まさかの敵機の逃げ腰に一瞬戸惑うが、すぐ追い掛ける。























やはり熱によりパイロットは相当困憊していると見た。アンデグラウンド機が特攻しても攻撃はおろか回避する力すらもう残っていないのだろう。ただ其処で浮かんでいるだけ。
「まるで殺して下さいって言ってるようなもんだな!ならお望み通り跡形も無くバラバラにしてやるよ!」
サーベルを振り上げた。


キィン!!

「っ!くそ!」
やはり最後の頼みなのだろう太いサーベルでアンデグラウンド機の右の翼を攻撃してきたロゼッタ機。傾いたがすぐ体勢を立て直してロゼッタ機にトドメをさそうとした時。
「熱っ…!!」
次の攻撃に移れないくらいアンデグラウンド機内の温度が急上昇。目を見開き、あまりの熱さに全身が痛い。
「ハッ…!まさか…!俺の攻撃を受け止めたサーベルで攻撃してきたイギリス軍のサーベルが、俺のサーベルと同じ能力を持ったも同然の状態って事か…!?」
正解だった。先程ロゼッタ機はわざとバッシュの二刀サーベルを自分のサーベルで受け止めたのだ。回避する事だってできたはず。しかし、捨て身の覚悟。バッシュのサーベルから受けた熱を纏った自分のサーベルが溶けて使い物にならなくなってしまう前に、熱に包まれた自分のサーベルでアンデグラウンド機に自分と同じ苦しみを味わわせたのだ。


ダンッ!

バッシュは目をつり上げる。怒りが込み上げたのか機内を拳で殴った。
「なめた真似してんじゃねぇぞ!けどなてめぇのサーベルはいつか溶けちまう!でも俺のサーベルは違う!システムで熱を操作できる俺のサーベルなら溶けて消える事はねぇんだよ!!」
とは言うものの、攻撃を食らった右の翼が溶け始めて機内の温度が異常な速さで上昇している事は痛感していた。だから、その前に。
「くっ…そが!!」
汗が噴き出し、操縦桿を握るだけで両手が痛い程熱いが歯を食い縛る。もう容赦なんてものはできない。ここぞとばかりに二刀サーベルで攻撃。


ドガッ!ドガッ!!

一方のロゼッタ機も溶けつつはあるが、今ならアンデグラウンド機と同じ能力を持った自分のサーベルで攻撃。互いのサーベルがぶつかり合う度に互いの機体が赤く変色して溶け出す。























「はぁ…はぁ…っ、くそ!敵の技を真似するなんざ、てめぇらのやる事じゃねぇだろ!弱ぇ奴はそれらしくやられてろってんだよ!」


ドガッ!ガッ!

互いの機体はおろか、互いのパイロットも限界が近い。意識朦朧は勿論視界まで霞んで二重三重にぼやけてきた。
「はぁ…どっちが堪えられるかの…はぁ…体力勝負みてぇになってんじゃねぇかよ…!」
しかしやはりロゼッタ機のサーベルは1/3が溶けてしまっている。息が上がり視界が霞むがバッシュは意を決す。
「はぁ…はぁ…俺の武器はサーベルだけじゃねぇんだよ!」


ドン!ドンッ!

ロゼッタ機から間合いを取るとその直後、機体下部からミサイルを発射。それをもサーベルで爆発させたり回避して何とか命中を免れるロゼッタ機。しかしバッシュはミサイル攻撃を止めない。


ドンッ!ドン!ドンッ!

2発、4発、7発…しかし尽く回避又は爆発させるロゼッタ機にイラ立っつが、熱により意識を手放してしまいそうになるバッシュ。
「くそ!!」


ダンッ!

機内を殴れば拳から血が滲む。お陰で意識を保つ事ができた。しかし…


ビー!ビー!

「くそ…!」
煙幕の中猛スピードでこちらへ向かってくるロゼッタ機を捉えると、再びミサイルのボタンに手を伸ばすバッシュ。だが…
「っあ"…」
――くそ…意識が…!――
せっかく保った意識も手放してしまいそうになり、ボタンに後少しで手が届くところで手がガクン…と崩れ落ちた。その間にも迫り来る敵機。
「…っあ"…俺は姐さんに聞くまで…死ねなっ…」


ドンッ!

「え…?」
あと1歩でトドメをさされるそんな時。何処からともなく発射された砲撃が直撃したロゼッタ機。その砲撃のお陰でトドメをさされる事を免れたバッシュだが、目の前で火を上げてよろめくロゼッタ機に呆然。





















ビー!ビー!

「敵反応…?新手か…」
新たなイギリス軍つまり敵反応をレーダーが感知。しかし今ロゼッタ機は何処からともなく攻撃された。アンデグラウンド軍の援軍はレーダーが感知していない。
――じゃあ誰がこのイギリス機を攻撃したんだ?――
遠退く意識の中そんな事を考えていたら…


ドン!ドン!

「な…何だよこれ…!」
イギリス国旗が描かれた新手の戦闘機が、ロゼッタ機を無慈悲なまでに一方的に攻撃しているのだ。もう戦える状態ではないロゼッタ機も一応対抗しようとしているのだが、構えた時に逆に隙を見せてしまいそこを狙われてサーベルやミサイル攻撃がロゼッタ機にほぼ全弾命中してしまっている。灰色の煙や火を上げてもまだ対峙しているロゼッタ機。一方、イギリス軍のまさかの仲間割れを目の当りにしたバッシュは熱さで息を荒げながらも呆然だ。
「イギリス軍同士で殺り合ってる…!?仲間割れ…か?つか何でそんな事してんだよ…!」
一方。ロゼッタ機を圧倒している仲間のイギリス軍戦闘機を操縦しているパイロットはトーマス少佐。
「はははは!調度良い時に来ましたよ!まさか少将ともあろう貴女がこんなに追い込まれているとは!それは私にとって好機!裏切り者の貴女を仕留めれば私の階級は勿論、貴族になって爵位を得る事もできるでしょう!ははは!運が悪かったですね少将!女である貴女は出過ぎた真似をするなという神からの思し召し!人間は神には逆らえない!ならば私が、神の代わりに貴女を裁いて差し上げましょう!これが貴女の運命(さだめ)です!受け入れなさい!!」


ドスッ…!

トーマス機のサーベルがロゼッタ機を貫く。それをすぐ引き抜いてトーマス機が距離を取った直後。


ドンッ!!

眩しい程の真っ赤な炎を上げて爆発したロゼッタ機は都心部地上へ落下していった。
「やった…やりましたよ!あの邪魔な女を消し去る事ができた!私の手で!!これは私の手柄!神は私に力を下さった!ははははは!」
狂喜に満ち高笑いを上げるトーマス。瞳孔が開いて目は血走っている。


ビー!ビー!

「おっと。そうでしたね」
背後に居る敵機を感知するレーダー音。後方で呆然としているアンデグラウンド機を横目で見て鼻で笑うと、トーマスはアンデグラウンド機にオープンチャンネルを繋げた。























「そちらは国際連盟軍アンデグラウンド王国バーディッシュダルト・ジョン・ソーンヒル代表でしょうか?」
「な、通信…!?」
敵機からのオープンチャンネルを開く。音声のみだ。
「よくぞやってくれました。君のお陰で私は奴を仕留める事ができましたよ代表。いや、バッシュ?」
「…!その声はトーマスさん…いや、トーマスか!!」
脳裏では、カロリナや宮殿の人間の亡骸の上に立っていたトーマスが蘇る。バッシュは我に返ると鬼の形相でトーマスに向かってサーベルを振り上げる。しかし…


ドン!

「なっ…!?」
左手に構えていたサーベルをミサイルで破壊された。しかし、まだ右手のサーベルがある。再度襲い掛かるが…
「宜しいのですか?今まで君が戦っていた相手はロゼッタ少将だったのですが」
「なっ…!?」
思わず攻撃の手を止めてしまった。


ドクン…ドクン…

バッシュの心音が深い所から聞こえる。脳裏では、大破し落下していったロゼッタ機が蘇る。




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