Honey Flower(本編+SS)
4
(今日もまた黒くなったみたいな気がする。『花』でも日焼けするんだな)
家でじっとしている私のほうがまったく変わらない。
芥はうっすらと土に汚れた手に、ガラス瓶と綺麗な箱を持って帰ってきた。
「仕事先でもらった。これはナントカのシロップで、こっちはナントカいう菓子で、どっちも甘い」
『どっちもナントカじゃ、何もわからないじゃないですか』
メモを覗き込んだ芥が「確かに」と眉をひそめる。
思い出そうとしているようだ。
そんな顔に、ちょっと笑いがこぼれた。
お土産の二つを手に持って、芥の袖を引き、二人で玄関の石段にすわった。
夕暮れのせいで、重なった影が長くのびる。
膝の上に置いた可愛らしい箱を手にしてから、芥を振り返る。
『開けても?』
「もちろん。結城と一緒に食べろと言われた」
するすると心地の良い音をたてて解いたリボン。
箱の中身はチョコレートだった。
「結城はこれ、食べたことあるのか?」
『ありません。見たことはありますが』
「男がもらっていい日だと言っていた。だから遠慮せず食べればいい」
それって。
芥が“そういう意味”でもらったんじゃないんだろうか。
私が箱入りに育てすぎたせいで、芥はいまだに浮世離れしていて、こんなことにも気が付かない。
(まぁ、良いか……)
芥にせっつかれて一粒口にする。
思ったよりも甘くて、早く舌に溶ける。
美味しい。
「美味いか?」
心配そうにのぞきこんでくる芥に、下から唇を合わせた。
まとわりつくようにして溶けているチョコレートを、芥の舌に絡ませて。
熱に溶けていく甘味を、芥と分かち合う。
カイさまには決してできなかったこと。
ゆっくりと唇を離して、熱を灯したみたいな顔をしている芥に微笑する。
『美味しい』
「うん……」
慌てて我に返った芥は、もう一粒を口に放り込んでから「これももらった」とガラス瓶を指した。
黄色い果実が、透明の液体に揺れている。
「ナントカって実だ」
『カリンでしょう』
喉に良い、果実。
小さな泡をゆっくりと立ち上らせる果実が、夕日に揺らめいて見える。
芥が仕事場で、私のことを知らない誰かに話しているのだろう。
何て話しているんだろう。
そんなことを考えると、胸がくすぐったくなる。
こんな感覚も屋敷にいるときは感じたこともなかった。
「確かそんな名前だった。湯で薄めて飲むんだ。甘かった」
冷たくなった手を両手で包んでくれる。
夕日はゆっくりと、でもすぐに山の端へと消えていく。
[*前へ][次へ#]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!