30-3
リーダーであるゼロ、零番隊の紅月カレン、そして空。
その三人が式根島から姿を消した。
藤堂の指示で撤退した騎士団は、今は式根島のそばの海底に身を潜めている。
ブリタニア軍が海上をうろついているため、ほとんどの騎士団員に落ち着きがなかった。
夕食を採るため、幹部や団員は食堂の席について、西原が用意したカレーを口に運んでいる。
《敵戦艦、通過しました》
緊張に食べる手を止めていた全員は、食堂に響くアナウンスを聞いてホッと安堵の息をこぼす。
扇もその一人だ。
「ったく!
空中で停まれる戦艦なんて冗談じゃねぇ!!」
そう吐き捨てたのは玉城だ。
それは扇も同感だった。
式根島で襲撃をかけた巨大な戦艦は、今もこの辺りにいる。
肝を冷やしたのはこれで何度めだろう。
「やはりこれ以上この海域に留まるのは危険だ。
引き返そう」
藤堂の意見はもっともだ。
敵のそばに居続ければ、それだけ敵に見つかるリスクは高くなる。
発見されれば攻撃され、ここも簡単に沈んでしまうだろう。
砂地に降り注いだ赤黒い閃光を思い出し、扇は重い溜め息を吐く。
引き返すべきだ、でもその意見にすぐ頷けないのは、騎士団の人間が全員そろっていないからだ。
藤堂の意見に反対の姿勢を見せたのは、扇の向かいに座るディートハルト。
「いえ。
あくまでここに留まり、ゼロを捜すべきです」
「だが、捜索隊すら出せない状況。
ラクシャータのおかげで隠れていることは出来ても、もはやゼロ達が生存している保証すらない。
一歩間違うと組織の存亡に関わる」
「何を言うのです!」
藤堂の意見にディートハルトは頷かなかった。
「逆です。
ゼロあっての私達!
ゼロがいて、初めて組織があるのです」
「人あってこその組織だ。
貴様の物言いは、実にブリタニアらしいな」
二人の言い合いに、いつの間にか食堂にいる全員が注目していた。
「ではお聞きしたい。
ここには様々な主義主張の人が集まっています。
しかし、まがりなりにもそれがまとまっているのはなぜですか?
結果が出ているからでは?
そしてその結果を出しているのは誰なんですか?!」
ディートハルトの言葉を阻むように、藤堂は拳でテーブルを叩いた。
怒りがそのまま現れたように、ドンと大きな音がする。
「結果は認めよう。
しかし、全員の命と比べられるのか?」
「時として、一人の命は億の民より重い。
元軍人なら常識のはずです」
「ここでそれを言うか…!」
話が感情で脱線するのを肌で感じた扇はすかさず口を開いた。
「ちょっと待ってくれ!
話がそれてる。
ともかくこうしよう、ブリタニアの警戒網の外、安全な海域ギリギリでとりあえず明日の日没までって言うのは!
時間制限をつければ…」
「………よかろう」
「仕方ありませんね…」
渋々といった表情だが、二人はやっと納得し、扇は内心ホッとする。
納得させるための提案だが、捜しに行けるなら捜しに行きたかった。
「こんな時空がいてくれれば…」
扇が思い浮かべたのは、唯一この世界の常識を無視した存在。
単身で海に潜り、空を駆け、大陸を渡ることができる少女。
「言っても始まらない。
どちらにせよ彼女はここにはいないからな」
藤堂の言葉に、扇はもしもという考えを諦めて食事を再開する。
その時、場違いな格好をした女が食堂に入ってきた。
彼女の名前はC.C.
ゼロが協力者として連れてこなければ、まず受け入れることができない素性不明の人物だ。
なぜブリタニア軍の拘束衣を着ているかも不明。
趣味だろうか?と内心扇は思っている。
「話は終わったか?」
「あ、ああ」
彼女の表情から喜怒哀楽は感じられず、扇はどうしても気圧されてしまう。
「せっかくだから教えてやろう。
あいつは生きてるぞ」
C.C.が言う『あいつ』は一人しかいない。
藤堂は顔をしかめた。
「ゼロが?
おい、願望を聞いてるヒマは━━━」
「確定情報だ。
私には分かる」
藤堂の言葉を切り捨てるような物言いは、確信に満ち溢れていた。
「預言者かお前は!!」
玉城が食って掛かる。
C.C.相手に強気でいける玉城が扇は羨ましかった。
「んなことよりナイトメアの練習しとけって言っただろう!
このダァホ!!」
「ダァホ…?」
ここで初めてC.C.は表情を変えた。
王座に君臨する独裁者のような笑みで、相手を嘲笑うようにハッと息を吐く。
「久し振りだぞ。
私に向かってそんな口のきき方をした奴は…」
「なんだ偉そうに?
ゼロの愛人だからって」
「違うと言っただろう?
ゲスな発想しか出来ん男だ」
玉城を見据える眼差しは絶対零度だ。
さすがの玉城も言葉を失い、気圧される。
侮蔑が宿るC.C.の瞳が、突如大きく見開いた。
彼女は玉城を見ていなかった。
正確に言うなら玉城を越えた向こう側。
驚愕で唖然とした表情に、扇達は疑問に思ってC.C.の視線の先を追う。
食堂の奥に、霊体の空が立っていた。
「空?!」「どうしておまえが!!」
いてほしかったと思っていた扇達の声には、驚きよりも嬉しさのほうが強かった。
だが同時に、食堂に響いたのは恐怖の絶叫。
以前、霊体の空を見ることができなかった団員達が悲鳴を上げていた。
扇はやっと異変に気づく。
「みんな━━━空の姿が見えるのか?!」
絶叫が響く食堂でただ一人、C.C.だけが唖然とした表情を崩さなかった。
「どうして…」
吐き出すような呟きは、泣き出す寸前のように震えていた。
「どうしておまえが…!!」
絶叫の原因となった主は、困惑することなく微笑んでいる。
瞳は悲しげで、その色は鮮血のような赤色だった。
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