Blue lace flower 第8話 「どうしても見てみたいって聞かなくて、ごめんな?」 高槻の突然の訪問から2週間後、優斗は尚哉に呼ばれて自宅アパートからも近い駅にある居酒屋にいた。 二人きりなのだろうと思っていたら、後から尚哉の同僚でもあり親友でもある男が来るらしい。 それを聞いて思わず顔を顰めた優斗に尚哉が何度も頭を下げた。 「学生の時からの付き合いなんだ。いい奴だから安心しろ、な?」 今は勤める署も階級も違い、尚哉自身会うのは久々だと言う。 警部補から警部、そして警視へと順調に昇進しているらしい友人を誇らしげに語る尚哉に密かにため息を漏らし、優斗はすでにテーブルに置かれたから揚げに手を伸ばした。 「なんで俺なんかが見たいわけ?」 もそもそとから揚げをつまみながらビールをあおる優斗に尚哉が恥ずかしげに頭を掻きながら。 「いやー、つい自慢しちゃって・・・」 じろりと睨みつけた優斗の視線から逃れるようにメニューに目を逸らした尚哉に、こっそりとため息を漏らす。 まだ母親達は籍を入れていないが、尚哉はすでに優斗を弟として認識しているし、優斗もまた尚哉を本当の兄のように感じている。 可愛がってくれていることも自覚しているし、家族として大事に思われていることも知っている。 だから尚哉が自分を自慢してくれたことにたいして、正直ほんの少しだけ嬉しいとも感じていた。 ただ人見知りで面倒くさがり、愛想笑いは短時間ならば耐えれるが長時間になると顔が引きつってきてしまう。 尚哉の親友に失礼な態度を取るつもりはないが、正直今すぐ帰りたかった。 「あいつも忙しい奴だから、すぐに帰ると思う」 「分かったよ。お兄様の友達ならいつか会うかもしれないんだし」 優斗の機嫌を取るように言い募る尚哉に苦笑して、次のから揚げに手を伸ばした。 皿に取ってレモンを絞っていると、個室になっている部屋の扉が静かに開かれた。 店員が開けた扉の向こうにいたのはすらりとした長身の、きつい双眸を持つ男だった。 尚哉を初めて見たときもその視線の鋭さに驚いたが、男はそれ以上に厳しい目をしているように思える。 日本人らしい涼やかな顔立ちだが、切れ長の目と射抜くような眼差しに知らず唾を飲み込んだ。 「遅くなってすまない。出掛けに電話があったんだ」 静かな動作でテーブルに着くと、男は尚哉の横に座り優斗へと目を向けた。 「君が・・・、久江優斗君、だね」 すっと目を細め男が優斗をまるで見定めるように見つめてくる。 その視線に思わずたじろぐ。だがふっと目線が外れて体中の力が抜けるような気がした。 「大原ー、優斗が驚いてるだろ。お前のその癖早く治せって」 最初に人に会った時、じっと見据えてしまうのは警察としての癖なのだろうか。 居心地の悪さを感じていた優斗は手元にあったビールをぐっとあおり、ちらりと大原を見やった。 よくよく見ると顔立ちは悪くない。すっきりとした顔は女性には好まれるだろうし、清潔感のある佇まいも好感が持てる。 ただじっと見つめられると、心の奥底まで覗かれているような気がして少し怖い。 嫌いではないが、親しくはなれないだろう。 だが尚哉の親友である大原に嫌な印象をもたれたくはない、そんな風に思って優斗は姿勢を正して大原へと向かった。 「久江優斗です。尚哉さんの弟、になる予定です」 30分ほど飲みながら話をしていると、電話が掛かってきたため携帯を手に尚哉が席を立った。 急に二人きりになると何を話していいか分からなくなり、優斗はお腹いっぱいで食べたいわけでもないのにつまみを口に運び焼酎をごくりと飲み込んだ。 今酒を口にしているのは優斗だけだ。 尚哉は急に呼び出される可能性があるとかで、大原はあまり酒は好まないらしい。 ウーロン茶をこくりと飲み込み、ふっと息を吐いた男を見やると鋭くこちらを見据えている視線に思わず怯んだ。 「あの・・・?」 「君は、高槻仁とどういう関係だ」 突き刺さるほどの強い視線と、紡がれた言葉にハッと息を呑んだ。 先ほどまでにこやかとまでは行かないまでも尚哉に合わせて笑みさえ浮かべていた大原は、それが嘘のように今は厳しい表情を浮かべ優斗の顔色や仕草を見つめていた。 「な・・・んで」 まさかここで高槻の名前を聞くとは全く想像すらしていなかった優斗は、動揺が隠せず手は微かに震えていた。 「あの男がどういう職業なのか、知らないわけではないだろう。数ヶ月前に高槻の組を調査したことがあってね、その時に」 大原が脱ぎ捨てていたスーツのジャケットから、数枚の写真を取り出しテーブルの上に放り投げた。 「君と高槻だ」 そこには高槻に腕を取られぶすくれた顔をしながらも従って歩いている優斗の姿や、それとは別の日に撮られたのだろう高槻が笑みを浮かべ優斗の髪に触れている姿もあった。 「知り合いでも友人でも構わないが、出来れば手を切った方がいい。今日はそれを言いたくて行橋に頼んだんだ」 大原はそこまで言うと、優斗の反応を窺うように押し黙ってじっと見据えた。 血の気が引いた気がした。 指先が震えて数枚の写真を手に取ることが難しい。 「尚哉さんは・・・このこと」 「あいつは何も知らない、俺も言うつもりはない。君が普通のサラリーマンだということもちゃんと分かっている。だがこれからは、君は行橋の弟になる。例え義理とはいえ・・・もし君が何かに巻き込まれたらあいつも危なくなる」 尚哉を心配しての忠告なのだろうと思えば、大原の言葉は酷く重く聞こえた。 手にした写真に目を落とすと、そこには自分を愛しげに見つめる高槻の姿がある。 そしてそれに応えるかのように、憮然としながらもどこか甘えを含んだ自分の顔も。 写真に写ったそれに、頭から冷水を被せられたかのような心地がした。 こんな顔をしているのか。あの男の前で、自分はこんな表情をしていたのか。 「無理やりにつき合わされているようには見えなかったが・・・、もし何か脅されているようなら俺が力になる」 「・・・大丈夫です。自分で、ちゃんと・・・しますから」 どこまで知っているのか、まるで全部分かっているとでもいった風にこちらを見据える大原に視線を合わせ、優斗は口元を歪めて微笑んだ。 全てを知っているわけではないのだろうが、ある程度の情報は持っていたのだろう。 大原は優斗の返事に眉を寄せ、だが分かったというように頷いた。 そして何かあったら連絡するようにと優斗に名刺を渡し、来た時と同じように静かに席を立った。 数枚の写真。 そこに映し出された優斗と高槻の姿。 互いを見るその眼差しには、確かに何かが存在しているように思えた。 二人の世界がそこにはあった。 本当はとうの昔に、分かっていた。 忘れて欲しい、自由にしてほしいと叫びながらも本当は。 自分こそが、手放したくなかったんだ。 [*前へ][次へ#] [戻る] |