BL小説「虜」
過去は過去だから
ガウスに案内されて、マリアテレーズが居る部屋に、サーシャを伴って、リグレは入った。
そして、三十数年ぶりに、マリアテレーズを真っ直ぐ見つめる。
艶やかな銀髪。
宝石のような輝きを放つ紫の瞳。
時間が経っても、変わらない美がそこにはある。
リグレは、小さく笑いながら、言った。
「あの月のように、君は美しい」
そんな突然の言葉に、マリアテレーズは、どう返事をすればいいか迷って、結局は沈黙を選んだ。
「………」
「かつて、私は…君に、そう言ったな。だが、今でも、君は美しい。時間は良いように働いたらしい」
退位した後、リグレは一人称を変えた。
あの悲劇から、二人は何もかも変わってしまった。
「っ…」
突然、近づいてきたリグレの手が、マリアテレーズの顔に触れる。
「マリー。私は君に聞きたい事がある」
まるで、昔に戻ったかのように、穏やかな顔で、リグレは言った。
だが、リグレの手から逃れ、マリアテレーズは後ろに下がりながら、答える。
「…一体、何をお聞きになりたいのですか?」
リグレの突然の行動に、戸惑っているマリアテレーズに、リグレは空に浮いた手を下げて、後ろに控えているサーシャを呼んだ。
「サーシャ」
「はい」
サーシャは、手に持っていた包みをマリアテレーズの側に控えるガウスへ渡した。
「っ!?」
ガウスは、包みを開けると、思わず小さく声を出したが、すぐにマリアテレーズへ包みの中身を渡した。
「こ、これは…」
「これは好きであったろう?」
「え、えぇ」
小さな瓶に入った桃色の液体。
それの正体は、甘い口当たりの果実酒。
しかし、それ単体では、かなり度数が高く、あまり、女性は口にしない。
だが、マリアテレーズは、昔からその果実酒を好んで飲んでいた。
「覚えておいででしたか」
「当たり前だ。婚約者だった君の好みを私が忘れる筈はなかろう」
「っ!?」
マリアテレーズは、真っ直ぐ自分を見るリグレから、視線を外した。
マリアテレーズとリグレは、かつて相愛の婚約者同士だった。
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