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Blue lace flower
第10話


底に沈んでいた意識が浮上し、優斗はうっすらと目を開いた。
いつの間に眠ってしまったのかと思いながら身じろいだ途端、みぞおちに鈍い痛みが走った。
「っ・・・・・」
真っ暗な空間の中優斗の呻き声だけが響く。
「いって・・・、手加減なしかよ」
「お前が逃げるからだ」
一人きりかと思っていた部屋の中で、低い声が聞こえて痛みに呻きながらそちらを見やると目が暗闇に慣れたのか、ベットの端に誰かが座っているのがぼんやりと見えた。
それが誰なのか聞くまでもなく、優斗は舌打ちをして男を睨み付けた。
「あんたが話を聞かないからだろ。あんたが落ち着いたらまた来るつもりだった」
強い口調で言いながらも、微かに震える声を隠すことが出来ない。
初めて、高槻に殴られた。
逃がさないよう気絶させるためだったのだろうが、そのことに酷くショックを受けていた。
決して自分には手を上げない、傷つけることはないと思っていたのに。
暗闇の中男が立ち上がるのが見えた。
そして高槻が優斗の頭上へ手を伸ばすと、暗かった室内に小さな明かりが灯る。
「ここどこだよ」
痛む腹を押さえながら体を起こすと、優斗は周囲を見渡して眉を顰めた。
広い室内には大きなベットとサイドテーブルが置いてあるだけで殺風景だ。
「・・・帰る」
横に立つ高槻を避け床に足を下ろした優斗は、だがすぐに強い力でベットへと押し倒された。
両手を押さえつけられ、起き上がることも出来ないまま優斗は上から見下ろしてくる高槻をきつく睨み付けた。
「やめろっ」
足をばたつかせ押さえつけられた腕に力を込めると、不意に高槻が優斗の上から退いた。
自由になった体を起き上がらせ、片膝を立ててベットの上に座り込んでいる高槻を見やると思わず息を呑んだ。
痛みを耐えるような、苦しみに歪んだ顔がそこにはあった。
関わるなと告げた時、優斗の本気を感じ取ったのか高槻はその時も奥歯を噛み締め苦しげに顔を歪めた。
だが次の瞬間、高槻の目には自分から離れようとしている優斗に対しての暗い怒りが現れ、もう話を聞きたくないといった風に再度口を開き「二度と会わない」と言い募る優斗の唇を手で覆い隠した。
この6年間、優斗の傍にある誰かへの怒りを見せたことはあった。他の誰かへの嫉妬で静かな怒りを湛えた目も、何度も見た。
それでもそれが優斗へと向けられたことは一度としてなかった。
何を言っても、何をしても愛しげにこちらを見つめるばかりで、憎悪にも似たそれを優斗自身に向けられたことは一度として。
口を塞ぐその手をなんとか外し、怒りを全身に滲ませた高槻が知らない男に見えて逃げるようにその場を立ち去ろうとした。
それが高槻を刺激したのか、腕を取られ振り返った瞬間強い痛みを感じて優斗は意識を失っていた。
「なんで・・・、そんなに」
優斗の視線から逃れるように俯いた男の膝に乗っている手は、微かに震えていた。
激情を抑えているのだろうか、ぐっと握り締められたその手が酷く痛ましく思えた。
目の前の男が、酷く小さく見えた。
「ごめん・・・」
口をついて出たのは、そんなつまらない言葉だった。
それに高槻がくっと笑いを漏らした。
「どうしたらいい・・・。どうしたら、お前を離さずにすむ・・・、俺は、何をしたらいい」
喉に詰まったような酷く掠れた声がたまらなく優斗の胸を刺す。
どうして、何故そこまで自分になど執着する。
何もあげられない、何もしてやれないのに。いくらでも高槻に尽くす相手はいるはずなのに。
「高槻、そうじゃない。ただ、もう、こんなのやめにしたい」
知らず目にうっすらと涙が浮かんだ。
自分より遥かに強い男だと思う。年だって優斗よりもいくつも上で、何人もの世間から外れた男達を従えて歩く男が何故か小さな子供のように思えて、胸が掴まれたように痛む。
離したくない、どこにも行くなと血を吐くように苦しげに言う男が、愛おしく思えた瞬間がなかったはずはない。
抱きしめてやりたい、守ってやりたいとさえ思える瞬間も確かにあって、だがそれを知らない振りをし続けた。
自分が傍にいることで高槻が幸せならば、そう思う瞬間さえきっとあった。
全てに蓋をして、何もかもを隠して、逃げ続けた。
それがこんなにもこの強い男を追い詰めた。
「ごめん・・・高槻」
ぽとりと、涙が零れ落ちてシーツに染みを作った。
「やめろ・・・」
静かな声がやけに耳に響く。目の前の男は先ほどまでと打って変わって表情をなくした顔を上げ優斗を見つめていた。
光をなくしたかのような空虚な目に優斗は目を瞠る。
「高槻・・・?」
「どうしようもない。無理なんだ・・・」
そう呟くと、高槻は優斗へと手を伸ばす。
やけにゆっくりしたその動作に優斗は伸びてくる手をただじっと見つめた。
「っ・・・高槻!」
高槻の大きな手が優斗の首の後ろを掴み、そしてそのまま強く引き寄せられ唇に噛み付くように口付けられた。
6年間で、それが初めて唇に落とされた口付けだった。





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