Honey Flower(本編+SS)
3
お客様は、目を瞬かせた。
僕は営業用の笑顔を作る。
「ソウと申します。都真の助手をしています。どうぞ、中へ」
お客様を店に招きいれた後、店先に『closed』のプレートを下げて、鍵をかけておくのがいつも。
お客様に説明している間は、他のお客様のお相手はできないから。
鍵をかけて振り返ると、お客様は珍しそうに、今朝市場から仕入れた花たちをくるっと見回して、僕で視線を止めた。
「本当に、花屋なんだな」
ここに『花』を引き取りにきたお客様の大半の方はそんなことを仰る。
僕は笑顔で「ええ。こちらの花もいかがでしょうか」と返した。
お客様を案内する。
小さな灯りを灯しただけの、長い廊下を通ると、ぱっと明るいガラスでできた温室に出る。
ここにはガラスケースの中に、蘭をたくさん置いていて。
毎日温度と湿度を調節しながら、大切に栽培している。
ガラスケースたちの中心に、小さな噴水があって、青の水面には蓮の葉が浮いている。
金魚がその下で楽しそうにかくれんぼをしているようで、僕は通りすがりについ中を覗いてしまう。
噴水のすぐ隣にテーブルセットを置いていて。
お客様はここまで来ると大概、足を止める。
今日のお客様も、ここでピカピカの靴を止めた。
唇が開いて、頬が薄く染まる。
期待の光に満ちた目が、きらきらと輝く。
「予想以上の『花』だよ、ソウ」
当然でしょう? と僕は心の中で胸を張る。
なにしろ、都真が誠心誠意込めて作り上げた『花』だもの。
僕はテーブルセットの椅子に腰を落ち着けさせた『花』に、お客様より先に近づく。
お客様も僕の後から、そっと覗きこむように、『花』を見つめている。
「『睡蓮』です、お客様」
お客様はほんのり染めた頬を緩ませて「睡蓮」、と『花』の名前を呼んだ。
睡蓮は白い体をくったりと椅子に預けたまま、目を閉じている。
都真が作った『花』は生体ドール。
年頃は十四、五歳を設定した、どれも男の子。
製造識別に花の名前をつけていることから、お客様はドール本体のことを『花』と呼ぶ。
この温室まで来られるお客様は、そう多くはない。
都真にとって『花』を作ることは仕事じゃないから、『花』そのものの数も多くない。
欲しいと言って下さるお客様は、かなり待たされることになる。
僕はワゴンの上のハーブティーを透明のガラスの茶器に注いで、お客様の前にそっと置いた。
お客様は僕の勧めた、睡蓮の向かいの席に座って、じっと睡蓮を見つめている。
瞼を開かない『花』を、愛でるお客様の傍で、僕はずっと時が経つのを待っている。
「ソウ。私はね、ここに来るのが、ずっと夢だったよ」
お客様は語りだす。
どんなに『花』を欲していたか。
どんなに『花』を愛しているか。
テーブルに頬杖をついて、『睡蓮』を見つめながら語るお客様は、まるで十代の少年のように、熱い吐息をつきながら、『花』への恋心を語ってくれる。
「まるで、今も夢を見ているみたいだ」
お客様の話を、何十分でも僕は聞く。
何杯でもハーブティーを入れて、お客様の話に相槌を打つ。
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