Honey Flower(本編+SS)
2
午前8時になると、都真(とま)が軽トラックを運転して帰ってくる。
店の前に止まる音で、都真かどうかわかる。
「都真。おかえり!」
出迎えると、都真は嬉しそうに笑ってくれる。
「手伝ってくれる? ソウ」
トラックが止まったら出て行って、都真が市場で仕入れてきたばかりの、綺麗な花を下ろしていく。
店にどんどん運んで、水に入れて。
綺麗な顔をお客様に見せてあげる。
ここは『花苑(かえん)』。
市街からは少し離れた場所にある花屋。
店の前は田んぼが広がっていて、前の道はたまに牛を引いた人も通る、物凄い田舎。
それでも、お客様は来る。
『花』を求めて――。
「ソウ」
店の前を掃いていると、奥から都真が現れた。
早朝から市場に出ている都真は、開店時間の頃にはいつも仮眠していて、顔を合わさない。
起き抜けのぼさぼさ髪を片手で撫でつけて、白衣の裾を翻すように、足早に近づいてきた。
「都真」
箒と塵取を持ったままの僕の額に、軽くキスをくれる。
そっと触れて、すぐに離れていく。
嬉しいけど。
いつも、都真の鼻にかかっている眼鏡が邪魔だな、って思う。
都真が、僕の髪に触れながら、空いた手で店の奥を指差した。
「今日ね。1人、『花』を引き取りに来られるから。用意はできてるから、また説明してあげてくれる? 俺はまたこれから、寝るし。何かトラブったら、遠慮しないで起こしてくれていいから」
「うん。わかったよ、都真」
頷くと、都真は微笑して、僕の肩に腕を回して、襟元に鼻先を埋めた。
熱い息がかかると、肩がひくんと反応して、熱を持ってしまう。
(店先で、ちょっと困る…かな)
でもやっぱり嬉しくて、じっと体の動きを止めて、密やかな息の熱を感じてしまう。
「ソウ、良い匂い…大好き」
僕を抱きしめて都真はいつもそんな風に言う。
匂い。
自分では、よくわからないけど、都真がそれで幸せになってくれるなら、僕は嬉しい。
「お客様は任せて。…おやすみ、都真」
午後になって、花束を1つ買って下さったお客様を見送っていると、店の前に大きな外車が止まった。
後部座席から、スーツを着た男性が降りてきた。
ピカピカに磨かれた靴に、皺1つないスーツ。
年頃は三十代。
きりっとした目つきは怖いくらいで。
(どこかの社長さん、だとか?)
と、想像してみたりする。
お客様が車を降りた後、運転手さんらしき人が移動させて行った。
残念ながら、『花苑』には、お客様用の駐車場がない。
「君は?」
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